サフォネリアの咲く頃

水星直己

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第三章

[第33話]王都へ

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サフォーネの新たな力が実証され、立ち会った者たちはその力の所有に頭を悩ませた。
命を芽吹かせる『再生の力』は蒼の聖殿で独占するよりも世界に役立てるべきではないか、と…。
その方法を思案する中、デュークが徐に口を開いた。

「提案があります…サフォーネと俺を…王都に出向かせてもらえませんか?」

「!…王都に!?何故です」

「デューク、お前まさか…」

突然の申し出にエターニャとルシュアが驚き、長老たちも顔を見合せた。
アリューシャとナチュアが不安そうな顔をし、セルティアは静かに耳を傾けている。

デュークはもう一度サフォーネを見た。
信頼しきった真っすぐな赤い瞳を受け止めると、静かに頷いて言葉を続ける。

「再生の力…それが実在することを、まず祖人の王に認めてもらい、その上で、大陸中に広めることを許してもらうのです…」

その発言に長老たちははっとなる。
エターニャは唸るように俯き、ナチュアは心配顔でサフォーネを見た。

「我々が魔烟の脅威から大陸を救っているとはいえ、この世界の中心は王都です。光の聖殿や緑の聖殿に伺いを立てるよりも、その方が事が運びやすいのではないでしょうか…。ただ、どうやって広めるかは…まだ思いつきませんが…」

デュークの提案は、意表をつきながらも堅実的な物である。
しかし同時にそれは、サフォーネの力を王都直下に置くことになり、完全に私情を捨てた物になる。
ルシュアは案じてデュークの肩に手を掛けた。

「…いいのか?そんなことしたら、サフォーネはお前だけの天使じゃなくなる。手の届くところに置いておけなくなるかもしれないぞ?」

思いがけない気遣いにデュークは瞳を見開いた。

闇に呑まれそうな自分を癒し、救ってくれたこの天使を、ずっと傍に置いておきたかったのは事実だ。
だが、自らの役目を見出し、未来に向かおうとする者を止めることはできない。
ならばそれを護り抜くまで。
浄清の天使となったサフォーネを護ると決めた心のまま…。

「そこは、蒼の騎士団・総隊長の手腕が試されるな。蒼の天使団から浄清の天使は失いたくないだろ?」

デュークの言葉に、ルシュアも笑みを浮かべてエターニャに向き直る。

「祖人の王への謁見なら、私の立場も必要でしょう。王都には私も出向きます。今回の四半期の旅で、各隊員がこれまで以上に自分の立場を理解し、隊長職に至っては、私が留守でもその代わりを勤めてくれると信じておりますので」

「ちょっと待って…。それならあたしだって…。精霊のことを理解してもらうには必要よね?」

ルシュアの言葉にアリューシャも負けじと参加する。
もちろん、公の目的を全うする為でもあろうが、遊び人と好奇心旺盛な二人が、この機会を見逃す筈もない。
別の意図もあることは傍から見ても明らかだ。
エターニャからの返事を期待に満ちて待つ二人の様子に、セルティアは思わずくすりと笑った。

「…わかりました。では、セルティア。あなたも同行しなさい」

「…え。私も?ですか…?確かに…天使団にも、私が不在でもその役目を担ってくれる人物はおりますが…王への謁見はルシュアさえいれば、十分役目は果たせるのではないでしょうか…」

矛先が自分に向けられるとは思わず、セルティアは戸惑った。

「そうなのですけどね…。あなたにはルシュアの足枷も兼ねて欲しいのです。旅の間、羽目を外さないようにね。…それに、精神的な面で、皆を支えられるのはあなたしかいないと思っています」

エターニャの言葉にルシュアはぎくりとした顔をし、アリューシャは両手を口に当て笑いを堪えた。
セルティアは明らかに困った様子で俯き、しばらく考えていたが、一つ息を吐いて顔を上げた。

