サフォネリアの咲く頃

水星直己

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第三章

[第37話]自然の民

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西の氷の連峰を、初冬の鈍い朝日が照らし出す。
林の小屋の隙間にもその薄い陽光は届き、屋根から地面に滴り落ちる雪解け水の音が、僅かに聞こえてきた。
雪は止んでいるようだ。

狭い小屋でごろ寝状態で過ごした各々は、起き上がると伸びをして身体をほぐす。
慣れない板の間に、お世辞にも良い香りとは言えない毛皮を敷いての寝心地は最悪だった。

寒さと寝不足と疲労が重なり、互いの口数も減る。
少しでも元気が出るようにと、積んできた食材だけで、イオリギとナチュアが精一杯の朝食を拵えてくれた。

器を受け取りながら、デュークが話し出す。

「食べ終えたらすぐに立とう。集落で受け入れてもらえなければ、違う手も考えないと…」

「…そうだな…」

「……」

昨日のことでまだぎくしゃくしているのか、疲労で口数が減るのとは別の所で、ルシュアはデュークと碌に口を利こうともしない。
会話もどこか途切れがちで、妙な空気が流れる。
耐えかねたナチュアがルシュアの元に歩み寄り、声を掛けた。

「…ルシュア様…昨日のお二人にやましいことは無いですよ…何をそんなに怒ってらっしゃるんですか?」

周囲に聞こえないように声を潜めるが、ナチュアが何を言ってるかは、サフォーネ以外、皆想像はついていた。

「私は別に怒ってなどいない…ただ…」

「…ただ?」

ルシュアは言葉を切ると立ち上がり、デュークの元へ歩み寄った。
その気配に顔を上げるデュークの胸倉を掴むと、引き寄せて立ち上がらせる。

「ちょ…ルシュア様!暴力は…」

そう言いかけたナチュアの瞳に映ったのは、デュークの顎を片手で包み、その唇に己の唇を重ねるルシュアの姿だった。

「!!」

呆気にとられる周囲の中、デュークがその腕を払って、ルシュアを突き飛ばした。

「…っ!お前っ…いきなり何を…!」

「酷い話じゃないか!どれだけ私がお前に執心していたか知ってるだろ?…それを…いくら命が関わっていたとは言え、私以外の者と肌を合わせるなど…」

ルシュアの言い方はどこか芝居がかっていて、本気ではないのが伝わってくる。
所謂ただの腹いせ、八つ当たりだ。

デュークに於いても、それは解っているのだが、皆の前で不覚を取ったことが悔しかったのか、顔を真っ赤にしながら対抗している。

二人が言い争う様子をアリューシャが呆れるように見つめ、セルティアがその気配にくすくすと笑っている。
イオリギはそんなセルティアを見て、昨日は本当に何もなかったのだと悟り、ほっと胸を撫でおろした。

「…なんだかもう…これで元通り、なんでしょうかね…」

妙なきっかけで普段通りの会話が生まれた。
ナチュアが大きく溜息を吐くと、隣でサフォーネが瞳をキラキラさせながら、ナチュアの袖を引っ張った。

「ナチュ…いまの、ちゅー?サフォも、ちゅーしたい…」

「!い…いけません!…サ、サフォーネ様にはまだ早いです!!」

「お?興味があるのか?サフォーネ。私ならいつでも歓迎だぞ?」

「ルシュア!」
「ルシュア様!」

サフォーネを迎え入れようと両腕を広げるルシュアを、デュークが羽交い絞めにし、サフォーネを隠すようにナチュアが間に入る。

「まったくもぉ…。さぁ、急ぐんでしょ?食べ終わったのなら、出発しましょうよ」

互いの心の靄を晴らせたようで、安堵したアリューシャは笑いながら皆を促した。
七人は旅支度を整えると、改めて集落を目指すことにした。


陣形はほぼ最初のまま。
アリューシャがナチュアと交替したくらいだ。
小柄なアリューシャに手綱を任せるのは不安もあったが、気まぐれなサフォーネより安心なのは確かだった。

