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第一章
[第14話]案内人
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庭園は大広間を出て、正門に続く回廊の両脇に広がっている。
回廊の端には東屋があり、庭を眺めながら休息できる椅子も備わっていた。
サフォーネはデュークの手に引かれながら東屋へ来ると、目の前に広がる景色に瞳を輝かせた。
庭園は人の手で造られたというよりも、ほぼ自然のままの状態で、可愛らしい小動物が行き来し、天馬たちが自由に歩いている。
ルシュアの天馬も休息を与えられたのか、その中に混ざっていた。
デュークの手を離し、衣の裾を持ちながらサフォーネが庭園に足を踏み入れると、人に慣れているのか、歓迎するように動物たちが近寄ってきた。
その中に、一頭の天馬がいた。
紺碧のたてがみと瑠璃色の体は、見たことのない馬だったが、その瞳にサフォーネは見覚えがあった。
「…しぇる…どな…?」
その声に応えるよう、天馬は嘶き、サフォーネの頬に顔を摺り寄せた。
サフォーネが驚いていると、近寄ってきたデュークが天馬の首を撫でた。
「よくわかったな、サフォ。そうだ、シェルドナだ。ここを出るとき、この姿では都合が悪いからな…聖都に住む術師の力で普通の馬にしてもらっていたんだが…。もうその必要もないしな」
デュークが『自由にしていい』というように軽く叩いて合図を送ると、青い天馬は庭園を駆け出した。
その後を追うように、他の天馬たちも駆けていく光景は本当に美しかった。
「サフォ、あそんでもいい?」
「…あぁ、いっておいで」
デュークの承諾を得ると、サフォーネは動物たちの後を追って走り出す。
重たい衣ではいつものように動き回れないようだったが、謁見という窮屈な状況から解放され、喜んでいるのが伝わってくる。
サフォーネを見守りながら、東屋の椅子に腰かけると、背後から声を掛ける者がいた。
「久しぶりだな、デューク。旅の間、随分と腕を上げたそうじゃないか?」
聞き覚えのある声に、肩越しにちらりと振り返ると、デュークは口元に笑みを浮かべた。
「…ワグナか…お前こそ、もう隊長まで昇進したのか。さすがだな…」
「ここ数年引退が多くて、上が随分抜けたからな。自動昇進ってやつだ」
ワグナはルシュアやデュークよりも二つ歳が上の同期入隊だった。
鳶色の短髪をくしゃくしゃと掻きながら、デュークの傍らに立つと、その視線の先を見る。
赤い髪の少年が動物たちと戯れるのを見守る穏やかな瞳に「へぇ」という顔をする。
「ひとりで魔物退治を生業にするなんて、もっと殺伐とした顔になっていると思ったが…存外だな。以前よりも親しみやすい。あの頃のお前は、周りは全て敵、みたいな感じだったからな…」
ワグナもルシュア同様、聖殿を出ようとした時に止めてくれた一人だった。
確かに、あの時は周囲を見る余裕が無かった。
周囲の人の心まで考えることができなかった。
「そうだったな…。だが今も、根本的な所は変わっていない。俺は自分のことだけで精一杯だ…」
サフォーネと出会い、人との関わりの大切さに気づかされたが、心の奥深くに闇を抱えたままの自分に変わりはない。
「……そうか?…ま、とにかくこれからよろしくな。お前の歓迎も兼ねて、近々剣術大会を予定している。その結果で、部隊の再編成もあるらしいからな…お前も昇進するんじゃないか?」
「それはどうかな…というか、この忙しい時期に大会なんて、そんな余裕はあるのか?」
「言っただろ?お前の歓迎も兼ねて、だ。…っと、このあと予定があってな。すまん、また後でな」
「…あぁ、ありがとう、ワグナ」
以前と変わらず接してくれることに礼を言えば、その気持ちを汲み取ったワグナは、デュークの肩を軽く叩いて去って行った。
入れ替わるようにサフォーネが戻ってきた。
早速転んだか、赤い髪に草や花びらが付いている。
「デューク!おはな、たくさん!あっちにも…」
「サフォ…間もなくルシュアの使いが来るから、あまり遠くに行くんじゃないぞ?」
「…ん?おつかい?…の、ひと?」
草や花びらを取ってやりながら注意していると、サフォーネが首を傾げて回廊の方を見ている。
釣られるように振り替えると、そこには、長い栗色の髪を数本編み、頭の高い所で纏めた女性が頭を下げて立っていた。
「デュークヘルト様、サフォーネ様、お初にお目にかかります。おふたりに聖殿の中を案内するようルシュア様に申し付かりました。ナチュアと申します」
ナチュアは顔を上げて2人の顔を見ると、茶色の瞳を細めて優しく微笑んだ。
若草色の絹であしらわれた服と、世話役の中でもそれなりの地位についているとわかるストールを身に付けている。
