サフォネリアの咲く頃・サイドストーリー集

水星直己

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[その5] かくれんぼ狂騒曲<前編>

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※第45話の裏話。本編第四章までの登場人物の出現あり。


その日、『再生の館』があるセレーネ島では、一月後に大闇祓いに向かう蒼の騎士団・天使団の激励会が行われていた。
団員たちはもちろん、蒼の長、ババ様、アリューシャ、聖殿の職員たち数名がセレーネ島を訪れ、再生の館に勤める職員たちも、その給仕を仕事収めとして、かなりの人数が賑わった時を過ごしていた。

そして、会も本格的に締めくくりを迎える時間に、ルシュアが放った一言で、一つの催しが始まろうとしていた。

「…かくれんぼ?」

サフォーネの口から出た言葉に、ルシュアが聞き返すと、満面の笑みと頷きが返ってきた。

思いがけない発言にくすくすと笑い出す者もいれば、呆れたように肩を聳やかす者も居た。
その中から、片手の盃を掲げ、乗り気の声を上げたのは、第五部隊副隊長メルティオだった。

「おー?かくれんぼとは懐かしいな。子供の頃を思い出す」

酒を含んでほろ酔い状態の足取りは、果たしてかくれんぼに参加できるか怪しいものだったが…。
大きな地声が更に大きくなっているメルティオの傍らで、双子のミガセとムガサは顔を顰めながら苦笑する。

「俺たちの世代では遊びでやったことは無いよな。良く気配察知の訓練に利用したけど」

「そうだな。そもそも気配で見抜かれるのに、かくれんぼなんて成立するか?」

メルティオよりも八歳下の双子にとっては、五、六年前までの話になる。
騎士も天使も気配察知の訓練は必須であり、その世代によって訓練内容も変わる。
双子と同期のエルーレ、ジュフェル、ジャンシェンたちは、かくれんぼに似た訓練をやっていたため、遊びとしての魅力は無いのだろう。

ジャンシェンは相談事を持ちかけてきた後輩との会話に戻り、ジュフェルは再び失恋同盟で酒を酌み交わし始め、エルーレも我関せずと、話の輪に加わることは無かった。

だが、かくれんぼは殆どの者が体験し、懐かしさを覚えるのも事実だ。
他の騎士たちもそれをきっかけに、それぞれ昔話に花が咲き始めると、成り行きを見守っていたアリューシャが、ごほんと咳払いをした。

「でも、面白そうじゃない?得意不得意があるなら、皆公平になる様に、魔術で島全体の気の感覚をマヒさせるようにしてあげるけど?」

その提案にどよめきが起きた。
島を包むほどの空間を作り上げるなど、かなりの魔術を要する。
それを簡単に言ってのけるアリューシャの度量には敬意を表するが…。
皆が顔を見合わせて戸惑っていると、セルティアが口を開いた。

「そこまでしなくとも大丈夫でしょう…。これだけの空間に大勢居れば、気配の探り分けは難しいと思いますよ?」

同意するように皆が大きく頷く。
たかだか遊び事で、蒼の巫女に大魔術を使わせる訳にも行くまい。

「…そぉ?まぁ、それならそれで…。で、どうするの?ルシュア」

「そうだな…」

改めて見渡せば、皆あまりこの話を本気に捉えていないようだ。
仲間との談笑に戻る者、卓上に残っている食事に再び手を付ける者、帰り支度を始める者。
激励会の式辞はとっくに終わり、既にもう自由行動を許可している段階だ。
この後の時間を拘束する権利はないが、このままお開きにするのも勿体ない気はする。
イルギア、ディーアなど、既に帰宅した者も居るが、今居る仲間だけで親睦を深め合うのも悪くない。

