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[その5] かくれんぼ狂騒曲<後編>

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目の前の茂みが不意に動いたと思った瞬間、赤色の髪が飛び込んできた。

「うわ!サフォーネ!」

奇襲を掛けられて、驚きの声を上げたのはボルザークだった。
伸ばされてきた手から間合いを取ると、翼を広げて上空へ飛び立つ。
しかし、サフォーネはそれを追わなかった。
直ぐ近くに感じたもう一つの気配を追っていく。

「ミゼラ、そっちに行ったぞ!」

上空からボルザークが指示を出す。
サフォーネが向かった先には、ミゼラが潜んでいた。

「うぇ?!マジか…」

もう陽も落ち、ほぼ暗闇の中、がさがさと茂みを掻き分ける音が響く。
時折、薄っすらとその存在が浮かび上がるのは、再生の館が出来てから数か所に設置された灯りによるものだが、目で追うのは限界だった。
ミゼラは耳を頼りに、サフォーネの接近を予知しながら移動していたところで、誰かと衝突した。

「え?シャンネラ?」

「ミゼラ?」

四人は二手に分かれて移動しながら潜んでいたのだが、ミゼラが移動したことによって、その場所とぶつかってしまったのだ。

「おい、ふたりとも!早く逃げろ!」

トマークの声が届いたときには手遅れだった。
突進してきたサフォーネが、二人まとめて抱きしめるように確保すると、そのまま三人で草むらに倒れ込んだ。

「ふえ?サ、サフォーネ!?」
「ふぁあ!」

「つーかまーえたっ!」

『サフォーネを護る会』の暗黙のルールには、「危機的状況以外、みだりにサフォーネに触れない事」というのがある。
サフォーネから触れてくる事があったとしても、冷静に、紳士的に対応する。
これまで、再生の館で護衛を務める間など、突然手を繋いできたり、目隠しで驚かされたり、サフォーネからの接触に動揺しながらも、騎士としての対応はできていた。

しかし今回ばかりは、冷静なシャンネラも、気取り屋のミゼラも、対応の域を越えていた。

サフォーネに抱き着かれ、草むらに仰向けになった二人は、そのまま動く様子が無かった。

上空ではボルザークが、少し離れた地上ではトマークが、その様子に舌打ちをする。
それは騎士としての体面を崩した憤りよりも、羨ましさの方が強かったのだが。

膠着している二人の上から、満足げな顔で身を起こしたサフォーネは、立ち上がりかけて不意にその場で蹲った。

「…いたい…」

自分の足元を抑える様に座り込む姿を見て、トマークとボルザークは慌てた。

「え?どうした、サフォーネ…」

「まさか、怪我したのか?」

ミゼラもシャンネラも、まだその異変に気が付かない様子だ。
遠くからでは状況が分かりにくい。
トマークとボルザークはかくれんぼも忘れて、蹲るサフォーネに駆け寄った。

「さっき足首でも捻ったんじゃないか?」

「とにかく、すぐに癒しの天使の元へ連れて行こう」

これはまさに危機的状況だ。
…という打算的な考えは二人には無かった。
ただ、サフォーネを心配し、両脇から支えるように立ち上がらせる。
しかし、俯いていた顔を上げたサフォーネの表情を見た途端、二人は「しまった!」と思った。
次の瞬間、その細い腕が二人の腕をそれぞれ絡めとる。

「つっかまーえたー!」

見事に罠にはめられた二人は、あっけなく捕獲された。

「う、嘘だったのか?」

「やられたー!」

悲嘆の声を上げつつも、二人の口元は照れ臭さと嬉しさに若干歪んでいる。
本当の怪我じゃなくて良かったという気持ちと、サフォーネに騙しうちを食らうという、希少な出来事に幸せを覚えてしまう。
それが、推しへの性と言うものかもしれない。

そんな気持ちなど解らず、三文芝居の演技にいとも簡単に騙された二人を見て、クローヌは力なく「ははは」と笑った。


四人が受付へ戻る様子を横目に、サフォーネの視線が辺りを見渡す。
人数が一気に減って、だいぶ気配が探りやすくなってきた。
先程は一カ所にあった二人分の気配が今はバラバラに移動しているのを察知すると、サフォーネは迷うことなく、その一つを狙って動き出した。


