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16話 夜会にて2

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「それにしてもウィル王に良く似た可愛らしいお子様ですな……」
 ハワード公爵は、好々爺の顔を崩さずくしゃりとライアンの頭を撫でる。大好きな父親に似ていると誉められて、ライアンはぱあっと顔を輝かせる。
「おじいちゃん、僕パパに似ている?」
 政界の重鎮をおじいちゃん呼ばわりしたライアンに、ヒカルはぎょっとする。

「ラ、ライアン……」
 焦るヒカルにライアンは頓着せず、はきはきと口を開く。
「僕ね、さいきんパパと会ったの。ずっと天空界でひしょのおしごとをしていたママとふたりぐらしで。ママと二人も楽しかったけど、三人がいい! パパとママ、大好き!」
 素直で頭の回転の早いライアンにハワード公爵は、目を見張る。

「ひしょ?」
「うん! ママね。頭いいの! スキップで国立シルフィード大学を出て、かいしゃではたらいてたの。一人でがんばって僕を育ててくれていたの。ママ大好き!」
 余計な情報をぼろぼろと話すライアンにヒカルは、焦りライアンの口を押さえる。
「ライアン、めよ! 余計なことを話さないの!」
「め? ママ、怖くないもん!」
 ヒカルは目線をライアンに合わせて屈んで話す。それにハワード公爵は驚愕する。まず、母親であるヒカルと子どもであるライアンの対等な親子関係に驚いたのだ。
「めなの! それにパパが言わないけど、もう子どもは寝る時間! 乳母ナニーと一緒にお部屋に行きなさい」
 ヒカルの言葉にライアンは不満そうに頬を膨らませる。
「え~」
「えーじゃない! えーじゃ! ママとのお約束守らなかったら明日の寝る前の絵本の読み聞かせも朝食のデザートもなしよ!」
 可愛らしい親子のやり取りにくすくすと周囲から笑いが漏れる。ヒカルは、その笑い声に我に返り羞恥心から耳まで赤く染める。

「そうだな……。ライアンもう寝る時間だ。お部屋に行きなさい」
 横からリチャードがライアンに穏やかに諭す。その声は柔らかいが命令しなれているウィル王の素振りだ。ライアンも渋々頷いた。
「は~い。パパ、ママお休みなさい」
 ライアンは小さな手を振って、乳母ナニーに手を引かれてその場を立ち去った。王家の仲睦まじい親子のやり取りに人々は呆気に取られると同時に微笑ましく思う。

「さて……。次の挨拶をするか。ヒカル」
 立ち上がろうとするヒカルにリチャードは、手を差し伸べる。
「ええ……」
 ヒカルが、リチャードの手を取る。どうせこのような態度は、人前でだけだろうと醒めている自分と先程から優しいリチャードに揺れ、困惑するもう一人のヒカルが水面下でせめぎ合う。

 挨拶を一通り終えると、主催のウィル王夫妻が踊る所から始まる。普通なら舞踏会は、4人で踊る軽快なカドリルから始まるが、主催の二人が踊るのが通常の決まりだ。オーケストラのヴァイオリンがワルツの甘い調べを奏でる。ヒカルは、リチャードの手を取り、大広間の中央に出る。二人は、ヒカルが淑女の礼を取り、リチャードが紳士の礼を取る。二人は手を取り合い、踊りだす。リチャードが、リードしてステップを踏み、ヒカルがふわりと軽快にドレスを翻す。大広間の中心でくるりくるりと踊り、ヒカルはリチャードの上手いリードに合わせて、何度もステップを踏む。足は軽くて、その踊りは楽しい。ヒカルはふわりと微笑む。その愛くるしい微笑みにリチャードは、胸が高鳴る。やがて、オーケストラが奏でるワルツの音楽が止み、二人は玉座の間に足を向ける。

 ウィル王と正妃のヒカルの若々しくて、美しいワルツに周囲の人々はうっとりと視線を投げかけていた。最初は、絶望していた少女たちの一部は、ウィル王とその正妃を理想に見立てていた。愛くるしく、快活な正妃はこの国に新しい光を差し込んでくれるかもしれないと希望を持つ。ウィル王とその妃が席に着くと、カドリルの軽快な音楽が奏でられる。人々はステップを踏み始める。

