サフォネリアの咲く頃

水星直己

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第四章

[第56話]脱出

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サフォーネが呼んだ名前に驚き、セルティアは振り向いた。
天幕の入口、ぼんやりと見える立ち姿はデュークのようだが、その気配は違うものだ。

(…いえ、そもそも気配がしなかった…)

セルティアは、サフォーネを抱き寄せる。
近づくセルティアの顔を不思議に見上げたサフォーネの瞳に、剣を振り上げるデュークが映り込んだ。

「!」

咄嗟にサフォーネはセルティアを庇うように覆い被さると、そのまま床に転がった。
二人が居た場所に剣が振り下ろされ、水晶玉の置き台が倒れる。

「ひぃ!」

驚いたゴルディとシルベアが後ろに倒れると、天幕が大きく揺れた。

「…デュー…ク?」

デュークだが、デュークではないその人物の動きは緩慢だった。
額には脂汗が滲み、こめかみを伝っている。
口元は何か呟くように動いていたが、青い瞳に映る赤い髪の少年に翻弄されるように頭を横に激しく振ると、歯を食いしばった。

「デューク!気をしっかり持ちなさい!サフォーネが判らないのですか?」

セルティアの声は届かない。
デュークは再び剣を振り上げたが、その体をがっしりと羽交い絞めにする腕があった。

「隊長!!しっかりしてください!」

異変を感じてすぐに戻ってきたカルニスがいち早くこの場に到着し、デュークを止めようとする。
デュークは獣の様に吠えながらその体を振り払い、地面に転がったカルニスに襲い掛かろうとした。

「デューク、だめ!」

背後から聞こえてきた声に動きが奪われた。
視線を向ければ、赤い髪の少年が立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。

「…サフォーネ?…」

セルティアがサフォーネを手探りで求めるが、捉えられなかった。

「…っ、サフォ…ネっ…にげ…!」

カルニスはサフォーネに逃げるように伝えたくとも、背中を強く打ち、声を上げることができない。

デュークはサフォーネに刃を向けて構えた。
二人は互いに一歩ずつ近づいていく。
距離が縮まるにつれ、デュークの剣先が震える。
そして、間合いに入ったところで、それ以上動けなくなった。

「…うぅ…」

呻くデュークの耳元に『殺せ』という声が聞こえる。
だが、真っすぐ見つめてくる赤い瞳に囚われて、身体が硬直する。
心の中が掻き乱され、頭が混乱する。
そこへルシュアとトマークが到着した。

「サフォーネ寄せ!近づくな!!」

ルシュアの声にサフォーネの視線が逸れると、デュークの体が動いた。
剣がサフォーネの頭上に振りかざされる。
誰もが目を覆った。

「…っが!」

「デューク!!」

低い呻き声と、サフォーネの悲痛な叫びが響いた。
そこには、腰に備えていた短剣を左手で抜き去り、自らの右腕を貫いたデュークが居た。
その隙にルシュアはサフォーネに駆け寄り、その身を保護した。

「…デューク…お前…」

ルシュアはサフォーネをセルティアに預けると、貫いた腕を地面に叩きつけるように蹲るデュークの元へ慎重に歩み寄る。
カルニスはようやく立ち上がると、トマークと共に剣を構えた。
デュークの顔を覗き込んだルシュアが、安堵の吐息を漏らし、二人に剣を納めるように合図する。

「正気に…戻ったな」

「…あぁ…すまない…俺は…どうかしていた…。もう少しで、サフォーネを…」

震えながら顔を上げるデュークに頷くと、ルシュアはその右腕に刺さった短剣を抜き、素早く応急処置を始めた。

「カルニス!トマーク!デュークを癒しの天使の元へ頼む」

その指示に二人はほっと胸を撫でおろすと、デュークを両脇から支えながら、怪我人用の天幕へ連れて行った。
セルティアがサフォーネを伴ってルシュアの元に歩み寄る。

「一体、何が起きているのですか…?」

「分からない…だが、一つ言えることは、大闇祓いの続行は…不可能だ…」

ルシュアは唇を噛むと、サフォーネを見た。
恐い目に遭っただろうに、その視線は心配そうにデュークの背中を追っている。

「…行っても良いぞ、サフォーネ」

その声にほっとした表情を浮かべると、サフォーネはデュークを追いかけていった。


ルシュアとセルティアが待機所に戻ると、皆が動揺するようにざわめいていた。
二人の姿を見つけたセンゲルが静かにするように声を上げると、全員が口を慎み、不安げな表情を向けてきた。

