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4話 静寂が破られる時2
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ヒカルが、ライアンの発言に驚いた表情をする。ライアンは、リチャードに瓜二つだ。その絆を分かつのは無理だったのかもしれないと実感する。目の前のリチャードは、自分を父親と呼んだ自分の幼い頃にそっくりな我が子に信じられないような顔をしている。
(ライアン……)
ヒカルは、ぎゅっと両手を組み、涙を堪える。コトハとリチャードの前で泣くわけにいかない。自分が選んで、ライアンを出産してリチャードからライアンの存在を隠す為にヒカルは姿を消した。なのに何故今更、リチャードに再会せねばならないのか。
(リチャードさんには二度と会いたくなったのに……)
ヒカルはこれ以上二人のやりとりを見たくなくて、顔を俯かせる。もうどうすればいいのかわからない。堪えた涙が青の双眸から溢れる。
「ママ! 泣いてるの! 泣かないで……」
大好きな母親が泣き出している、ライアンはその事実に焦る。この世でたった一人の家族だ。ヒカルにつられて、ライアンはひっくひっくと泣き出す。その紫の瞳に涙を溜めて、大泣きする。ヒカルは、ライアンの様子に我に返る。ライアンに駆け寄り、我が子を抱き締めた。ライアンは、母親の温もりに涙を止めて、ヒカルにその無垢な眼差しを向ける。
「ママ……。もう泣かない?」
息子の問いかけにヒカルは、微笑む。
「ごめんね……。もう泣かないわ……」
その慈愛に満ちた微笑みで、優しく我が子を包み込む。
リチャードは、ライアンを優しく見つめるヒカルに信じられない想いを抱く。高位貴族で王家の分家の長子だったリチャードは、幼い頃実の母親を亡くし、義理の母親と実の父親に愛された覚えはない。自分を育ててくれたのは、乳母や使用人で彼らにも親しみを感じなかった。彼はヒカルを愛するようになるまで誰かを愛した記憶がない。ヒカルは、我が子を慈しんでいる。そして、息子のライアンも母親を無条件に慕っている。リチャードが、ヒカルを愛したのは彼女が他人を愛しめる存在だったからかもしれない。
「ママ~。大好き!」
無邪気な息子の発言にヒカルは、心から笑う。
「ママもよ……。ライアンのこと、大好きよ」
微笑ましい親子のやりとりにリチャードは、己の幼い頃の苦い過去を追憶する。いつも一人だった孤独な幼い自分を。リチャードは瞠目する、もしヒカルが自分から逃げなければ自分の息子を育てられられたかもしれないと。その機会を奪ったヒカルに怒りの感情を抱く。この4年間、ヒカルを失ったことへの絶望に囚われていた己がおかしいとリチャードは苦笑する。彼女は自分を裏切っていたのに。
「ウィル王、随分と怖い顔をしているわね」
予言の姫、コトハがくすくすと笑いながらリチャードに話しかけてくる。リチャードは、コトハから顔を背けた。この人を食った天空界の王がリチャードは、苦手だ。王位についてから何回か会談したことがあるが、人の心中を見透かすような新緑の大きな両方の瞳が自分に向けられると、いつも目を合わせられなかった。
この4年間、ヒカルのことを考えると呼吸すらできない位苦しかった。姿を消した番の少女のことを想像すると、息が詰まった。金色の髪に青の澄んだ双眸の妖精のような美少女。己の腕の中で甘い声を零す少女の姿を何度も夢想した。己の番の天使。今、恋焦がれた存在が目の前にいるのに、あまりにも遠い。リチャードは、ヒカルとコトハに気付かれぬように嘆息した。そして、彼女が必死に自分から隠した自分の子という事実がリチャードは、受け止められずにいた。
『パパ……?』
幼子独特の澄んだ声音で自分を呼んだ、ライアンにリチャードは今だ戸惑っていた。だが、幼い頃の自分に生き写しのような容貌にウィル王族の紫の王眼。間違いなく自分の子だ。ヒカルが必死に西の魔王から守った子ども。ヒカルに抱き締められているライアンがじっと自分を見つめて、にこっと笑った。
「パパ!」
小さな手でリチャードを嬉しそうに指差す。その言葉にヒカルが、絶句する。二人で生活してきて楽しそうにしていたライアンが、自分の父親が生きていたのを知って心から喜んでいる、やはり母親だけでの子育ては無理があったのか、と。
「ヒカル、悪いけど私今日ここにいられるの後、少しなのよ。大人三人で話し合いたいんだけど