「…よし!サフォーネの提案に乗ろう。そして、最後まで隠れ切った者には何か褒美でも考えようじゃないか」

ルシュアの聞こえよがしに放った言葉に、それぞれに過ごしていた者たちが再び注目し、帰り支度をしていた者も手を止める。
アリューシャが身を乗り出した。

「褒美って?」

「うーん、そうだな…金貨一袋、でどうだ?私の懐から提供しようじゃないか」

「へぇ~。かくれんぼして貰える額としては悪くないかしらね?」

金貨一袋は平隊員がもらえる、月の報酬とほぼ同額になる。
ルシュアの太っ腹ぶりに、新たなどよめきが上がった。
一方で、隊長・副隊長職には珍しくもない金額だ。

「金貨一袋か…悪くないと思うが、どこか面白みに欠けるな」

センゲルの一言に、ベテラン組は笑いながら頷いた。

「そうだな。ここはこうもっと…負けた者は罰ゲーム、とかはどうだ?」

面白がるムードラの一言に、ルシュアも考える。
確かに、この企画を実現し、大いに盛り上げるなら、並みの報酬では物足りない気がする。
そこへ、お披露目用の鎧から普段着に着替えたデュークが館から出てきた。

「何の話だ?」

何やら皆が盛り上がっている様子に、事情が分かっていないデュークの素の表情を見て、ルシュアの悪戯心に火が付いた。
不敵な笑みを浮かべると、声を高らかに宣言する。

「それなら、金貨に加え、蒼の騎士デュークヘルト1日借り放題ってのはどうだ?」

「は?」

突拍子もなく名前を出されたことに、素っ頓狂な声を上げるデュークをお構いなしに、その提案にいち早く反応する者たちが手を挙げた。

「やりますー!!」

「乗ったーー!!」

『デュークを応援する会』の三人娘と、カルニスだった。
完全に置いていかれているデュークを気の毒に思ったナチュアが、こっそり耳打ちをする。

「先程のサフォーネ様の提案にルシュア様が乗りまして…優勝者には何か褒美を…と。それで…」

「…な!ルシュア。どうして俺が…」

「お前はサフォーネの保護者だろ?サフォーネの要望を叶えてやるんだから、その礼は保護者にしてもらうのが筋じゃないか?」

「………」

一見筋が通っているようで、無茶苦茶な理由に、開いた口が塞がらない。
デュークが言葉を失っているのを遠目に、センゲルたちベテラン勢が肩を聳やかす。

「面白みを加えろとは言ったが、デュークを好きにしろ、と言ってもな…」

「うむ…借り放題ってことは、何でも命令できるってことなんだろうが…しかしなぁ…」

「そこまでの恨みも無し…」

「…やはりここは若手や女性たちに夢を持たせて、俺たちは遠慮しておくか」

センゲル、クーガル、ノルシュ、ムードラたちは、再び盃を受け取り、高みの見物を決め込むことにした。

その会話を耳にし、恋敵デュークによって失恋したジュフェルが、マーツに目配せして迷わず手を挙げる。

「俺たちも乗ったー!」

この催しに乗り気になる者が増え始めると、改めて話の波が拡がって行く。

「デューク隊長を借りられる…?どういうことだ?」

「頼み事とか聞いてくれるらしい」

「何でもお願いしていいのかしら?」

「かくれんぼで最後まで見つからなければ、だろ?」

「面白そうだな」

「参加してみる?」

「やってみてもいいかもな」

このままでは本当にかくれんぼが開催し、景品に仕立て上げられそうな状況に、デュークは慌てる。

「ちょ…待ってくれ…おい、ルシュア!」

「なぁに。お前も参加して、お前自身が勝てば良いんだ。それなら問題ないだろ?」

「……」

ルシュアとデュークのやり取りに、再生の館の職員たちもくすくすと笑っている。
職員たちは宴の末席で食事を済ませ、片付けに取りかかろうとしていた。
指示を出すサニエルの元へ、付き添いと共に蒼の長イフーダと、ババ様がやってきた。

