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第一章
[第15話]誓い
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中央塔の裏にある噴水広場は、庭師によって造られた花園がある。
腰の高さくらいの植込が色鮮やかな花を着け、迷路のように連なっていた。
「こちらの花園は、名のある職人様の作品なんですよ?」
人の手によって管理されている花園は、自然の物とは違う美しさがあった。
サフォーネは瞳を輝かせ、ナチュアと共に植込の迷路に足を踏み入れたが、見たことの無い花に出会う度に歩みを止めていた。
その様子を見て、ルシュアが笑う。
「あの調子じゃ、しばらく掛かりそうだな」
ルシュアにとっても、デュークにとっても、そこは珍しい場所ではない。
2人は、広場の片隅にある長椅子に座って待つことにした。
植込は所々に花のアーチが掛けられ、夜でも歩けるように外灯が備え付けられている。
途中には秘密基地のような空間が広がり、庇付きのカウチもあった。
「ここでお昼寝される方も居ますね」
見渡せば、花と緑に囲まれて昼寝ができる場所はこの広場に数か所見られた。
天気の良い日なら、さぞ気持ちがいいだろうとサフォーネは思った。
迷路を抜けると、広場の中央に円形の大きな噴水が現れた。
周囲には美しい彫刻が飾られ、石畳も大理石で造られている。
噴水を囲むように長椅子も並べられ、その裏には花壇もあった。
「ここは皆様の憩いの場です。いつでも自由に出入りしていいんですよ?」
サフォーネは、大きな噴水が一目で気に入った。
20人くらい座れるであろう円形の噴水の淵に、昇ったり降りたりしながら、三段になっている中央の柱から、吹き出る水に手を伸ばす。
周囲にある彫刻を眺め、花壇の花を覗き込み、誰も声を掛けなければ、延々とその場に居続けるのではないだろうか、というほど夢中になっている様子だった。
それを懸念したナチュアがそっと声を掛ける。
「さぁ、サフォーネ様、そろそろ参りましょうか。私たちはこれから大事な御用があるのですから。いつまでもここで道草する訳にはいきませんよ?」
花壇の傍にしゃがんで花に止まる虫を見ていたサフォーネは、ナチュアに促されて立ち上がった。
まだ遊び足りない様子だったが、ナチュアの毅然とした態度が「そうしなければならない」という気持ちにさせたようだ。
デュークたちのもとへ歩み寄ってきたその顔は、言われて仕方なく、という訳ではなく、納得して戻ってきた様子だった。
「お、意外に早かったじゃないか…」
ルシュアが顎を押さえて、痛みに耐えながら笑いかけてきた。
その傍らで、デュークが呆れたような目付きでルシュアを見ている。
何かあったのだろうか、ナチュアは首を傾げた。
「…あの、どうかされましたか?ルシュア様?…」
「…私はただ、旧交を温めようとしたのだがな…」
「そんな旧交なら遠慮しておく。…たく、懲りない奴だな…」
一瞬、2人の会話が解らなかったナチュアだったが、デュークが手の甲で口元を拭う様子にはっとなる。
(え…まさか…?)
ルシュアの噂は聞いていたが、事実を目の当たりにすることはなかった。
ふたりは幼馴染みで親友のはずが、その相手にまで手を出すのかと思うと、ナチュアには信じがたく、眩暈がしそうになった。
放心しているナチュアをよそに、サフォーネがデュークを立たせようとその腕を引く。
「サフォ、もういくの。だいじな、ようじ」
「え、あぁ、そうだな」
促されてデュークが立ち上がる。
サフォーネの変わりように、痛みを拭ったルシュアが感心して声をあげた。
「ほぉ、…ナチュアがうまく説得した、という訳か。さすが、子供の扱いには慣れているようだな」
「そんな…恐れ入ります…」
ナチュアにとっては、世話役の性として当然のことをしただけなのだが、聖殿を代表する騎士団長からお褒めの言葉を賜ったとなれば、動揺した気持ちを切り替えるよう、恐縮そうに頭を下げた。
それはきちんと作法を習っている優雅な姿だった。
傾げてこぼれる長い髪も、伏し目がちな瞳も、さらにはその奥ゆかしい態度は女性よりも女性らしい。
両性体のナチュアは美しいだけでなく、充分な魅力も備わっている。
それに気がついたルシュアは、一瞬にして心を捕らわれた。
「しかし…いつも子供ばかり相手にしているのは疲れないか?たまには大人の相手を…今度、私の身の回りの世話を頼みたいくらいだな」
立ち上がり、ナチュアに一歩近づくと、その顔をじっと見つめながら、ルシュアはお決まりの口説き文句を口にする。
その甘い囁きと熱い眼差しに、ナチュアはみるみる顔を真っ赤にして首を激しく横に振った。