いいかしら? ライアンは、ウィザードのソウ警視正が見ていてくれるから」
ヒカルはコトハの言葉に頷いて、ライアンへと声をかける。
「ライアン、ママね、こっちのお姉さんとライアンのパパとお話があるの。いい子にしていてね?」
くしゃりとライアンの頭をヒカルは撫でて言い聞かせる。
「うん! ママ、僕いい子にしているよ!」
親子の微笑ましいやり取りに、リチャードは胸が痛む。与えられなかった家族の愛をごく当たり前に受けている我が子が、羨ましいのか。自分の狭量さにリチャードは笑うしかない。
「じゃあ、ヒカル、ウィル王こっちよ。病院の応接室を借りたの」
コトハが、病室からヒカルとリチャードを案内するように部下に指示する。ヒカルは、青の瞳でリチャードに一瞬、視線をやり気まずそうに目を逸らした。
白い壁の病院らしい廊下をウィザードの職員が、先導しリチャードとヒカルは後をついていく。久しぶりにかつての恋人の存在を互いに身近に感じるが、距離がありすぎて二人はどうすればいいかわからない。互いに視線を合わせようとはしない。
ヒカルは、リチャードからの自分への怒りをあらわにした瞳が、突き刺さるようで真っ直ぐに受け止めれなかった。自分の判断は間違っていなかったと、今もヒカルは思える。それでも、かつて愛したリチャードを裏切ったのは自分なのだから。その全てを見通すと言われているリチャードの紫の王眼に、彼への罪悪感とかつてリチャードと愛し合った幸せな記憶を暴き立てられそうで怖い。
何でここに彼はいるのだろう、ウィル神界で王をしている筈なのに。ライアンと二人天空界で静かに生活をして、ヒカルは満ち足りていた。自分たちを放って置いて欲しかった。ライアンがお腹にいると分かった時に、リチャードに会いにウィル王城まで行ったが、会っても貰えなかったばかりか手酷く対応された。それがリチャードの意志だとヒカルは結論を出して、姿を消した。今更、会いに来られてもと、ヒカルはリチャードへの罪悪感と反発する感情の間で揺れる。
ヒカルは、コトハとリチャードがライアンと自分を訪ねてきたことに困惑していた。ウィザードを退職して、四年。華やかな世界に隣接した職場から離れて、地道に暮らしてきた。唯ひたすらに子育てと一般企業での秘書として、働いてきた。毎日、生きていくのに必死だった。だけど、話せるようになったライアンと過ごすのはとても幸せだった。
ヒカルは、永遠にこの世界の王たるコトハとリチャードとは。関係ないと決めつけていた。
故に混乱していたのである。
(ライアン……)
ヒカルは、ぎゅっと両手を組み、涙を堪える。コトハとリチャードの前で泣くわけにいかない。自分が選んで、ライアンを出産してリチャードからライアンの存在を隠す為にヒカルは姿を消した。なのに何故今更、リチャードに再会せねばならないのか。
(リチャードさんには二度と会いたくなったのに……)
ヒカルはこれ以上二人のやりとりを見たくなくて、顔を俯かせる。もうどうすればいいのかわからない。堪えた涙が青の双眸から溢れる。
「ママ! 泣いてるの! 泣かないで……」
大好きな母親が泣き出している、ライアンはその事実に焦る。この世でたった一人の家族だ。ヒカルにつられて、ライアンはひっくひっくと泣き出す。その紫の瞳に涙を溜めて、大泣きする。ヒカルは、ライアンの様子に我に返る。ライアンに駆け寄り、我が子を抱き締めた。ライアンは、母親の温もりに涙を止めて、ヒカルにその無垢な眼差しを向ける。
「ママ……。もう泣かない?」
息子の問いかけにヒカルは、微笑む。
「ごめんね……。もう泣かないわ……」
その慈愛に満ちた微笑みで、優しく我が子を包み込む。
リチャードは、ライアンを優しく見つめるヒカルに信じられない想いを抱く。高位貴族で王家の分家の長子だったリチャードは、幼い頃実の母親を亡くし、義理の母親と実の父親に愛された覚えはない。自分を育ててくれたのは、乳母や使用人で彼らにも親しみを感じなかった。彼はヒカルを愛するようになるまで誰かを愛した記憶がない。ヒカルは、我が子を慈しんでいる。そして、息子のライアンも母親を無条件に慕っている。リチャードが、ヒカルを愛したのは彼女が他人を愛しめる存在だったからかもしれない。
「ママ~。大好き!」
無邪気な息子の発言にヒカルは、心から笑う。
「ママもよ……。ライアンのこと、大好きよ」
