サフォネリアの咲く頃

水星直己

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第二章

[第30話]凱旋

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二回目の浄化を終える頃、浄清第三班に付いてきた世話役たちが、食事の支度ができたと告げてきた。

通常、世話役が戦地に赴くことはないが、今回は大所帯に加え、長期滞在となるため三名呼び寄せたのだ。
普段なら騎士団と救護隊が交代で賄いをするところ、怪我人も増え、疲労困憊の中で動くのもままならず、雑用をこなせる助っ人が増えたのは皆が喜んでいた。

各々食事を受け取り、岩棚や物質が入っていた木箱など適当な場所に腰掛けて、和やかな朝食が始まった。
デュークの隣にはサフォーネが、その反対隣にはカルニスが陣取り、その後方には、少し距離を置いて『デュークを応援する会』の三人娘たちもいた。
全員を見渡せる場所にルシュアが立ち、労いの言葉をかける。

「皆、日々の任務ご苦労。明日の浄清の儀式が終わり次第、騎士団はミガセとムガサを護衛に残し、ここよりさらに北上する。安全が確保でき次第、天使たちの合流を伝達するが、それまでの間、麗しの天使たちはここで滞在を頼みたい」

ルシュアの冗談交じりの言葉に、三人娘たちがくすくすと笑った。

「本日より、東の湖地区が西の森地区に合流する。ここ北の荒れ地と西の森地区の戦況は同じくらい厳しいが、西に増援が行くことで、そちらは早く片が付くと思っている。そのあと彼ら全員、ここへ合流してもらう事になるだろう。
現在、北の荒れ地は総勢41名。普段顔を合わせることのない編成でもあり、この機会に親睦を深め合ってくれるのは構わないが…くれぐれも間違いだけは起こさないように頼む」

その言葉にはセルティアが、苦笑まじりに首を振った。
傷が癒えたばかりのセンゲルが、「それはこっちの台詞だぞ」と茶々をいれると全員が笑った。
ルシュアは何のことやら、というように肩を聳やかし、言葉を続けた。

「とにかくあと少しだ。ここで得た経験は、新人は元より、熟練者も必ず一年後に役立つ。心してかかってくれ。以上だ」

周りが笑うのを理解できず、きょとんとしていたサフォーネが、ルシュアの話が終わったところでデュークを見た。

「デューク、いっちゃうの?…サフォ、おるすばん?」

その声にデュークは食事の手を止め、サフォーネを見る。
浄清の天使として目覚めた今も、不安そうな顔をするのは相変わらずだ。
安心させるよう笑みを浮かべながらも、デュークは少しだけ厳しく突き放した。

「明日からな…。浄清の天使の仕事や役割はちゃんと分かってるだろ?セルティア様の指導をしっかり守るんだぞ?
それから、ここが安全の地になるとは言え、戦場に来ているということを忘れるな、いいな?」

「…う、うん…」

「大丈夫だよ、サフォーネ。あとでまた一緒になれるんだから。ね、隊長?」

「……まぁ、そうだが…」

カルニスがここぞとばかりに割って入ってくるが、サフォーネに甘えを覚えさせる言葉は、今は必要ない。
傍に居る時は護ってやれるが、離れている間は自分の身は自分で守れるようになって欲しい。
しかしそれも、セルティアの教えとしてしっかり伝わっている筈である。

(どちらかと言えば、問題はカルニスの方か…)

一度は失敗で落ち込んだものの、未だどこか楽観的な部分は残っているようだ。
普段ならともかく、戦地に於いてはそれがまた命取りになる可能性もある。
あとで指導が必要かと考えていると、ティファーシャが近寄ってきた。

「あ、あの…デューク様…。昨夜は…その…ありがとうございましたぁ…」

恥ずかしそうに頬を染めながら、お礼を言う天使の様子に、カルニスが驚いたように二人を見比べる。

「あぁ、いや。大丈夫そうで良かった」

「ちょ、ちょちょちょ、何があったんですか?昨夜?夜?何かあったんですか?」

あの騒ぎを知らずに寝ていたカルニスにとっては、興味津々だった。
好奇の目を向けられ、恥ずかしさにティファーシャが顔を赤らめると、見守っていたフィンカナとカヌシャがやってきた。