「若い者たちがお騒がせして申し訳ありません」

頭を下げるババ様にサニエルが恐縮そうに首を横に振った。

「いやいや、皆さん仲のよろしいことで…。今日我々は給仕に回るよう、王から話を受けております。お気になさらず」

「ありがとうございます。ここからは若い者たちで楽しく過ごしてもらう事にして、私たちは聖殿へ戻ります。この度はお世話になりました」

「左様でございますか。『大闇祓い』の成功を、我々も祈っております」

挨拶を済ませたババ様がセルティアの元へ歩み寄る。

「後は貴方に任せますよ?皆が羽目を外さないよう…」

「承知致しました。エターニャ様」


長とババ様、付き添いの聖殿の職員たちが密かに島を出る中で、かくれんぼ企画は進んでいく。

「で、鬼は誰?」

「そりゃサフォーネだろう」

「サフォ、がんばる!」

「…そ、そう。頑張って」

既にもう興奮が収まらないように、瞳をきらきらさせたサフォーネが答えると、アリューシャは頷くしか無かった。

「サフォーネに見つかり、手を触れられた者は負けだ。最後まで逃げ切ったものを優勝者とするが…」

「お待ちください!」

話を遮るよう、ナチュアが手を挙げた。

「その前に、サフォーネ様のお召し替えが先です。出立式前に新しい装束を汚されてしまっては…」

お披露目の新装束のままだったサフォーネを見て、ルシュアも頷く。

「解った。サフォーネの支度が整うまで、正式に規則を決め、参加者を募るとするか。…誰か纏めてくれる者は居ないか?」

「それでしたら、私どもの方で参加者名簿と大会の記録をつけましょう」

宴席の片づけが終わった館の職員の中から、サニエルが一歩前に出てきた。
他の館の職員たちも満面の笑みで後ろに控えている。
楽しそうな企画に自分たちも混ざりたい、という様子だった。

「それは助かる。では、皆様に頼むこととしよう」

再生の館前の宴席だった場所が、徐々にかくれんぼ大会の会場へと変わって行く。
参加しない者たちの見学席、その傍らに受付窓口、見つかった者の待機場所等。
何やら本格的になってきた事態に、デュークは益々頭を抱えた。

「羽根人ってのは、くだらないことに盛り上がるんだな。…ま、頑張れや」

成り行きを傍観していたトワが、果物を片手に頬張りながら、デュークの元へやってきた。

「…他人事だと思って…」

「お前が勝てば問題ないんだろ?」

「…それはそうだが…」

仲間から完全におもちゃにされている上に、トワまでが面白がっているように見える。
デュークが重たい溜息を落とすと、ルシュアがやって来た。

「何なら、トワも参加したらどうだ?勝ったら、デュークを一日好きに使えるぞ?」

その言葉にデュークはルシュアを睨みつける。
トワは肩を聳やかすと、果物を全て平らげた。

「興味ねぇな…。…まぁ、どうしても参加して欲しいってのなら…」

そう言って人差し指をルシュアに突き付けた。

「蒼の総隊長さんが景品になるって言うなら、乗らなくもないが?」

特に恨みがある訳でも無いが、ルシュアの事を以前からいけ好かないと思っているトワは、挑発するような口ぶりで返事をした。

これが同族嫌悪というものか…。
決して自分を助けるためにトワが言っている訳では無いことを知っているデュークは、そのやり取りに力無く項垂れる。

ルシュアは一瞬硬直したが、「ふん」と鼻で笑った。
恐らく客観的に、蒼の総隊長が景品になる方が確かに面白みを増すと考えたのだろう。
だが、それでやすやすと景品になる程、御人好しではない。

「私が景品になってどうする。デュークが景品だからこそ、私が参加する意味があるのだ」

景品をどう扱おうと考えているかが解る言葉に、デュークはぞっとした。

「あらぁ。でもそれ素敵な提案じゃない?蒼の総隊長を賭けての大会なら私も参加したいわ」

近くで会話を聞きかじっていたジャンシェンが話に入ってきた。
その言葉にデュークは顔を上げる。
トワひとりの意見では覆る筈もない話だが、このまま矛先が変わらないか、淡い期待を寄せながら、ジャンシェンに注目した。

ジャンシェンは力技では右に出る者も居ない程、騎士団一の大きな体格をしているが、心は女性そのものだ。
そして、その恋愛対象は男性であり、昔からルシュア一筋である。
且つてその想いも伝えたが敢え無く振られ、ルシュアが自分に振り向くことは無いと知りつつも、時折このようにモーションを掛けては反応を楽しんでいるのだ。

それぞれの思惑が顔に出る二人の不敵な笑みを見て、ルシュアは半分顔を引きつらせる。



トワは自分とは正反対の性格と思いきや、その「素直ではない」という内面に於いては身につまされる部分を突き付けられる事がある。
ジャンシェンについては、その好意は有り難く受け取りたいところだが、自分よりもガタイの大きい相手にそのような気分になることが出来ない現実があった。