ワグナと別れ、森の茂みの中を低姿勢で移動しながら、デュークは狼狽えていた。

(サフォーネの奴…一体どこであんな姑息な手段を覚えたんだ…。危うく俺も飛び出しそうになったじゃないか…)

ワグナに止められなければ、間違いなくそうしていただろう。
我ながらの過保護っぷりに怖さを覚えながら、デュークは一度足を止めて辺りを窺った。

(終了時間はまだか?そろそろ鐘が鳴っても良さそうなものだが…)


その頃、受付では見つかった者たちが続々と集まり、管を巻くように話していた。

「もぉー、あの子信じらんない。何ですぐに居場所が分かるのよー」

「本当に…かなり気配も殺していたつもりだったけどね…」

「すごかったですぅ」

三人娘たちは、再生の館裏手に止めてあった馬車に乗り込み、幾つかあった空荷の箱の中にバラバラに潜んでいたが、どの箱に誰が入っている、というのが見えているように、試し開けもせずにサフォーネは一発で探し当てたのだ。

「…確かに…あの子の察知能力は尋常ではないかもしれないですね…」

「私たち上位天使まで簡単に見つけられては…」

「それに、気配を悟られない術もほぼ完璧でしたわ…。あの子が近づいて来るのが早めに判れば、こちらも移動できましたのに…」

クシュカたちは来訪者の待機所である天幕の裏側に身を潜めたが、これも次々と捲られ見つかってしまった。
唯一そこから逃げ出せたキシリカも、結局捕まった事実に、面目無さそうに溜息を落とす。

その様子にセルティアがくすくすと笑い出した。

「あの子の察知能力は修行の時からずば抜けていましたから…。こうなる事は想定済でした」

「え。でもセルティア様…この人数なら気配も探りにくいだろうって…」

「えぇ、だってそうでも言わなければ、アリューシャの魔術で、すぐには終わらないでしょう?遊びはほどほどが良いのですよ?」

セルティアの策士ぶりに皆が唖然とする中、先程の一件の後ろめたさから、外れて佇んでいたルシュアがふと気が付いた。

「セルティア…?その砂時計、止まっていないか?」

「え?」

半時で砂が落ち切れば振動が伝わる様に設計されているそれが、言われてみればまだ反応がない。
セルティアが軽く振ると、閊えていた砂が全て落ち切って振動が起きた。

「………」

一瞬硬直したセルティアだったが、何事も無かったかのように、それを反転させて再び半時を測り始める。

「これは失礼しました。今から半時…少し時間が増えてしまいましたが、問題は無いでしょう」

「……いや、それはどうかな……それで一人の男の運命も決まるからな…」

自らが景品に仕立て上げた男とは言え、こればかりはデュークを不憫に思うルシュアだった。


結構なアディショナルタイムができてしまったことも知らず、デュークが耳を欹てて知らせを待っていると、誰かが近づいてくる気配を感じ取った。

(…まずい!)

素早く反対方向に移動しようとしたその時、目の前にふわりと降り立つ足元があった。

「!?」

冷やりとしたものを感じながら顔を上げると、そこに居たのはサフォーネだった。

「デューク!みーつけた!」

「しまっ…!」

嬉しそうな笑顔が迫って来る。
伸ばされる手に触れられそうになった時、不意に誰かに突き飛ばされた。

「逃げろ!デューク」

地面に手を着き、振り返ったデュークはぎょっとする。
エルーレとサフォーネが、互いの両手を組むように対峙していたのだ。



「ここは私に任せて。貴様は逃げるんだ!」

まるで悪漢から護ろうとするようなエルーレの勇ましい行動を見て、呆気に取られていたクローヌは、はっとなって口を開いた。

「エルーレさん。貴女は見つかりました。サフォーネにも触れられたので、敗退です。すぐ受付に…」

「う…うるさい!この状態で引き下がれるか…」

「むむぅ…じゃましないでぇ」

思いがけず力比べのようになる状態に、サフォーネも負けじと力が入る。
対決する二人を呆然と見ていたデュークだったが、我に返って立ち上がると走り出した。

「あ」

気が付いたサフォーネが不意に力を緩めると、勢い余ったエルーレがその場に倒れ込む。
サフォーネはそのまま駆け出し、翼を広げて逃げるデュークを追って、自身も翼を放出した。
クローヌも慌てて後を追う。

