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21話 拒絶1

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 午前の正妃教育の授業を追えてヒカルは休んでいた。その休憩の時間に侍女がやってきて、実の父親のアレックスがヒカルに会いたいと言ってきていると聞いてアレックスを自分の部屋に通すように指示する。

 アレックスがヒカル付きの侍女エマにより王妃の部屋に通される。アレックスとは、実に4年ぶりの再会となる。アレックスとは天空界で実母ヒカリとリチャードと四人で同居生活をして、リチャードが別れを告げたヒカルを追いかけて、大学まで訪れて以来だった。アレックスは、ウィル神聖王国の公爵らしく黒のフロックコートに明るい色のベストにラインの入ったトラウザーズを身に着けている。洒落物のアレックスらしい格好だ。リチャードと同じ紫の王眼を持つ前ウィル王の王弟は、きりっとした端正な顔立ちで長い漆黒の髪をリボンでまとめている。まだ天空界に分かたれた自分の正妃ヒカリを想い、独り身を通しているらしい。

「アレックスお父さん!」
 実の父親との再会に心躍るヒカルは、アレックスに抱き着く。20歳の時のように実の父親に甘える。
「ヒカル!」
 実に4年ぶりの娘との再会にアレックスも嬉しいのだ、微笑んでいる。血の繋がった父と娘は、笑い合って抱き合う。
「久しぶり! 私が3か月前にウィル神界へ戻ってからも忙しくて会えなくて……。でもずっとアレックスお父さんに会いたかったの!」
 ヒカルは、最近ずっと思い悩んでいる顔しかしてなかったが、久しぶりに素の顔で笑う。
「ああ……。ヒカルはまたヒカリそっくりになったな」 
  そのアレックスの言葉に滲む彼の番への一途な想いが感じられて、ヒカルは胸がつきんと痛む。実父アレックスと実母ヒカリの関係がまるで今の自分とリチャードとの関係の様で。自分だけが変わり果てたリチャードを想い続けている。

「……」
 ヒカルは悲痛な表情をする。そのヒカルが醸し出す物憂げな空気をアレックスは察知する。自分の娘も絆が分かたれた番への想いを一途に抱いているのか、と。

「ヒカル……。会わせたい人がいるんだ」
 ヒカルの太陽の如き金糸の髪をくしゃりと撫でながらアレックスは、その少女に入室を促す。その少女は見事な長い黒髪に菫色の双眸、整った鼻筋に紅い小さな唇。華奢な肢体に薄いピンクのレースが施された見事なドレスを身に着けている。ヒカルとはまた違う可憐で愛くるしい美少女だ。ただひとつ彼女が放つ何か禍々しい空気を勘のいいヒカルは察した。そして、少女はくすりとヒカルを見下すように微笑んだのだ。

 その妖精のような儚い少女めいた外見から想像できない程の気丈さを持つヒカルは、扇で口許を隠して、微笑みかける。それは自分より下の貴族への態度だ。リチャードの正式な妃である自分の。暫くヒカルは、沈黙してからようやっと自分より身分が下の少女に話しかけ、口を開くことを許した。

「どちら様で?」
 少女は気位の高い高位貴族の令嬢らしい反応だ、身体をわなわなと震わせている。ヒカルの自分への態度が許せないが、相手は、ウィル王の寵愛する正式な妃だ。ぐっと少女は堪えた。
「ヒカル……」
「お父様は黙って下さいませ。今、私はこの令嬢に話す事を許したのです」
 ぴしゃりとヒカルはアレックスに言い放ち、毅然とした正妃の態度を少女に取る。

「初めまして。わたくしは、ウィル王リチャード=ウィル=カーライル様の前の婚約者でソフィー=クーパーです。クーパー伯爵家の長女です」
 不機嫌な表情を隠すことなく、挑む視線をヒカルにぶつける。ヒカルはくすりと見下すような笑いを漏らす。
「ああ……。陛下のその前の婚約者のオーレリー=ジャージ様と同じ悪役令嬢と噂に高い? 余程、リチャード様は、悪役令嬢と縁があるのですね」
 天空界で天使となり、初めてだ。こんな風にヒカルが人を悪く言うのは。それ位その少女がヒカルに取った態度は、許されるものではなかった。正妃である自分がこのように振舞わなければ、下の身分の貴族や使用人に見下される、そしてそれはひいては自分の夫であるリチャードを見下すことに繋がる。素直で善良な天使のヒカルには、耐え切れない。それでも必死に気位の高い正妃を演じる。

 しかし、ソフィーと名乗った令嬢は、くすりと笑う。
「リチャード様は、女遊びが激しかったのはご存じで?」
 扇で口許を隠して、くすくすとヒカルを嘲笑する。ヒカルは、一瞬ソフィーの言葉を肯定するように沈黙するが、すぐに頷く。
「ええ……。私と縁が解けたら自暴自棄になったと聞いてますわ」
 ヒカルは、その妖精を思わせる愛くるしい微笑みを少女に投げかける。それは、天使の持つ癒しや再生を連想させる笑みだ。
「……」
 少女はぐっと扇を握りしめて、わなわなと怒りに震わせた。
 だが、それはほんの間、少女の次の発言はは爆弾を落とす。

「リチャード様は、わたくしを抱いて下さいましたのよ。それはお優しく……。ソフィーソフィー愛していると何度も言われましたの」
「……は?」
 くすりと少女は微笑する。それは可憐な少女が持つには、信じられない位の妖艶な微笑みだった。
「リチャード様の右肩にはほくろがありますわ。それはご寵愛されているヒカル様はご存じで」
「!!」
 ヒカルは、ショックのあまり扇を落として、青ざめる。リチャードが既婚している貴婦人たちと遊ぶのはまだ我慢できたが、婚約者にまで手を出していたとは。ヒカルは、口許を手で覆う。

「嘘……。いくらリチャードさんだって、あなたのような年齢の女の子に手を出す筈がないわ!!」
 ソフィーは、大きな声で笑い出した。
「あの方は、わたくしを愛して下さってますわ。あなたとの間に紫の王眼を持つ男子がいたからあなたを正妃にしたのよ。形だけのね!」
 完璧にヒカルを馬鹿にしている発言だ。ヒカル付きの侍女エマが間に入り、声を荒げた。

「お黙りなさい! 新興貴族の伯爵家の分際で旧ウィル王家の血を引くヒカル様に対してなんて無礼な! それに陛下はヒカル様を寵愛されています!」
 正妃の付きの侍女であるので古い侯爵家の出であるエマは、ソフィーを部屋から追い出そうとする。

 ヒカルは吐き気を催して、口許を手で押さえて気絶する。前にもこんなことがあった。それはライアンを妊娠した時だ。ヒカルは世界が暗転していくのを感じた。
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