サフォネリアの咲く頃・サイドストーリー集

水星直己

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[その2] 女騎士エルーレ<前編>

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※注意:この話には、本編のネタバレとなる内容も含まれています。第二章読了後がお勧めです。


蒼の騎士団に、即戦力となる新たな騎士が加わる。
それは、隊員たちに瞬く間に知れ渡った。

闇祓いの塔の中腹より下層は役職につかない隊員たちの部屋で構成されている。
その16階の空き部屋に、新たな隊員が入ってくると知り、同じ階のエンドレはその顔を確認しようと待ち伏せていた。

「今までどこの塔に属していたのか…そして何故この時期、この騎士団に?…一体何者だ?」

エンドレが所属する第二部隊は、先ほど昼前に戻ってきたばかりだったが、世話役からこの話を聞くと居ても立ってもいられなくなり、疲れを癒すのもそこそこに、自室の扉を少し開け、部屋の外を窺っている。
しばらくすると、案内係の声が微かに聞こえてきた。

「こちらのお部屋でございます。必要な家具や身の回りのものは既に用意してありますが…世話役はお付けにならないのですか?」

「あぁ。その予定は無いな。案内ありがとう」

低く落ち着いた声。
声を聴く限り、まともそうな奴だが、そうであればあるほど、心配事も増えるのだ。
エンドレは偶然を装い、部屋の扉を大きく開けた。

「…おっと、これは失礼。もしかして、今日から入隊したというのは…」

その顔を見て、エンドレははっとなる。
五年前。
その少年は異端の色を持って、この蒼の騎士団に入隊した。
そして、忌まわしい事故が起こり、その元凶だと言われ、追い立てられるように塔を飛び出した…。

「…デューク?…お前だったか…」

「エンドレ…?」

その顔に覚えはあった。
エンドレは当時、第二部隊の副隊長を務める人物で、新人研修の時によく面倒を見てもらった。
デュークが違う部隊に配属になったあとも、何かと気にかけてくれていた。
ルシュアやワグナ同様に、異端である自分の味方になってくれる人物ではあったが、第一に隊の規律を重んじる男で、デュークが暴力事件を起こした時には、厳しい態度を示していた。

「そうか…新人でいきなり中階層に住むとなれば、お前くらいのものか…」

「エンドレ…副隊長。あの時は、申し訳ありませんでした」

『異端の色が居たせいで、浄穢の天使が生み出された。その色は家族の命まで奪ったらしい』そう噂した隊員を殴って怪我を負わせ、暴れるデュークをエンドレが押さえつけて諫めた。
あの時のエンドレの悲しそうな表情は、今でもよく覚えている。
デュークが頭を下げると、エンドレは静かに笑った。

「どんな理由で戻ってきたのかは知らないが…それなりの覚悟を持って帰ってきたんだろうな?」

「…はい。今度は…逃げません」

事情がよく解っていない案内係がおろおろしていると、エンドレが片手を挙げて「戻っていい」と示す。
その案内係と入れ替わりに、ルシュアがやってきた。
デュークとエンドレが既に顔を合わせているのを見て、薄く笑みを浮かべる。

「お。もう再会は済ませていたか。事情は説明しなくても、大丈夫そうだな?」

デュークに対して、良く思っていない隊員も少なからずいる。
異端の色を持っていることもさながら、過去の出来事を知っている者で、入隊に反対する者もいるかもしれない。
その点、エンドレは味方になってくれると信じ、隣の部屋に配置したのだ。
だが、そのエンドレは違った意味で、デュークを警戒していた。

「大丈夫かどうかは、これからの行い次第だな。…いいか?デューク。エルーレに手を出してみろ?只じゃすまないからな」

そう捨て台詞を吐くと、エンドレは二人の横をすり抜け、中央のゴンドラに乗り、上昇していった。
残されたデュークは唖然としながら、ルシュアを見た。

「エンドレ…何か性格変わったか?…というか、何故副隊長がこの階にいるんだ?それに、エルーレって…?」

「あぁ、エンドレは昨年、副隊長から退いたからな…。エルーレは…まぁそのうち分かるだろ。性格については、元からあんなだったんじゃないのか?」

事情を知っていながらわざと話さない、面白がっているルシュアを横目でじろりと見る。
この様子では、追及してものらりくらり交わされ、疲れるだけだろう。
デュークは大きく息を吐いた。