「わ、わわ私など、と、とんでもございません…わ、私は子供たちの世話が忙しいですし…その…」
悪く言えば『節操なし』の矛先が自分にも向けられたとなり、ナチュアは今までになく狼狽えながら、ルシュアの隣にいるデュークに助けを求めるように視線を投げた。
デュークは、「やれやれ」と肩を聳やかしながらも二人の間に割って入る。
「おい、ルシュア。ナチュアは真面目な性格なんだ。あまり揶揄うな。ナチュアも、これはルシュアのいつもの戯言だ。気にするな」
その言葉に「本当ですか?」と、半信半疑ながらも、先ほどふたりの騎士の間にあったであろうことも、今自分の身に降りかかっていることも、全てが気まぐれで、戯れならば…と心を落ち着かせた。
反対に、水を差されたルシュアは肩を窄める。
「私はいつだって本気なんだがな…。まぁいい。ではそろそろ行くか…」
言いながらデュークの肩に手を回そうとした瞬間、軽く肘鉄を食らうルシュアを見て、ナチュアは若干呆れてしまったが、「こほん」と軽く咳ばらいをした。
「では、参りましょう。この先は浄清の塔です」
仮にも騎士団総隊長。その総隊長はお戯れが好きなのだ。
そう思い直すことにし、ナチュアは3人を先導して再び歩き出した。
中央塔の東側に位置する浄清の塔に着くと、待ちわびていたような羽根人がひとり、ルシュアのもとへ駆け寄ってきた。
浄清の塔の『案内係』である。
それぞれの塔には、訪問者を管理する案内係がいて、塔を訪れ、帰っていく者を記録している。
「ルシュア様。エターニャ様がお待ちです。皆様も、どうぞ中へ」
案内係に導かれ、入った塔は吹き抜けになっていた。
その中央には石造りの太い柱があり、荷物や人を運搬するゴンドラが定期的に動いている。
機械仕掛けで動くものを初めて目にして、サフォーネは物珍しそうにゴンドラに近づいた。
「近くの湖から引いた水の力で動かしているんですよ?これがあれば、私のように翼の無い者も天使様方のお部屋に移動できるんです」
柱を囲んだ壁側には浄清の天使たちの部屋があるようで、各階に階段も備わっていたが、翼のある者は飛んで移動する方が早そうだった。
好奇心が勝ってゴンドラに飛び乗ろうとしたサフォーネを察知して、ナチュアがその手を掴む。
「あとでゆっくり乗れますから。今はエターニャ様のもとへ急ぎましょう」
にっこり笑うナチュアの顔にサフォーネもつられるように笑顔で頷くと、案内係に続いて、塔の最下層にある会議室へ向かった。
「エターニャ様、お連れしました」
部屋に入ると、奥の席に先ほど目通りしたババ様とセルティアがいた。
案内係は役目が終わるとほっとしたように扉のところで一礼し、そそくさと立ち去っていく。
ナチュアも続いて下がろうとすると、ルシュアに呼び止められた。
「あぁ、君はもう少しここに居てくれないか?」
「え。は、はい。…畏まりました」
役目は終わったと思ったが、この後また何か用事があるのだろうか?
ナチュアは、3人の後ろに控えるよう、部屋の隅に立った。
部屋に入ってきた4名を見定め、ババ様が視線を巡らせる。
その威圧感に押されたか、サフォーネはデュークの後ろに半分身を隠した。
ルシュアが一歩前に出ると、ババ様が口を開く。
「さて。ルシュア、この子を浄清の天使として修行をさせたいということでしたね?」
前置きもなく、本題に入るババ様の言葉を受けて、ルシュアは大きく頷いた。
「はい。先ほどサフォーネ自身の意思も確認しました」
「…ふむ。しかし、まずは浄化の力の片鱗が確かなものかどうか、それを調べる必要がありますね…セルティア、あれを」
ババ様が指示を出すと、セルティアは会議室の奥に控えていた二人の羽根人に、透明なツボを二つ持ってこさせた。
ツボはどちらも水晶でできた同じ形の物で、上には封印が施された蓋がしてある。
透けた容器の中には、黒い塊がそれぞれ入っていた。
「サフォーネと言いましたね?この二つを見て、何を感じますか?」
問いかけられ、デュークの影に隠れていたサフォーネが顔を出し、おずおずとババ様たちの前にある、二つのツボに歩み寄った。
代わる代わる、どちらのツボも見据えると片方のツボにだけ手を翳す。
何が起こるのかと、周囲は固唾を呑んで見守った。
「こっち、よんでる…でも、だめ…」
「…解りました。もういいでしょう」
ババ様の言葉に周囲までもがその緊張をとく。
下げられた二つのツボを目で追うサフォーネの手をババ様がとった。
「あれが魔のものだと判るようですね。ただ、あのままでは浄化はできない。あれを取り込めば、今のあなたではたちまち魔に侵される。それを無意識にできているようです」
その声に色めき立ったのはルシュアとナチュアだった。
「それではババ様。サフォーネには浄清の天使としての適性があるということですね?」