静まり返ったその場に、近くの茂みが動き出す音が響いた。

「…エルーレ…何やってるんだ。大丈夫か」

「ワグナ隊長…」

隠れてずっと様子を窺っていたワグナが、安全を判断して出てくると、エルーレは身を起こして座り込んだ。

「残念だったな」

慰めるように、エルーレの頭をぽんぽんと叩くと、ワグナはその手を引いて立たせてやった。
エルーレは羞恥に頬を染めながらも、憮然とした表情で口を開く。

「揶揄ってますね?…全く…遊びごときに真剣になって…参加などしなければ良かった…」

直属の上司も参加している手前で、それを言われてはおしまいなのだが、エルーレに悪気は無いのだろう。
ワグナは軽く肩を聳やかすと薄く笑った。

「まぁ、たまには良いだろ。それに、参加しなければしないで、ずっと気を揉んでただろうしな。お前の気持ちも少しは晴れたんじゃないか?」

「…ぅ」

全て見透かされている言葉に、エルーレは更に頬を染め、一瞬言葉を失くしたが、盛大に溜息をつくとワグナに向き直った。

「私はただ、こんなやり方で人をいいように利用することが気に入らなかっただけだ。…それも、無駄に終わったが…」

不器用なエルーレの言葉に、ワグナは失笑する。

「…解った。その気持ちは俺が引き継ごう。俺が優勝した暁には、デュークの身の安全を保証しようじゃないか」

「…え?良いのですか?ワグナ隊長も何か目的があったのでは…」

ワグナは元々参加するつもりは無かった。
ノルシュたちと酒盛りしながら、見物させてもらおうと思っていたところに、エンドレが自分の代わりに参加して欲しいと頼んできたのが理由だった。

想いが届かなかった相手への未練というよりも、エルーレの性格上、想う相手が辱められたり、辛い目に合わされるのが耐えられない筈だ…と。

エルーレがこれ以上傷つかないようにという、兄なりの気遣いを敢えて説明することもない。

「…まぁ、そうだな…。あいつに何か頼み事をするとしたら…結婚祝いを弾んでくれってところかな」

ワグナはそう言うと、笑いながらその場を去って行った。


「…っ。鐘はまだか…」

デュークは呟きながら後ろを軽く振り返った。
結構な速度を上げて飛んでいるが、サフォーネもそれに負けじと着いてくる。

(……随分と、飛べるようになったな…)

出逢った頃に飛べなかった天使を思えば、感慨深い想いに浸りたいところだが、今はそれどころではない。
デュークは視線を前方に戻し、飛び続けた。

再生の館が見えてきた。
見つかった者たちがこちらに気が付き、はやし立てるように騒いでいるのが解る。

見れば殆どの者たちが居る気がする。
中でもルシュアの姿を認めれば、景品としての貞操の危機は免れそうでもあるが、疑わしいのは時間の経過だった。
体感的にとっくに制限時間は過ぎている筈だ。

「もう時間だろ?!過ぎてるよな?!」

デュークは再生の館の上で滞空し、眼下の者たちに呼びかける。
狼狽えている声音を耳にして、セルティアがクスクスと笑うのを、上位の天使たちは複雑な笑みで見つめた。
その悪戯に乗っかって、見つかった者たちも捲し立てる。

「まだ見つかっていないのもいるぞー?」

「そうだそうだ。最後までやり通せ!」

「隊長~!しっかりー!」

「サフォーネ、負けるなー!」

好き勝手言う仲間たちに苛つきを覚えながら、突進してくるサフォーネを交わす。
戦いの場で鍛え上げ、自由に滞空できる騎士の動きと違い、サフォーネは真っすぐに突っ込んでくるだけで、逃げるのは簡単だった。
しかし、サフォーネは諦めず、何度も向きを変え、再びデュークを捕えようとする。