再び厚い雲が陽射しを遮り、どこか薄暗い林の中をしばらく進んだところで、馬上のナチュアがアリューシャに声を掛けた。

「あの…アリューシャ様、申し訳ありません。私ならもう大丈夫ですから、そろそろ交替を…」

「何言ってるのよ。あんなに足が豆だらけで、まだ歩ける訳ないでしょ?」

就寝前になっても靴を脱ぎたがらなかったナチュアを不審に思って、ルシュアと組んで半ば強引に剥ぎ取ったアリューシャは、その無惨な状態に絶句した。
数個できていた豆の殆どが潰れ、血が滲んでいた。
その血も血色の悪い足と一緒に、乾いて変色している。
イオリギが応急処置し、サフォーネが癒しの力で傷を塞ぐも、その疲労と痛みは抜けない様子だった。

「ナチュア、ここは素直にご厚意を受けなさい」

「…はい…。申し訳ありません…」

イオリギの言葉に恐縮して肩をすぼめるナチュアに、相乗りしたサフォーネは慰めるように寄り添った。


徐々に拓けた土地が見え始め、柵が設けられた場所がある。
掘り返された土が固まった状態で、しばらく使われている様子はない。

「あれは…畑でしょうか?」

「だいぶ集落に近づいて来ているようだな…」

馬上から先を見つめるナチュアの言葉に、デュークが頷いた。

「すまない。ちょっと止まってくれ、パキュオラの荷が弛んできている」

ルシュアの声にデュークが足を止め、全員がその場に留まった。
荷を見直すルシュアのもとにデュークが様子を見に来ると、周囲に気づかれない声の高さでルシュアが囁いた。

「…デューク、気づいたか?」

「あぁ、何人か潜んでいるな…木の上にも…ひとりか?」

「…そんな芸当ができるのは…」

不意に雪の塊が落ちてきたと思った瞬間、木の上から人影が現れた。
ザイヘスに飛び移り、馬上のサフォーネとナチュアを捉えようとしたが、咄嗟に察知したザイヘスが体を反転させ、輩を振り払って難を逃れた。
その衝撃で手綱を引いていたアリューシャが倒れそうになるのを、デュークが庇いながらその手綱を取る。

「何者だ!」

相手は毛皮のフードで全身を包み、表情が見えない。
小柄な体型を更に低くして、短剣を構えている。
次々と木の影から、同じ格好をした者たちが現れ、仲間同士で耳打ちしながら羽根人の一行を包囲した。
総勢五名。人数は少ないがあの身のこなしでは、突破するのは難しそうだ。

(…まさか、山賊?…まだ残党がいたのか?)

しかし、山賊の類いならとっくにこちらの命を奪い、荷を略奪していくはず。
そんな気配もないのは、この先に進むな、と言いたげな様子だった。
ひょっとして、この先の集落に住むのは…。

「待て。俺たちは怪しい者じゃない」

デュークが歩み寄ろうとすると、その中の一人が牽制するように、短剣を振りかざしてきた。
アリューシャと手綱で動きが取れないところ、ルシュアがその間に入って剣を抜き、相手の毛皮を霞めとる。
その顔が露になった。

「…やはり…獣人族か…」

頭部に尖った耳を持ち、突き出た鼻と、大きな口。
薄暗い林の中でも光を帯びる目は、野生の狼のようにも見えた。

獣人族はどの種族とも関わらずに生きる者が殆どだ。
自然を重んじ、自然の中に身を置く。
『自然の民』ともいわれている。
稀に他の種族が暮らす村や町に属する者もいるが、それはその町の住人の一割にも満たない。

「Gryuoo…Jyanerya,Mishoo」

「Maraa,Koperuu…」

互いに言葉を交わしているが、それは耳慣れない言語。
何を言っているのか解らなかった。

「獣人語か…こちらの言葉が解る奴は居ないのか…」

言葉が伝わらない相手では、その考えも掴めない。

彼らはこちらの命を奪おうとしているのか…。
戦えない者たちを護りながらこの場を切り抜けるには…。

二人の騎士が考えを巡らせていると、獣人たちの背後からひとりの青年獣人が現れた。
周囲の者たちよりも一際背が高く、正体を隠さず堂々と露にしている顔には赤茶色の長い前髪が掛かり、金色の大きな瞳が印象的だった。
着ている物も萌黄色の小奇麗な衣で、他の者たちとはどこか違う雰囲気を醸し出している。
仲間を掻き分けるように一歩前に出ると、盛大な溜息をついた。