「まぁ、今の処はね。自分の力量で浄化できる魔を判別できるということは、己の身を守れる、という証ですからね。ただ、浄清の天使としてやっていくにはそればかりではない。全ては、修行をしてみてからです。それが駄目なら癒しの力も持っている子です。そちらでやっていけるでしょう」
自身の目に狂いはなかったことを確信して喜ぶルシュアの傍ら、デュークだけはまだ複雑な顔をしている。
そんなデュークを尻目にルシュアが口を開いた。
「修行中のサフォーネの世話役ですが、このナチュアに頼みたいと思います。いかがでしょう?」
「…え?」
思いがけないことを言われてナチュアは声を上げた。
「……私が、サフォーネ様の世話役を…?」
ナチュアは心臓が早くなった。
浄清の天使の世話役になれるのは極僅かで、それは世話役として最もやりがいのある仕事だった。
託児所でたくさんの子供たちを世話することにも誇りは感じていたが、今日初めて会ったサフォーネの素直さ、優しさに好感を抱き、その成長を見守って行ければ、どんなに幸せだろうと考えた。
半ば放心状態のナチュアにルシュアが声を掛ける。
「適任だと思うのだがな。ここまで見てきたが、2人は性格も合うようだし…。まぁ、君は、小さい子供たちの世話が忙しいようだが?」
「そ…それは…そうなのですが…」
先ほど、総隊長の世話役を断っておいて、この話を受けることは筋が通らないのではないか…ナチュアの真面目な性格が返答を鈍らせる。
しかし、ルシュアの言葉に厳しさはなく、むしろナチュアの反応を楽しんでいるようだった。
「…デューク、お前はどう思う?」
返答しにくいナチュアには助け舟が必要だろう。
ルシュアが合図を送るように横目で見れば、デュークも大きく頷いた。
「そうだな…。そうなれば、サフォーネも嬉しいんじゃないか?それに、ナチュア
が引き受けてくれるなら、俺も安心できる…」
「…そんな…でも、あの、私……」
――サフォーネ様の世話役に就きたいです――
そう言いたいのが充分に伝わってくる。
頬を上気させ、瞳を潤ませるナチュアに、改めて返事を聞く必要はないと思ったルシュアは、
「決まりだな。ナチュアの上官には私から良く話しておこう」
そう言って片目を瞑ってみせた。
「あ、ありがとうございます。私などで務まるかどうか…でも、サフォーネ様のお役に立てるよう、精一杯頑張ります!」
ナチュアは嬉しさに両手で口元を抑え、小さく体を震わせながら頭を下げた。
先程から自分の話をしているのだろうが、よく意味の解っていないサフォーネが首を傾げるのを見て、デュークが小さく笑いながら説明する。
「世話役というのは、聖殿の分からないことを教えてくれ、困った時は相談できる人だ。ナチュアはサフォーネの世話役として、これからずっとそばに居てくれることになったんだ。良かったな」
それを聞いて、驚きから笑顔に変わる。
サフオーネはナチュアに抱きついてその嬉しさを表現した。
「ナチュ…ずっと、いっしょ?」
「はい!サフォーネ様、これからよろしくお願いしますね!」
受け止めながら、ナチュアも笑みを返すと同時に、目の前の無垢な天使を正しく導き、立派な羽根人として育て上げる使命感が沸きあがってきた。
先ほどから様子を窺っていたセルティアが、思い出したように顔を上げる。
「ナチュア…?確かあなたは昔、浄清の適性で…」
「はい、3年程前ですが…落ちました。幼い頃は浄清の天使になりたくて、勉強していましたが…」
両性体が闇祓いや浄清の天使となるのは、無謀とも言える挑戦になる。
駄目元とは言え、ナチュアにとって、それは初めて味わう人生の挫折だった。
しかし今は、世話役となった誇りに満ち、その辛かった思いは払拭され、貴重な経験の一つになっている。
あっけらかんと言うその様子に、思わずセルティアも頬が綻んだ。
「浄清の天使として何が大事で、何が必要なのか、それがわかっているあなたなら任せてもいいでしょう。どうですか、エターニャ様?」
「そうですね。世話役はナチュアに。そして、サフォーネの師はあなたですよ、セルティア。しっかり教育してやりなさい」
「はい、承知いたしました」
緊急招集で行われた会議の結論は、この場に居合わせた者たち、たった一人を除いて納得の行く結末となった。
会議室に揃った者たちはそれぞれの場所へ帰る。
浄清の天使は自分の部屋へ。闇祓いの騎士は闇祓いの塔へ。
塔は高い方へ行くほど、身分が高い者が住まう。
浄清の天使長たるババ様や、かつては闇祓いの総隊長を務め、今は蒼の聖殿を束ねる長も、数十年前までは塔の上で暮らしていたが、引退したあとは聖都内に別宅を構え、場合によっては中央塔の執務室に滞在する。
いま、それぞれの最上階にはルシュアとセルティアが住んでいる。
ババ様とセルティアが退室していくのを見送ると、浄清の塔の入り口まで歩んだルシュアが言った。