ルシュアは一歩前に出ると全員の顔を見渡しながら口を開いた。

「いろいろ不安な思いをさせていると思う。これからのことを伝えたい。皆集まってくれ」

外の天幕にも伝令を送り、怪我や不調で寝ている者以外、全員がルシュアの前に揃った。
仲間の神妙な顔を見渡し、ルシュアは重い口を開く。

「…まず結論を言う。この大闇祓いは中止だ」

その発言に皆がどよめいた。
行程が変わった時も驚いたが、それでもルシュアなら最後までやり遂げるだろうと思っていたからだ。

「先日からの地震に加え、不測の事態が重なっている。何よりここから先にある『大穴』の実態が解らないまま、先に進むのは危険と判断した。皆知っての通り、大穴に近づくと体調を崩し、中には自我を失う程何かに蝕まれる者も居る。蝕まれた者に接した者にも同じ症状が起こった…」

「ちょっと待ってくれ、ルシュア…。デュークを運んだ俺たちは何でもないぞ?」

ムードラとトッティワが顔を見合わせて口を挟んできたが、ルシュアは首を横に振った。

「理由は解らないが、自我を失くすほど蝕まれるのは嶌族の者たちだけのようだ…」

その言葉に皆はっとし、納得するように唸った。

「デュークは何とか正気を取り戻したが、自らを止めるために怪我を負った。イルギア、ディーアは気を失ったまま、目覚めた時に暴れる恐れもあるため、悪いが拘束している。ノルシュも術師の薬で眠らせ、同様の処置をしている…。大穴の近くでその邪気を浴びたメルティオ、シャウザ、ルーゼル、私も、まだ本調子では無い。戦力が、大幅に落ちた…。本当に、すまない…」

自らの判断を責めるように頭を下げるルシュアを見て、皆言葉を失う中、メルティオが顔を上げて笑顔を作る。

「何言ってんだ。総隊長の所為じゃないだろ。第一『大穴』がそんなにやばいものなら、これまでそういう実態を隠していた、歴代の者たちにも問題あるんじゃないか?」

その言葉にムードラが盛大な咳払いをし、非難の目を向ける。
不思議がるメルティオにクーガルが耳元で囁いた。

「…お前、長を愚弄する気か?発言には気を付けろ」

その声が僅かに届き、ルシュアも俯いて考える。
長が何故、『大穴』についてあまり語らなかったのか…。
それでなくとも、90年近くも前の事だ、事態はここまで重くなかったのかもしれないが…今はそこを追求する時ではない。

「とにかく、これ以上大闇祓いを実行しようとしても、悪戯に怪我人が増えるだけだ。明朝、聖殿へ我々全員が下山する旨伝える。今日はもう遅い。休める者は休んでくれ。明日の出立の準備は忙しいからな」