「…やれやれまたか…こんな所まで来るなんて、物好きな奴等も増えたもんだな」

「!!…共用語…?」

青年獣人が発したのは、多くの種族が使う共用語だった。
大きな耳をピクリと動かし、金色の瞳を細める。

「お前たちは祖人?…いや、羽根人か…」

翼を隠していても羽根人と分かる種族は幾つかいる。獣人族もその一つだ。
ルシュアが剣を構えていた姿勢を緩め、安堵の溜息を漏らす。

「こちらの言葉が分かるのか…それはありがたい」

だが、青年獣人は持っていた短剣を抜き、突き付けてきた。



「言葉が解ったところで関係ない。ここから先への立ち入りは遠慮してもらおう。今すぐ引き返せ」

再び剣を構えようとするルシュアを制するように、デュークが一歩前に出た。

「俺たちは、王都の命で、ここより北の荒れ野に緑を芽吹かせる役目を仰せつかった湖の聖殿の者だ。しばらく荒れ野に滞在するため、この先にある村に食糧と燃料の協力を頼みたい…」

デュークは協力を試みたが、青年獣人は鼻で笑った。

「王都だ?知るかそんなもん。それに…あの荒れ野に緑を芽吹かせるとは、とんだホラ吹きだ」

「ホラ吹きなんかじゃないわよ!ここにいるサフォーネには、そういう力があるんだから…」

デュークを盾に顔を出したアリューシャが、馬上のサフォーネを見上げると、青年獣人も視線を送る。
そこには、同乗する者と抱き合うように固まっている赤髪の羽根人がいた。

「…?その赤髪か…?異端の天使じゃないか。そんな奴に何ができるってんだ」

「…そんな奴?失礼ですわ!サフォーネ様に対して何てこと…」

青年獣人の言葉に憤りを感じたナチュアが、今にも馬から飛び降りそうな程、身を乗り出して反論する。

サフォーネはそれを止めながら、ふと辺りを見渡した。
セルティアもそれに反応するように眉をしかめる。

「子供…?でしょうか…こちらに来ますね…」

その言葉に全員が耳を傾けるように静まると、二人の獣人の子供が駆け寄ってきた。
アリューシャよりも頭ひとつ背の低いびわ色の髪の女の子と、くるみ色の髪のさらに小さい男の子が、腕いっぱいに布に繰るんだ荷物を抱えていた。

「トワあんちゃーん」

「ニルハ?ナコラも…。どうした?」

「さっき生まれた子ヤギが死にそうなの」

ニルハと呼ばれた女の子は、泣き顔でぐしゃぐしゃになったナコラの代わりに答えた。
青年獣人の名はトワ。彼らの兄のようだ。

「お…おいらの、メ、メンメが…死にそうだよぉ…」

ナコラが「わーん」と泣き出すと、ニルハも釣られるように涙ぐみ始めた。

「あんな小さな子供たちが共用語を…?」

驚いているルシュアとデュークの後ろで「サフォーネ様?」と慌てるナチュアの声がした。
いつの間に馬から降りたのか、サフォーネが静かに通り過ぎ、獣人の子供たちのもとへ歩んでいく様子にルシュアが慌てた。

「サフォーネ、よせ!」

そんな心配を余所に、獣人たちは襲う気配がない。
自然の民である彼らには、サフォーネが纏う精霊の気が感じ取れるのだろう。
敵視する者では無いと悟らせたのかもしれない。
デュークはそのまま見守った。
サフォーネがナコラの抱えている布に手を翳す。

「このこメンメ…?」

「…!…うん」

布は微動だにしない。
か細い呼吸が僅かに感じられる。

「…だいじょぶ。まだげんき、なれるよ…」

サフォーネが祈りを込めて気を送ると、周囲が柔らかな空気に包まれる。
子ヤギは生まれる時に喉を詰まらせたのだろう。
その気道が開くと僅かに呻いた。

「…いたいね?まってて…」

さらにサフォーネが癒しと再生の力を使って、子ヤギの破損した肺の細胞の復元を促した。

子ヤギはナコラの腕の中でみじろぐと、包まれていた布から顔を出し、可愛らしい鳴き声を上げる。
その様子に獣人たちが驚き、どよめいた。

「すごい…元気になったわ…!」

「…や…やったぁーーー!」

ニルハとナコラは喜びの声を上げたが、目の前にいる見知らぬ羽根人に改めて驚いて、トワに駆け寄っていった。
その様子に笑顔を向けるサフォーネを見て、トワは武装を解く。