「承知いたしました。…ですが、この目の事で皆に迷惑を掛けるかもしれません。世話役を同行させることは可能でしょうか…?」

その言葉にエターニャは大きく頷いた。

「わかりました、認めます。…ではひとまず、長がお戻りになられたら今回の実証内容を報告し、王都への旅も相談してみることにしましょう」

エターニャの言葉を最後に、その場は締めくくられた。


翌日から、サフォーネはデューク協力のもと、一週間の休暇の間に再生の力の制御を試みることにした。

自室の中央にあった円卓を隅に避け、床に大きな敷物を広げると、そこへ様々な種類の土壌、枯れ枝や草木の種などが置かれるようになった。
デュークが新たに持ってきた素材を振り分ける傍らで、サフォーネがそれらに祈りを込める。
力を注ぎこまれた素材は、また振り分けられて敷物の上に並べられた。

「どう?調子は」

今日もサフォーネの部屋で、ふたりが力の訓練をやっていると聞きつけたアリューシャが訪ねてきた。
真剣に取り組んでいるサフォーネはその訪問に気づく様子もなく、デュークも忙しなく作業をしているため、アリューシャを出迎えたナチュアが代わりに答えた。

「浄清の力を引き出す時より、順調だと思います。デューク様も手伝ってくれているお陰かもしれませんが…」

デュークが天馬を駆り、外にある様々な場所や条件の土壌、木の枝、種などを搾取してきてくれる。
それにサフォーネが再生の力を試みる。
ここ数日、その繰り返しだ。
その甲斐もあってか、最初の時の様に部屋中に蔦を絡ませることもなくなり、力の制御もできるようになったようで、鉢植えにされた植物がそれぞれの速さで成長していた。

「そう、良かったわ。これなら、王都に行ったとき、謁見の場を草で埋めつかさなくて済みそうね」

「そうなんだが…。アリューシャ、この種とこの種の違い、分かるか?」

作業をしていたデュークが膝をついたまま顔を上げ、二つの種と土の入っている鉢を、アリューシャに差し出してきた。

「これ、桑の種?……なんだろ、こっちは普通の種っぽいけど、これは何だか熱を感じる…」

「どちらの種もその鉢に植えてみてくれ」

鉢に入っている土は乾いた色で、植物が育つような物ではなさそうだ。
理由が解らないまま、アリューシャはデュークの言う通りにそこへ二つの種を植えた。

「はい。これでいいかしら?」

鉢を返そうとしたところでアリューシャは異変を感じた。
種を植えた場所がむくむくと盛り返してきて、小さな芽を覗かせたのだ。
それは熱を帯びた種の方だった。

「…!え。何これ…すごい!もう芽が出たんだけど!」

「いま、こういう種が創れないか実験しているんだ。種はサフォーネの力を込めたもので、土壌は荒れ地のまま。まだ不安定で、確実に芽が出るとは言えないが、これができるようになれば、サフォーネが大陸中に出向かなくても…」

「!…そうか…種なら取りに来てもらえばいい…。これなら蒼の聖殿に居ても…。ちょっと、すごいじゃない!!王様納得するわよ!」

「そうか?それなら良いんだが…」

大陸中に再生の力を届けるなど、無謀な考えだと思っていたが、まさか、こんな方法があったとは…。
これなら活路が見いだせそうだ。

この偉大な提案を考え付いたふたりは、それを得意そうにする訳でもなく、淡々と作業をこなしている。
サフォーネは祈り続け、デュークは受け取った鉢を床の定位置に並べている。
アリューシャはそんなふたりが急に誇らしく思えてきた。

「もぉ、あんたたち…これは本当に凄いことよ?もう少し自慢しなさいよ!」

纏めて誉めるように、それぞれの首に手を回して抱き着くと、ふたりは背中合わせに尻餅を着いた。
そこへ、開け放たれていた扉をノックする音が響く。

「お?アリューシャもいたのか。ちょうど良かった…って、何をしているのだ?」

「あら、ルシュア?ふふふ。ちょっとね。ふたりの偉大な功労者たちを労っていたところよ」

訪ねてきたのはルシュアだった。
三人がくっついて床に座り込んでいるのを訝しげに問う声に、アリューシャが笑いながら立ち上がる。
サフォーネは祈りに集中していたのか、アリューシャの腕から解放されても、ルシュアの訪問を気に留める様子は無かったが…。

「ちょうど良かった…?そうだな…お前とはきちんと話をしたいと思っていたんだ…」

デュークがゆらりと体勢を整え、ルシュアに向かって鋭い視線を投げつける。
それに射られたかのようにルシュアは「う」と胸を押さえた。
二人の険悪なムードを察知して、アリューシャが口を開く。

