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5話 静寂が破られる時3

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 部屋のドアを開いて、クリーム色の革張りのソファが両側に配置されていて、白い木のリビングテーブルに上質なティーカップとソーサーが置いてある。そこにはコーヒーが入れられていた。病院側も予言の姫が前触れもなく訪れたので慌てて対応したのがうかがえる。

 コトハがそこの部屋の主のように、堂々とソファに座っているのでヒカルは呆気に取られた。そして、リチャードがどかりとソファに座り込んだ。ヒカルは、コトハの斜め向かいでリチャードと隣側に所在なさげに座る。二人の世界の王の態度の大きさに、ヒカルは感心する。

「で、お二人は何でここに来たのですか? 今や天空界で一般庶民をしている私と息子を放って置いて下さい」
 ヒカルは口火を切って、挑戦的な口調で予言の姫とウィル王に話す。二人に挑む様な顔をした。コトハが面白い物を見るようにヒカルを見てころころと笑いだして、リチャードは厳しい表情をヒカルに向ける。

「い、一般庶民! 光の王族とウィル王族の血を引く光の杖の神器使いの母親と、濃い純粋な紫の瞳の王眼の持ち主の子どもが一般庶民! 相変わらずずれてるわね! ヒカルは」
 コトハは、大爆笑をする。反対にウィル王であるリチャードは、冷たい声でヒカルを責め立てた。
「ヒカル=ウェルリース=パッカード、そなたはウィル王である私の子どもを隠していた。それどころか、子どもはウィル王家の王眼を持っている。王眼は、使い方を幼い頃より教授せねばその力に呑まれる存在だ」
 ヒカルはリチャードの言葉に目を丸くする。16歳までウィル神族の高位貴族の姫として育てられたヒカルでさえ知らない事実だ。ウィル王家の王眼の持ち主にしか知らされていないのであろう、実父であるアレックスと護衛としてという名目で恋人のリチャードと半年間天空界で同居したが、その時は知らされていなかった。二人はウィル王族の紫の王眼の持ち主であった。

 ヒカルはスカートの上の手をぎゅっと握りしめて、リチャードの紫の王眼を睨み返す。
「じゃあ、どうしろって言うの! あなたもアレックスお父さんも王眼の持ち主だったのに私は何も知らされてなかったわ!」
 ヒカルの青の円らな双眸は、泣きそうで潤んでいる。かつて恋人関係だった二人は、今子供を巡って対峙している。ヒカルは、やはり擦れていない育ちの良い光の王家とウィル王家の血を引く姫君なのだ、リチャードに攻める口実を簡単に与える。リチャードは可笑しくて声を上げたいが、堪えた。王位について、自分は人が悪くなったとつくづく実感する。

「ウィル神界に来ればいい。私がライアンに王眼の使い方を教えよう」
 ヒカルはリチャードの申し出に、顔を曇らせる。ヒカルは、素直でお人好しで優しく、利用されやすい質だ。本人にその自覚があるのと、アレックス譲りの頭の回転の早さから利用されそうになっても最後には逃げ出せていた。リチャードから昔になかった自分の実の叔父である前ウィル王と同じ、狡猾さを感じ取る。リチャードは、生真面目で清廉な騎士であった、ヒカルはそんなリチャードが好きだった。だが、今目の前に居るのは誰だとヒカルは思う。その青の澄んだ
愛くるしい瞳でリチャードをじっと凝視する。その漆黒の短髪も濃い純粋な紫の切れ長の瞳も整った鼻筋、引き締まった唇の涼やかな美貌に高身長に細いが鍛えられた身体も変わりない。でも、彼はヒカルの恋人だったリチャードとは違う。

「……嫌よ。頼むならアレックスお父さんに頼むわ」
 ヒカルは世界の王の一人であるリチャードの申し出に抵抗する。リチャードをきっと睨みつける。ウィル王であるリチャードに抵抗できるのは流石である。それは彼女が、前ウィル王の実の姪だから許される我儘わがままだ。ヒカルは、無意識にそれを行っている。彼女は大人しいが、芯の強い気の強い女性だ。リチャードは、ヒカルの妖精のような儚い美しさと相反する芯の強さに惹かれた。だが、その彼女の折れない強さは、リチャードにとって今、腹正しいことこの上ない。自分に縋りつけばいいのに、彼女は毅然として彼に対応する。

 そんな二人の睨み合いの中、コトハが発言する。
「ヒカル、ウィル神界へお行きなさい。あなたの元上司として命令するわ。この世界の王としてもね」
 ヒカルは、信じられないといった表情でコトハを見やり、口を開く。
「コトハ様! ウィル王と私はもう関係がないんですよ! 唯の遠縁の親戚です」
 ヒカルは、リチャードをウィル王と呼ぶ。それは彼女なりのささやかな抵抗だろう。それが、リチャードの癇に障る。彼女は、優れたウィザードの神器使いで天空界随一の光の魔法使いだ。加えて、国立シルフィード大学を卒業した才媛で男女同権の教育を受けている上に、頭の回転が早い。リチャードが見てきたウィル神界の高位貴族の姫たちとは全く違う。それ故、彼女はリチャードに等しく振舞う。

「……ヒカル」
 かつての呼び方でリチャードは、ヒカルを呼んだ。びくっとヒカルは、怯える視線をリチャードに向ける。そして、自分を守るように青の瞳でリチャードをじっと見据える。澄んだ青の双眸は、どこかあどけなくリチャードを見透かすようだ。リチャードは、昔からヒカルのこの瞳が苦手だった。昔付き合っていた頃、時折自分を見つめる澄んだ眼差しが、無垢で真白な雪のように思えた。ヒカルに自覚はないのだ、彼女は気にしていたが25歳の今でも10代後半に見える幼い
顔立ちだ。

 静寂が二人を包む。ヒカルはリチャードにどう返せばいいのか困惑していて、リチャードは、無自覚なヒカルの視線に戸惑う。二人は相手の出方を待っている。二人のやり取りをコトハは面白がって眺めていたが、飽きてきた。

「どうでもいいけど、ウィル王がヒカルとライアンを引き取ればいいだけでしょ?」
 二人は沈黙が破られて、驚く。ヒカルは一番嫌な展開にぎょっとして、リチャードはコトハの助言に微笑む。リチャードは艶のある笑みをヒカルに向けた。リチャードは、昔から涼やかな端正な美貌だったが、その紫の切れ長の王眼が色気を醸し出していたのだ。前は、寡黙で清廉な性格だったので、時折垣間見るだけだったが、今はそれを自覚しているとヒカルは気がつく。

(自覚して利用している辺り、質が悪いったら!)
 リチャードの微笑みにたじたじになるヒカルだった。何故、自分の周囲には癖のある人物が集まるのかと心の中でヒカルは悲鳴を上げた。

「ヒカルとライアンには王宮に来てもらいたい。ヒカルは、私の正妃にライアンには王太子になってもらいたい」
 その人の悪いリチャードの微笑みと申し出に、ヒカルは円らな青の双眸を更に見開いて、絶句した。
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