「どうやら、その力とやらは本物らしいな…」

すかさず、アリューシャが歩を進めてサフォーネの横に並んだ。

「この力を植物の種に含ませれば、荒れ野にだって芽吹かせることができるのよ?あんたたちだって、豊かな土地はもっと欲しいでしょ?悪くない話だと思うんだけど?」

他の獣人がトワのもとに近より、獣人語で話しかける。
トワが獣人語で受け答えすると、全員が武装をといた。

「来い。まずは長老に話をして、お前たちに協力するか決める」

ひとまずの難は逃れたようだ。
ほっと胸を撫でおろす一行に、「ついてこい」とトワが先導すると、その周りと後ろを囲むように他の獣人族たちもついてきた。

「まるで護送ね…」

「ここは彼らに従うしかないさ」

アリューシャがぽつりと言うとデュークが答えた。
馬から降りたまま歩くサフォーネの後ろを、先ほどの姉弟が付かず離れず着いてくる。
サフォーネが振り返って微笑むと、ナコラはほっとしたようにその横に並んだ。

「…なぁ、さっきのすごいな…。あ、ありがとな…」

恥ずかしそうにお礼を言うナコラに、サフォーネがその腕に抱かれている子ヤギの頭を撫でる。

「…メンメ、かわいーね」

「そうでしょ?この子、女の子なのよ?」

ニルハも一緒に並んで話し出す。
小さな姉弟が楽し気に話す様子を背後に見ながら、トワは獣人族の村まで、旅の一行を案内した。


村に着くと、取り囲んでいた獣人たちはいつの間にか姿を消していた。

集落には簡単な木組みに土壁の家が点在し、人も居るようだったが、こちらを警戒するように息を潜めているのが分かる。

トワは羽根人の一行を改めて見定め、思案顔で言った。

「こんなに大勢は必要ないな。その赤髪と…あと二人…」

「なら、俺とアリューシャで行こう。ルシュアは…」

「解った。まだ歓迎ムードではなさそうだしな。こちらに残ろう」

「頼む」

トワが指笛を鳴らすと、若い男女のふたりの獣人が現れた。
彼らに獣人語で指示を出し、幼い姉弟に向かった。

「ニルハ、ナコラ、残るこいつらを隠り処(こもりど)に案内してやれ」

「隠り処?」

聞きなれない言葉にアリューシャが反芻する。

「あぁ、お前らで言うところの…『控え部屋』だな」

『控え部屋』とは体のいい表現で、要するに人目に付かせたくない人や物を押し込んでおく場所だ。
それを説明するのも面倒と思ったトワは、適当なことを言ってその場を収め、デュークたちに着いてくるように促した。

トワの後に続き、三人は周囲を見ながら歩んでいく。
土壁の家の他に、見慣れない珍しい生活装置のようなものがある。
それらに気を取られていると、大股で歩くトワに後れを取りそうで、アリューシャは歩みを緩ませようと質問を投げた。

「トワ…?って言ったわね?聞いてもいいかしら?この集落にはどれくらいの人が、共用語を使えるの?」

質問に軽く振り向いたトワだったが、その歩みは緩まなかった。

「長老のヤヌ様や、この集落をまとめる役人たちは、みな共用語が使える。それ以外は、俺とニルハ、ナコラくらいだな」

そっけなく向けられた背中に向かって、アリューシャは言葉を続けた。

「あんたたち兄弟は何で喋れるのよ」

「あぁ?んなこと知る意味あるのか?…俺たちの親は緑の聖都で働いていた。俺たちはそこで生まれ、育った。だが、どっちも死んじまったからな…。ヤヌ様の厚意でこの村に来たのは二年くらい前だ」

「そうだったのね…」

ぶっきらぼうに答えるのは、元からそんな性格か、それとも話したくないからなのか…。
アリューシャはそれ以上聞くのは野暮な気がして口を噤んだ。

集落の奥まで来ると、土壁の家よりも立派な作りの家が増えてくる。
それはエルフの里や緑の聖都で見られるような木造の建築物だ。

ひと際大きな家に着くと、トワが歩みを止めた。
どうやらここが長老の家のようだ。
屋根や壁は木造りだが、扉は獣の皮を使った薦になっている。

「ここで待ってろ」

そう言い捨てると、トワは薦を捲って家の中へ入って行った。
家の中からトワと長老らしき者の会話が届いた。

「ヤヌ様。さっき知らせのあった怪しい者たちを連れてきたぜ。王都の命で旅をしているという羽根人たちだ」

「ほぉ…通しなさい」

トワが顔を出し、顎をしゃくって入るように促す。
デュークに続き、サフォーネ、アリューシャは薦を潜り抜けるようにして家の中に入って行った。
獣人族の長老ヤヌは、長く白い毛を纏い、奥の間に座している。
その両脇には、長老の護衛の者が控えていた。
それ以上近寄るな、と言いたげに、持っていた槍を突き付けられ、デュークはその前で跪き頭を垂れると、サフォーネとアリューシャも続いた。

