サフォネリアの咲く頃

水星直己

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第四章

[第46話]出立式の邂逅

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大陸ができたばかりの古の世。
それは人と人ではないものが存在する混沌の世。

神の力で世界は三つに分かたれ、限りある魂は巡っていた。
生を終えた魂は、闇の世界で安らぎ、光の世界で清められ、また地上界に復活する。

だがいつしか、闇の世界の一部は魔が棲みつく魔界になり、そこから発症する『魔烟』は、地上の人間界へ浸食し始める。
魔烟は自然を腐敗させて荒れ地を作る。
そして、時に具現化し、『魔物』となり、人や動物の命を脅かす。
その拡がりを食い止められる精霊の存在が減りつつある中、神が最後に生み出した種族『羽根人』は、唯一魔烟に対抗でき得る力を持っていた。

『闇祓い』と『浄清』の力をもって魔烟に立ち向かう彼らは、大陸の三カ所に聖殿を築き、魔烟の温床とも言われる大陸西の連峰を清める『大闇祓い』を、15年に一度交替で執り行っている。

   ∽ ∽ ∽ ∽ ∽

「…その15年に一度の『大闇祓い』が今年行われる、という訳だ」

「今回それを担うのが、蒼の聖殿なんですね…」

メルクロとミューは、馬車に揺られながら外の景色を眺めていた。
二人が乗っているのは、光の聖都からクエナの町経由で蒼の聖都を目指す辻馬車だ。

主要都市を繋ぐ辻馬車の殆どは王都が管理するもので、御者は王都からの派遣である二人組の騎士が交代で務めている。

「それにしても、馬車のお客っていつもこんなに少ないんでしょうか…」

ミューは馬車の中を見渡して、小さく呟いた。

他の乗客は新しい仕事を求めて聖都を目指す行商人のドワーフと、少し年嵩のいった祖人の母娘で、二人は故郷である途中の町で降車すると言っている。
数日に一本出る馬車に乗り込む目的は人それぞれだ。

「王都の騎士が護衛についているとは言え、魔物に襲われる事例もあるしな…。危険を冒してまで旅をする者は少ないだろう。ミューも無理に来ることは無かったんだぞ?ご両親も心配しているんじゃないか?」

「何言ってるんですか。幾ら元戦士だったとはいえ、足の悪い先生ひとりで行かせる方が心配です。それに、オレだってサフォやデュークさんを見送りたいですし…」

二人は戦いに出向くデュークとサフォーネに会うために、蒼の聖都に向かっているのだ。

命懸けの大闇祓い、その出立式には騎士や天使の親族は必ず参列するという。
身内のいないサフォーネやデュークのことを思うと、見送ってやりたいと思うのは、ミューもメルクロと同じだった。

「…そうだな。二人の無事を祈って、送り出してやらんとな」

辻馬車は、紅葉の始まりつつある森を横に眺めながら、蒼の聖都へと快調に進んで行った。


豊穣の月になる数日前から、蒼の聖殿には、騎士や天使の身内が各所から訪れ始めていた。
殆どの者は蒼の聖都内に住んでいるが、中には緑の聖都や光の聖都で暮らす者もいる。
遠方から来る彼らは、天馬の馬車で訪れるため、聖殿の裏庭はそれらで埋め尽くされていた。

「ねぇねぇ、あれって、大闇祓い後に結婚を控えているノルシュライガ様とエルジュケルト様、ご両家の皆様じゃない?」

「そうね。同じ結婚を控えているワグナ様とファズリカ様も素敵だけど…やっぱり貴族同志、華やかよねぇ…」

「…こら、よそ見しないでお出迎えの支度をして」

先輩の世話役に促されながら、若い見習いたちは来賓を迎える準備に走り回る。

大勢の身内と数日過ごすため、聖都の宿を貸切る騎士もいれば、僅かな身内と一緒に自室で過ごそうという天使もいる。
騎士と天使に直接仕える世話役たちもその対応に追われていた。