その二人が自分を景品とした場合、どう扱う気でいるのか…。
一瞬、デュークの気持ちが解った気もしたが、そこは都合よく蓋をした。

「は、ははは、そうか。だが私は賞金提供者だ。謂わば、私が居なければこの企画は成り立たない。そんな私が景品になる訳ないだろう。残念だったな」

何とか虚勢を張り、手をひらひらと振ってその場を去って行くルシュアを見送り、ジャンシェンは大げさに嘆くように口を開いた。

「あら残念~。じゃ、私は見学に回ろうかしらねぇ」

それまでのやり取りを傍らで見ていたリュシムが、切なそうに溜息を零した。

『貴方以外には興味が無い』そう伝えたいジャンシェンの心が十分伝わってくる。

(これがジャンシェンなりの想いか…)

先程までジャンシェンに相談を持ちかけていたリュシムもまた、恋愛対象は男性で、唯一人ずっと想い続けている人が居る。
だが、その人には好きな女性が居て、こちらに振り向いてもらえないことは解り切っているのだ。

ジャンシェンはルシュアの背中を見ながら小さく溜息を落とすと、デュークに向き直った。

「モテる男はつらいわね、デューク。健闘を祈ってるわ」

そう言ったジャンシェンはリュシムと共に、見学席に向かって行った。

かくれんぼ景品と言う立場を逃れる何かが起きるかと期待したが、事態は好転せず、再び肩を落としたデュークを励ますように、トワはその肩を叩いた。


再生の館前に設けられた、かくれんぼ参加者受付窓口が始動する。
サニエルと館の女性職員たちの前に机が置かれ、その上には参加者名簿が用意されていた。

「それでは、参加ご希望の方は順番にお並び下さい」

希望者が並ぶ中、列に加わった『デュークを応援する会』の三人娘は、真剣な顔で話し合いを始める。

「いい?私たちの誰が勝っても抜け駆けは無しよ?デューク様を一日借りられるなら、三人で一緒に」

「解ってるわよ。幸せは三人で分かち合いましょう」

「他の人には、絶対負けませんよぉ?」

メラメラと闘志を燃やす三人娘の気迫に、後ろに並んでいたミガセとムガサは思わず一歩退いた。

ふたりが参加したのは、デューク借り放題という景品や金貨を狙っている訳ではなく、単純に面白そうだから、という理由だった。

「もし、俺たちのどちらかが勝っても、デューク隊長の件は辞退したほうが良さそうだな…」

「あぁ。変に怨まやれても困るしな」

「どうした、どうした、二人とも~。辛気臭いぞ?楽しくやろうな」

二人の肩に手を回し、酒の臭気を撒き散らしながら笑うメルティオも、双子同様に景品には興味のない人物だ。

このお祭りのような企画を素直に楽しみたい、という気持ちで参加する人物はあとどれくらいいるのだろうか。

双子は顔を見合わせて苦笑した。


そこから少し後ろにはカルニスが並んでいた。
その背後に並んでいるのは、日頃あまり目立つことのないキューネラという新人隊員だった。
カルニスは振り返って何気に声を掛けてみた。

「俺、デューク隊長を借りられるなら、一緒に遠出とかして、旅の話を聞きたいんだよな。…お前は?」

一年後輩のキューネラと話すのは初めてかもしれない。
それに驚いたキューネラは俯き加減だった顔を上げ、頬を紅潮させると再び地面に視線を落とし、おずおずと話し出した。

「ぼ…僕は…剣の稽古…とか…かな。あとは…一緒に居られるだけで…」

「剣の稽古か!!それもいいな」

新人隊員が隊長を借りられるなどおこがましいと思っているのだろう。
遠慮がちに希望を話すキューネラが慎み深く見える。

(もし俺が優勝したら、こいつも誘ってやってもいいかもな)