「突然の来訪お許しください。ここより北の荒れ野に緑を芽吹かす王命を賜りました、湖の聖殿のデューク、サフォーネ、アリューシャ…他四名、この村に留まらせて頂いてます。何卒、ここから燃料と食糧の供給を願いたく…もちろん、それ相応の代価をお支払いします。ご協力頂けませんでしょうか」

デュークの言葉に耳を傾けていたヤヌだったが、一つ息を吐くと口を開いた。

「荒れ野に緑を芽吹かす…か…。数日前に来た、祖人の者たちはそれを知らせに来たのかの?トワ」

「あぁ、あの祖人たちか…。村の奴らが話を聞く前に痛手を負わせて追い返しちまったからな…どうだったのか…。恐らくそうだったんだろうな」

二人の会話にデュークとアリューシャは顔を引きつらせた。

「羽根人たちよ。そなたたちの働きは、この大陸中が認めていることと思うが…わしら獣人の殆どはそんなことはどうでもいいと思っている。魔烟は神の力と等しい。それを人間風情がどうこうできるものではないのだ。現に、この長い歴史の中で、魔烟の存在は未だ消すことができておらん。蔓延り、人類が滅亡するなら、それは神の導くこと…」

「……」

自然の民と言われる獣人族らしい言葉に、デュークは返す術がなかった。
しかし、アリューシャがその代わりに口を開く。

「待ってください、長老様。魔烟の力が神と等しい、というなら、精霊のことはどうお考えなのですか?精霊たちは古から魔烟と対峙する存在です。精霊たちは、あたしたち人類に生きるように語っています。決して滅亡なんて望んでいないわ」

アリューシャの言葉に頷き、デュークはサフォーネを見ながら言葉を添える。

「アリューシャの言う通りです。そして、このサフォーネは、精霊たちと心を通わせることができます。その精霊が与える『再生の力』は、俺たち人類の希望にもなると信じています」

「ほぉ…精霊の声が聞こえる者…か。いっそ魔烟の声が聞こえる者でもいれば、その真相も解るのだろうがな…」

ヤヌはサフォーネを見た。

「お前さんが持つ力。それは本当に使ってもいいものなのか?」

サフォーネはその言葉にきょとんとしたが、ぽつりぽつりと返し始めた。

「…サフォのちから…つかうのいいこと…?…わからない…でも…みんな、いきたい…いう。サフォ、このせかい、すき…。デュークも、アリュも、ナチュも、ミューも、せんせーも…とりも、ちょーちょも…シェルも…はなも、やまも、みんなすき…。みんなわらうの、サフォすき…」

サフォーネの言葉に反応するように、いつの間にか灯虫が現れ、周囲を漂い始めた。

「!…これは…」

ただの灯虫ではないことは解る。その光が放つ気は柔らかく、神々しい。
驚くトワに、ヤヌが唸るように俯いた。

「この世に生を授かれば、生きようとするのは義務である…か…」

人は生まれ、死んでいくもの。
それは抗えないことだが、人は死の間際になっても生きようとする。

そしてそれは人だけではない。
花や虫、鳥や魚、生きとし生けるものすべてに言えることだ。

ヤヌは考えを巡らせながら口元に笑みを浮かべた。

「…わかった。お主たちに協力しよう。村で用意できる食料、薪や油の燃料…それと、労働力も必要かの?…トワ、皆の者にも伝えなさい。それから、彼らとの仲介役はお前に任せる。良いな?」

「…は、はい!」

ヤヌの言葉に態度を改めるようにトワは姿勢を正した。
デュークとアリューシャは、ほっと息をつくと顔を見合わせて喜んだ。

サフォーネは静かに立ち上がり、灯虫を導きながら長老の家を出る。
北の荒れ野の方に視線を向けると、その決意を改めた。


~つづく~
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