「あら。ナチュア、もしかして暇?それなら、ちょっと手伝ってもらえないかしら?」

回廊を行き来する者たちの中、それを傍観するように立っていたナチュアを見つけて声を掛けてきたのは、同期の世話役で二つ年上のリンカだった。

現在、新人教育に携わっているリンカは、禊用の衣を数着抱え、頭の高い場所でまとめた長い緑の髪を揺らしながら、軽く息を弾ませている。
恐らく、禊の間と中央塔を何度も行き来しているのだろう。

「…な!…暇とか、失礼ですよ…。…確かに、皆さん程忙しくない、ですけど…」

「え。何かあるの?…だって、サフォーネ様って…」

リンカが言い淀んだのは、ナチュアが鋭い視線を向けてきたからだ。
たじろぐリンカを横目に、ナチュアは軽く咳払いすると、落ち着いた口調で返した。

「今から私、サフォーネ様の見送りに来て下さる方々をお迎えに行くんです。失礼します」

「…え。…あら、そうなの…?」

戸惑うリンカの前をそそくさと横切り、ナチュアはその場を後にする。

手紙が届いたのは数日前。
クエナの町から、サフォーネとデュークが世話になったという医者とその助手の子が来ると知って、ナチュアは万全の準備をしていた。
辻馬車の到着は今日の昼時の予定だ。
ナチュアは聖都の南にある馬車の乗降所へ向かった。


聖都の中央通りにある商店街も、お祭りのような賑わいになっていた。
出立式当日は、この通りを騎士と天使たちが徒歩で行進する。
そして、大闇祓いの成功を祈って、聖都の住人たちが激励の花弁を振り撒くのだ。

「…見栄を張って、ちょっと早く来過ぎてしまったでしょうか…」

乗降所へ着いたものの、まだ馬車が到着していない様子にナチュアは溜息を落とす。
周囲を見渡し、待合用の長椅子を見つけるとそこで待つことにした。

いよいよ大闇祓いが目前となった。
サフォーネが浄清の力を目覚めさせた時、この日が来るのをどれだけ不安に思っていたことか…。
だが、日に日に浄清の天使としての自覚と安定を身に付けていくサフォーネを、最近は頼もしく思い始めている自分もいる。
加えて、再生の天使として大陸中の人たちに希望を与えるサフォーネは、何よりの誇りだ。

(本当に嬉しいことです…けど…)

それでも、大闇祓いに送り出すことは、心臓が潰れる程辛く、憂慮に堪えない。
万全を期して臨む戦いにおいて、天使が危険に晒されることはほぼ無いが、滅多にない大きな戦いは予測もできないことが起きるかもしれない。
そう考えれば考える程、心配が募る。
そんな思いを一緒に分かち合ってくれるだろう二人を待ち侘びていると、隣の長椅子に座る女性に気が付いた。

頭を覆うように巻いているストールで表情が見えないまま、女性は徐にナチュアに話しかけてきた。

「…あの、不躾なことをお聞きしますが…蒼の聖殿でお勤めされている方、ですか…?」

ナチュアの服装を見て判断したのだろう。
その気品ある声に、ナチュアはその女性が良家の人だと確信した。

「…はい、そうですが…。どなたかお見送りに参られましたか?聖殿なら、この本通りを…」

「…え、あ…いえ。そういう訳では、無いのですが…その…」

道を尋ねられたと思ったのだが、女性は首を横に振った。
そして持っている鞄の中から何か出そうと、迷っている様子でもあった。

「?…どうかされましたか…?」

「…これを…あの……」

ようやく、女性が震える手で布に包まれた物を取り出すのを目にした時、背後から馬車が近づいてくる気配があった。
ナチュアが振り向き、目の前の女性と出迎え人のどちらを選んだらいいか、躊躇したのが伝わったのだろう。