「…おい。サフォ…。お前に俺が捕まえられる訳ないだろ?諦めろ。あまり無茶をすると…」

この時間、休む間もなく飛翔し続けている筈だ。
疲労で翼が動かなくなれば、落下する。

「いや!…デューク…つかまえ…るっ…」

何度もそのやり取りが繰り返されれば、サフォーネの疲れも明らかになってくる。
息も切れ切れに、額から汗が頬をつたう。
その真剣な顔を見ると、デュークは眉根を寄せた。

(…これでは、過保護と言われても仕方ない…か)

デュークが不意に動きを止めると、サフォーネはその胸に飛び込んだ。
いつかの記憶の既視感。
しっかりと受け止めたサフォーネが、腕の中で嬉しそうに顔を上げた。

「…デューク…つかま…え…た…」

「!!」

ほっとしたように、がくりと力が抜けるサフォーネの翼が背中に格納される。
デュークは慌ててその身体を抱え込んだ。

「…全く…」

デュークがサフォーネを抱えたまま地上に降りたつと、ナチュアが慌てて駆けつける。
かくれんぼ終了を知らせる鐘が打ち鳴らされた。


「……という訳で、勝者が決まったな。勝ち残った者は集まってくれ」

ルシュアの指示を受けて、見つからなかった者が皆の前に揃った。
アリューシャ、ナチュア、館の女性職員たち等、再生の館に潜んでいた者たちが殆どだった。

「…む。ワグナ…。勝ち残ったか…」

先程仕掛けられた恨みはあるが、騎士で生き残ったのはワグナだけだ。
騎士団の面目が保たれた事には感謝するしか無い。

「ははは、悪いな。くじ引きは公平に頼むぜ?審判員」

勝ち残った者たちの顔ぶれを見れば、デュークへ無茶振りをする者は居ないだろう。
ワグナはあとは運を天に任せることにした。


サニエルの協力で、クローヌがくじを用意し始め、かくれんぼ大会はいよいよフィナーレを迎える。
ルシュアは改めて周囲を見渡し、笑みを浮かべていた。
普段話をしない者同士が打ち解け、親睦を深め合っている。
それだけで、この企画は充分成功した。
個人的な楽しみはさて置き、総隊長としては満足だった。

くじが用意できたクローヌがルシュアの元へやって来る。

「ここに残っている者たちで間違いないか?」

ルシュアが再び確認すると、クローヌは一歩前に出てその顔ぶれを見渡す。

「えぇ。間違いありません」

そう言いながら、名簿に有った見知らぬ名の疑念が払拭された。

(なるほど、あの人か…)

「では、最初のルール通り、残った者たちでくじ引きを始めよう。デュークはぎりぎりのところで敗退したからな」

腕の中でぐったりしているサフォーネを抱えたまま、デュークは諦めの溜息を零した。

急ごしらえで作ったくじは、竹串の先を折った物を当たりとすることにし、それを握ったクローヌが勝ち残った者たちの前に差し出した。

「一斉に選んで引いてください。先が無い人が当たりです」

ナチュアもアリューシャも、ごくりと生唾を飲み込んでくじに手を掛ける。
他の者たちも全員がくじを選び、一斉に引き抜いた。

「あ~、外れだわ~」

「私もー」

「…残念…」

女性職員たちから嘆きの声が上がる傍らで、ナチュアやアリューシャも愕然とする。

「やだ、外れね…」

「私もです…となると、一体どなたが…?」

ワグナを見た二人だが、ワグナは肩を聳やかしながら、外れくじを掲げた。

「あらぁー、私?これは、私が当たりで良いのかしらね?」

その声に皆が注目する。
そこには、再生の館で癒しの天使として勤めているスラワが居た。

「えー?おばあちゃまが?すごーい…」

マオラが驚いて両手で口を覆うと、スラワは「ほほほ」と笑って当たりくじを見せつけた。

「優勝者はスラワさんです!」

クローヌの発表に皆が拍手を送る。


デュークは、疲れたまま眠り込んでしまったサフォーネを見学席に座らせると、後はナチュアに託し、スラワの前に進み出た。

「え…と…スラワさん。おめでとうございます…。って、俺が言うのも変な話なんですが…。とにかく、約束です。出立式前までのどこか一日、俺は貴女の為に尽くしますので…」