ルシュアがそう締めくくると、その場は解散となった。


「何だか…大変なことになったわね…」

「でもこれで帰れるんですよね。良かったですよぉ」

「そうね…でも、デューク様たち心配だわ。大丈夫かしら…」

三人娘がなかなか寝付けずに待機所の隅でこそこそ話していると、その傍を通りかかったトマークとシャンネラが覗き込んできた。

「少しでも眠っておいた方がいい。明日の下山は大変だよ?」

「…解ってるわよ…ただ、あんなことがあったら、なかなか眠れないわ」

「そうかもしれないけど…。僕たち騎士が一晩中起きて皆の安全を護ってるんだ。少しでも眠って貰わないと…」

「そうそう。立場ないよな…」

トマークの言葉に思わずフィンカナは吹き出した。
ここに来て、若手の騎士たちの成長は目覚ましい。
二年後輩の頼りなかった新人騎士はもう居ないのかもしれない。

「…な、何がおかしいんだ」

「別に…。それでは立場ある騎士様たちの為にも、私たちは眠るとしましょうか」

フィンカナに釣られて、カヌシャ、ティファーシャも笑いながら寝床に付いた。


待機所外の天幕では、先に休むように言われたキューネラがこっそり起き出す様子に、隣で寝ていたカルニスが気が付いてその腕を掴んだ。

「お前…隊長のところへ行く気だな?」

「だって…カルニスは心配じゃないの?自分で自分の腕を刺すなんて…」

その言葉にカルニスは目の前で見た出来事を思い出すが、それを振り払うように大きく寝返りを打った。

「お前が行ったって邪魔なだけだ。それなら明日、少しでも役に立てるよう、今は休んでおけ。俺ならそうする」

デュークの傍には今、サフォーネがつきっきりで居ることだろう。
キューネラがそれを見てどう思うのか…いつの間にかそんな心配をしている自分が鬱陶しくて、カルニスは無理やり目を瞑って、わざと鼾をかいた。
キューネラはしばらく考えていたが、カルニスに習うように再び床についた。


ルシュアが怪我人用の天幕に入ると、横たわっているデュークの傍で、サフォーネが必死に癒しの力を使ってその傷を治療していた。

「具合はどうだ?」

「だいぶ、傷は塞がってきたようですが…。まだ掛かりそうですね」

急遽、癒し部隊に入ったキシリカが報告する。
天幕の中には他に、ワグナ、メルティオ、シャウザ、ルーゼルが休んでおり、それぞれが癒しの施しを受けたり、薬を飲んだりしていた。
ワグナの傍にはファズリカも付き添っている。
その目の治療を施していた天使が、涙ぐみ始めた。

「…やはり、これ以上は…難しいかもしれません…。傷はほぼ塞がりましたが…視力は…」

それを聞いたワグナは、覚悟していたかのように口元に笑みを浮かべた。
ファズリカの目にも徐々に涙が溢れてきたが、気丈にも笑顔を向けてその天使を労った。

「そう、ですか…。それは仕方ありません。本当に…よくやってくれました…」

「あぁ…。ありがとう。騎士は諦めても…片目だけでも生きて行けるからな。気にするな」

ルシュアは癒しの天使たちから逐一報告を受けていたため、粗方予想はしていた。
しかし、はっきりと下される結果には表情を曇らせるしかない。
その時、サフォーネがデュークから離れ、ワグナの元へ近寄って行った。

「…サフォーネ?」

驚くファズリカの前で、サフォーネはワグナの左目に手を翳し、精神を集中させた。

「…まだ、だいじょぶ…まってて…?」

サフォーネはさらにもう片方の手を重ね、気を上げる。
それは傍から見ても解るように、柔らかい光が溢れ、ワグナの片目に注がれていく。

「…!」

ワグナは不意に左目が動く感触を持った。
恐る恐る小さく瞬きをすると、塞いでいた左目がゆっくりと開く。
サフォーネは「ふぅ」と息を吐くと、翳していた手をどけ、その場から退いた。

「ワグナ…?」

その深い青色の瞳に愛する人の顔が映り込む。

「見える…見えるぞ、ファズリカ…」

その声にファズリカは込み上げるまま涙を流し、ワグナの胸に縋りついた。

「再生の力…か…」

何度か見た力だが、人に作用するのを初めて見たルシュアは、感嘆の息を吐いた。
キシリカも周囲の癒しの天使たちも驚きの表情を浮かべる。

ワグナは泣きじゃくるファズリカを宥めるようにその髪を優しく撫でながら、サフォーネに笑顔を向けた。

「すごい力だな…サフォーネ…感謝する」

「…ありがとう!ありがとう、サフォーネ」

ファズリカも涙声で、何度も礼を言った。




翌朝、朝食中に連絡を受けたアリューシャは、皆が下山してくると聞いて、一気に機嫌が良くなった。
残っていた食事を一気に平らげると、精霊石を抱えババ様の執務室へ向かう。

「…え。大闇祓いは中止、ですって…?」

ババ様は一瞬驚いた表情を浮かべたが、ルシュアの決断に間違いはないと思い、報告を受け入れた。
給仕係が去るのを見計らって、アリューシャは円卓につくと、執務机に腰かけるババ様に話しかける。