「ちょっと!変な想像をしているのならやめてくれないかしら。私たち浄清の天使はその誇りをもって務めに邁進しているのよ?」

「そうよ!それにデューク様は私たちにとっては雲の上の憧れの方。優しくて紳士的で…。そのデューク様が変なことする訳ないでしょ!」

「いや、別に俺は…そんなこと言ったんじゃなくて…た、隊長?」

助けを求めてくるカルニスを置き去りに、食事が終わったデュークは食器を片付けるため、その場から逃げるように立ち去った。

「もてもてじゃないか、デューク」

世話役に食器を渡すと、そばに居合わせたルシュアが揶揄ってきた。
完全に面白がっている様子に、恨めしそうにじろりと睨んだが、言い合うのも億劫で大きな溜息をつく。

女性から言い寄られる経験が無い訳ではない。
だが今回の様に『応援する会』など、自身を偶像化されるのは初めてで、どう対応していいものかわからない。
カルニスから慕われるのはまた別で、身内の様に接すれば応えられるのかもしれないが…いずれも、これまでの生き方の中では不要のもので、時折戸惑うこともある。

「少し見回りをしてくる」

しばらく一人になりたいと、デュークは外套と剣を身に付け、その場を後にした。

(相変わらず気苦労の多い性格だな。あいつにはまだ、サフォーネの力のことは話さなくてもいいか…)

セルティアから、昨夜のデュークの不安も聞かされていたルシュアは、サフォーネの未知の力についてはまだ話さずにおこうと思った。


翌日の浄清の儀式も滞りなく終わった。
アリューシャに報告し、精霊と交信して魔烟の残骸が無いか確認してもらうと、その脅威は微塵もないことが判った。

安心したルシュアは、騎士たちに命じて天使たちの天幕以外を撤去すると、予定通りミガセとムガサ、必要な物資と人員を残し、他の隊員を率いて場所を移動していった。

浄清の天使たちはこれよりおよそ10日程、この場で待機となる。
その間、闇祓いの騎士たちが新たな場所で、天使たちが来ても安全を確保できるよう魔烟を砕く。

待機している間、天使たちは各々の力を磨くために精神修行をし、他は自由に過ごしていいと言われていたが、三人娘たちは世話役から料理や生活術を教わることにした。
一年後の大闇祓いには、世話役たちは参加しない。
今回のことで、少しでも多くの人材が、自立できる術を持つことが必要と感じたからだ。
昼食は若手の天使たちで用意することにした。

「ちょっと…ティファーシャ、そこにいたら邪魔よ?」

「えっと…何したらいいんですかぁ?」

「やることないなら、こっち手伝ってくれない?」

サフォーネ以外はそういった教育は一通り受けているが、普段からそれをやっている者、やっていない者の差があるのは否めなかった。
フィンカナが慣れた手つきで野菜を刻み、カヌシャが鍋を火にかけ味付けを施す。
ティファーシャは何をしたらいいのか、おろおろするばかりで、世話役からいろいろ指導を受けている。
サフォーネはメルクロの家で手伝っていたことを思い出しながら、それなりに準備を手伝っていると、フィンカナがこっそり質問してきた。

「…ねぇ、デューク様のお好きなものって何?」

「…デューク…すきなもの?」

「そう。デューク様のお好きなものよ。食べ物とか…もしくは趣味でもいいわ。何かあるでしょ?」

「……うーーん?…サフォは…デュークすき!」

「そういうことじゃなくて…」

「ちょっと!フィン?抜け駆けは無しって言ったわよね?」

「え。何の話ですか?ずるいですぅ」

そんな他愛のないやりとりに耳を傾けながら、セルティアはサフォーネの様子を観察していた。
二回目の浄化の時は、新人が加わっているとは思えないほど、何の問題もなく終わり、三回目も同様だった。
そのどちらにも、最初に見せた所作は示さなかった…。

