サフォネリアの咲く頃

水星直己

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第一章

[第13話]謁見

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天井までの高さがある大扉が重々しく開かれると、そこには青と白の世界が広がっていた。

回廊と同じ大理石の床や壁。
柱には綺麗な装飾が施され、薄青のベールが柱同士を繋げるよう天蓋吊りになっている。
足元には金の刺繍が縁どられた青い絨毯が、広間の奥へまっすぐ伸びていた。

その上をルシュアが歩み出し、デュークも続く。
サフォーネは一足遅れて進みながら、視線を飛ばした。

絨毯の先にはひと際長い天蓋吊りのベールが掛かった玉座があり、白く長い髭を携えた老人が座っている。
その傍らに、はしばみ色の髪を持つ年老いた女性と、長身の美しい羽根人がいた。空色の緩やかな髪、女性か男性かわからない顔立ちをしており、ずっと瞳を伏せている。
少し後ろに控えた場所には5人の羽根人がいた。

サフォーネは知らず、心臓がどきどきしてきた。
こんなにたくさんの羽根人は見たことがない。

玉座の反対側には、頭髪のない者と白髭を携えた者、どちらも年老いた羽根人がいて、2人の新入りをじろじろと見ながら囁きあっている。
その背後には騎士の装いをしている羽根人が10数名いた。

その何人かにデュークは見覚えがあった。
かつて、ここで一緒に修行や仕事をした者たちだ。
ここに居るということは、隊長か副隊長にまで昇進したのだろう。
異端の2人を見る目はどこか厳しい者もいれば、我感せずというようにそっぽを向いている者もいた。
ひとりだけ笑顔を向けてくれたのは、同期入隊のワグナだった。

サフォーネは周囲の光景に気を取られながら歩いていたため、目の前のデュークが止まったのに気づかず、躓きそうになった。
二人の前に立ったルシュアが膝をつき頭を下げると、デュークも続いて膝をつき頭を下げた。
それを見たサフォーネも慌ててしゃがみこみ頭を下げる。

「騎士団総隊長ルシュア、ただいま戻りました。この度、以前より推薦していた闇祓いのデュークヘルトと、その連れであるサフォーネをこの聖殿に迎え入れたく、ご挨拶に参りました」

大広間に心地よく響くルシュアの声は堂々として、長老たちは口を噤んだ。

玉座にいるのは、蒼の聖殿の『長』イフーダ。
年齢は百を超えていると言われ、羽根人としての現役はとうに退いているが、その人望で聖殿の象徴という『長』の立場に就き、有事の時は頼りにされている。
白い長髪と白い髭、衣も白く輝いて見える。
ただ、背中の翼は格納されたままだった。
それに気がついたサフォーネは小首を傾げた。

眼を覆うほどの白いまゆ毛を軽く上げて、長は口を開いた。

「おぉ、デュークヘルトか。久しいのぉ。其方が居なくなったと聞いた時は驚いたが…こうやってまた戻ってきてくれたことを嬉しく思うぞ…」

長の声は朗々として、異端の天使に対しての冷たさはなく、デュークは少しだけ緊張を解き、顔を上げた。

「大変ご無沙汰しておりました。長におかれましては変わらずのご健勝、お喜び申し上げます。その節は大変な無礼を働き、申し訳ありませんでした。勝手に飛び出した私を再び受け入れてくださること、感謝致します」

2人の長老が囁き始める。
それに釣られるように若い羽根人たちも顔を見合わせたが、少しイラついたようなルシュアがそちらを見ると、若者たちは姿勢を正した。
それくらいでは何とも思わないのは長老たちだけだった。

長はデュークをまっすぐ見つめた。
デュークの闇祓いとしての大きな力は、現役を退いても感じ取ることができた。
その堂々たる姿にしわがれた笑い声をあげる。

「翼や髪の色をとやかくいう輩もいようが、わしはルシュアを信じておる。よってルシュアが信じる其方たちなら、間違いないのだろう。期待しておるぞ」

この言葉には2人の長老も今度こそ口を閉じるしかなかった。

「はい。全力を持って役目に努めます」

デュークが感謝するように深々と頭を下げると、サフォーネもまた真似して頭を下げた。
長の視線が、その赤い髪に向けられる。

「…サフォーネ、と申したか…。其方は祓いの力は無いようだが…どこの出身だ?」

――あの人がきっと一番偉い人――
そう思っていたサフォーネは、声をかけられてピクリと肩を揺らした。
何か聞かれたようだが、言葉が難しく理解できなかった。
恐る恐る顔を上げ、口を開こうとすると、ルシュアに遮られる。

