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10話 対立1

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 ヒカルは、環境が変わったライアンが甘えてきて泣きじゃくり、寝かしつけるのが遅くなった。流石に遅くなったリチャードとの約束に慌てて、リチャードの部屋を訪ねないとと部屋を出ようとする。急いでいたので、白いコットンの寝間着の上にガウンを引っ掛けていく。部屋を出ようとしたら侍女が、ヒカルを止めた。

「ヒカル様、リチャード様にお部屋に伺う先触れを出しますので。それとその恰好は……」

 少し呆れたような侍女の視線にヒカルははっとする。

「ごめんなさい。着替えるわ!」

「は?」

 ヒカルがぱちんと指を鳴らして、一瞬で服を変える。その魔術は、天空界の高位魔法を使える者しか使えない。目の前の女性が天空族の光の王族とウィル神族の旧王家の血を引く姫君だとその存在を疑っていた侍女はこの女性が見た目も中身も王家の血を引く存在なのだと実感する。ヒカルが身に着けているのは、シルフィード国風の水色のワンピースだが、職人の手で作られた一流のオーダーメイドの服だ。侍女にはそれが理解できる。

「さっ、先触れなしでも急がないとあの人短気だから、早く行かないと。多分子どもの生態を知らないから怒っていると思う」

 その辺りは元恋人であるヒカルの方が詳しいし、ヒカルはウィザードでの事後処理での事務仕事と正社員での秘書としての経験上、仕事の段取りが早いのでテキパキと侍女に指図する。

「は、はい。今すぐにリチャード様のお部屋にお連れします」

 ヒカルは侍女の後をついて、リチャードの部屋へと急ぐ。自分とライアンの部屋に割り当てられた住まいから王家の血を引く者の住まう王宮なのだろう。螺旋階段を抜けると豪奢な絵画が掛けられて、高そうな壺に花が生けられている。光の王家の王宮に一時期滞在していたヒカルは、光の王家の王宮とは又違う豪奢さに目を見張るが、耐性があるので驚きはしなかった。

「リチャード様、ヒカル様をお連れしました」

 侍女がリチャードの居室をノックする。リチャードが侍女に指図をする。

「お入りください」

 侍女は一礼すると、その場を立ち去る。ヒカルはリチャードに怒鳴られるのを覚悟で部屋の扉を開ける。

「ウィル王、ご、ごめんなさい。ライアンが愚図って寝てくれなくて……」

 ヒカルの目の前には、風呂上りなのだろうトラウザーズ姿で上半身裸の上にナイトガウン姿で頭をタオルで拭いているリチャードが居た。ヒカルは、その姿に赤面して、部屋を出ようとする。おまけに何で男の癖に自分より色気があるのかとヒカルは、頬を紅潮させた。

「ご、ごめんなさい! タイミングが悪すぎた! 出直します!」

 耳まで赤く染めて、ヒカルが叫んで後ずさる。くすりとリチャードが艶めいた笑いを漏らし、ヒカルに近づくと、扉に腕をつく。追い詰めらたヒカルは動けなくなる。

「今更、子どものいる間柄なのにそんな風に反応しなくてもいいだろう?」

「え?」
 ヒカルは、零れ落ちそうな青の瞳を更に見開いて、リチャードを凝視する。その青の円らな双眸が無垢な色合いを称えて、ヒカルを幼く見せる。


「今更だろう? 昔あんなに関係を持ったのに……」

 ヒカルはリチャードの下世話な言葉にかっとなり、リチャードの頬を力強く引っ叩いた。

「昔の話だわ! それにあなたと関係を持ったのを後悔してるわ!」

 ヒカルもリチャードの酷い言葉につられて、思ってもない言葉を返してしまう。

「後悔してるか……。私も同じだよ、裏切られるならヒカル、あんなに君を愛さなければよかった……」

 ぐいとリチャードはヒカルの腕を引っ張る。ぎらりとリチャードの怒りに満ちた視線がヒカルに注がれる。ぐいぐいと腕を絞められて、ヒカルは小さな悲鳴を漏らす。

「い、痛い……。嫌、離して! ウィル王!」

 リチャードは刺すような鋭い目でヒカルを見ている。ヒカルは、過去にリチャードからそんな目で見抜かれたことはなかった。憎々しい憎悪の宿った紫の瞳にヒカルは自分が敵地に居るのも同然だと察する。ヒカルは、ライアンの事があるからと諦めてリチャードの正妃になろうと決意したが、自分が甘かったのだと思い知らされる。

(何でこんなに私の事を憎んでいるのに、正妃になんてしようとしたの? 妊娠したことを告げようとして訊ねた時に手酷く追い払った癖に!)

 ヒカルは怒りのあまり、自分の中の光の魔法が発動しそうになるのを抑える。相手は、実父アレックスが宰相を勤める王なのだ。今、ヒカルが血を引く旧王家ケッペル家は、リチャードの属する新王家に勢力争いで負けたことになっている。ヒカルははっと気づく。何で気付かなかったのだろう、リチャードはライアンとヒカルを利用するつもりだったのだ。子どもの為だと思っていたお目出たい自分が笑える。ヒカルは、そもそもがお人好しなのだ、天空界で暖かい人に囲まれて、優しい義両親に愛されてきた。一人になってもライアンが全力でヒカルを必要としてくれた。それに比べて、リチャードは両親に愛されず、婚約者として当てがわれた過去のヒカル、オーレリーも彼を利用するばかりだった。その孤独からだったのだろう、リチャードは始めて愛することを知り、つがいであるヒカルを一途に追い求めて、彼女に溺れた。ヒカルは、最初リチャードの求愛に怯えていたが、彼の不器用さを知り、彼を愛するようになった。だが、リチャードが急逝した王太子の替わりにウィル王となり、二人はウィル神界と天空界に分かたれた。

 ヒカルは、リチャードを始めて怖いと思った。自分たち親子を利用するつもりなのだ、リチャードは。

「私たちを利用するつもりなの? 旧王家を把握したと貴族に知らしめるつもり?」

 ヒカルの切り返しにリチャードは、心底楽しそうに笑う。

「やはり、アレックス宰相の娘だな……。馬鹿じゃあないな。だが、天空界で本当にお人好しになったな、オーレリー。いや、ヒカル=ウェルリース=ケッペル公爵令嬢か」

 ヒカルの頭の回転の早さにリチャードは皮肉を言う。その頭の切れは大したものだが、彼女の天使としての美徳、人の良さと優しさが仇となった。ライアンの為とリチャードの甘言に乗せられたのだ。ヒカルはリチャードの言葉にびくりとする。

「な……」

 ヒカルは恐怖の目でリチャードを見、怯えている。

「旧王家の血を利用させてもらう。徹底的にな……」

 くつりとリチャードが微笑む。その微笑みは整った涼やかな美貌の主が浮かべているのだから美しい。それが美しい程、その中身は禍々しい事を誰も気づけない。ヒカルだけがその真実を告げられて、その微笑みが禍々しいことを突き付けられる。

「何? 私を恨むのは筋違いじゃないの? 私は……」

 ヒカルが、リチャードに気丈にも言い返そうとするとリチャードはヒカルを強引に引き寄せた。
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