「さて。ここでお別れだな。また明日、となればいいが…次会えるのはいつだろうな?デューク」
その言葉にサフォーネはデュークを見ると、すでに塔を出て立ち去ろうとするその背中が見えた。
「…?デューク?」
後を追おうと数歩前に出るが、ナチュアが引き留めて首を振る。
「サフォーネ。ここには遊びに来たんじゃないんだ。一刻も早く、ここで役に立てるよう修行を頑張るんだ、いいな?」
微かに振り向き、言い放ったデュークは、黒い翼を押し広げ、その場から飛び立った。
慌てて自分も飛び立とうと翼を広げようとするサフォーネを、背後からナチュアが抱きしめて止めた。
「デューク?…デューク!」
泣きべそをかきながら呼ぶその声を振り払うように、デュークは遠く離れていく。
まるで一生の別れのような様子に、ルシュアが肩を聳やかし、サフォーネに告げる。
「あれがデュークなりの優しさなんだろうな。早くお前にここで生きられるようになって欲しいんだよ」
宥めるように赤い髪をポンポンと叩き、
「だが、寂しかったら、いつでも私の部屋にこい。歓迎するからな?」
悪戯そうに笑うのは本気なのか、冗談なのか…。
その様子に今度はナチュアが黙っていなかった。
「特別な用件が無い限り、闇祓いの騎士様は浄清の塔に、浄清の天使様は闇祓いの塔に入ってはいけませんという規則があります!サフォーネ様、本気にしちゃだめですからね?」
ナチュアの剣幕に可笑しそうに笑い声をあげ、ルシュアも4枚の翼を広げた。
「どんなに修行が大変でも「陽」の曜日は必ず休みがもらえる。そのときにデュークと会えばいい。頑張れよ、サフォーネ」
飛び立っていくルシュアを見上げるサフォーネの頬に伝わる涙を、ナチュアは優しく拭った。
「ひ?…のようび?…いつ?」
「え…と、あと8回朝を迎えたら、ですかね…」
「はちかい…」
指折り数えるサフォーネを見守っていたナチュアは「部屋に行きましょう」とサフォーネの手を引いた。
会議室を出て階段一つ分、即ち役職のない天使たちの最下階に、サフォーネの部屋が用意されていた。
扉を開けると、中央に円卓があり、その奥には天蓋付きの寝所、反対の奥にはカウチと勉強机や衝立があり、その奥で着替えなどができるようだった。
壁には扉が複数あり、それぞれが炊事場、浴場、手洗い所などに繋がっている。
「急なお話で準備して頂いたようなので…いろいろ足りないものがあるかもしれませんね」
部屋の広さに唖然としているサフォーネを置き去りに、ナチュアは隅々を確認した。
「寝所の支度はできてるようだけど…シーツの色は変えようかしら。あぁ、炊事場の道具もこれしかないのね。浴場の準備をしてから、いろいろ揃えに行きましょう…」
「ナチュ…ここ、サフォのおうち?」
「そうですよ?ここは全てサフォーネ様がおひとりでお使いになる部屋です。あちらの扉は世話役の部屋に繋がっています。私はいつでもそこで控えていますので、御用のある時は呼んでくださいね?」
メルクロの診療所よりも広く、全ての物が詰まっている、そう思うとサフォーネはただただ、驚いていた。
団長クラスの部屋になれば、この倍以上の広さになるのだが、サフォーネはまだ知る由もなかった。
「まずはいろいろお疲れになっているでしょうから、お茶をお淹れしましょう。そのあと、私は要り様なものを頼んできますので、ここでお待ちくださいね」
忙しく動き回るナチュアを見ながら、サフォーネは円卓に座り、部屋を見渡す。
今までにない、美しい調度品に、豪華な花も飾られていた。
普通なら、贅沢な環境に喜ぶのだろうが、サフォーネにはそんなものよりも、傍にデュークがいないという現実に心細さが募った。
ナチュアが良い香りを立てながらお茶を淹れてくれたが、サフォーネは俯いたままだった。
託児所で、小さい子供が親に置いて行かれた時の様子にそっくりだと、ナチュアは思った。
「私、精一杯、サフォーネ様のお世話をさせていただきますからね?いつでも一緒です」
サフォーネを元気づけようと明るい笑顔を向けるナチュアに、サフォーネも誘われるように笑顔を返した。
明日から、修行が始まる。
それがどんなものなのか、サフォーネには想像もできないが…。
その日、今までにない豪華な床につくと、なかなか寝付けず、サフォーネはこれまでの旅を思い出していた。
麦の丘でデュークと出逢い、サフォーネという名前をもらった。
ふたりで旅をし、クエナの町でメルクロとミューに出逢った。
デュークの怪我、羽根人の役目、森での魔物との遭遇。…蒼の聖都。
黒い翼の後ろ姿…。
サフォーネは寝返りを打った。
(がんばる…デュークとやくそく。…みんな、まもる…)
改めて誓いを立て、再びデュークに会える日を夢見て、そのまま眠りにつく。