それは世話役の5階級のうち、3階級に当たるものだ。
そして、その背に翼が見られないことに、デュークは一瞬違和感を覚えた。
ナチュアは「まずはどうぞこちらへ」と、2人を先導して中央塔まで戻ると、先ほど長達に目通りした大広間の脇にある客用の控室に案内した。
「おふたりとも、そのお召し物では動きにくいかと思いまして…」
用意された服は、2人がいつも着ている服と似ているものだった。
恐らく何を着てきたのか確認し、それに近いものを用意してきたのだろう。
デュークは気のきくナチュアに感心しながらも、着替えを手伝おうとする彼女に遠慮しようとした。
「ご安心ください。私はどちらの性もあります故、お気になさらずに」
その事実に先程の違和感が納得できた。
一瞬間を置いたが、デュークは落ち着いた声音で返答した。
「なるほど、両性体か…。だが、俺は構わなくていい。手伝うならあっちを頼む」
デュークが目配せする方ではサフォーネが着替えに苦戦していた。
その様子を見てナチュアは「ふふふ」と笑うと、サフォーネの方に向き直る。
「なるほど…とは…。デュークヘルト様は、私たち両性体にご理解がおありですか?」
優しい口調だが、少しだけ刺のある言い方に、デュークは慌てて言葉を付け加える。
「あぁ、いや…すまない、てっきり女性だと思いこんで…それに…」
「…はい。お察しの通り、私にはもう翼はありません。病に掛かり、翼を維持するのが難しくなりまして…落としました」
羽根人の証である翼を持つ者は、格納していてもその存在を感じ取れるものだが、デュークはナチュアにそれを感じなかったのだ。
両性体は体の弱い者が多く、場合によっては生きるために翼を落とす必要がある。
しかし、羽根人にとって翼は誇りであり、それを自らの意思で捨てれば罪人のように扱う者もいる。
その為、中には翼を落とすくらいなら、と、死を選ぶ者もいる。
生を選んで翼を落とした者は、聖都でひっそりと暮らしていくのが通例なのだが…。
自ら翼を落とし、敢えてここに残ったナチュアの決断は計り知れない。
差別の目で見られることもあるだろうが、世話役としての現在の地位を得るため、この若さでどれだけの努力をしてきたのだろうか…。
見ればまだ20歳にもならないようなナチュアを、デュークは少しだけ不憫に思った。
「デュークヘルト様はお優しいんですね」
微妙な表情を読み取られてしまったか、見透かされて落ち着かなくなる。
「いや、そういう訳ではないんだが…。とりあえず、その呼び方はやめてくれないか。産まれた時にもらった名だが…もう捨てたものだ」
互いに、辛く悲しい過去が会話の中で垣間見える。
ナチュアはそれ以上問いかけることもなく「畏まりました」と短く返し、慣れた手つきでサフォーネの着替えを手伝い終えた。
2人が着ていた正装を、控えていた世話役見習いの羽根人に手渡し、何やら指示を与えるナチュアを遠目に、デュークは落ち着かない様子のサフォーネに気が付いた。
「…デューク、また、はねだすの?」
窮屈な正装の間、翼を出し続けているのが疲れたのだろう。
それを聞き取ったナチュアがにこやかに近づいてくると、身じろぎして少し乱れたサフォーネの襟元を整えてやりながら、デュークの代わりに答えた。
「お疲れでしたね。聖殿の中では翼は自由にしていいんですよ?先ほどのように、大事なお話や儀式では翼を広げることも規則としてありますが…」
襟元に伸ばされるナチュアの優しい手つきがサフォーネは好きだと思った。
先ほどの会話は半分ほどしか理解できなかったが、ナチュアには翼が無い悲しみがある。
でも翼を持つ者への献身的な態度は確かなもので、その思いが手から伝わってくるのがただ嬉しかったのだ。
「ナチュ…?はね、ないのかなしい?サフォのはね、ひとつあげる?」
その言葉にナチュアは手を止めてサフォーネを見つめた。
大きな曇りのない赤い瞳には、揶揄いの色は微塵もない。
それは心からの言葉だと思った。
「ありがとうございます。でも、いいんですよ?翼が無くても、私には私にしかできない仕事があるんです。だから、大丈夫なんですよ?」
2人のやり取りを見てデュークは思った。
サフォーネは、相手のありのままの姿を受け止め、思ったことを口にするだけなのであろう。
長の片翼もナチュアのことも、ありのままに。
ナチュアは自身に翼がない事も、周りからの反応も、その全てを受け入れている。
それを憐れむ方が間違っているのかもしれない。
ナチュアの言葉を聞いたサフォーネは、それを素直に受け止めてにこりと笑った。
サフォーネの笑顔は純真そのもので、ナチュアは少し胸が熱くなるのを感じた。
「サフォーネ様はとても可愛らしいですね。私、ここでは幼い子供たちの世話係をしていまして…なんていうか、その…」