「…とりあえず、俺の配属先はどこになるんだ?このあと隊長、副隊長に挨拶に向かいたいし…現在の隊の構成も知っておきたい」

「…相変わらず真面目な奴だな…。お前の配属はまだ未定だ。部隊は現在六部隊だが、お前に加え、近々新人たちも入るため、再構成をして七部隊に編成し直す予定だ」

「一つ部隊を増やすのか…」

「あぁ、三日後に剣術大会を行い、そこで全部隊の力の均衡を見直す。お前の正式な紹介もそこでやる予定だ。…という訳で、それまでは適当に過ごしてくれ」

「……適当って…」

これ以上話しても、自分の納得する答えは返ってこないだろう。
好きに過ごせというのなら、訓練所での鍛錬しか浮かばなかったが…とにかく今日はもう休みたいと思った。
久しぶりの聖殿は、やはり気を張っていたのか、気が付くと心労が溜まっているようだ。

「…わかった。それじゃ今日はもう休ませてもらう」

そう言って扉に手を掛けると、その手にルシュアの手が重なった。

「………なんだ、この手は…」

「世話役をつけないのは、私との逢瀬を気兼ねなく楽しみたいからではないのか?私なら、今日はもう特に執務もないのだがな…」

肩越しにルシュアの顔が近づいて来る気配を感じ、デュークは振り向き様にその顎をめがけて拳を奮ったが、ルシュアは間一髪それを交わした。

「ははは。まぁ、気が向いたらいつでも呼んでくれ?」

ルシュアは翼を広げ、回廊の窓から外へ出ると、上層へ飛び立っていった。
先ほど、裏庭でルシュアが仕掛けてきたことを思い出し、デュークは頬を引き攣らせた。

「…鍵は二重にした方が良さそうだな」

部屋で休む前に、デュークはまず新たな鍵の調達をしに行くことにした。

   ∽ ∽ ∽ ∽ ∽

「エルーレ様、ご存じですか?新たに隊に加わったのは、黒い翼を持つ者とか…」

闘いの場から帰ってきたエルーレは、浴室で世話役に背を流してもらっていた。
新入りが長に謁見する時間には間に合わない主に代わり、世話役はどんな人物だったのかを他の者から聞いてきた。

「黒い翼か…それがどうした」

滑らかな白い肌の上を石鹸の泡が滑っていく。
二の腕には新しい痣ができていた。
魔物と闘うときに、打ち付けた場所だ。

「…不吉ではありませんか?…その…昔からの言い伝えでは…」

世話役の女性は、エルーレの毅然とした態度が好きだった。
厳しい口調には慣れているのか、物怖じせず、頬を赤らめて返す。

「翼の色などどうでもいい。騎士としての腕前がどうなのか…蒼の騎士団に入るには、それなりの実力者では無いと話にはならない」

エルーレは泡を流すと立ち上がった。
細い四肢は程よく筋肉がついて引き締まっている。
鎖骨から胸の谷間に沿って、きめ細かい肌を弾く様、水滴が玉になって流れていく。
背中まで掛かる長い金の髪から雫を振り払うと、世話役が用意した浴衣に袖を通した。