「あの子の力なら、たった一回の浄化で全て清められる、ということなのでしょうか…」

「セルティア様?どうかされましたか?」

異例の事態に考えあぐねていると、クシュカが声をかけてきた。
クシュカは普段、第二天使団に籍を置き、団長セオルトの右腕と言われる者だ。
桔梗色の髪に涼し気な青い瞳が冷たい印象を与えるが、後輩の面倒見も良く、上からも下からも頼られている。
20代半ばを迎え、女性としても一番輝いている時期でもあるが、セルティアやセオルトを尊敬し、浄清の天使として将来を捧げる覚悟を持っていた。

「クシュカ…あの子を、サフォーネをどう思いますか?」

問われて、クシュカはサフォーネに視線を向けた。

「持っている力は相当大きなものですね。今回の浄化は難航すると思っておりましたが…通例の浄化期間で片づけられたのは、サフォーネの力があってこそ、だと…」

「そうですね。あれだけの魔物を退治した地です。本来なら五日を見込んでも良かったかもしれませんが…」

サフォーネの力の強さは、同じ浄清の天使でも、特に上位の天使にとっては魔を吸い上げる分量から、それが計り知れる。
クシュカにもその脅威は伝わっているようだった。

「あの子は今後、蒼の聖殿にとって、なくてはならない存在になるはずです。その時は、貴女もあの子のことを支えてあげてください」

セルティアの言葉に、クシュカは恭しく頭を下げ「畏まりました」と返した。


その頃、東の湖地区の一派は、西の森地区へ到着していた。
術師の示す場所へ行くと、天使たちが待機する天幕を見つける。
闇祓いの騎士たちは、護衛を三名残し、他は新しい戦地に移動しているようだ。
第五部隊長のクーガルが、状況を確認する間、第五、第六部隊の騎士や、浄清一班の天使たちはその場で待機した。

クローヌは辺りを見渡した。
天使団が滞在する安全な地とはいえ、湖地区とは違う緊張感があった。
それは護衛する隊員の数や、その気迫の所為かもしれない。

「クローヌ!」

その声に振り向くと、天幕からトハーチェが出てくるところだった。
懐かしい顔に思わず駆け寄ると、その手をとった。

「トハーチェ。元気だった?」

「クローヌ…無事で良かったわ。わたしは大丈夫…」

「そうか…良かった。ぼくは何度か危ない目にあったけど…さすがだな、トハーチェは」

互いに初仕事で、相当苦労したであろうことは解っている。
魔の吸引と浄化の切り替えが、実戦では思うようにいかず、上位の天使たちに何度も助けてもらったのだ。
クローヌの自信たっぷりの態度はどこか消え失せており、セルティアの考え通りに事が運んでいることが、トハーチェはすごいと思った。

「わたしもまだまだよ?キシリカ様やエルジュ様に助けてもらわなければ…」

魔を吸引し、体内にその影が入ってくる感触を思い出し、トハーチェは身震いしたが、すぐにクローヌに笑顔を向けてその記憶を振り払った。

「そういや風の噂で、サフォーネが北の荒れ地に入ったって聞いたんだけど、トハーチェ、何か知ってる?」

「え、そうなの?…セルティア様は北の荒れ地には私たちの誰も送らないと仰っていたけど…何か事情が変わったのかしら…」

「まぁ、救護部隊として入ったのかもしれないけど…なんにしてもあの状態で戦場に赴くのは危険だし…大丈夫なのかな…」

二人が困惑していると、クーガルから、その場に待機している全員に声が掛かった。

「第三、第四、第七部隊の戦闘区域を確認。これより、第五、第六部隊は補佐に入る。天使団の諸君は伝令があるまでこの場で待機してくれ」

西の森地区の戦いが佳境を迎える。
新たに加わった天使たちのための天幕を張ると、護衛にさらに二名残し、隊員たちは戦場に向かった。
東の湖地区との差を肌で感じたクローヌは少しだけ怖くなる。

「大丈夫よ。クローヌ。みんな居るわ。人数も増えたし、わたしたちは心強いのよ?」

トハーチェの励ましに、何とか笑顔を作るクローヌだった。



「こちらルシュア。第五、第六部隊と合流できたようだな。西の森地区は今の区域が片付いたら最後の区域の駆除に入ってくれ。全て終わるとしたら三週後くらいになるか…?その頃は北の荒れ地も最後の戦いの真っ最中だ。間に合えば、その死闘に参加できるぞ?」