異端の子として親に見離された赤髪の天使は、これから自らの人生を切り開いていく。黒い翼の羽根人と共に。
第一章~完~
第二章へつづく
腰の高さくらいの植込が色鮮やかな花を着け、迷路のように連なっていた。
「こちらの花園は、名のある職人様の作品なんですよ?」
人の手によって管理されている花園は、自然の物とは違う美しさがあった。
サフォーネは瞳を輝かせ、ナチュアと共に植込の迷路に足を踏み入れたが、見たことの無い花に出会う度に歩みを止めていた。
その様子を見て、ルシュアが笑う。
「あの調子じゃ、しばらく掛かりそうだな」
ルシュアにとっても、デュークにとっても、そこは珍しい場所ではない。
2人は、広場の片隅にある長椅子に座って待つことにした。
植込は所々に花のアーチが掛けられ、夜でも歩けるように外灯が備え付けられている。
途中には秘密基地のような空間が広がり、庇付きのカウチもあった。
「ここでお昼寝される方も居ますね」
見渡せば、花と緑に囲まれて昼寝ができる場所はこの広場に数か所見られた。
天気の良い日なら、さぞ気持ちがいいだろうとサフォーネは思った。
迷路を抜けると、広場の中央に円形の大きな噴水が現れた。
周囲には美しい彫刻が飾られ、石畳も大理石で造られている。
噴水を囲むように長椅子も並べられ、その裏には花壇もあった。
「ここは皆様の憩いの場です。いつでも自由に出入りしていいんですよ?」
サフォーネは、大きな噴水が一目で気に入った。
20人くらい座れるであろう円形の噴水の淵に、昇ったり降りたりしながら、三段になっている中央の柱から、吹き出る水に手を伸ばす。
周囲にある彫刻を眺め、花壇の花を覗き込み、誰も声を掛けなければ、延々とその場に居続けるのではないだろうか、というほど夢中になっている様子だった。
それを懸念したナチュアがそっと声を掛ける。
「さぁ、サフォーネ様、そろそろ参りましょうか。私たちはこれから大事な御用があるのですから。いつまでもここで道草する訳にはいきませんよ?」
花壇の傍にしゃがんで花に止まる虫を見ていたサフォーネは、ナチュアに促されて立ち上がった。
まだ遊び足りない様子だったが、ナチュアの毅然とした態度が「そうしなければならない」という気持ちにさせたようだ。
デュークたちのもとへ歩み寄ってきたその顔は、言われて仕方なく、という訳ではなく、納得して戻ってきた様子だった。
「お、意外に早かったじゃないか…」
ルシュアが顎を押さえて、痛みに耐えながら笑いかけてきた。
その傍らで、デュークが呆れたような目付きでルシュアを見ている。
何かあったのだろうか、ナチュアは首を傾げた。
「…あの、どうかされましたか?ルシュア様?…」
「…私はただ、旧交を温めようとしたのだがな…」
「そんな旧交なら遠慮しておく。…たく、懲りない奴だな…」
一瞬、2人の会話が解らなかったナチュアだったが、デュークが手の甲で口元を拭う様子にはっとなる。
(え…まさか…?)
ルシュアの噂は聞いていたが、事実を目の当たりにすることはなかった。
ふたりは幼馴染みで親友のはずが、その相手にまで手を出すのかと思うと、ナチュアには信じがたく、眩暈がしそうになった。
放心しているナチュアをよそに、サフォーネがデュークを立たせようとその腕を引く。
「サフォ、もういくの。だいじな、ようじ」
「え、あぁ、そうだな」
促されてデュークが立ち上がる。
サフォーネの変わりように、痛みを拭ったルシュアが感心して声をあげた。
「ほぉ、…ナチュアがうまく説得した、という訳か。さすが、子供の扱いには慣れているようだな」
「そんな…恐れ入ります…」
ナチュアにとっては、世話役の性として当然のことをしただけなのだが、聖殿を代表する騎士団長からお褒めの言葉を賜ったとなれば、動揺した気持ちを切り替えるよう、恐縮そうに頭を下げた。
それはきちんと作法を習っている優雅な姿だった。
傾げてこぼれる長い髪も、伏し目がちな瞳も、さらにはその奥ゆかしい態度は女性よりも女性らしい。
両性体のナチュアは美しいだけでなく、充分な魅力も備わっている。
それに気がついたルシュアは、一瞬にして心を捕らわれた。
「しかし…いつも子供ばかり相手にしているのは疲れないか?たまには大人の相手を…今度、私の身の回りの世話を頼みたいくらいだな」
立ち上がり、ナチュアに一歩近づくと、その顔をじっと見つめながら、ルシュアはお決まりの口説き文句を口にする。
その甘い囁きと熱い眼差しに、ナチュアはみるみる顔を真っ赤にして首を激しく横に振った。
「わ、わわ私など、と、とんでもございません…わ、私は子供たちの世話が忙しいですし…その…」
悪く言えば『節操なし』の矛先が自分にも向けられたとなり、ナチュアは今までになく狼狽えながら、ルシュアの隣にいるデュークに助けを求めるように視線を投げた。