言いにくそうにしているナチュアに向かって、デュークはふっと笑った。
「恐らく、その子供たちと中身は変わらないからな。いろいろ聖殿のことを教えてやってくれ」
「は…はい、デューク様。で、では、早速ご案内致します」
不意に優しい笑みを向けられて、ナチュアは軽く動揺しながら、2人の先頭に立って歩き出した。
サフォーネはナチュアの後ろに控えながらも、時折並んだり、珍しいものを見ては駆け寄ったりと忙しなくついていく。
デュークは2人を見守るようにそのあとを歩いていった。
異端の天使への差別のないナチュアの態度を見て、デュークは心からほっとする。
両性体として『他の者とは違う』という苦しみを知っているからこそ、他人の痛みも分かるのか、とにかくルシュアが適任者をよこしてくれたのを感謝した。
サフォーネにとって、優しく親しみやすいナチュアが、ここで最初に接する羽根人になるなら、聖殿の暮らしも悪いものに感じないのではないか、そう思いながら。
「まずは中央塔をご案内しましょう」
控室を出て大広間の前を横切ると、ナチュアはそのまま中央塔の中を紹介していった。
中央塔は5階建てで、階段は西側と東側にある。
その階段を交互に行き来するよう、地下の施設以外、塔の中をくまなく案内してくれた。
1~4階は聖殿を機能させる政治や財政を取り仕切る役所、歴史を記録した書物が納められた書庫、大掛かりな手術も行える医療室などが備わっている。
他には、激務をこなす羽根人たちのための憩いの部屋や、天使団御用達の店など娯楽的な施設もあった。
託児所の前を通ると、ナチュアが少し嬉しそうに語った。
「私は普段、こちらに勤めております。お役所やお店に勤める皆様のお子様を預かったり、中には聖都でお勤めの方でも『ここで教育させたい』という要望でお子様を預かることもあるんですよ?」
ちらりと中を覗けば、今はみんなで書き取りをしているようだった。
サフォーネはクエナの町での勉強を思い出しながら、続けて施設を案内するナチュアの後を追った。
5階は長と天使長の執務室、最上階は青い屋根に覆われたバルコニーになっていた。
大事な声明発表などはそこで行われるということだ。
バルコニーから階下を眺めながらナチュアの案内が続く。
「ここから先ほどの庭園が見えると思いますが、東にあるのが禊の館…その先に足を伸ばせば、催し場がありまして、近々剣術大会を行うそうです。反対の西には、馬舎や訓練場。中央塔の裏手には噴水広場もあります」
デュークにはどこも知り尽くした場所だったが、サフォーネには全てが珍しく、それぞれの施設の役目がわからないまでも、どれだけこの聖殿が優れた所なのかは感じることができた。
「全部覚える必要はないですよ?また実際にご利用になる時に、お付きの世話役から説明があると思いますので…」
不安を取り除こうとしてくれるナチュアの気遣いを感じると、サフォーネは嬉しそうに頷いた。
3人は再び中央塔前の屋外回廊に戻ると、ナチュアが右に向かって歩き出した。
西に延びる回廊が途絶える先には、遥か空へ聳える塔が見えてくる。
その全貌が見渡せる場所までくるとナチュアは立ち止まった。
「こちらが闇祓いの騎士様たちがお暮らしになる塔になります」
ナチュアが指示した先にあるのは闇祓いの塔。
下から上に向かって先細りの構造になっている。
「塔は35階建てになっております。1階は修練場などの公共施設で、2階から16階までは役職のない騎士様たちのお部屋になります。憩いの部屋、講堂、会議室などを挟んで、20階から34階までは、隊長・副隊長の皆様のお部屋になります。最上階の35階は物見台で、聖都全体を見渡せるようになっています。東にある浄清の塔も造りはほぼ同じです」
ナチュアの完璧な案内を聞きながら、サフォーネはその天辺を見ようと顔を上げる。
首がのけぞり、長い時間そうしているのは到底無理な高さだった。
懐かし気に塔を見上げるデュークにナチュアが声をかけた。
「デューク様のお部屋はひとまず16階にご用意しておりますが、『恐らくすぐに引っ越すことになる』、とルシュア様が仰っていました。それから、身の回りのお手伝いをする世話役をあちらに…」
ナチュアの声に視線を落とすと、塔の麓に見眼麗しい女性の羽根人たちが5名ほど立っていた。
こちらに気が付いたのか、全員そわそわし始めるのがわかった。
今後自分が仕えるかもしれないデュークを見定めると頬を赤らめる者もいれば、異端の色に戸惑いを見せる者もいた。
彼女らのもとへ歩み寄ると、全員が頭を下げて出迎えた。
それを見たサフォーネも真似して頭を下げる様子を微笑ましく横目に見ながら、ナチュアは少し言いにくそうにデュークへ告げる。
「ルシュア様から、お好みの方を選ぶように、と…」