「着替えたら、鍛錬に行ってくる」

「え。帰られたばかりですのに…」

戸惑う言葉だが、これは大体いつものことだ。
闘いの中、納得のいかなかったことがあれば、エルーレは休むのも惜しむように鍛錬に励む。

訓練着に着替え、部屋を出ると、扉を護る二人の護衛が敬礼をした。
いずれも女性ながら、騎士に劣らず凄腕の剣士たちである。

「ご苦労。私が居ない間はお前たちも休みなさい」

仕える主の毅然とした態度と優しい言葉に、女性剣士たちも僅かに頬が緩みそうになるのを堪えるよう、頬を染めながら最敬礼して、その背を見送った。

最下層の訓練所を目指そうと、塔の中央にあるゴンドラに乗ろうとしたところ、ちょうど昇ってきたエンドレと出くわした。

「エルーレ」

「兄上」

訓練着に剣を携える勇ましい妹の姿を見て、エンドレはほっとするような、憐れむような、不思議な感覚になりながら、その傍に歩み寄った。

エルーレは、エンドレの父が妻以外の女性に産ませた腹違いの妹だ。
自分と同じ若緑の瞳は切れ長で美しく、絹のような長い金髪は窓からの日差しに煌めいている。
きちんと髪を結い、羽根人の長衣を着せたら、その辺の貴族の娘よりも美しくなるだろう。

「戦闘中に腕を傷めただろ?今日は休んでおけ」

「あの程度で負傷したとは言い難い。私はもっと強くならなければ…」

エルーレの母は早くに両親を亡くし、力の目覚めもなく平凡に暮らしていたが、飲食店で給仕の仕事をしている時、その美貌で当時騎士だった父に見染められた。
何度目かの逢瀬でエルーレを授かると、仕事を変え、ひとりで育てることを決意する。
暮らしはあまり裕福では無かったが、エルーレは女ひとりでも逞しく生きる母の姿を見てきた。
そんな母がある日、仕事で聖都から離れた街に向かう途中、魔物に襲われ急死した。
エルーレが9歳の頃だった。

父親はそこで初めて娘の存在を知り、憐れに思ってエルーレを引き取ることにすると、意外にも正妻は喜んだらしい。
娘を育てるのを夢見ていた正妻は、エルーレをより女性として教育しようとするが、エルーレは生みの母のような自立した生き方を願っていた。

そんなエルーレが闇祓いの力に目覚めたのは13歳の頃。
20歳のエンドレが闇祓いの騎士として活躍する姿を見て、同じ騎士になることに憧れた。

『女なのだから』と、周囲には反対されたが、それに歯向かうように、この道を選んだ。
だから、何か失敗すれば、全てそのせいにされると恐れていた。
女性には無理だったのだ…と。

「それよりも兄上。新しい隊員が入ったようだが、実力は如何ほどのものかご存じか」

エルーレの興味がデュークに向けられていることにエンドレは焦ったが、あくまでそれは騎士としての実力を問うもの。
それもまた、悲しい気もしながら、エンドレは一つ息を吐いた。