「どうかしたの?あんたたち…?…まさか、ルシュア…あんたまたデュークに…」

「ち、違う!私では…いや、私のパキュオラが相手とは決まった訳ではないぞ、デューク」

「???…何のこと?」

事態が把握しきれていないアリューシャを見かねて、ナチュアが遠慮がちに話し出した。

「え…と、デューク様の愛馬がご懐妊とかで…そのお相手が、ルシュア様の愛馬ではないか…と…」

「え!シェルドナって、女の子だったの?」

通常の馬より大きな体格は、誰もが牡馬と思いがちだが、子を宿したシェルドナは間違いなく牝馬だ。
それが発覚したのは二日前、馬番が異変を感じ、獣医に見せた結果だった。
それからは無茶をさせられないと、デュークは現在、騎士団所有の天馬を借りている。

「…蒼の聖殿に来た頃…パキュオラが執拗にシェルドナを追っている姿を何人も目撃してるらしいな…。普段は馬番たちが管理しているから、間違いがあったとすれば、あの休暇の時かもしれない…」

シェルドナは、妊娠約5か月と告げられた。
遡ればちょうど、サフォーネの出生を探ろうとして、緑の聖都に訪れた時期と重なる。
デュークの怒りを抑える声にルシュアも戸惑った。

「いや…しかし…そう、なのか…?いや、もしそうなら責任はとる!産まれてくる子は、私が大事に…」

状況がよく呑み込めないまま、二人の話に耳を傾けていたアリューシャだったが、どうにも本人同士の会話にも聞こえて、思わず笑い出してしまった。
その笑い声にようやくサフォーネも気が付いたか、祈りのしぐさを止めると、いつの間にか増えている人数に目を丸くする。
ようやく笑いがおさまったアリューシャが、サフォーネの顔を見て提案をした。

「デューク。どうせなら、仔馬はサフォーネに贈ってあげたら?」

「…!」

その言葉にデュークははっとなって、サフォーネを見た。
天馬を所有するのは騎士が殆どだが、天使の中にも天馬を持つ者はいる。
戦いに出向かせることなく、癒しのために傍に置くことが多いが…。

「サフォーネに…か…」

シェルドナの子をサフォーネに贈るなど思ってもみなかった。
天馬は贈り物としては最上級であり、親から子へ何かの祝い事に贈る事も多い。
デュークは、自身が天馬を贈られた時のことを思い返した。


16歳の時、騎士団入隊式が終わった直後のことだった。
大広間の中で、デュークはアルイトの姿を探していた。
この日を最後にアルイトは聖殿を離れることになり、入隊式はしっかり見守ってくれている筈だった。

「…アルイト…?どこへ行ったんだ?」

大広間を出ると、回廊の向こうにアルイトを見つけたが、その隣には見たことのない天馬がいる。
何事かと近づくデュークにアルイトが頭を下げた。



「父君から贈り物を賜りました」

その言葉にデュークは固まって天馬を見つめる。
湖色の体と瑠璃色の鬣は美しく、一目で魅了されたが、口から出たのは悪態だった。

「…天馬など、必要ない。それに…こんな時ですら会いに来ないのに、まだ父親でいるつもりなのか…」

そう言いながら、心は揺れていた。

それは、父が自分を忘れないで居てくれる喜びと、これまでの事を許してはならないのだという子供のような葛藤…。
素直に受け取ることができずに拒もうとすると、アルイトは静かに笑った。

「直接会ってお渡ししたかったようですが…。デュークヘルト様も、そろそろ御父上の苦しみを解って差し上げてもいい年頃です。私もお傍を離れる今、この天馬がデュークヘルト様と共に居ることになるなら、安心して聖都へ移ることができるのですが…」

アルイトはそう言うと、手綱をデュークに差し出した。
反射的にそれを受け取ったデュークは、改めてその天馬を見つめる。
近くで見る円らな瞳はとても愛らしい。
天馬はデュークを主人と認めると、鼻先を頬に摺り寄せてきて離れようとしなかった。

「…わかったよ…この天馬に罪はない…追い出す訳にも行かないだろ…」

それから『シェルドナ』と名付けると、デュークは片時も離れようとしなかった。
その愛情がしっかり伝わると、聖殿を飛び出そうとしたあの日、シェルドナも後を追ってきたのだ。