その言葉に、デュークは女性たちに視線を向けた。
ナチュアの言葉を合図にみな頭を上げ、デュークを見る。
目の前に立つ長身の若者は、色こそ異端だが、端正な顔立ちは美しく、戦いで鍛え上げられた体は女性たちの溜息を誘った。
そんな目で見られるのも動揺せず、デュークは全員の顔を見渡す。
選りすぐりの美形ばかり集めたのであろう、ルシュアの気遣いが窺えてデュークは可笑しくなった。
笑いをこらえている様子のデュークに、女性たちが不安を抱いているのが見て取れると、デュークは一つ咳ばらいをして話し出した。
「すまない。実は、俺には世話役は必要ないと、ルシュアにも言うつもりだった。身の回りのことは一通りできるからな。集まって頂いたのに申し訳ない」
最後は女性たちに礼をつくすように頭を下げると、女性たちは「え」と戸惑いの色を見せた。
その返答にナチュアがどこかほっとしていると、正装から普段着に着替えてきたルシュアが、塔の入り口から現れた。
「おいおい。人の厚意を無にするのか。身の回りのことはできると言ったって、一人じゃ困ることもあるだろ?」
意味ありげににやにや顔で言うルシュアの言葉に釣られるよう、女性たちもくすくすと笑ったが、デュークは撥ね退けるように言い放った。
「いや、必要ない。お前と一緒にするな、ルシュア」
2人のやり取りを不思議そうに見ているのはサフォーネだけだった。
その答えを知りたくてナチュアの顔を見ると、茶色の瞳が恥ずかしそうに伏せられる。
元来、世話役とは、まだ修行中の羽根人を支え、助言をする者のこと。
彼らは仕える相手が一人前になっても、忠誠心から最後まで世話役を務めあげる者もいれば、その大半は独り立ちを境にそこから身を引いていく。
デュークも幼い頃には世話役がついていたが、闇祓いとして一人前になった時に、その主従関係は解消されていた。
つまり、今回のように最初から一人前の羽根人に改めて助言をする世話役は必要ないのだ。
だが建前上、世話役を召し抱える風習は残っている。
大概は秘書のような役目で、騎士の仕事や生活を補助するのが務めだが、中には共寝の相手をすることもあった。
ルシュアの場合、そういった世話役は常に3~4人侍らせている。
これを良しとするかは、羽根人それぞれの価値観であるが…。
「まったく、身持ちが固いというか、相変わらずまじめな奴だな、お前は…。まぁいい、そういう訳だ。集まってもらったのに悪かったな」
ルシュアは、若干不服そうな女性たちを帰らせると、サフォーネに向き直った。
「どうだ?サフォーネ。聖殿の中はすごいだろ?」
帰っていく女性たちを不思議そうに見送っていたサフォーネは、ルシュアの言葉に振り返り「うん」と笑顔で頷いた。
「浄清の塔はこれからか?」
「は、はい、これからです」
不意に声を投げかけられ、ルシュアの風習を良しとせず、恥ずかしさで頬を染めていたナチュアは、気を取り直すように姿勢を正した。
「そうか、じゃぁ私も行こう。さっき言伝を頼んだが、直接ババ様にも話があるしな」
「承知しました…では、中央塔裏のご案内をしながら、参ります」
来た道を返し、中央塔の裏手に続く回廊を進んでいくナチュアにサフォーネがついていく。
その後ろをデュークとルシュアが続いた。
楽しそうにナチュアの話を聞いているサフォーネに届かないよう、潜めた声でルシュアが話し出した。
「デューク、サフォーネのことだが…その出生を調べたいと思っている」
「え?」
「羽根人が自然と湧く訳がないからな。どこかにサフォーネを産んだ母親がいるはずだ。検見隊にその調査を依頼するつもりだ」
「サフォーネの、母親…」
「いくら異端の子を産んだとは言え、それを捨てるなどあってはならないからな…、と。すまない」
デュークの身の上を考えると、ルシュアは彼を傷つけたことを言ったのではないかと謝った。
しかし、デュークはそんなことよりも、母親が見つかった時のサフォーネのことを考えた。
恐らく、母親はサフォーネを拒むだろう。己の母親がそうするように。
戸惑っている様子のデュークに、ルシュアはその不安を読み取った。
「別にサフォーネをその母親に会わせよう、という訳では無い。ただ、出生が明らかじゃない者を置いておくのも、長老たちの手前、どうしてもな…」
ルシュアの言葉に納得したようにデュークは息を吐く。
「…わかった。その代わり、何か解ったら俺にも知らせてくれ」
「あぁ、保護者には真っ先に知らせるさ」
軽口を叩くルシュアに苦笑を浮かべ、デュークは遠くからサフォーネの無邪気な笑顔を見た。
捨てられたことすら解っていない、そんな頃に母親から見離されたのは間違いないだろう。
あれだけ純粋で真っ直ぐなのは、その悲しみすら覚えていないからだ。
そして知る機会もなかったのだ。
そんな負の感情を改めて教える必要は無い。