「あぁ…デュークか…。彼は五年前にこの騎士団に所属していた。訳あって一度離脱したが…その腕は高い方だ。変わっていなければな…」

「私が入隊する一年前の話か…」

浄穢の天使の話は、不用意に口にしないよう、騎士団・天使団では暗黙の了解になっている。
エルーレが入隊した四年前より後に入隊した者は、この話を知る者は少ない。

「いずれにしても、私はどんな者にも負けないくらい強くなるだけだ。では兄上、私はこれで」

下層に向かうゴンドラに颯爽に飛び乗る妹を、エンドレは複雑な笑みで見送った。


それから三日後、全部隊の休暇がちょうど重なる日、ルシュアは蒼の聖殿に剣術大会の開催を伝えた。

聖殿の敷地にある催事場には、闘技台と二階建ての観客席が設けられ、当日は天使団や聖殿に勤める者たち、更には聖都から招待された者たちも見学に入ってきた。

ちょっとしたお祭り騒ぎの様子に、闘技台の傍に控えていたデュークは、戸惑うようにルシュアを見た。

「蒼の騎士団、新隊長のお披露目にはいい舞台だろ?」

「隊長?…俺がか?」

「…まぁ、この後の展開にもよるが…私はそのつもりでお前を呼び戻したんだからな。隊長になりたくないから手を抜く、などはしてくれるなよ?」


隊員たちが続々と会場入りしてくる。
デュークが知る者も居れば、もちろん初めて見る顔もある。
その中に…。

「!…女?驚いたな、今は女性騎士も居るのか…」

「あれがエルーレ。エンドレが大事にしている妹殿だ」

「…なるほど」

初日のエンドレの言葉を思い出し、その姿を探すとエルーレを見守るようにその後方で、こちらに鋭い視線を向けていた。



「あの容姿だ。何人もの男が言い寄ったが、エンドレの厳しい監視と、エルーレの鉄壁の防御を越える者は未だ現れていない…」

「…お前もその中のひとりか…」

間違いなくルシュアも含まれていることを悟りながら、エルーレに視線を戻すと、こちらを品定めするような真っ直ぐな瞳が向けられていた。
だがそれは、男としてではなく、騎士としての腕前を確かめてやるという気合いに満ちたものだった。

「…手を抜くなどしたら、殺されかねないな…」

会場がほぼ埋め尽くされ、開会を告げるファンファーレが鳴り響く。
ルシュアが闘技台の中央に立った。

「今日は蒼の騎士団の力量を見定める催事にお集まり頂き感謝する。騎士団はこの春、新人6名が加入したが、更に強力な仲間をひとり得ることになった」

ルシュアの言葉に大会運営の役員が、デュークに一歩前へ出るように促した。

「彼の名はデューク。以前、この騎士団に所属していたが、訳あって一度離脱した。しかしその間、たったひとりで魔物を退治しながら、その腕を磨き、今では隊長クラスにもひけを取らない実力を持っていると確信している」

ルシュアの言葉に騎士たちは顔を見合わせ、信じられないというように肩をそびやかした。
エルーレだけは、ただ真っ直ぐデュークを見ている。

「今大会は、各隊員の任期と実力に合わせた組分けをしている。その中で総当たり戦を行い、一位を獲得したものと、このデュークで対戦を行ってもらい、その実力を見極めてもらおうと思っている。異論がある者はいるか?」

大会の概要はあらかじめ知らされていた。
誰も異論は無いようだった。

「試合の勝敗は、センゲルとクーガルの両名に審判を頼んでいる。二人の旗が上がれば、それで決着としよう。使用する武器は各々用意したもので構わないが、こちらに予備の武器も用意している。大いに利用してくれ。
それではこれより、任期一年から二年の第一組、総当たり戦を行う。ルファラ、トマーク、前へ」

今大会では、任期一年から二年を第一組、三年から七年を第二組、八年から九年を第三組とし、隊長、副隊長クラスは最後に特別実演として、有志で試合を行うこととなっている。

第一組は平均年齢18歳くらいの若手ばかりで、試合で注目されるのも慣れないようで、動きが固い者が多かった。
最初の対戦が終わり、続いての対戦が行われる中、唯一、この大会を楽しんでいる者がいた。

「…ルシュア、あれは…?」

「あぁ。第六部隊カルニスか。まだ一年目だ。粗削りでも剣のセンスはあると思うんだが…何分、性格がな…」

固くなっている同期を相手に、伸び伸びと楽しむ剣の動きに迷いはなく、短い時間で勝利を決めていった。

「第一組、勝者カルニス」

センゲルがカルニスの勝利を宣言すると、会場から歓声が上がった。
その声に、自慢げな顔を浮かべ、カルニスは対戦相手となるデュークを見た。

(……強い、のかな…。随分落ち着いてるっていうか…静かっていうか…)

「では、続けて第二組の総当たり戦を行う。ミガセ、ムガサ、前へ」


その頃、その日の学問が終わったサフォーネは、ナチュアに連れられて会場へと急いでいた。

「デューク様の試合、まだだといいのですけれど…」

陽の曜日が来ても、デュークにゆっくり会えることも無く、今日のこの日、久しぶりに会えるのではと期待したが、学問の時間はしっかりあった。
長い三つ編みを揺らしながら走るナチュアの背を追いながら、サフォーネはデュークに会ったら何を話そうかと考えていた。