「いえ、何でもありません。申し訳ありません。失礼いたします」

「え。ちょ…ちょっと、待ってください…」

女性は立ち上がると、ナチュアが呼び止めるのも聞かず、深々と頭を下げてその場を走り去って行った。

「…一体、何だったのかしら…」

その後姿を見送っていると、ナチュアの横で馬車が停車し、扉が開いた。
降りてきたのは、ドワーフの行商人と祖人の男性を支えながら降りてくる半エルフの少年だった。

「…あ…。お、お待ちしてました!…メルクロ先生?と、ミューさん?ですよね?」

サフォーネから聞いていたその特徴から間違いないと思いつつ、ナチュアは慎重に声を掛けてみる。
すると、半エルフの少年が笑顔を輝かせて元気な声で返してきた。

「そうです!…あ、もしかして、君がナチュ?」

「え?…あ、はい。サフォーネ様の世話役を務めております、ナチュアと申します」

「おぉ、貴女が。出迎え、感謝いたします」

初対面とは思えないほど、親し気な笑顔を向けられ、ナチュアもほっとする。
ミューは片手に大きな荷物を抱え、片方の肩をメルクロに貸していた。

『せんせー、あし、わるいの』

サフォーネの言葉を思い出したナチュアが、メルクロの手に提げられている荷物を取ろうとしたところ、慌てて拒まれた。

「いやいや、お嬢さんには重い荷物だ」

ナチュアは一瞬戸惑ったが、最大の笑顔を向けて、メルクロの手を取りながら荷物を受け取る。

「大丈夫です。私、こう見えても半分男性ですから」

その言葉に二人は一瞬驚いたが、同時にナチュアの人柄も読み取ったのだろう。
穏やかな笑みを返し、ナチュアの案内で聖殿前まで行く馬車の乗り次へと向かって行った。


「ミュー!せんせー!」

自室で待っていたサフォーネは二人が訪ねてくると、喜んで飛びついた。

「おぉ、サフォーネ…デュークも。元気そうだな」

サフォーネの部屋には、デュークとアルイトも来ていた。
機転を利かせたナチュアが、先にデュークの訪問許可を取っていたのだ。

「先生…遠い所、良くお出でくださいました。ミューも。ありがとう」

再会を喜び合うも、ミューは煌びやかな聖殿の中に目移りし、落ち着かない様子だった。

「…すごいや。こんな綺麗な場所見たことない…。サフォ、すごいね。頑張ってるんだね」

「今じゃ、再生の天使までやっておるからのぉ。大したもんだ…」

二人に褒められて嬉しそうなサフォーネを、ナチュアも笑顔で見つめる。
アルイトがメルクロの傍まで来て頭を下げた。

「メルクロ様、お久しぶりです」

「おぉ、あの時の…あんたがまたデュークの世話役になってくれていたとは…」

メルクロが片手を差し出すと、アルイトは両手で包むように握手を交わした。

「え、お知り合いなのですか?」

「あぁ、昔な。…デュークが酷く体調を崩した時に連絡を受けて、聖殿を訪ねたことがあるんだ」

ナチュアが驚くと、メルクロは少し言い難そうに返し、デュークも苦笑を浮かべた。
当時のことは知らないが、異端という差別で、デュークが周囲に馴染めていなかったことは何となく聞いている。
その辺が原因で何かあったのだろうが、それをこちらから聞くことは世話役としてはご法度である。

「えぇ!そうだったんですか!だから先生、こんなに綺麗な場所なのに、驚かなかったのかぁ…」

妙な沈黙が訪れそうになった所にミューが素っ頓狂な声を上げた為、一瞬で場が明るくなるような笑いが起こった。
ナチュアは少しほっとすると、用意していた食事をアルイトに手伝ってもらいながら準備に掛かった。


ひと時の和やかな時間が訪れた。
誰も大闇祓いのことは直接口にせず、これまであった思い出話に花を咲かせていた。

食事を終えると、食器を片付けながらナチュアが口を開く。

「デューク様のお部屋とサフォーネ様のお部屋、どちらも客間を整えましたので、お二人は出立式の日まで、どちらかでゆっくりとお過ごしください」

「なら、わしはデュークの部屋で世話になるか。ミューはここで泊まらせてもらいなさい」

「はい。…あ、でもあとで、デュークさんの部屋も見に行っていいですか?それと、聖殿の中も色々見てみたい…って…すみません…。二人の見送りに来たのに…」

好奇心を隠せないミューが恥ずかしそうに頬を染めると、メルクロが笑った。

「いや、こんな機会も滅多にないからな。それと、出立式のあとは、聖都の方へ数日泊って行こう。ミューも聖都の学び舎に通うつもりなら、都の見学もしておいた方がいい」

「え、そうなのか、ミュー?」

メルクロの言葉にデュークが驚いて尋ねると、ミューは満面の笑みを浮かべた。

「はい…蒼の聖都の学び舎に通うと決めました。来年の春から、オレ本格的に勉強して、将来お医者様になります!」


出立式当日。
蒼の騎士団・天使団一同は新たな装束を纏い、各々翼を携えて聖殿前の庭に整列した。
中央棟のバルコニーには長とババ様、アリューシャも控えていた。
長がしわがれて出にくい声を精一杯張り上げる。