「でもこれって、本当にいいことなのかしら…。過去にもこうやって中止した大闇祓いってあるの?」

「…さぁ…あったとしても、歴史書には載っていないかもしれないね…。歴史という物は残す者の都合のいいように書き換えられることもあるから…とにかく、長へも報告が必要ですね…お耳に入れられるかどうかだけど…」

長はここ数日寝込んだままだ。
時折目を覚ましては、簡単な意思疎通はできるが、報告したところで、その考えを聞くのは難しいだろう。
そこへシャモスが訪ねてきた。
シャモスはどこか複雑な表情を浮かべながら、手にしている一冊の本を円卓に置いた。

「先日の『大穴』の件ですが…それっぽい文献がこれでして…」

見るとそれは、子供用の絵本だった。

「えっと…『はじまりのてんし』…?」

アリューシャは興味深そうにその絵本を手にして中身を捲った。

「『そのおおきなくろいかいぶつは、おおきなくろいかたまりからすがたをあらわしました』…って、大穴じゃないわね、これ。まさかこの『くろいかたまり』のこと?」

「あぁ、ワシも頭が疲れておったのかもな…その絵が大穴に見えたのかもしれん…」

シャモスは閃きでそう思ったのだが、我に返ると信憑性に欠けると思ったのだろう。
アリューシャの反応に面目無さそうにその絵本を受け取ろうとすると、アリューシャの目の色が変わった。

「待って…そうよ…大穴って言っても、誰も近寄れないし、その実態を知らないんでしょ?知ろうとした者はみんな帰ってこない…。それってつまり、穴ではない、という可能性も…。本当は黒い何かで、遠目からでは穴に見えるだけ…とか…」

「まさか…」

アリューシャの見解にババ様も不安げな顔を浮かべる。
そこへ長付きの執務係が飛び込んできた。

「大変です!長のご容体が…」

その報告に三人は慌てて、長の居る執務室へと向かった。


「よし、支度は整ったか?では出発するぞ!」

折角設営した天幕や余計なものは置いて行くことにした。
馬車は全部で五台。病人と怪我人、それを癒やす者、それから体力の無い者(主に女性と年配者)と最低限の荷物を乗せ、他の者たちは徒歩で移動する。
下山のルートは山道から外れた獣道を選ぶことにした。

「枯れ木の森を抜ければ、下段の山道の手前で、上空が開ける場所に出る筈だ。そこから上空へ飛び立って移動しよう」

そして連峰から出られれば、少し北上したところにリゾルの村がある。
ルシュアはそこで一時的に滞在させてもらう事に決めたのだ。

整備されていない道を馬車で進むのは、乗っている者たちへの負担も大きい。
あまりに揺れが酷くて、歩く方を選ぶ天使も居たほどだ。
病人や怪我人たちは衝撃が加わらないよう、何層にも重ねた布で寝床を固定しているため、起きる気配は無かった。
サフォーネは馬車の中で激しく揺られながらも、デュークの傍から離れようとせず、その手をしっかり握っていた。
デュークは激しい頭痛と倦怠感で起き上がれずに、昨夜からずっと眠り続けている。
熱もあり、額を冷やす手布を三人娘たちが交替で用意する。

「こっちも少し心配してくれないかなぁ?俺たちも慈愛の天使様たちから看病されたいんだけどぉ」

四人が揃ってデュークの看病をする様子に、メルティオがやっかむように声を掛けると、シャウザとルーゼルも「そうだそうだ」と捲し立てた。
三人娘たちが少し苛立ったように睨んだ。

「そんな冗談が言えるなら…メルティオ様たちは、もう大丈夫そうですよね?」

「こっちは真剣なんですよぉ?」

「まだ具合が悪いなら、術師から預かっているこの薬でもお飲みになります?」

フィンカナが取り出したのは、超絶苦い丸薬で、それを見た三人はぷるぷると顔を横に振った。
『勝った…!』と思ったフィンカナだったが、馬車が岩に乗り上げ、大きく跳ね上がったため、丸薬が入った壺を取り落としそうになる。
それを片手で受け止めた、細い腕があった。