「そうか…それも、いいかもな…」

デュークの顔に笑みが灯った。
しかしパキュオラを…いや、その主を簡単に許す訳には行くまいと、ルシュアには厳しい視線を飛ばす。

「シェルドナの子は俺が面倒を見る。いいな?」

「…あ、あぁ。それはもう…お前の好きにしたらいいさ」

言葉と表情に凄味はあるが、何とか愛馬の出産を受け入れる気になったらしい。
デュークの怒りがそれたことに安堵したルシュアが宥めるように返せば、アリューシャとナチュアはそのやり取りに笑いを堪えた。

「…で、何か用事だったんじゃないの?」

やっと落ち着いた状況を蒸し返さないよう、アリューシャが話題を変えてくれたようだ。
ルシュアはほっとして、ここに来た本題を語り始める。

「あー、実は…昨夜、長が戻られて、ババ様がいろいろ話をしてくれたらしい。とりあえずお許しが出た。長は長旅で疲れているから、目通りは出発当日で構わないということだ」

いよいよ王都への旅が始まる。
ルシュアの報告を聞いて、デュークは表情を引き締めた。
サフォーネもその様子に、僅かに緊張を覚える。
すると、ナチュアがその横からおずおずと前に出てきた。

「あの…その旅には私も同行できませんか?サフォーネ様がいない間、何をしていたらいいか…それにその…とても心配で…。王都まで片道二日は掛かると聞きました…その間、イオリギ様を手伝って、皆様のお世話をできれば…」

四半期の旅の間、ナチュアがどれだけ心労を抱えていたかがわかる。
ここにもうひとり保護者がいた…ということをルシュアは思い出した。

「片道二日掛かるといっても、途中は町に立ち寄るし、寝床や食事の心配はないんだがな…」

「…!そう、ですよね…。すみません、私ごときが出しゃばった真似を…」

ルシュアの言葉に瞳を見開き、恥ずかしそうに頬を染めて俯くナチュアを見て、ルシュアの眉がぴくりと動いた。

「…だが…慣れない臥所は寂しいからな…君が共にしてくれるというなら、私は歓迎だが?」

またルシュアの悪い癖が出た、というようにアリューシャが苦虫をかみつぶしたような顔をし、ナチュアは顔を真っ赤にした。

「…ルシュア…サフォーネの前だ。あまり変なこと言わないでもらえるか…」

「…?ナチュ、サフォとねんねするの?」

諫めるデュークの隣で、勘違いのまま言葉を発するサフォーネ。
ちぐはぐな会話になってきたところで、ルシュアが笑いながら肩を聳やかした。

「冗談だ。総勢七名か…大馬車を借りれば何とかなるか…分かった。ナチュアも同行すること伝えておこう」

「え…」

ナチュアが戸惑っていると、ルシュアが悪戯っぽく返してきた。

「私もいい歳だからな。ひとり寝くらいできるから安心したまえ。出発日は追ってまた連絡する」

そう言って笑いながら去って行く背中を、ナチュアは唖然と見送った。
アリューシャがやれやれ、というように口を開く。

「世話役の同行はもう一人考えていたみたいよ?途中はともかく、王都に着いてもどこまで歓迎してくれるか分からないしね…。野宿に慣れていないあたしやセルティアをイオリギだけに任せるのは大変だと思ったんじゃない?」

異端の天使に対する態度が厳しい王都では、都での滞在を許してもらえるか分からない。
下手をすると都の外に追いやられる恐れもあると…。

「そうでしたか…そうならないことを願いますが、もしそんな事態になったら、皆様をしっかりお助けするよう頑張ります」

ナチュアはそう誓いを立てた。


休暇の最終日、ルシュアが騎士団隊長・副隊長、および天使団長たちを中央塔の小会議室に集めた。

「実は明日からしばらく、私とセルティア、それから第二部隊長デュークと、浄清のサフォーネが任務から外れる。その間、騎士団のまとめ役をセンゲルとワグナ、天使団はセオルトとクシュカに率いてもらいたい」

