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26話 執着と監禁3

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 次の日、王の間の寝台でヒカルは目を覚ます。身体は清められていて、いつもヒカルが寝ている時に着ている天空界から持ってきたパジャマに着替えさせられていた。リチャードの姿は、ない。

「リチャードさん……」
 ヒカルは、昨晩のリチャードとの激しい交わりを思い出す。リチャードに明け方まで身体を求められて、愛されていると錯覚しそうだった。清廉で高潔な騎士であったリチャードはこの四年で変貌してしまった、親友であった前王太子の逝去と恋人のヒカルの失踪が彼を追いつめたのか。それでも夜会の時は、昔のリチャードを感じさせたのに。ヒカルは、その青の双眸から雫を零した。

 ライアンに会いに行こうとヒカルは、王妃の間に戻る。しかし、部屋には鍵がかけられていて、開かない。ベルを鳴らして、侍女を呼ぶがやってきたのは、リチャード付きの侍女だ。今まで自分についていてくれた侍女たちではない。

「エマは?」
 ヒカルと一番親しくて、力になってくれる侍女のエマの名を挙げて聞く。だが、リチャードつきの侍女は首を振る。
「陛下の命令によりわたくしがヒカル様の侍女となりました」
 ヒカルは、愛くるしい顔を歪めた。
「何故陛下が私の侍女を勝手に変えるの! それからライアンに会いに行きたいから着替えさせて」
「ヒカル様は本日から王の間と王妃の間から出られません。王妃としての勉強もその間はお休み頂いて構いません」
「は?」
 ヒカルは、侍女の言葉を聞き間違えたのかと首を傾げる。
「陛下のご命令です。先日の騒動の責任を取り、暫くの間謹慎とのことでございます」
 リチャードつきの侍女は、顔色ひとつ変えないでヒカルに冷たく言い放つ。
「え……」
 ヒカルは、驚愕する。
「全く、この世界を司るウィル王を叩かれるとは、ヒカル様には度胸がおありで。さすが旧王家の姫君でいらっしゃる。まったく、いくら恋愛結婚とは言え、陛下は目が曇られているのですわ。天使の血を引く姫君を娶られるなど、それならわたくしだって可能性がないわけではないですわ」
 くすりとヒカルを嘲笑する侍女にヒカルはかちんとする。新王家のカーライル家を支持する貴族の出なのであろう、今やかつてのウィル王を輩出した名門のケッペル家は、新興のカーライル家に押されているのだ。侍女の言葉からリチャードを恋い慕っていることが伺える。

「ええ……。リチャードさんとは、彼が騎士であった頃に知り合って、恋愛結婚なものでね。天空界に帰った私を追ってきてくれたし」
 ヒカルは、リチャードを恋い慕っているのであろう侍女にやりかえした。わざと恋人時代の呼び方で話す。
「なっ! 陛下を名前で呼ぶなど……」
「夜会の時にリチャードでいいと私に言ったのはリチャードさんよ」
 くすっとヒカルは妖精のような愛くるしい顔で微笑する。ぱちんと指を鳴らしてシルフィード風のワンピースに魔法で着替える。

「ドレスでなくていいわ。もう下がって」
 ヒカルが侍女に下がるように命令するが、侍女は下がらない。
「天使ごときが王妃などに……」
 ヒカルが侍女に言い返そうとした瞬間、王の間と王妃の間の続きの扉が開く。

「ヒカルは、私の唯一の番で正妃だ。天空界の光の王家と旧王家の血を引く姫君で私の最愛の妃だ」
 リチャードが、二人のやり取りを見ていたのであろう。ヒカルを援護する言葉を侍女には放った。
「でも、陛下。この女は陛下の頬を……」
「下がれ。侍女ごときが王や王妃に意見など出来るとでも?」
 冷ややかなリチャードの台詞に侍女は青ざめて、始めて自分の失態に気付く。完全に自分は王の信頼を失ったのだ。

「まったく……。お前のことを信用して、ヒカルにつけたが間違いだった。私に懸想してヒカルに嫉妬するとは、な」
 侍女を見下す口調で命令し慣れたウィル王の顔でリチャードは振る舞う。ヒカルは、リチャードの態度に胸を痛める。優しい恋人時代の彼はどこにいったのだろう。不器用でヒカルに振り回されていたかつての。

「首だ。城から去れ」
 冷めた視線で侍女に言い放つ。
「ま、待って。首にしなくても……」
 ヒカルは、お人好しで優しい。その美点がヒカル付きの侍女たちには慕われる結果を生み出したが、それ故リチャード付きの侍従や侍女たちからはやはり天使だと見下されていた。
「ヒカル」
 冷淡な口調でリチャードはヒカルの名を呼ぶ。ヒカルはびくんと反射的に顔を上げた。
「ヒカルの優しい所は、美徳だ。だが、お前は俺の正妃だ。お前の立ち振る舞いがどんな風にウィル神界の貴族たちに映っているのかこれで分かっただろう」
 感情を表に出さない表情で淡々とヒカルに言い聞かせる。その科白にヒカルは、黙り込んだ。
「ご、ごめんなさい……」
 リチャードに再会して始めて謝罪の言葉をヒカルは口にする。リチャードは、もはや過去のヒカルの愛したリチャードではない、彼はウィル王なのだ。

「やっぱり、私はあなたに相応しくないわ。天空界に戻る」
 リチャードの顔は、変わらない。命令し慣れたウィル王の顔だ。
「ヒカル……」
「ライアンは、あなたに託すわ。一ヵ月に一回面会させて、それでいいから」
「ヒカル!」
 ぐいっと腕を掴まれて、リチャードの紫の王眼とヒカルの涙の溢れた瞳が出会う。
「泣いてるのか?」
 リチャードがヒカルを引き寄せて抱き締める。リチャードの温もりにヒカルは、戸惑う。ヒカルは、リチャードがわからない、理解できない。一歩も今いる場所から動けない。唯、彼は王なのだ。ヒカルを愛してくれた彼ではない、自分の知らない四年間の間の彼。それでもリチャードを自分は好きなのだ、愛している。それが悔しい。だからヒカルは泣く。

「泣いてないわ!」
 リチャードを愛していると認めたくないヒカルは、リチャードを拒絶する。抱き締められた胸を押し返す。早くこの温かな腕の中から逃れて、天空界へ帰りたい。

「お願い、天空界へ帰して……」
 ヒカルの必死の懇願にリチャードは、冷たく言い切る。
「お前を天空界へ帰す訳にはいかない」
「なんで!」
「お前が俺の子を産める唯一の存在だからだ。次代のウィル王家の子を産んで貰う」
 その言葉にヒカルは、青ざめる。リチャードは、やはり自分を愛してなかったのだ。
 もう嫌だ、天空界へ早く帰りたいとヒカルは願う。

「離して! いやっ!」
 ヒカルの青の瞳から涙が散り、リチャードの頬を打つ。リチャードは、無理矢理ヒカルを組み敷く。
 その日からリチャードは、王としての仕事以外で時間が空いた時にヒカルを抱くようになり、ヒカルは王妃の間から出られなくなった。
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