会場に着くと、役員が二人を席へ案内してくれた。
遅れてもいいようにという、ルシュアからの計らいだった。
通された席は二階席の一列目で、会場全体が見渡せる良い場所だった。

「…あの…デューク様の試合は終わってしまいましたか?」

「現在、第二組の最終戦です。デューク様の試合はこれからです。どうぞこちらを」

役員から剣術大会の案内を受け取ると、ナチュアは現状を理解した。

「サフォーネ様。デューク様の試合はもう少し先のようですよ?何かお飲み物持ってきますね」

そう言うとナチュアは席を立っていった。
サフォーネは、既にデュークを探すことに夢中になっている。
デュークが身に着けている鎧と同じ集団の中を懸命に探すと…。

「あ」

闘技台の近く、ルシュアの横にデュークを見つけた。
こちらからは横顔しか見えなかったが、サフォーネは思わず手を振った。

「ねぇ、フィン。今日はどなたを応援してるの?」

「それはもちろん、イルギア様よ。ワグナ様ったら、ファズリカ様とご婚約されたみたいだし…」

「やっぱりぃ。私も今はなんといっても、イルギア様推しですぅ」

「そうよねぇ…あ!イルギア様、また勝たれたわ!これで第二組代表に決定じゃない?」

サフォーネの後ろの席で、若い3人の女性が試合を見て色めき立っている。
その声に一度不思議そうに振り返ったが、沸き上がった歓声とともにサフォーネは再び闘技台に目を戻した。
闘技台の中央で、勝利を得た騎士が片手を挙げている。
その騎士が持つ剣先がデュークに向けられた。

「デューク!俺は貴様を認めない!俺と貴様の違い、思い知らせてやる」

象牙色の短髪に金の瞳を持つイルギアリーガは、貴族出身の騎士である。
同じ貴族でありながら、異端の色を持つデュークを最初から認めていない者だ。
加えて、一度騎士団を飛び出したデュークに対し、嫌悪を抱いている。
その鋭い視線を真っすぐ受け止めたデュークは、静かに笑った。

「…これが本来、俺に向けられるべき態度だよな」

「だからって、それをまともに受け止められるのはこちらが困る。騎士団の統率を図るためにも、お前には過去の出来事を実力で払拭してもらうからな」

デュークの小さな独り言を逃さず、ルシュアが間髪入れず囁いた。
イルギアはデューク戦に向けて万全を期すため、癒しの天使に回復を頼みに一度控室に入って行った。

「それではこれより、休憩をとります。第三組試合開始の鐘までしばらくお待ちください」

大会役員の案内が入ると、観客席がざわつき始めた。
時間は昼時を過ぎていた。
軽く食事をとる者、身体を動かしに行く者などで、場内は賑やかになっている。

こんな光景は見たことが無いサフォーネは、デュークの存在を気にしながら、辺りをきょろきょろ見回していた。

「サフォーネ様。お待たせしました!昼食も持ってきましたよ?」

会場の外には出張の売店も出ていた。
ナチュアは飲み物と軽食を抱えて戻ってくると、サフォーネの隣に腰かけた。

「…ナチュ。デューク、あそこ………あれ?」

先ほどまでデュークが居た場所には誰もいなくなっていた。

「きっと、騎士様たちもお食事を取りに行ったのではないでしょうか。後でお会いできるといいですね」

ナチュアの言葉に大きく頷きながら、サフォーネは飲み物を受け取った。


剣術大会、午後の部を知らせる鐘が鳴った。
観客たちもぞろぞろと戻ってくる中、闘技台の方には第三組の騎士たちが試合の準備をしていた。
任期七年~九年の騎士たちの顔は、デュークの知る者しかいなかった。