どこまでも真面目で誠実なデュークの言葉を聞くだけで、三人娘や女性職員たちは、自分たちが言われた事のように色めき立った。
スラワは自分よりもずっと背の高い青年を見上げ、くすくすと笑う。

「それでしたら、もう充分尽くしてくれてますよ?覚えてないかもしれないけど…。貴方が騎士として駆け出す前、貴方は私と癒しの天使の卵たちを一日護り切ってくれました」

その言葉にデュークは瞳を見開いた。

「…あ。あの時の…」


それはデュークがまだ騎士見習いとしての実践訓練中、同じく実践訓練で参加していた癒しの天使たちを指導していたのがスラワだった。

実践訓練は、まだ実体化しない魔烟の場所を選んでのものになるが、その時は運悪く魔物が見つかり、指導にあたっていた騎士たちが攻撃に向かう中で、デュークたち見習いは癒しの天使の護衛に務めたのだ。

ルシュアとワグナもその当事者で、スラワの話で昔を思い出していた。

「あぁ、あの時か…。確か、まだ小さなベアルが一体見つかって…先輩方が対処する中、俺たちの前にも新たな一体が飛び出して来たんだったな…」

「…そうだったな。私とワグナは咄嗟に闘いに挑んだが、後でこっぴどく叱られた…『何があっても天使たちから離れるな』という指示だったからな…」

実際、すぐに現役の騎士達が駆け付け、魔物は討伐できた。
ルシュアとワグナの行動は認められつつも、評価は決して高くなかった。
当時の見習い騎士は全部で五人居たが、その中で指導をしっかり守ったのはデュークのみ。
闘いに挑まなかった他の二人も、指導の騎士に助けを求めに持ち場を離れるという不始末を起こし、ひとりはそれを期に騎士の道を諦めた。
もうひとりは、後にデュークを退団に追いやる者だったが、結局騎士としての素質はなく、辞めて行った。

スラワは微笑みながら言葉を続けた。

「咄嗟に離れていく騎士様を見て、私は思わず『行かないでください。この子たちを護って』と懇願しました。するとデューク様は『何があっても、必ずお守りします』と、片時も私たちの傍から離れず励ましてくださった…それがどれだけ心強かったか…」

「…それは…当時の俺が最大限にできることをしただけなので…」

謙遜する姿に、再び女性たちが色めき立つと、ルシュアが面白く無さそうに口を開いた。

「そうだな。デュークはあの時、騎士として立派に務めを果たした。それは認めよう。しかしそれはそれ、これはこれ、だ。騎士なら約束をしっかり果たすべきではないか、と思うが…?」

景品の立場に引き戻され、デュークは一瞬ルシュアを睨んだが、スラワがこのかくれんぼに参加した以上、景品を望んだのは事実だ。
ならば確かに、その役割を果たさなければならないだろう。

「…そういう訳です。スラワさん。何か言いつけてもらえれば…」

あくまで殊勝な態度と言葉に、スラワは困ったように眉根を寄せた。

「そう?あの時一日、私の願いを聞いてくださったことになるから、お礼だけ言えればと思ったんだけど…」

言いながら周囲を窺うと、皆何かを期待しているのが伝わってくる。
更に目の前には、真面目に頭を下げている騎士も居る。
これは何かお願い事をしなければ収まらないだろう。

「そうねぇ…それじゃ折角だから、何か一つお願いでもしようかしらね」

その言葉に、デュークは息を呑んだ。
周囲も、年配者のスラワが何を願うつもりなのか、固唾を飲んで見守る。

「聖殿に帰る馬車に『お姫様抱っこ』というもので、私を乗せて頂けないかしら?」

その瞬間、皆から笑いと拍手が起こった。
スラワの茶目っ気と気遣いのお陰で、誰もが笑顔で終わる大会の幕引きとなったのは間違いない。
デュークはほっと息を吐くと、すぐさまスラワをその場で抱き上げた。

「仰せのままに」

月が空高く昇るセレーネ島に、皆の笑い声がしばらく響いていた。


~おわり~
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