「我々は神と精霊の導きにより、魔烟を討ち果たすために誕生した。その誇りを胸に、この大闇祓いに臨んで欲しい。諸君の幸運を祈る」

長の言葉に皆の士気が上がる。
それぞれ隊列を組むと、天馬に跨った総隊長ルシュアを先頭に聖殿の門をくぐり、聖都へと向かう。
アリューシャはその後姿を見送りながら祈った。

(みんな…無事で帰ってきてね…。精霊たちよ…どうか、彼らをお守りください…)



聖殿の前や門付近では、騎士や天使たちの身内による見送りで溢れていた。

「頑張ってこい!」

「気を付けていくんですよ」

父親、母親、兄弟、妻、友人…様々に心配する声に送られながら、騎士団・天使団は聖殿から聖都を抜ける本通りを、一歩ずつゆっくり進んでいく。
隊列は騎士団、天使団を交互に、デュークの第二部隊はサフォーネの第一天使団の後列で歩んでいた。

「サフォ!デュークさん!無事に帰ってきてね!」

ミューの甲高い声もその中に紛れて聞こえてくると、サフォーネもデュークもそちらを笑顔で振り返った。
すると、その近くにもう一つ見知った顔を見つけた。

「…あ。トワ…」

再生の館からトワも駆けつけていた。
しばらく再生の活動も休止になるため、一度リゾルの村に里帰りすると聞いている。
恐らくこの後、聖殿の馬車で帰路につき、しばらく故郷に滞在するのだろう。

「終わったら村に寄れよ?」

大闇祓いの終点は連峰を北に進んだ地点で、リゾルの村近くになる。
再会を願う言葉に、デュークもサフォーネも大きく手を振った。


沿道では、大闇祓いの成功を祈る住人たちが花弁を振り撒く。
コスモス、オミナエシ、キキョウ、ツキミソウ…色とりどりの晩夏の花吹雪が舞う中、住人たちの列からひとりの女性が飛び出してきた。

「…お、お待ち下さいませ!…どうか、これを…サフォーネ様に…」

それは数日前に、ナチュアが街で会った女性だった。
警戒した第二部隊のシャウザとルーゼルが女性の前に立ちはだかると、場が一瞬物々しくなる。

「待て!」

その不穏な空気を察したデュークが間に割り込むと、不意に女性のストールが解けてその顔が表れた。

「!…貴女は…」

デュークは驚愕した。
それは緑の聖都、蔦の家で会ったリマノラの侍女だった。
侍女もデュークの顔を見て驚くと共に、縋るように手にしていた布の包みを差し出してきた。

「どうか、これを…サフォーネ様に…」

デュークはシャウザとルーゼルに退くように目で合図すると、こちらを気にして振り返っているサフォーネを手招きした。
サフォーネが沿道に近づいてくると、間近で再生の天使が見られると周囲が沸き立った。

「…貴女から、直接渡してあげてください」

デュークの言葉に女性は瞳を潤ませながら膝をつき、震える手で布の包みを差し出した。
サフォーネは一度デュークの顔を見たが、頷く様子にそれを素直に受け取り、包みを捲ってみた。

「……」

覗き込んだデュークは言葉を失った。
それは杜族の証が縫い付けられた手布だった。
布の材質から、恐らく産着だろう。
赤ん坊のサフォーネが身に付けていた産着…それをこの侍女が手布に作り替えてきたに違いない。
サフォーネはその手触りを確認するように何度も手布を撫でて、女性に笑顔を向けた。