母親の行方が知れても、デュークは自分の胸の内だけにしまおうと誓った。
~つづく~
回廊の端には東屋があり、庭を眺めながら休息できる椅子も備わっていた。
サフォーネはデュークの手に引かれながら東屋へ来ると、目の前に広がる景色に瞳を輝かせた。
庭園は人の手で造られたというよりも、ほぼ自然のままの状態で、可愛らしい小動物が行き来し、天馬たちが自由に歩いている。
ルシュアの天馬も休息を与えられたのか、その中に混ざっていた。
デュークの手を離し、衣の裾を持ちながらサフォーネが庭園に足を踏み入れると、人に慣れているのか、歓迎するように動物たちが近寄ってきた。
その中に、一頭の天馬がいた。
紺碧のたてがみと瑠璃色の体は、見たことのない馬だったが、その瞳にサフォーネは見覚えがあった。
「…しぇる…どな…?」
その声に応えるよう、天馬は嘶き、サフォーネの頬に顔を摺り寄せた。
サフォーネが驚いていると、近寄ってきたデュークが天馬の首を撫でた。
「よくわかったな、サフォ。そうだ、シェルドナだ。ここを出るとき、この姿では都合が悪いからな…聖都に住む術師の力で普通の馬にしてもらっていたんだが…。もうその必要もないしな」
デュークが『自由にしていい』というように軽く叩いて合図を送ると、青い天馬は庭園を駆け出した。
その後を追うように、他の天馬たちも駆けていく光景は本当に美しかった。
「サフォ、あそんでもいい?」
「…あぁ、いっておいで」
デュークの承諾を得ると、サフォーネは動物たちの後を追って走り出す。
重たい衣ではいつものように動き回れないようだったが、謁見という窮屈な状況から解放され、喜んでいるのが伝わってくる。
サフォーネを見守りながら、東屋の椅子に腰かけると、背後から声を掛ける者がいた。
「久しぶりだな、デューク。旅の間、随分と腕を上げたそうじゃないか?」
聞き覚えのある声に、肩越しにちらりと振り返ると、デュークは口元に笑みを浮かべた。
「…ワグナか…お前こそ、もう隊長まで昇進したのか。さすがだな…」
「ここ数年引退が多くて、上が随分抜けたからな。自動昇進ってやつだ」
ワグナはルシュアやデュークよりも二つ歳が上の同期入隊だった。
鳶色の短髪をくしゃくしゃと掻きながら、デュークの傍らに立つと、その視線の先を見る。
赤い髪の少年が動物たちと戯れるのを見守る穏やかな瞳に「へぇ」という顔をする。
「ひとりで魔物退治を生業にするなんて、もっと殺伐とした顔になっていると思ったが…存外だな。以前よりも親しみやすい。あの頃のお前は、周りは全て敵、みたいな感じだったからな…」
ワグナもルシュア同様、聖殿を出ようとした時に止めてくれた一人だった。
確かに、あの時は周囲を見る余裕が無かった。
周囲の人の心まで考えることができなかった。
「そうだったな…。だが今も、根本的な所は変わっていない。俺は自分のことだけで精一杯だ…」
サフォーネと出会い、人との関わりの大切さに気づかされたが、心の奥深くに闇を抱えたままの自分に変わりはない。
「……そうか?…ま、とにかくこれからよろしくな。お前の歓迎も兼ねて、近々剣術大会を予定している。その結果で、部隊の再編成もあるらしいからな…お前も昇進するんじゃないか?」
「それはどうかな…というか、この忙しい時期に大会なんて、そんな余裕はあるのか?」
「言っただろ?お前の歓迎も兼ねて、だ。…っと、このあと予定があってな。すまん、また後でな」
「…あぁ、ありがとう、ワグナ」
以前と変わらず接してくれることに礼を言えば、その気持ちを汲み取ったワグナは、デュークの肩を軽く叩いて去って行った。
入れ替わるようにサフォーネが戻ってきた。
早速転んだか、赤い髪に草や花びらが付いている。
「デューク!おはな、たくさん!あっちにも…」
「サフォ…間もなくルシュアの使いが来るから、あまり遠くに行くんじゃないぞ?」
「…ん?おつかい?…の、ひと?」
草や花びらを取ってやりながら注意していると、サフォーネが首を傾げて回廊の方を見ている。
釣られるように振り替えると、そこには、長い栗色の髪を数本編み、頭の高い所で纏めた女性が頭を下げて立っていた。
「デュークヘルト様、サフォーネ様、お初にお目にかかります。おふたりに聖殿の中を案内するようルシュア様に申し付かりました。ナチュアと申します」
ナチュアは顔を上げて2人の顔を見ると、茶色の瞳を細めて優しく微笑んだ。
若草色の絹であしらわれた服と、世話役の中でもそれなりの地位についているとわかるストールを身に付けている。
それは世話役の5階級のうち、3階級に当たるものだ。
そして、その背に翼が見られないことに、デュークは一瞬違和感を覚えた。
ナチュアは「まずはどうぞこちらへ」と、2人を先導して中央塔まで戻ると、先ほど長達に目通りした大広間の脇にある客用の控室に案内した。