遠出をして、剣の稽古もして、旅の話を聞く。
思い描く理想の展開に、カルニスはすっかり優勝した気分になっていた。


「これはまたとないチャンスだ」

更に後ろの方で並んでいたマーツが一言放つと、ジュフェルも頷いた。

「エルーレを泣かせた野郎には制裁を加えないとな…」

何やら不穏な会話に、ソシュレイは慌てる。

「…え?…ちょっと待って。制裁って…余り乱暴なことはさすがに…」

目の前で自分たちが好意を寄せていた女性が泣かされた。
それを考えれば、それくらいの気持ちは解らないでもないが、このような形で復讐するのは騎士として良くないのではないか…。

「一日パシリとして」

「あぁ、こき使ってやる!」

「え?あ?…何だ、そういう事か…」

二人が放った言葉に、ソシュレイはほっと脱力して苦笑いを浮かべた。


受付を済ませた『サフォーネを護る会』の四人は、館の敷地内の一角に集まった。

「俺たちは、デューク隊長を悪用しようとする者から守るために頑張るしかないな」

「そうだね、デューク隊長が辱めを受けることで、サフォーネが悲しまないように」

トマークの言葉にシャンネラが大きく頷くと、ミゼラもボルザークも同意した。

「あぁ、とにかく逃げ切ろう」

「…まぁ、サフォーネに捕まるのも悪くないが…」

「おい!」
「おい!」
「おい!」

ボルザークの本音にツッコミを入れる三人だったが、全員同じ気持ちなのは否めなかった。


徐々に受け付け待ちの列も終わりを迎える状況を、天使団の上位天使たちは傍で見守っていた。
天使団の中で高らかに参加表明を上げたのは、例の三人娘たちくらいで、あとは見学側に回るのが殆どだった。

「ここまで盛り上がるなんて、凄いですね…」

「ルシュア様の遊び心に皆、刺激されたのかしら」

「あら。デューク様にそれだけ魅力があるからなのでは…?」

リアンジュ、クシュカ、リルシェザが見学席の後ろで話していると、いち早く見学席に座っていたセルティアがくすくすと笑いながら口を開いた。

「そうですね。デュークを一日借りられるとなれば、私もできたら参加したいものですが…」

「え?」

「冗談ですよ」

セルティアの冗談など滅多にない事に、三人が若干頬を引き攣らせていると、トハーチェがやってきて頭を下げた。

「リカルア様とミハナ様の帰宅準備が整いました。マヌルカとリンシャナも一緒に帰るそうです。…あと、スーラウ、ユヒネも興味が無いので帰りたい、と言っているのですが…」

「そうでしたか。もともと、儀式と長のお言葉まで頂けたら、帰宅は自由でしたからね。構いませんよ?御者を務めてくれる職員の方によろしく伝えてくださいね」

トハーチェは一礼してそこから立ち去り、館の後ろに控える馬車へと向かった。
その姿を見てクシュカが感心したように口を開いた。

「あの子は本当に、真面目な良い子ですね」

「セオルト様のお言いつけとは言え、もう帰ろうとする者も居ないのでは?」

「かくれんぼ、参加しなくていいのかしら?」


上位の天使たちから気にかけてもらっているとは知らず、トハーチェは奔走していた。
帰路用の馬車乗り場に停車している一台に、既に乗り込んでいる天使たちの顔を再確認する。
すると、二人の天使が何やらもめている様子だった。

「マヌルカ…やっぱりもう少し残らない?」

「駄目よ。居たって意味無いわ。男の人たちと一緒にかくれんぼなんて、したくないでしょ?」

男嫌いで有名な、マヌルカとリンシャナだった。

「あの…?…どうします?残りますか?」

トハーチェが確認のために質問すると、マヌルカがムッとした表情で返してきた。

「帰るわよ!そうでしょ?リンシャナ」

「え…。えぇ…」

機嫌の悪そうなマヌルカにはこれ以上逆らえない。
リンシャナを少し可哀想に思いながらも、トハーチェは手綱を握る職員に声を掛けた。

「それでは、くれぐれもよろしくお願いします」

空へと駆け上って行く馬車を見送り、ほっと息を吐いたトハーチェだったが、続いて次の馬車が用意されるのを見ると、帰宅希望者を探しに行こうとした。その時…。

「トハーチェ」

突然呼び止められ、そちらを振り返ると、新人隊員の騎士が一人佇んでいた。


~つづく~
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