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9話 家族という形1

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 ヒカルは、リチャードの転移魔法で共に天空界のシルフィード国からウィル神聖王国まで飛んだ。ライアンが必死にヒカルにしがみついている。始めての異次元空間を飛ぶ感覚に慣れないのだろう、酔いを起こしている。

「ママ、気持ち悪い……」
 ヒカルの腕の中で吐き始めた。ヒカルは、汚れるのをためらわず、ライアンの背中をさする。ライアンはヒカルの胸に吐き出した。ヒカルとライアンがシルフィード国から着てきた服が汚れてしまった。

「丁度いい……。服を取り替えないといけないな……」
 リチャードの抑揚のない言葉にヒカルは、首を傾げる。今居る場所がヒカルは理解できていなかったらしい。ウィル王の執務室だ。リチャードが手を叩いて、侍従と侍女を呼び出す。ヒカルはライアンと一緒に侍女たちに引っ張られていく。ヒカルもライアンも侍女たちのされるまままだ。リチャードは侍従に指示を出して、服をウィル王の白い正装に着替える。

 暫くして、ヒカルが切れて、リチャードの執務室に入ってきた。
「ちょっと! この恰好どうにかしてよ!」
 ヒカルは侍女たちに良い様に遊ばれたらしい。ヒカルの容姿に合うように好きにドレスアップさせろと侍女たちにリチャードが指示を出したのだ。ヒカルの青の双眸に合わせた落ち着いた水色のドレスに太陽のような金色の髪は纏められて、水色のリボンで飾られている。ヒカルは、25歳なのに童顔なせいか20歳前後に見える。妖精のような可憐な姿に似合っていて、一瞬、リチャードはヒカルの着飾った姿に見惚れるが、それを悟られまいと目を逸らす。ヒカルは、動きづらいドレスに不満でリチャードの様子など気が付いていない。

「シルフィード国の服の方が楽だわ……」
 指を鳴らして、魔法で服を取り替えようとヒカルはする。リチャードがヒカルの手を掴む。
「は? な、なに?」
 ヒカルが驚いて、目をぱちくりさせている。リチャードは、思わず手を離して、顔を逸らす。まさか似合っているから着替えるなと言いかけた自分に口を押さえる。それを隠して、ヒカルに冷たく振舞う。
「ここはウィル神界だぞ。それが普通の格好だ」
 ヒカルは自分が天空界に馴染み切っていることを自覚して、青ざめる。
「そ、そうだった。私、すっかり天使と化している……。やばい、昔はウィル神族だったのに」
 ヒカルの独り言にリチャードは、平然と返した。
「見た目が天使だから良いだろう。何だ、その独り言は」
「あ、そうか!」
 ヒカルは、リチャードの返しに頷く。一瞬場が和むが、ライアンが執務室の扉を開いて入ってきたから二人はそちらに目が向く。
「ママ!」
 シャツにリボンを通して、ジャケットに少し短めのトラウザーズを着用して、可愛らしいブーツを履いている。
「この服、きついんだけど……」
 ウィル王の子どもとして、貴族然とした服装をさせられたのだろう、王眼を持つライアンはきりっとした印象を与えている。
「ママもよ……。シルフィード国の服の方がいいわ……」
「ママ! お姫様みたい! 可愛い! このままの格好でいて!」
 ライアンの素直な感想にヒカルは、嬉しそうに微笑む。
「あ、本当? そうね、今日ぐらいはいいか! それにしてもコルセットがきつい。前の私、良くこんな服着てたなあ」
 情緒もへったくれもないヒカルの言葉にリチャードは、呆気に取られる。以前の取り澄ましたオーレリー=ジャージからは想像もできない変貌ぶりである。現在は、天空族の血が色濃く出ていて、姿も天使の光の王族独特の太陽のような金色の髪である。

「もう少し女性らしく振舞えばいいと思うが……。それだけの容姿があるのにな」
 呆れたリチャードの発言にヒカルはむっとして、口を開く。
「昔のリチャードさんだってそうだったけど、この見た目に幻想を抱いていたじゃない! 儚い見た目に妖精のような守ってあげたい容姿って良く言われたけど、私は光の杖の神器使いだし、守っていらないわ!」
 気の強いヒカルの切り返しにリチャードは閉口する。そこへライアンが無邪気に突っ込む。
「ママ、パパのことウィル王って呼んでたのに、リチャードさんって呼んだ~」
 ヒカルははっと口を押さえて、さっと視線を逸らす。ヒカルの頬は紅潮している。
「ラ、ライアン。もう寝る時間よ。早くお部屋に行こうか。一緒に寝ようね?」
 天空界では、ヒカルが仕事を終えてライアンと保育園から戻り、ベッドに入っている時間である。
「あ、もう寝る時間だ。ママ、抱っこ」
 ライアンは、ヒカルに腕を伸ばして抱っこをせがむ。ヒカルがライアンを抱っこして、執務室から出ようとする。
「ヒカル」
 リチャードの呼び掛けにヒカルの足が止まる。
「ウィル王、なに?」
 ヒカルのリチャードの呼び方が元に戻っている。リチャードへの口調も平坦だ。
「ライアンを寝かしつけた後、話がある。後で私の部屋に来て欲しい」
 ヒカルは、嫌そうな顔をするが、頷く。

「パパ、お休みなさい。また明日ね」
 ヒカルの腕の中からライアンが、可愛らしく手を振る。リチャードはどう返せばいいか戸惑う。
「普通に手を振ればいいのよ。そんなこともわからないの?」
 ヒカルは、ライアンを腕に抱いたまま振り返りリチャードに不思議そうに話しかけるが、リチャードには嫌味に聞こえる。愛情深かった天空界の義両親に育てられたヒカルと、ウィル神界のウィル王家の血を引く公爵家の普通の高位貴族の家に育ったリチャードとの間には埋められない距離がある。以前は、ヒカルもそれをわかって気を遣っていたが、今は子育てに夢中で気が回らない上にリチャードを毛嫌いしている節がある。

「……」
 リチャードは額に手をやり嘆息する。リチャードは、ヒカルとライアンと家族という形を作ろうとは思わない。だが、三人の中で自分一人が孤立しているのは、嫌でもはっきりとわかる。そしてヒカルとライアンの二人と断絶しているのもだ。リチャードは、家族という物がわかっていない。幼い頃の自分と瓜二つの子どもに対してどうすればいいのか全くわからない。子どもが自分に好意を抱いてくれているのは理解できる。そして、母親のヒカルがそれに困惑していることも。

 最初は、ライアンは次代のウィル王に据えるだけの存在でヒカルも旧王家の血を利用できればいいとしか考えていなかった。しかし、ライアンからパパと呼ばれて、笑顔を向けられてリチャードは、全くもってどうすればいいのかわからない。リチャードは、今まで利用される以外の純真無垢な好意を向けられたことがなかったのだ。唯一、まだ今より若いヒカルだけが違った。彼女は、彼が初めて欲した存在で、彼女は彼に最初戸惑っていた。彼女はリチャードの好意に絆されて、好意を返してくれたのだ。

 ヒカルを愛したことを、リチャードは後悔している。
 最後に裏切られる結果が分かったら、あのように恋に溺れなかった。
 若かった自分が愚かだったのだ。
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