「おふたりとも、そのお召し物では動きにくいかと思いまして…」
用意された服は、2人がいつも着ている服と似ているものだった。
恐らく何を着てきたのか確認し、それに近いものを用意してきたのだろう。
デュークは気のきくナチュアに感心しながらも、着替えを手伝おうとする彼女に遠慮しようとした。
「ご安心ください。私はどちらの性もあります故、お気になさらずに」
その事実に先程の違和感が納得できた。
一瞬間を置いたが、デュークは落ち着いた声音で返答した。
「なるほど、両性体か…。だが、俺は構わなくていい。手伝うならあっちを頼む」
デュークが目配せする方ではサフォーネが着替えに苦戦していた。
その様子を見てナチュアは「ふふふ」と笑うと、サフォーネの方に向き直る。
「なるほど…とは…。デュークヘルト様は、私たち両性体にご理解がおありですか?」
優しい口調だが、少しだけ刺のある言い方に、デュークは慌てて言葉を付け加える。
「あぁ、いや…すまない、てっきり女性だと思いこんで…それに…」
「…はい。お察しの通り、私にはもう翼はありません。病に掛かり、翼を維持するのが難しくなりまして…落としました」
羽根人の証である翼を持つ者は、格納していてもその存在を感じ取れるものだが、デュークはナチュアにそれを感じなかったのだ。
両性体は体の弱い者が多く、場合によっては生きるために翼を落とす必要がある。
しかし、羽根人にとって翼は誇りであり、それを自らの意思で捨てれば罪人のように扱う者もいる。
その為、中には翼を落とすくらいなら、と、死を選ぶ者もいる。
生を選んで翼を落とした者は、聖都でひっそりと暮らしていくのが通例なのだが…。
自ら翼を落とし、敢えてここに残ったナチュアの決断は計り知れない。
差別の目で見られることもあるだろうが、世話役としての現在の地位を得るため、この若さでどれだけの努力をしてきたのだろうか…。
見ればまだ20歳にもならないようなナチュアを、デュークは少しだけ不憫に思った。
「デュークヘルト様はお優しいんですね」
微妙な表情を読み取られてしまったか、見透かされて落ち着かなくなる。
「いや、そういう訳ではないんだが…。とりあえず、その呼び方はやめてくれないか。産まれた時にもらった名だが…もう捨てたものだ」
互いに、辛く悲しい過去が会話の中で垣間見える。
ナチュアはそれ以上問いかけることもなく「畏まりました」と短く返し、慣れた手つきでサフォーネの着替えを手伝い終えた。
2人が着ていた正装を、控えていた世話役見習いの羽根人に手渡し、何やら指示を与えるナチュアを遠目に、デュークは落ち着かない様子のサフォーネに気が付いた。
「…デューク、また、はねだすの?」
窮屈な正装の間、翼を出し続けているのが疲れたのだろう。
それを聞き取ったナチュアがにこやかに近づいてくると、身じろぎして少し乱れたサフォーネの襟元を整えてやりながら、デュークの代わりに答えた。
「お疲れでしたね。聖殿の中では翼は自由にしていいんですよ?先ほどのように、大事なお話や儀式では翼を広げることも規則としてありますが…」
襟元に伸ばされるナチュアの優しい手つきがサフォーネは好きだと思った。
先ほどの会話は半分ほどしか理解できなかったが、ナチュアには翼が無い悲しみがある。
でも翼を持つ者への献身的な態度は確かなもので、その思いが手から伝わってくるのがただ嬉しかったのだ。
「ナチュ…?はね、ないのかなしい?サフォのはね、ひとつあげる?」
その言葉にナチュアは手を止めてサフォーネを見つめた。
大きな曇りのない赤い瞳には、揶揄いの色は微塵もない。
それは心からの言葉だと思った。
「ありがとうございます。でも、いいんですよ?翼が無くても、私には私にしかできない仕事があるんです。だから、大丈夫なんですよ?」
2人のやり取りを見てデュークは思った。
サフォーネは、相手のありのままの姿を受け止め、思ったことを口にするだけなのであろう。
長の片翼もナチュアのことも、ありのままに。
ナチュアは自身に翼がない事も、周りからの反応も、その全てを受け入れている。
それを憐れむ方が間違っているのかもしれない。
ナチュアの言葉を聞いたサフォーネは、それを素直に受け止めてにこりと笑った。
サフォーネの笑顔は純真そのもので、ナチュアは少し胸が熱くなるのを感じた。
「サフォーネ様はとても可愛らしいですね。私、ここでは幼い子供たちの世話係をしていまして…なんていうか、その…」
言いにくそうにしているナチュアに向かって、デュークはふっと笑った。
「恐らく、その子供たちと中身は変わらないからな。いろいろ聖殿のことを教えてやってくれ」
「は…はい、デューク様。で、では、早速ご案内致します」