二回目の戦いの最中、ルシュアは疲労を隠すように陽気な声を上げ、第三部隊のワグナに通信を送った。
カラ元気な声に合わせるよう、ワグナも冗談で返す。

「できればそれはご免被りたいが…総隊長殿をお助けすれば、将来の出世も約束されるからな。こっちもみんな必死だ」

「ははは。そうか…で、エンドレの様子はどうだ?…それから、エルーレ嬢の精神状態も気になるが…」

エルーレは第三部隊副隊長を務める、唯一の女性騎士だ。
まだ20歳の若さでその立場にあるのは、腹違いの兄・エンドレの後押しがあったからである。
女性でも闇祓いの力を持つ者はいるが、敢えて騎士になろうとする者はいない。
危険な仕事であり、男所帯の場所に進んで入ろうとする者は皆無だ。
しかし、エルーレは負けん気の強い男勝りの性格で、慕う兄と同じ騎士の道を選んだ。
唯一の女性であり、容姿端麗とあれば、言い寄る輩は大勢いる。
それを懸念した兄が、自身の座を空け、エルーレを副隊長という立場まで引き上げたのだ。

そのエンドレが西の森地区の二カ所目の戦いで、大きな怪我をした。
エルーレに襲い掛かるマーラの群れに飛び込み、身体を張って妹を護ったのである。
二の腕と腿の一部を食いちぎられるほどの深手だった。
救護部隊で応急処置はしたものの、回復までには数十日かかると言われるほどだ。

「エンドレはまだ高熱が続いているが、一時期よりだいぶ落ち着いた。エルーレは平静を装っているが…戦いに出すのは無理と判断し、しばらく待機するよう命じた。お陰で戦力が落ちたところに第五、第六部隊の加勢は有り難いところだ」

「そうか…命を取り留められたのは幸いだな。エルーレ嬢には聖殿に戻ったら慰めの言葉が必要かもしれんな…」

「懲りないやつだな、お前も」

ルシュアも漏れなく、エルーレに言い寄った口だったが、派手に振られているのをワグナは知っていた。

「なに、そういう楽しみがないと、今のこの苦境を乗り切れないからな。とにかく、これ以上怪我人が増えないよう、しっかり頼むぞ、ワグナ」

「あぁ。そっちも気を付けろよ?」

それから西の森地区部隊は、二カ所目、三カ所目を回り、大きな怪我人もなく魔烟駆除を完遂した。
それはルシュアが予測した三週目を少し過ぎた頃だった。



一方、北の荒れ地はその後回った二カ所目ではラーム数体と遭遇し、初回の戦い程困難を迎えることはなかった。
二カ所目の浄化も滞りなく終わった。
そして、サフォーネは初日の所作をすることは無かった。


三カ所目の闇祓い中に、西の森地区から騎士団と天使団が合流した。
トハーチェとクローヌは久しぶりにサフォーネと再会した。

「…サフォーネ?…すごい…間に合ったのね?」

「てっきり、救護部隊だと思ってたけど…そうか、そうだよな…」

サフォーネが浄清の天使として参加していたことを知り、トハーチェもクローヌも驚きはしたものの、サフォーネから感じる力に納得するだけだった。

合流した騎士たちが補佐に入れば、北の荒れ地の魔烟駆除もあっという間に終わった。
数人怪我人は出たものの、命を落とす者はなく、ここに蒼の聖殿騎士団・天使団が全員揃った。


最後の浄化の儀式。

セルティアは敢えて、入団してまだ四年以下の者たちだけで、それを行わせることにした。
その数は八名。
それぞれが、これまでの経験、今回の旅で培ったものを試すよう、真剣に取り組んだ。
仕切り役にクシュカを置き、三回目の浄化の儀式が行われる。
その様子を、仲間の天使たちと、全騎士団が見守った。