デュークは、「やれやれ」と肩を聳やかしながらも二人の間に割って入る。
「おい、ルシュア。ナチュアは真面目な性格なんだ。あまり揶揄うな。ナチュアも、これはルシュアのいつもの戯言だ。気にするな」
その言葉に「本当ですか?」と、半信半疑ながらも、先ほどふたりの騎士の間にあったであろうことも、今自分の身に降りかかっていることも、全てが気まぐれで、戯れならば…と心を落ち着かせた。
反対に、水を差されたルシュアは肩を窄める。
「私はいつだって本気なんだがな…。まぁいい。ではそろそろ行くか…」
言いながらデュークの肩に手を回そうとした瞬間、軽く肘鉄を食らうルシュアを見て、ナチュアは若干呆れてしまったが、「こほん」と軽く咳ばらいをした。
「では、参りましょう。この先は浄清の塔です」
仮にも騎士団総隊長。その総隊長はお戯れが好きなのだ。
そう思い直すことにし、ナチュアは3人を先導して再び歩き出した。
中央塔の東側に位置する浄清の塔に着くと、待ちわびていたような羽根人がひとり、ルシュアのもとへ駆け寄ってきた。
浄清の塔の『案内係』である。
それぞれの塔には、訪問者を管理する案内係がいて、塔を訪れ、帰っていく者を記録している。
「ルシュア様。エターニャ様がお待ちです。皆様も、どうぞ中へ」
案内係に導かれ、入った塔は吹き抜けになっていた。
その中央には石造りの太い柱があり、荷物や人を運搬するゴンドラが定期的に動いている。
機械仕掛けで動くものを初めて目にして、サフォーネは物珍しそうにゴンドラに近づいた。
「近くの湖から引いた水の力で動かしているんですよ?これがあれば、私のように翼の無い者も天使様方のお部屋に移動できるんです」
柱を囲んだ壁側には浄清の天使たちの部屋があるようで、各階に階段も備わっていたが、翼のある者は飛んで移動する方が早そうだった。
好奇心が勝ってゴンドラに飛び乗ろうとしたサフォーネを察知して、ナチュアがその手を掴む。
「あとでゆっくり乗れますから。今はエターニャ様のもとへ急ぎましょう」
にっこり笑うナチュアの顔にサフォーネもつられるように笑顔で頷くと、案内係に続いて、塔の最下層にある会議室へ向かった。
「エターニャ様、お連れしました」
部屋に入ると、奥の席に先ほど目通りしたババ様とセルティアがいた。
案内係は役目が終わるとほっとしたように扉のところで一礼し、そそくさと立ち去っていく。
ナチュアも続いて下がろうとすると、ルシュアに呼び止められた。
「あぁ、君はもう少しここに居てくれないか?」
「え。は、はい。…畏まりました」
役目は終わったと思ったが、この後また何か用事があるのだろうか?
ナチュアは、3人の後ろに控えるよう、部屋の隅に立った。
部屋に入ってきた4名を見定め、ババ様が視線を巡らせる。
その威圧感に押されたか、サフォーネはデュークの後ろに半分身を隠した。
ルシュアが一歩前に出ると、ババ様が口を開く。
「さて。ルシュア、この子を浄清の天使として修行をさせたいということでしたね?」
前置きもなく、本題に入るババ様の言葉を受けて、ルシュアは大きく頷いた。
「はい。先ほどサフォーネ自身の意思も確認しました」
「…ふむ。しかし、まずは浄化の力の片鱗が確かなものかどうか、それを調べる必要がありますね…セルティア、あれを」
ババ様が指示を出すと、セルティアは会議室の奥に控えていた二人の羽根人に、透明なツボを二つ持ってこさせた。
ツボはどちらも水晶でできた同じ形の物で、上には封印が施された蓋がしてある。
透けた容器の中には、黒い塊がそれぞれ入っていた。
「サフォーネと言いましたね?この二つを見て、何を感じますか?」
問いかけられ、デュークの影に隠れていたサフォーネが顔を出し、おずおずとババ様たちの前にある、二つのツボに歩み寄った。
代わる代わる、どちらのツボも見据えると片方のツボにだけ手を翳す。
何が起こるのかと、周囲は固唾を呑んで見守った。
「こっち、よんでる…でも、だめ…」
「…解りました。もういいでしょう」
ババ様の言葉に周囲までもがその緊張をとく。
下げられた二つのツボを目で追うサフォーネの手をババ様がとった。
「あれが魔のものだと判るようですね。ただ、あのままでは浄化はできない。あれを取り込めば、今のあなたではたちまち魔に侵される。それを無意識にできているようです」
その声に色めき立ったのはルシュアとナチュアだった。
「それではババ様。サフォーネには浄清の天使としての適性があるということですね?」
「まぁ、今の処はね。自分の力量で浄化できる魔を判別できるということは、己の身を守れる、という証ですからね。ただ、浄清の天使としてやっていくにはそればかりではない。全ては、修行をしてみてからです。それが駄目なら癒しの力も持っている子です。そちらでやっていけるでしょう」