不意に優しい笑みを向けられて、ナチュアは軽く動揺しながら、2人の先頭に立って歩き出した。
サフォーネはナチュアの後ろに控えながらも、時折並んだり、珍しいものを見ては駆け寄ったりと忙しなくついていく。
デュークは2人を見守るようにそのあとを歩いていった。
異端の天使への差別のないナチュアの態度を見て、デュークは心からほっとする。
両性体として『他の者とは違う』という苦しみを知っているからこそ、他人の痛みも分かるのか、とにかくルシュアが適任者をよこしてくれたのを感謝した。
サフォーネにとって、優しく親しみやすいナチュアが、ここで最初に接する羽根人になるなら、聖殿の暮らしも悪いものに感じないのではないか、そう思いながら。
「まずは中央塔をご案内しましょう」
控室を出て大広間の前を横切ると、ナチュアはそのまま中央塔の中を紹介していった。
中央塔は5階建てで、階段は西側と東側にある。
その階段を交互に行き来するよう、地下の施設以外、塔の中をくまなく案内してくれた。
1~4階は聖殿を機能させる政治や財政を取り仕切る役所、歴史を記録した書物が納められた書庫、大掛かりな手術も行える医療室などが備わっている。
他には、激務をこなす羽根人たちのための憩いの部屋や、天使団御用達の店など娯楽的な施設もあった。
託児所の前を通ると、ナチュアが少し嬉しそうに語った。
「私は普段、こちらに勤めております。お役所やお店に勤める皆様のお子様を預かったり、中には聖都でお勤めの方でも『ここで教育させたい』という要望でお子様を預かることもあるんですよ?」
ちらりと中を覗けば、今はみんなで書き取りをしているようだった。
サフォーネはクエナの町での勉強を思い出しながら、続けて施設を案内するナチュアの後を追った。
5階は長と天使長の執務室、最上階は青い屋根に覆われたバルコニーになっていた。
大事な声明発表などはそこで行われるということだ。
バルコニーから階下を眺めながらナチュアの案内が続く。
「ここから先ほどの庭園が見えると思いますが、東にあるのが禊の館…その先に足を伸ばせば、催し場がありまして、近々剣術大会を行うそうです。反対の西には、馬舎や訓練場。中央塔の裏手には噴水広場もあります」
デュークにはどこも知り尽くした場所だったが、サフォーネには全てが珍しく、それぞれの施設の役目がわからないまでも、どれだけこの聖殿が優れた所なのかは感じることができた。
「全部覚える必要はないですよ?また実際にご利用になる時に、お付きの世話役から説明があると思いますので…」
不安を取り除こうとしてくれるナチュアの気遣いを感じると、サフォーネは嬉しそうに頷いた。
3人は再び中央塔前の屋外回廊に戻ると、ナチュアが右に向かって歩き出した。
西に延びる回廊が途絶える先には、遥か空へ聳える塔が見えてくる。
その全貌が見渡せる場所までくるとナチュアは立ち止まった。
「こちらが闇祓いの騎士様たちがお暮らしになる塔になります」
ナチュアが指示した先にあるのは闇祓いの塔。
下から上に向かって先細りの構造になっている。
「塔は35階建てになっております。1階は修練場などの公共施設で、2階から16階までは役職のない騎士様たちのお部屋になります。憩いの部屋、講堂、会議室などを挟んで、20階から34階までは、隊長・副隊長の皆様のお部屋になります。最上階の35階は物見台で、聖都全体を見渡せるようになっています。東にある浄清の塔も造りはほぼ同じです」
ナチュアの完璧な案内を聞きながら、サフォーネはその天辺を見ようと顔を上げる。
首がのけぞり、長い時間そうしているのは到底無理な高さだった。
懐かし気に塔を見上げるデュークにナチュアが声をかけた。
「デューク様のお部屋はひとまず16階にご用意しておりますが、『恐らくすぐに引っ越すことになる』、とルシュア様が仰っていました。それから、身の回りのお手伝いをする世話役をあちらに…」
ナチュアの声に視線を落とすと、塔の麓に見眼麗しい女性の羽根人たちが5名ほど立っていた。
こちらに気が付いたのか、全員そわそわし始めるのがわかった。
今後自分が仕えるかもしれないデュークを見定めると頬を赤らめる者もいれば、異端の色に戸惑いを見せる者もいた。
彼女らのもとへ歩み寄ると、全員が頭を下げて出迎えた。
それを見たサフォーネも真似して頭を下げる様子を微笑ましく横目に見ながら、ナチュアは少し言いにくそうにデュークへ告げる。
「ルシュア様から、お好みの方を選ぶように、と…」
その言葉に、デュークは女性たちに視線を向けた。
ナチュアの言葉を合図にみな頭を上げ、デュークを見る。
目の前に立つ長身の若者は、色こそ異端だが、端正な顔立ちは美しく、戦いで鍛え上げられた体は女性たちの溜息を誘った。