「ルゼーヌとユヒネライアは二年目か…だいぶ慣れてきたようだな。三年目のティファ―シャも追い越しそうじゃないか?」

女性のような美しい顔立ちをしたルゼーヌは、ナルシストな性格から自信たっぷりに浄化を行い、貴族出身のユヒネはその血筋に誇りを持つ少女で、それに負けじと力を発揮する。
ティファーシャは、一生懸命さは伝わってくるが、一番頼りなく見える。
任期五年目になるフィンカナとカヌシャも応援するように見守った。

「リンシャナとマヌルカは相変わらず息がぴったりね…」

男嫌いで有名な二人は同期で、四年目を迎える。
所属する天使団は違うが、何かといつも一緒にいることが多い。

この旅から天使団に加わった三人も、先輩たちについて行く。
その中でもクローヌの成長ぶりが感じられると、セルティアは嬉しそうに笑みを浮かべた。

「あの子…可愛いな…トハーチェって言うのか…」

「あの赤い髪の天使…女かと思ったら男なんだってな…堂々としたもんだな…」

トハーチェの愛らしさに早速心惹かれる駆け出しの騎士たちもいれば、サフォーネの力に改めて感心する騎士たちもいた。



将来を担う、蒼の天使団たちの活躍を感じながら、セルティアは隣にいたルシュアに声をかけた。

「ルシュア…頼んでいたもの、大丈夫ですか?」

「ん?あぁ、土壌と枯れ木の搾取だろ?それぞれの場所で集めさせておいた。念のため、東の湖と西の森のもな」

「そうですか、感謝します」

二人のやり取りを耳にしたデュークが訝し気な顔をしている。
悟られないよう、ルシュアが声を上げた。

「最後の浄化だ。これで、長かった四半期の旅も終わる。皆ご苦労だった」

その声に煽られ、騎士団たちが声を上げると同時に、天使たちの浄化も終わった。



蒼の聖殿の騎士団・天使団がやってくる!

クエナの町ではその話が持ちきりになり、民たちは出迎えの準備に右往左往していた。

北の荒れ地から、蒼の聖殿に南下する途中の町で、休憩を取ろうと提案したのはルシュアだった。
立ち寄る場所がクエナの町と知ると、一番喜んだのはサフォーネだった。

100人を超える羽根人の訪問など、クエナの町始まって以来だ。
町長は町の中でも格上の宿を全て羽根人が利用できるよう手配し、隊長や団長クラスの羽根人には町の豪族や地主などの家に招待することにした。
羽根人たちが到着する頃には、町はお祭り騒ぎのようになっていた。

「サフォ!デュークさん!」

騎士団長ルシュアが町長と挨拶を交わしている横をすり抜けて、ミューが現れた。
サフォーネはミューと抱き合って再会を喜んだ。

「デューク…無事にやっていけてるようだな…」

義足の足を引きずってやってきたメルクロが、二人の出で立ちを見て確信すると、安堵の表情を浮かべた。

「先生、お久しぶりです。俺もサフォーネも、何とかやっています」

その言葉に「そうかそうか」と目頭を押さえるメルクロを、サフォーネが静かに抱擁した。
町長との挨拶が終わったルシュアがやって来て、メルクロに軽く挨拶をすると、デュークに向き直った。

「ここに三日ほど滞在できることになった。それ以上居ても構わない、と、町長は言ってくれたが…。また新たな依頼も来るかもしれないし、そうも行かないだろうな。
ひとまず三日。まだ怪我の癒えていない隊員たちもいる。彼らの様子を気遣いながら、聖殿までの帰りの指揮はお前に任せたいんだが…」

「え。それは構わないが…何かあったのか?」

「…いや、ちょっと早急に調べたいことがあってな。私とセルティアは先に聖殿へ向かうことにした。お前たちはメルクロの所へ泊まるんだろ?ゆっくりしてくれ」

そう言い残し、ルシュアはセルティアと共にクエナの町を出て行った。
何が起きているのか…二人の背中を見送るデュークの腕を引っ張る力があった。

「デューク、いこ。せんせーのかた、たたいてあげるの」

「…そうか…それはきっと、先生も喜ぶな…」

サフォーネが嬉しそうな顔でデュークの手を取る。
その笑顔に釣られるよう、デュークも懐かしい林の道に向かって歩き出した。


第二章~完~

第三章へつづく
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