微笑ましい親子のやりとりにリチャードは、己の幼い頃の苦い過去を追憶する。いつも一人だった孤独な幼い自分を。リチャードは瞠目する、もしヒカルが自分から逃げなければ自分の息子を育てられられたかもしれないと。その機会を奪ったヒカルに怒りの感情を抱く。この4年間、ヒカルを失ったことへの絶望に囚われていた己がおかしいとリチャードは苦笑する。彼女は自分を裏切っていたのに。
「ウィル王、随分と怖い顔をしているわね」
予言の姫、コトハがくすくすと笑いながらリチャードに話しかけてくる。リチャードは、コトハから顔を背けた。この人を食った天空界の王がリチャードは、苦手だ。王位についてから何回か会談したことがあるが、人の心中を見透かすような新緑の大きな両方の瞳が自分に向けられると、いつも目を合わせられなかった。
この4年間、ヒカルのことを考えると呼吸すらできない位苦しかった。姿を消した番の少女のことを想像すると、息が詰まった。金色の髪に青の澄んだ双眸の妖精のような美少女。己の腕の中で甘い声を零す少女の姿を何度も夢想した。己の番の天使。今、恋焦がれた存在が目の前にいるのに、あまりにも遠い。リチャードは、ヒカルとコトハに気付かれぬように嘆息した。そして、彼女が必死に自分から隠した自分の子という事実がリチャードは、受け止められずにいた。
『パパ……?』
幼子独特の澄んだ声音で自分を呼んだ、ライアンにリチャードは今だ戸惑っていた。だが、幼い頃の自分に生き写しのような容貌にウィル王族の紫の王眼。間違いなく自分の子だ。ヒカルが必死に西の魔王から守った子ども。ヒカルに抱き締められているライアンがじっと自分を見つめて、にこっと笑った。
「パパ!」
小さな手でリチャードを嬉しそうに指差す。その言葉にヒカルが、絶句する。二人で生活してきて楽しそうにしていたライアンが、自分の父親が生きていたのを知って心から喜んでいる、やはり母親だけでの子育ては無理があったのか、と。
「ヒカル、悪いけど私今日ここにいられるの後、少しなのよ。大人三人で話し合いたいんだけど
いいかしら? ライアンは、ウィザードのソウ警視正が見ていてくれるから」
ヒカルはコトハの言葉に頷いて、ライアンへと声をかける。
「ライアン、ママね、こっちのお姉さんとライアンのパパとお話があるの。いい子にしていてね?」
くしゃりとライアンの頭をヒカルは撫でて言い聞かせる。
「うん! ママ、僕いい子にしているよ!」
親子の微笑ましいやり取りに、リチャードは胸が痛む。与えられなかった家族の愛をごく当たり前に受けている我が子が、羨ましいのか。自分の狭量さにリチャードは笑うしかない。
「じゃあ、ヒカル、ウィル王こっちよ。病院の応接室を借りたの」
コトハが、病室からヒカルとリチャードを案内するように部下に指示する。ヒカルは、青の瞳でリチャードに一瞬、視線をやり気まずそうに目を逸らした。
白い壁の病院らしい廊下をウィザードの職員が、先導しリチャードとヒカルは後をついていく。久しぶりにかつての恋人の存在を互いに身近に感じるが、距離がありすぎて二人はどうすればいいかわからない。互いに視線を合わせようとはしない。
ヒカルは、リチャードからの自分への怒りをあらわにした瞳が、突き刺さるようで真っ直ぐに受け止めれなかった。自分の判断は間違っていなかったと、今もヒカルは思える。それでも、かつて愛したリチャードを裏切ったのは自分なのだから。その全てを見通すと言われているリチャードの紫の王眼に、彼への罪悪感とかつてリチャードと愛し合った幸せな記憶を暴き立てられそうで怖い。
何でここに彼はいるのだろう、ウィル神界で王をしている筈なのに。ライアンと二人天空界で静かに生活をして、ヒカルは満ち足りていた。自分たちを放って置いて欲しかった。ライアンがお腹にいると分かった時に、リチャードに会いにウィル王城まで行ったが、会っても貰えなかったばかりか手酷く対応された。それがリチャードの意志だとヒカルは結論を出して、姿を消した。今更、会いに来られてもと、ヒカルはリチャードへの罪悪感と反発する感情の間で揺れる。
ヒカルは、コトハとリチャードがライアンと自分を訪ねてきたことに困惑していた。ウィザードを退職して、四年。華やかな世界に隣接した職場から離れて、地道に暮らしてきた。唯ひたすらに子育てと一般企業での秘書として、働いてきた。毎日、生きていくのに必死だった。だけど、話せるようになったライアンと過ごすのはとても幸せだった。
ヒカルは、永遠にこの世界の王たるコトハとリチャードとは。関係ないと決めつけていた。
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