自身の目に狂いはなかったことを確信して喜ぶルシュアの傍ら、デュークだけはまだ複雑な顔をしている。
そんなデュークを尻目にルシュアが口を開いた。
「修行中のサフォーネの世話役ですが、このナチュアに頼みたいと思います。いかがでしょう?」
「…え?」
思いがけないことを言われてナチュアは声を上げた。
「……私が、サフォーネ様の世話役を…?」
ナチュアは心臓が早くなった。
浄清の天使の世話役になれるのは極僅かで、それは世話役として最もやりがいのある仕事だった。
託児所でたくさんの子供たちを世話することにも誇りは感じていたが、今日初めて会ったサフォーネの素直さ、優しさに好感を抱き、その成長を見守って行ければ、どんなに幸せだろうと考えた。
半ば放心状態のナチュアにルシュアが声を掛ける。
「適任だと思うのだがな。ここまで見てきたが、2人は性格も合うようだし…。まぁ、君は、小さい子供たちの世話が忙しいようだが?」
「そ…それは…そうなのですが…」
先ほど、総隊長の世話役を断っておいて、この話を受けることは筋が通らないのではないか…ナチュアの真面目な性格が返答を鈍らせる。
しかし、ルシュアの言葉に厳しさはなく、むしろナチュアの反応を楽しんでいるようだった。
「…デューク、お前はどう思う?」
返答しにくいナチュアには助け舟が必要だろう。
ルシュアが合図を送るように横目で見れば、デュークも大きく頷いた。
「そうだな…。そうなれば、サフォーネも嬉しいんじゃないか?それに、ナチュア
が引き受けてくれるなら、俺も安心できる…」
「…そんな…でも、あの、私……」
――サフォーネ様の世話役に就きたいです――
そう言いたいのが充分に伝わってくる。
頬を上気させ、瞳を潤ませるナチュアに、改めて返事を聞く必要はないと思ったルシュアは、
「決まりだな。ナチュアの上官には私から良く話しておこう」
そう言って片目を瞑ってみせた。
「あ、ありがとうございます。私などで務まるかどうか…でも、サフォーネ様のお役に立てるよう、精一杯頑張ります!」
ナチュアは嬉しさに両手で口元を抑え、小さく体を震わせながら頭を下げた。
先程から自分の話をしているのだろうが、よく意味の解っていないサフォーネが首を傾げるのを見て、デュークが小さく笑いながら説明する。
「世話役というのは、聖殿の分からないことを教えてくれ、困った時は相談できる人だ。ナチュアはサフォーネの世話役として、これからずっとそばに居てくれることになったんだ。良かったな」
それを聞いて、驚きから笑顔に変わる。
サフオーネはナチュアに抱きついてその嬉しさを表現した。
「ナチュ…ずっと、いっしょ?」
「はい!サフォーネ様、これからよろしくお願いしますね!」
受け止めながら、ナチュアも笑みを返すと同時に、目の前の無垢な天使を正しく導き、立派な羽根人として育て上げる使命感が沸きあがってきた。
先ほどから様子を窺っていたセルティアが、思い出したように顔を上げる。
「ナチュア…?確かあなたは昔、浄清の適性で…」
「はい、3年程前ですが…落ちました。幼い頃は浄清の天使になりたくて、勉強していましたが…」
両性体が闇祓いや浄清の天使となるのは、無謀とも言える挑戦になる。
駄目元とは言え、ナチュアにとって、それは初めて味わう人生の挫折だった。
しかし今は、世話役となった誇りに満ち、その辛かった思いは払拭され、貴重な経験の一つになっている。
あっけらかんと言うその様子に、思わずセルティアも頬が綻んだ。
「浄清の天使として何が大事で、何が必要なのか、それがわかっているあなたなら任せてもいいでしょう。どうですか、エターニャ様?」
「そうですね。世話役はナチュアに。そして、サフォーネの師はあなたですよ、セルティア。しっかり教育してやりなさい」
「はい、承知いたしました」
緊急招集で行われた会議の結論は、この場に居合わせた者たち、たった一人を除いて納得の行く結末となった。
会議室に揃った者たちはそれぞれの場所へ帰る。
浄清の天使は自分の部屋へ。闇祓いの騎士は闇祓いの塔へ。
塔は高い方へ行くほど、身分が高い者が住まう。
浄清の天使長たるババ様や、かつては闇祓いの総隊長を務め、今は蒼の聖殿を束ねる長も、数十年前までは塔の上で暮らしていたが、引退したあとは聖都内に別宅を構え、場合によっては中央塔の執務室に滞在する。
いま、それぞれの最上階にはルシュアとセルティアが住んでいる。
ババ様とセルティアが退室していくのを見送ると、浄清の塔の入り口まで歩んだルシュアが言った。
「さて。ここでお別れだな。また明日、となればいいが…次会えるのはいつだろうな?デューク」
その言葉にサフォーネはデュークを見ると、すでに塔を出て立ち去ろうとするその背中が見えた。