「…っと、気を付けてよ?」

何故かそこにはエルーレも居た。

「エルーレさん…いえ、別に良いんですけど…」

いつもならこんな時は率先して徒歩を選ぶだろうエルーレも、「女性枠」として馬車に乗り込んでいるのは、デュークの事を心配しているのか…。
三人娘は落ち着かないながらも、その想いを共有することにした。

「この辺で一度休憩しよう」

急な獣道を下ってきたため、天馬たちも疲れてきている様子にルシュアが指示すると、全員が足を止めた。
センゲルがルシュアの元へ近づき、地図を取り出す。

「森を抜けられるのはもう少し先か…」

「あぁ、その後上空へ脱すれば、この酷い道ともおさらばできる」

二人は顔を見合わせ笑みを浮かべたが、それはすぐに凍り付いた。

足元から伝わってくる振動。
それは大きな揺れを体験したときと同じものだ。

「っまずい!揺れが来るぞー!」

ルシュアの声は地響きの中に掻き消えて行く。
辺りを揺るがす大きな音と共に、地面が生き物のように波打った途端、その足場が崩れるように地滑りが始まった。

「!!まずい…!皆…粉塵を吸い込むな!馬車に、掴まれ!」

「ルシュア、駄目だ!天馬たちが巻き込まれる!」

「!!手綱を切って、馬たちを解放しろ!」

馬車から解放された天馬は、翼を広げて地滑りの波から這い出ると、空中へと避難した。

五台の馬車はそのまま山肌を滑るように落ちて行く。
その中では乗り込んでいた天使たちが悲鳴を上げていた。

「きゃぁああああ!!」

「落ち着け!しっかり掴まってろ!」

メルティオは口元を布で覆うと、馬車の乗り口から外へ顔を出す。
巻き上がる粉塵の中、馬車が枯れ木を薙ぎ倒しながら、どんどん下へと滑って行く。
後方を見ると、馬車に掴まっている者、掴まり損ねて近くの者と体を寄せながら馬車の後を追うように滑り落ちて行く者たちが見えた。
何人かは翼を放出させ、脱出に成功した者もいるようだが、粉塵に包まれその場から動けないでいる。
メルティオは上を見上げる。
木が薙ぎ倒される分、空が開けてきた。
同じように他の馬車からも顔を出す騎士や天使たちと目があった。

「このままでは馬車が壊れる。飛び出そう」

「!無理よ!恐いわ!それに、デューク様が…」

「デュークは俺たちが運ぶ」

泣きべそをかくフィンカナにシャウザとルーゼルが答え、固まっているカヌシャとティファーシャをエルーレが立たせた。

「サフォーネ、お前は大丈夫か?」

エルーレの言葉にサフォーネは力強く頷いた。
一足先にメルティオが馬車の中から外へ出て、横倒しになっている幌の上に立つ。
続けて中の天使たちを引っ張り上げると、他の馬車でも同じように中から皆が脱出していく様子が確認できた。

「ルシュア!森を抜けるぞ!」

別の馬車の幌に立っていたムードラが先を見渡した。

「よし、皆上空へ!」

ルシュアは滑り落ちて行く馬車の上に這い上がると、翼を放出して飛び立った。
他の騎士や天使たちも同じように空へ飛び立つ。
土砂と木がぶつかり合う音と舞い上がる粉塵、羽根人たちは上空でそれらが収まるのを待った。

「あ、危なかった…」

ようやく静かになった様子に周囲を見渡せば、滞空している仲間たち、眼下には五台の馬車が連なるようにゆっくりと滑りながら、下段の山道手前でやっと動きを止めるのが見えた。

ルシュアはその近くに降り立つと、馬車の損傷を確かめる。
他の羽根人たちも徐々に地上に降り立った。

「この二台はまだ行けそうだ。手伝ってくれ」

騎士が数名がかりで倒れている馬車を起こしていると、天馬たちも戻ってきた。

「怪我人、病人を中心に乗せてくれ。あとは麓までここから翼で移動する」

二台の馬車に天馬を繋ぎ、皆が翼を広げて飛び立った。
斯くして蒼の騎士団・天使団は連峰からの脱出に成功した。


~つづく~
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