ルシュアの言葉に場がざわついた。
戸惑う皆を代表してワグナが口を開いた。

「しばらくとは、どれくらいだ?そして、その理由は聞かせてもらえないのか?」

その問いかけにルシュアはデュークを見た。
神妙な顔で一つ頷くのが見えると、皆を見渡して答えた。

「我々は、アリューシャと世話役二名も加えて王都に出向く。移動と滞在も含め、予定として一週間だ。目的は、世界を揺るがすかもしれない、サフォーネの新たな能力を、祖人の王に伝えるためだ。その能力については、出立日に長の前でも実証するので、皆にも見てもらいたいと思っている」

「サフォーネの…?新たな力…?世界を揺るがすほどの…?」

ワグナはデュークを見た。
デュークが複雑そうな笑顔を返す様子に、その話には信憑性があるのだろう。
その場にいる者たちが互いの顔を見合わせた。

「では明日の朝、中央塔前の庭園に全員集合するよう伝達を頼む。以上だ」


翌朝。
中央塔前に広がる庭園に、デューク、サフォーネ、ルシュア、セルティア、アリューシャ、ナチュア、イオリギの七名が並んだ。
背後の中央塔を見上げると、自室のバルコニーから顔を出す長と、その隣にエターニャの姿もあった。

「長…思ったより元気そうね。よかった…」

体調があまり優れないと聞いて案じていたが、にこやかに手を振る長の様子を見て、アリューシャが胸を撫でおろした。
七名がそのまま振り返ると、その眼前には蒼の騎士団・天使団が勢揃いしている。
皆、何のために呼ばれたのかは、各隊長、団長から聞かされていた。

「今から、サフォーネの新たな力を見てもらいたい」

ルシュアがデュークに目配せすると、デュークはサフォーネを招き、昨日準備しておいた庭園の苗木の前に連れてきた。

「サフォーネの新たな力…?」

トハーチェとクローヌが心配そうに見つめる。
『サフォーネを護る会』を宣言した若い騎士たちも互いの顔を見合わせた。

サフォーネは苗木の前に座り、その命の声に耳を傾け、傅いた。
何が起ころうとしているのか、皆が静かに見守る。

地面に囁きを落とすサフォーネの祈りに、そこかしこにいる精霊たちが反応するように、微かに空気が動き出した。
アリューシャはそれを肌で大いに感じることができたが、他の者たちには微かな風がそよぐ位しか伝わらないようだった。

苗木は僅かに震えると、その枝をゆっくり伸ばし始め、新たな葉をつけていく。

「!…嘘だろ?どういうことだ?」

膝くらいの高さだった木が、サフォーネの頭を越していく様子に、周囲の者たちは驚きの声を上げた。

「…おぉ…あれが…」

バルコニーから見下ろす長も唸る様子に、エターニャも頷く。

「…はい。再生の力…と言っていいのでしょう…祖人の王に認めてもらえれば、ですが…」

実証が終わると、サフォーネが立ち上がり、自分の頭より上になった葉を見上げる。
若木はサフォーネの笑みに応えるよう、その葉を揺らした。

「苗木が一気に成長した…?」

「あれは一体なんだ…?」

脅威にも似た現実に、集まった騎士や天使たちは囁きあう。
トハーチェもクローヌも驚きで言葉を失っていた。

「我々は、サフォーネのこの力を大陸全土に貢献させることに決めた。そのため、王都に出向き、祖人の王にその許可を得てくるつもりだ。それぞれ思うことは様々だろうが、この決定は長もババ様も承諾してくださっている。留守の間はセンゲルとワグナ、セオルトとクシュカに任せる。以上だ」

ルシュアの言葉に戸惑いながらも、全員が心得たというように頭を下げた。
それを見て満足したように、ルシュアは後ろを振り仰ぐ。
長が僅かに頷くのが見えた。

「ではこれより、王都へ向かう」

大馬車は戦いに向かう馬車とは違い、天蓋付きで中はゆったりとできるものだ。
馬車を引くのはパキュオラと騎士団所有の天馬・ザイヘスの二頭立て。
それぞれが幌の中に乗り込むと、御車台にはデュークが座った。
デュークの合図で、馬たちが空へ駆け上がる。

騎士や天使たちはそれを見送ると、先ほどの出来事を語りながら各々の持ち場へ帰って行った。
クローヌと共に浄清の塔に向かうトハーチェが、寂しそうにぽつりと呟く。

「サフォーネ…私たちとは違う、遠い人になっちゃいそうね…」

その言葉にクローヌも空を見上げ、東の空に消えていく馬車を見つめた。


~つづく~
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