 はーっとヒカルが終わったとため息を軽く吐くと、リチャードがヒカルに向けて優しく微笑み、
「頑張ったな……。及第点だ」
 と声を掛けた。
「……」
 周囲の踊っていた人々もいつも不機嫌な王が笑っているので驚く。ざわめきが二人を包み込む。いつもの不機嫌な態度から一転、穏やかな昔のようなリチャードの態度にヒカルは困惑して、リチャードから視線を逸らす。

「ヒカル?」
 不可解なヒカルの素振りにリチャードは合点がいかない。さっきまでにこやかに自分に振舞っていたのに。
「わ、私、踊ったから暑くなったみたい。テラスに出て涼んでくるわ」
 ヒカルはクリーム色の可憐なドレスを翻して、テラスに出ようとした時だった。

 ヒカルは高いヒールの靴を履いた足を蹴っ飛ばされる。それも分からないように周到にだ。ヒカルは、さっと足を引くが、間に合わない。倒れ込むヒカルにくすくすと嘲るような笑い声がする。

「あら~。王妃様ごめんなさいね……」
 ヒカルは、その声の主にきっと睨みつけた。見た目の儚さや可憐さに目を引かれていた声の主はヒカルの気の強さに驚く。
「いいえ。陛下の目が離れた途端に転ばされるなんてわざとかしら?」
 すっと立ち上がると、ヒカルは扇で口許を隠す。声の主は、妖艶な美貌の主でリチャードに気を付けろと注意されていた人物だった。前水の王の正室でリチャードの元愛人だ。三王家の正妃だが、ウィル王の正妃には立場上叶わない。なのにヒカルに喧嘩を売るとは相当リチャードに入れ込んでいたらしいことが伺える。

(まあ……。あの男性ひと中身はともかく黙っていれば、涼やかで端正な美貌だもんね)
 ヒカルは扇に隠して、ばれないようにため息を吐いた。そこへ既婚者の夫人たちが集まっている。リチャードと関係のあった女性たちであろう。リチャードの許を離れた自分の判断が誤っていたことに気付く。

「まあまあ……。陛下が溺愛なさっている王妃様は可愛らしいのですね。なんて儚く可憐な妖精のような少女めいた方ですこと……」
 くすくすと扇で口許を隠して、ヒカルを嘲笑するように仰ぎ見る。ヒカルは黙り込んでどうやり返すか考え込む。銀髪の長い髪に青の双眸の水の王族の特徴が色濃く出ている綺麗なウエスト公爵夫人に一見やり込められているように周囲からは見えた。

「いいえ。ウエスト公爵夫人のお美しさに比べたら私は子どものようですもの。陛下が惹かれたのもわかりますわ。英雄色を好むと言いますし、あら間違えたかしら色、英雄を好むかしら?」
 ふわりと愛くるしくヒカルは微笑む。それは可憐な妖精のようで人々は見惚れて、惹きつけられる。ウエスト公爵夫人は青ざめる。少女めいたウィル王の最愛の王妃は、王の愛人であったウエスト公爵夫人を逆にやりこめたのだ。

「ヒカル!」
 後ろからリチャードが近づいてきて、ヒカルを抱きかかえた。
「きゃっ……。陛下、な、なにを……」
 ヒカルは羞恥心から顔を紅潮させて、慌てふためく。
「さっきウエスト公爵夫人に足を引っ掛けられた時に足をくじいただろう」
 リチャードの言葉にウエスト公爵夫人は、血の気が引くのを感じる。ウィル王は、黙って自分の愛人たちと正妃のやり取りを見ていたのだ。冷たい視線でかつての愛人を一瞥すると、ヒカルに柔らかく笑いかける。
「陛下、あ、歩けるから降ろして……」
 恥ずかしがるヒカルにリチャードは、優しく微笑む。
「前にも言ったが、リチャードでいいと言ったはずだ……」
 リチャードの発言に周囲からざわめきが起こる。ヒカルを軽々と抱き上げると、リチャードは歩き出した。
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