「新しく部隊を増やすなら、彼らの中から隊長を選ぶべきではないのか?」

デュークが言うと、ルシュアが肩を聳やかす。

「隊長職は任期だけで決める訳にはいかないからな。それを言ったら、任期五年の私の立場はどうなる」

「…まぁ、それはそうだが…」

「お前には人を惹きつける資質がある。だが、力も無ければそれを認めない者も多いところだからな。…お、シャウザとルーゼルの対決か…見ものだな」

ルシュアの考えは分からなくはない。
だが、本当にその資質が自分にあるのかは分からなかった。
若気の至りとは言え、感情に任せて同僚を殴り、嫌気がさして騎士団を飛び出したような人間が…。

そう考え事をしているうちに、第三組の代表がシャウザと決まった。


第一組代表、カルニス。
第二組代表、イルギア。
第三組代表、シャウザ。

それぞれとデュークが対戦する。
いよいよ、新騎士のお出ましに会場が沸いた。

闘技台にデュークが上がると、より歓声が起こる。
その声に戸惑うようにデュークが立っていると、ルシュアが茶々を入れてきた。

「緊張してんのか?入隊したての新人じゃないだろ?この声援に応えたらどうだ?」

その声にムッとルシュアを睨むと、デュークは軽く片手を挙げ、観客席を見渡した。

「サフォーネ様、今ですよ。デューク様、こちらをご覧になるかも」

周囲の声に煽られるように、若干興奮したナチュアがサフォーネを促すと、サフォーネもそれに押されるように、中腰になって名前を呼んだ。

「デュークーーーー!」

その声に気が付いて、デュークは二階席に視線を送る。
そこには見覚えのある赤い髪。
サフォーネが来ていることに気が付いて、デュークは自然と顔が綻び軽く手を振った。

「…ちょ、…あの人…こっち見て笑った…?」

「か…かっこいいですぅ」

「た、確かに…美形よね…」

サフォーネの後ろに座っている女性たちを魅了したことにも気が付かず、デュークは闘技台に上がってくるカルニスを見た。

(…まだ任期一年目か…周囲に支えられるのも気づかず、大きな失敗の経験もなく、希望に満ちている時期…という感じだな…)

キラキラとした瞳でデュークを真っすぐ見据えると、カルニスは大きく頭を下げた。


「よろしくお願いします!」

それに応えるように、デュークも軽く一礼すると、腰の剣を抜いて構えた。
カルニスも続いて剣を構える。

「始め!」

センゲルの声が上がり、歓声が沸いた。
しかし…。

「…どうした?動かないじゃないか」

観客の中から声が漏れる。
二人は見合ったまま動かない。
デュークがゆったり構えているのとは真逆に、カルニスの剣が震え始めた。

(……なんだろ、向こうが先に動いたら、俺の負けが確定する気がする…かといって、こっちが先に動いても敵わないと判るのは何故だ…)

カルニスの額に汗が流れる。
生唾を飲み込むと、カルニスは意を決し、剣を振り上げて、デュークに挑みかかった。
デュークの剣がそれを受け止めると、ぶつかり合う金属音が場内に響く。

「…く」

渾身の力で挑んだのに、相手の剣はびくともしない。
逆に跳ね返されて、カルニスは後退する。

「肩に力が入りすぎだ。さっきみたいに、相手の裏をかこうと、遊んでみろ」

(…!無理!それが通用しそうにないから、困ってるんじゃないかぁ)

カルニスは自棄を起こしながら、再びデュークに挑む。
デュークはわざと隙を作るように、カルニスの攻撃を誘い込みながら、その太刀筋を見る。

やっと試合らしく、二人の騎士の剣が交わる様子に観客が沸いた。

「あの少年。やるじゃないか」

端から見れば、デュークが追い込まれているように見える。しかし…。

「試合中に稽古をつける気か、あの男は…」

エルーレが半ば呆れるように呟いた。

「相変わらず綺麗な型だな…。やはり、剣ではあの男に敵うものは居ないかもしれないな…」

エンドレが呟くのを聞き流しながら、エルーレはその動きを追う。
安定した態勢、豊富な防御や攻撃の型、どれも精錬されたものだった。
加えて、恵まれた体格と冷静な判断は、努力しても得られる物ではない。

「……」

エルーレは軽く下唇を噛んだ。


~後編へつづく~
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