「ふわふわ…やさしいね…ありがとう」

その言葉に感極まって女性が泣き崩れると、沿道を護衛していた張役が近づいてきて、女性を隊列から引き離した。

デュークはサフォーネの肩を抱き、促して歩き出す。
サフォーネは何度も気にしながら振り返ると、ようやく顔を上げた女性に向かって手を振った。

サフォーネと歩きながら、デュークは複雑な思いを抱く。

もうこの世には居ない母親ですら、我が子の見送りに来ることができるのに…。

それは妬みなのか寂しさなのか、知らずにサフォーネの肩を抱く手に力が籠る。

「…?」

不思議そうに見上げてくるサフォーネに作り笑顔で返していると、先頭を歩んでいたルシュアが天馬の手綱を操りながら後退してきた。

「次の交差路、右側奥」

それだけ言うと、また再び天馬を操って先頭に戻って行く。
何のことかと交差路に差し掛かった時、デュークはその右手通りの景観に目を見張った。

見覚えのある馬車が停まっている。
嶌族の紋章。
光の聖都特有の装飾。
窓に映る懐かしい横顔…。
サフォーネの肩を抱く手が震えた。

「…デューク?」

「あぁ、すまない。何でもないんだ…」

サフォーネを開放すると、デュークは再び前を向き、毅然と歩き出した。
蒼の騎士団・天使団一行は、聖都の正門まで来ると、それぞれの天馬、馬車に乗り込んだ。

「出陣!」

ルシュアの声を合図に、天馬たちは空へ駆け上って行く。
聖都の住人たちはそれを見上げ、大きく手を振って声援を送った。

聖殿の各部屋から顔を出した世話役や職員たちが、空を駆けて行く天馬と馬車を見守る。

「サフォーネ様、デューク様…どうかご無事で…」

圧倒される美しい空の行列に見とれながらも、ナチュアは必死に祈った。


聖都の通りに停められていた馬車の中からイリックリーガが顔を出し、その行方を見つめる。
向かいに座るシェーラケルトが、手にした扇子で表情を隠したまま小さく言葉を発すると、馬車はゆっくり駆け出していった。

   ∽ ∽ ∽ ∽ ∽

出発した蒼の騎士団・天使団一行が目指すのは、西の連峰南口。
そこには三聖殿共有の大闇祓い専用第一待機所がある。
距離にすると蒼の聖殿から王都までと同じくらいになり、片道二日強掛かる空の旅は、途中で休憩を余儀なくされる。
訪問する地は予め決まっており、それぞれの天馬や馬車に乗り込んだ騎士や天使たちは、休憩場所で思い思いに過ごす。
仮眠をとる者、軽く食事を摂る者、雑談をする者…。

そんな中、一部の者たちの間で話題になっていたのが、エルーレのことだった。

「一瞬誰か解らなかったわ…」

「ほんと、驚いたわよね…」

出立式に現れたエルーレは、美しい金の長い髪を男の様に短く切り落としていたのだ。
隣で肩を落とすエンドレが居たのが印象的だった。

『真剣な戦いに向かうのだ。長い髪は邪魔にしかならない』

エルーレはそう公言していたが…。

「やっぱ、原因はあれじゃないのか…?」

「ですよね…」

エルーレに失恋したジュフェルとソシュレイが、二カ所目の休憩場所から出立した馬車から顔を出し、前方で天馬を駆るデュークの背中を妬ましそうに見る。
デュークの愛馬シェルドナは子育て中であり、今回同行するのは再生の試練の旅を共にしたザイヘス。
ザイヘスの様子を気にしながら背中に視線を感じると、デュークは僅かに振り返った。
二人は慌てて視線を外す。

「おぉ?なんだなんだ。何の話だ?」

馬車に並走して天馬を駆っていた第五部隊副隊長のメルティオが、こそこそと話をしている二人に向かって声を投げかける。

任期10年、28歳になるメルティオは、その年齢に思えない童顔な顔つきをしている。
ハシバミ色のくせっ毛を靡かせ、顎に無精髭を携えた表情を豊かに変えて若い二人に話しかけたが、その大きな声に返せる話題ではない。
二人は苦笑いしながら手を振って「何でもないです」と返していると、前方からルシュアの号令が届いた。

「今日の滞在地が見えてきた!各騎手、着陸態勢に入れ」

その言葉を各部隊の隊長が後列へ言伝していくと、天馬たちは旋回しながら地上へと降りて行った。


~つづく~
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