そんな目で見られるのも動揺せず、デュークは全員の顔を見渡す。
選りすぐりの美形ばかり集めたのであろう、ルシュアの気遣いが窺えてデュークは可笑しくなった。
笑いをこらえている様子のデュークに、女性たちが不安を抱いているのが見て取れると、デュークは一つ咳ばらいをして話し出した。
「すまない。実は、俺には世話役は必要ないと、ルシュアにも言うつもりだった。身の回りのことは一通りできるからな。集まって頂いたのに申し訳ない」
最後は女性たちに礼をつくすように頭を下げると、女性たちは「え」と戸惑いの色を見せた。
その返答にナチュアがどこかほっとしていると、正装から普段着に着替えてきたルシュアが、塔の入り口から現れた。
「おいおい。人の厚意を無にするのか。身の回りのことはできると言ったって、一人じゃ困ることもあるだろ?」
意味ありげににやにや顔で言うルシュアの言葉に釣られるよう、女性たちもくすくすと笑ったが、デュークは撥ね退けるように言い放った。
「いや、必要ない。お前と一緒にするな、ルシュア」
2人のやり取りを不思議そうに見ているのはサフォーネだけだった。
その答えを知りたくてナチュアの顔を見ると、茶色の瞳が恥ずかしそうに伏せられる。
元来、世話役とは、まだ修行中の羽根人を支え、助言をする者のこと。
彼らは仕える相手が一人前になっても、忠誠心から最後まで世話役を務めあげる者もいれば、その大半は独り立ちを境にそこから身を引いていく。
デュークも幼い頃には世話役がついていたが、闇祓いとして一人前になった時に、その主従関係は解消されていた。
つまり、今回のように最初から一人前の羽根人に改めて助言をする世話役は必要ないのだ。
だが建前上、世話役を召し抱える風習は残っている。
大概は秘書のような役目で、騎士の仕事や生活を補助するのが務めだが、中には共寝の相手をすることもあった。
ルシュアの場合、そういった世話役は常に3~4人侍らせている。
これを良しとするかは、羽根人それぞれの価値観であるが…。
「まったく、身持ちが固いというか、相変わらずまじめな奴だな、お前は…。まぁいい、そういう訳だ。集まってもらったのに悪かったな」
ルシュアは、若干不服そうな女性たちを帰らせると、サフォーネに向き直った。
「どうだ?サフォーネ。聖殿の中はすごいだろ?」
帰っていく女性たちを不思議そうに見送っていたサフォーネは、ルシュアの言葉に振り返り「うん」と笑顔で頷いた。
「浄清の塔はこれからか?」
「は、はい、これからです」
不意に声を投げかけられ、ルシュアの風習を良しとせず、恥ずかしさで頬を染めていたナチュアは、気を取り直すように姿勢を正した。
「そうか、じゃぁ私も行こう。さっき言伝を頼んだが、直接ババ様にも話があるしな」
「承知しました…では、中央塔裏のご案内をしながら、参ります」
来た道を返し、中央塔の裏手に続く回廊を進んでいくナチュアにサフォーネがついていく。
その後ろをデュークとルシュアが続いた。
楽しそうにナチュアの話を聞いているサフォーネに届かないよう、潜めた声でルシュアが話し出した。
「デューク、サフォーネのことだが…その出生を調べたいと思っている」
「え?」
「羽根人が自然と湧く訳がないからな。どこかにサフォーネを産んだ母親がいるはずだ。検見隊にその調査を依頼するつもりだ」
「サフォーネの、母親…」
「いくら異端の子を産んだとは言え、それを捨てるなどあってはならないからな…、と。すまない」
デュークの身の上を考えると、ルシュアは彼を傷つけたことを言ったのではないかと謝った。
しかし、デュークはそんなことよりも、母親が見つかった時のサフォーネのことを考えた。
恐らく、母親はサフォーネを拒むだろう。己の母親がそうするように。
戸惑っている様子のデュークに、ルシュアはその不安を読み取った。
「別にサフォーネをその母親に会わせよう、という訳では無い。ただ、出生が明らかじゃない者を置いておくのも、長老たちの手前、どうしてもな…」
ルシュアの言葉に納得したようにデュークは息を吐く。
「…わかった。その代わり、何か解ったら俺にも知らせてくれ」
「あぁ、保護者には真っ先に知らせるさ」
軽口を叩くルシュアに苦笑を浮かべ、デュークは遠くからサフォーネの無邪気な笑顔を見た。
捨てられたことすら解っていない、そんな頃に母親から見離されたのは間違いないだろう。
あれだけ純粋で真っ直ぐなのは、その悲しみすら覚えていないからだ。
そして知る機会もなかったのだ。
そんな負の感情を改めて教える必要は無い。
母親の行方が知れても、デュークは自分の胸の内だけにしまおうと誓った。
~つづく~
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