「…?デューク?」
後を追おうと数歩前に出るが、ナチュアが引き留めて首を振る。
「サフォーネ。ここには遊びに来たんじゃないんだ。一刻も早く、ここで役に立てるよう修行を頑張るんだ、いいな?」
微かに振り向き、言い放ったデュークは、黒い翼を押し広げ、その場から飛び立った。
慌てて自分も飛び立とうと翼を広げようとするサフォーネを、背後からナチュアが抱きしめて止めた。
「デューク?…デューク!」
泣きべそをかきながら呼ぶその声を振り払うように、デュークは遠く離れていく。
まるで一生の別れのような様子に、ルシュアが肩を聳やかし、サフォーネに告げる。
「あれがデュークなりの優しさなんだろうな。早くお前にここで生きられるようになって欲しいんだよ」
宥めるように赤い髪をポンポンと叩き、
「だが、寂しかったら、いつでも私の部屋にこい。歓迎するからな?」
悪戯そうに笑うのは本気なのか、冗談なのか…。
その様子に今度はナチュアが黙っていなかった。
「特別な用件が無い限り、闇祓いの騎士様は浄清の塔に、浄清の天使様は闇祓いの塔に入ってはいけませんという規則があります!サフォーネ様、本気にしちゃだめですからね?」
ナチュアの剣幕に可笑しそうに笑い声をあげ、ルシュアも4枚の翼を広げた。
「どんなに修行が大変でも「陽」の曜日は必ず休みがもらえる。そのときにデュークと会えばいい。頑張れよ、サフォーネ」
飛び立っていくルシュアを見上げるサフォーネの頬に伝わる涙を、ナチュアは優しく拭った。
「ひ?…のようび?…いつ?」
「え…と、あと8回朝を迎えたら、ですかね…」
「はちかい…」
指折り数えるサフォーネを見守っていたナチュアは「部屋に行きましょう」とサフォーネの手を引いた。
会議室を出て階段一つ分、即ち役職のない天使たちの最下階に、サフォーネの部屋が用意されていた。
扉を開けると、中央に円卓があり、その奥には天蓋付きの寝所、反対の奥にはカウチと勉強机や衝立があり、その奥で着替えなどができるようだった。
壁には扉が複数あり、それぞれが炊事場、浴場、手洗い所などに繋がっている。
「急なお話で準備して頂いたようなので…いろいろ足りないものがあるかもしれませんね」
部屋の広さに唖然としているサフォーネを置き去りに、ナチュアは隅々を確認した。
「寝所の支度はできてるようだけど…シーツの色は変えようかしら。あぁ、炊事場の道具もこれしかないのね。浴場の準備をしてから、いろいろ揃えに行きましょう…」
「ナチュ…ここ、サフォのおうち?」
「そうですよ?ここは全てサフォーネ様がおひとりでお使いになる部屋です。あちらの扉は世話役の部屋に繋がっています。私はいつでもそこで控えていますので、御用のある時は呼んでくださいね?」
メルクロの診療所よりも広く、全ての物が詰まっている、そう思うとサフォーネはただただ、驚いていた。
団長クラスの部屋になれば、この倍以上の広さになるのだが、サフォーネはまだ知る由もなかった。
「まずはいろいろお疲れになっているでしょうから、お茶をお淹れしましょう。そのあと、私は要り様なものを頼んできますので、ここでお待ちくださいね」
忙しく動き回るナチュアを見ながら、サフォーネは円卓に座り、部屋を見渡す。
今までにない、美しい調度品に、豪華な花も飾られていた。
普通なら、贅沢な環境に喜ぶのだろうが、サフォーネにはそんなものよりも、傍にデュークがいないという現実に心細さが募った。
ナチュアが良い香りを立てながらお茶を淹れてくれたが、サフォーネは俯いたままだった。
託児所で、小さい子供が親に置いて行かれた時の様子にそっくりだと、ナチュアは思った。
「私、精一杯、サフォーネ様のお世話をさせていただきますからね?いつでも一緒です」
サフォーネを元気づけようと明るい笑顔を向けるナチュアに、サフォーネも誘われるように笑顔を返した。
明日から、修行が始まる。
それがどんなものなのか、サフォーネには想像もできないが…。
その日、今までにない豪華な床につくと、なかなか寝付けず、サフォーネはこれまでの旅を思い出していた。
麦の丘でデュークと出逢い、サフォーネという名前をもらった。
ふたりで旅をし、クエナの町でメルクロとミューに出逢った。
デュークの怪我、羽根人の役目、森での魔物との遭遇。…蒼の聖都。
黒い翼の後ろ姿…。
サフォーネは寝返りを打った。
(がんばる…デュークとやくそく。…みんな、まもる…)
改めて誓いを立て、再びデュークに会える日を夢見て、そのまま眠りにつく。
異端の子として親に見離された赤髪の天使は、これから自らの人生を切り開いていく。黒い翼の羽根人と共に。
第一章~完~
第二章へつづく
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