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3話 静寂が破られる時1

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 ヒカルの朝は早い。ぐっすりと眠っているライアンを起こして、急いで二人で朝食を取り、職場と保育園へ急ぐ。

 二人で手を繋いで、保育園へと向かう途中でヒカルは高位魔族の気配を感じた。今も自分と同化している光の杖の能力だ。光の杖は、ウィザードから離れるヒカルに無理矢理ついてきた。何かがあったら困るでしょ? と言いつつ自分についてきてくれる相棒の優しさにヒカルは泣きたかった四年前を思い出す。

 そんなヒカルの中の感傷は、吹き飛ぶ。ヒカルが光の杖を通して見たものは、妖艶な深紅の双眸の黒い髪の凄まじい魔力を放つ存在。ヒカルは、ウィザードの警部だった時に、彼と一度だけ対峙したことがある。その時は辛くも勝利した。

「西の魔王!」
 ヒカルは、自身の封印を解く。茶色の髪が金糸の髪へと変化する。ばさりと翼を広げて、己の身体から光の杖を呼び出す。ヒカルは、光の杖と同化して、瞳が金色に変化する。

 それと同時に、ヒカルの存在を天空界の予言の姫がウィル神界のウィル王が察知する。
「コトハ様?」
 式典の最中に関わらず、予言の姫コトハはその緑の双眸を見開く。
「ウィル王?」
 己の婚約者に選ばれたソフィーとのお茶の最中に、ウィル王リチャードは天空界へとその紫の王眼を向ける。

 自分自身にかけていた擬態の封印を解いたのだ。光の杖は天空界で一番強い力を持つ神器だ。その相棒たるヒカルも凄まじい光の魔法使いである。ヒカルの身体が金色に発光する。光の杖を片手にヒカルは、西の魔王の出方を探る。彼の狙いは、現ウィル王のリチャードの子であり、濃い純粋な紫の王眼を持つライアンだ。深紅の双眸と青の双眸がぶつかり合う。互いに相手の出方を待っている。

「ママ!」
 ライアンの子どもらしい高い声が反響する。ヒカルははっと振り返り、ライアンへと視線をやる。ヒカルの変貌した姿に驚愕したライアンは、信じられない感情をその青の瞳に滲ませて、ヒカルを見ていた。ヒカルは、自分の子どもに隠していた姿を見られたと力を使うのを一瞬、ためらう。

 西の魔王は、ヒカルの隙を見逃さなかった。その手から紅の光を放出する。凄まじい紅の光が、ヒカルを襲った。ヒカルはライアンを背中に庇い、両手で光の結界を張る。ヒカルが張った光の強固な結界は、一度は西の魔王の攻撃を防ぐが、西の魔王はその手から更に激しい紅の光を放つ。

「ライアン!」
 ヒカルは光の結界が砕かれるのを察して、ライアンを突き飛ばす。アスファルトの地面にライアンは叩きつけられて、血が腕や足から流れる。痛みを感じて、ライアンは泣き出すが、目の前のヒカルの姿を確認して泣き止む。

「ママ……」
 ヒカルは、ライアンよりも血だらけだ。なのに、ライアンを守ろうとして、西の魔王を睨み据えている。西の魔王から視線を逸らさない。自分を守る為だ、と自分の母親の決意に満ちた顔を見据えて、ライアンは怯える。ライアンの瞳に何故かその西の魔王の力が


 自分の母親の力は、西の魔王とは対等だ。だが、自分を守りながら戦う母親は不利だ。ばっとヒカルは足を踏み出す。先制攻撃をするしかないと西の魔王をヒカルは、めつける。

「光の杖使い……。これで最後だ……。次代のウィル王はこれで終わりだ。そしてその力の根源である紫の王眼を抉り出して、私の力へと変える」
 ばっと西の魔王が手から力を放つ。ヒカルは、即時に光の結界を張った。ヒカルは攻撃のチャンスを失い、目を瞑る。

(もう……駄目! ライアンだけでも!)
 閉じていた青の双眸を開き、ヒカルは空に浮かぶ西の魔王を見据えた。自分は命を落とす。それでもと決意する。自分に何か合った時は、アカリとデイビッド夫妻にライアンを引き取ってもらえるように手配している。

 ヒカルに紅い光が迫る。

「ママ!」
 ライアンが大きな声で叫ぶ。それと同時にヒカルがライアンに施した封印が弾け飛ぶ。その青の瞳から濃い純粋な紫の瞳へと色彩が変化する。紫の光が発して、その力が西の魔王を攻める。ヒカルと西の魔王の驚愕する顔がライアンの見た最後の光景だった。

 ライアンが次に目にしたのは、白い天井とクリーム色のカーテンと自分が寝ている白いシーツ。自分の目の前に白い包帯を腕と足に身体に巻いたヒカルがいた。

「ママ……。何でママの髪は金色なの? 金色は王家の人の髪の色でしょ?」
 ライアンの紫の王眼に見据えられて、ヒカルは泣き出す。ライアンを守る為とは言え、嘘ばかりをついてしまった。父親と引き離し、その王眼からウィル王族として大切にされただろうにと。ウィル神族と天空族の両王家の血を引きながら、両親から引き離されて、それに見合った教育も施されなかった自分に置き換えて、ヒカルは自省する。自分の想いから天空族として育ててしまった。

「ライアン、ごめんね……。あなたのパパはお空に帰ったと言ったけど、本当は……」
 ヒカルの澄んだ青の二つの瞳から透明な雫が溢れる。
「生きているわよね」
 ヒカルは自分の後ろから声がして、視線を後ろへと向ける。金糸のふわふわの髪に新緑の大きな円らな双眸。整った鼻筋に小さな赤い唇。綺麗なビスクドールの如き容貌に人を圧倒する存在感。

「コトハ様……」
 ヒカルがその女性ひとの名を呼ぶ。姿を変えた自分の母親も妖精のような愛くるしい容貌だが、目の前の女性は本当に綺麗でライアンは見惚れた。

「ヒカル、あなたが姿を消したのは、目の前のあなたの子どもが原因ね?」
 ライアンの封印が解けた紫の王眼をじっとコトハは凝視する。ライアンはきょとんと首を傾げる。ライアンは、ごく普通に育てられた子だ。予言の姫もウィル王の存在は知っているが、自分と関係しているとは知らない。ヒカルは高ぶっていた気持ちがコトハの登場により落ち着いていく。

「……コトハ様、それは子どもの前でする話ではないので、場所を変えてお話しませんか?」
 ヒカルは冷静を保ちながら、コトハへと言葉を返す。
「……そうね。では彼も一緒に」
 コトハは病室の扉へとヒカルの視線を促す。そこには、かつてのヒカルの恋人で現ウィル王のリチャードが、腕を組んで立っている。漆黒の短髪に濃い純粋な紫の切れ長の瞳に整った鼻筋の引き締まった唇の涼やかな美貌の元騎士である均整の取れた身体。シルフィード国風のシャツにジーンズと人目を避けた服装をしているが目立つ。人を圧倒する王の気配を感じさせる。ヒカルはその澄んだ円らな青の両方の目を驚きから大きく見張らせる。しかし、ヒカルは自分の感情に呑まれないように、ぐっと足を踏ん張り平静を保つ。リチャードから視線を逸らして、表向き無表情を装いながらヒカルはコトハに頷く。

 ライアンは、コトハに向けた視線とは違うびっくりした顔をリチャードに向ける。自分によく似た顔立ちの青年だ。幼いが、頭の回転の早いライアンは一つの可能性を導き出した。

「……パパ?」
 ライアンがぽろりと零した一言に、三人は固まった。
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