「長、こちらのサフォーネですが…言葉を交わすことがままならず…拙い物言いしかできません。詳しいことは後程私の方から…」

「そうであったか…しかし、何か言いたそうではないか?」

白い眉毛の下から見えた青い瞳が、デュークと同じだと思った。
サフォーネは、僅かに話し出す。

「…ぁ、の…」

「構わぬ。申してみよ」

デュークが心配そうにちらりと後ろを見た。
無理に話さなくていい、と言うように小さく首を振ったが、サフォーネの好奇心が勝った。

「おさ…はね、ない?…サフォ、はねだすの、いわれた」

その一言に周囲は呆気にとられ、デュークは慌てて密やかにサフォーネを注意する。

「サフォっ…」

「…?ちがう、の?」

「…謁見で翼を出さなければ行けないのは目下の者だけだ…それに、長は、その…」

長の翼には事情がある。
細かく説明しなかった自分にも落ち度はあったが、まさかサフォーネがそんなことを口走るとは思わずに、この場をどう取り繕ったらいいものか…デュークは言い淀んだ。
悪びれた様子のないサフォーネに、長が声を上げて笑う。

「これは失礼なことをしたな。確かに、公の場では翼が必要だ」

そう言うと、長は玉座から立ち上がり、翼を広げようと背中に気を送る。

「…長!ご無理は…」

「…構わん。そなただけ無理をさせる訳にもいくまい?…」

「…な、私は無理などとは…」

年老いた羽根人は、翼の操作もきつくなり、滅多なことで広げることはない。
心配して止めようとした傍らの女性も年を召していたが、長よりは若いほうだ。
逆に心配されて不服に思いながらも、背中をまるめ、ゆっくりと翼を広げる長を見守る。
それはまるで、翼が凝り固まったように、僅かに軋む音が聞こえてくるようだった。

長が翼を広げるなど、滅多に見られないこと。
周囲も固唾を飲んで見守った。
サフォーネも、自分とは違う速度の放出に、目を見張っていたが…。

「…ぁ」

「…これでいかがかな?」

サフォーネはその姿に絶句した。
長は翼を広げると、ゆっくりと腰を降ろす。
周囲の者は痛ましそうに顔を伏せる者も居れば、サフォーネ同様、長の翼を初めて見た若者たちは言葉を失っていた。

「…はね、ひとつ?」

「…サフォっ!」

長の翼は白く輝いた右側のみ。
サフォーネの率直な言葉に、さすがにデュークも黙るようにと、厳しい視線を送った。
若い者たちに走る僅かな動揺を抑えようと、ルシュアが口を開く。

「蒼の長、イフーダ様。尊きそのお姿、この場に現してくださったこと感謝致します」

長に向かって深く頭を下げたあと、周囲の者たちに向かって顔を上げる。

「長は遠い昔、『大闇祓い』の中で、その片翼を犠牲にされ、多くの仲間を守り、導かれたのだ。このお姿こそ、我々が尊ぶもの。拝見できたこと、この上ない幸せと思え」

その言葉に若い羽根人たちは、恭しく頭を下げた。
長が声を上げて笑う。

「そんなに大層なことではない。わしはただ、見目麗しいおなごの望みに答えたまでた」

その言葉に、ルシュアとデュークは一瞬固まって返答に詰まったが、サフォーネがその意味を嗅ぎとって代わりに答えた。

「サフォ、ちがう。…おとこのこ」

「…なんと、そうであったか。…まぁ、優美なおのこも悪くはない。そうだな、ルシュアよ」

「…え?あ、…はぁ、まぁ…」

たじろぐルシュアの様子に、微かに誰かが笑いを堪えているのが聞こえてきた。
恐らくワグナ辺りだろうとデュークは思った。
日頃の行いをこの場で窘められる状況に、ルシュアは軽く頬をひきつらせながら、サフォーネによってぐだぐだになってきた謁見を何とか取り仕切ろうと、咳払いをして話題を変えてきた。

「長、サフォーネの聖殿での奉仕について、なのですが…」

その言葉に、デュークが慌てて口を挟んできた。

「恐れながら。それは私から申し上げます。彼は私とともに旅をしておりました。この外見から人々に迫害を受けたこともある不幸な身の上で、言葉や知識もまだ足りないところはございますが…。どうやら癒しの力を持っているようで、きっと何かのお役に…」

「そのことですが。加えて、サフォーネには浄化の力もあるかもしれません」

一つの懸念があったため、ルシュアを遮ろうとしたのだが、デュークの思惑は失敗した。

一瞬、場がざわついた。

しれっと言ってのけたルシュアを、デュークは睨みつける。
背後からのそんな厳しい視線をものともせず、ルシュアは言葉を続けた。

「我々は途中で魔物に襲われました。マーラとトルガです。私は魔物の数、祓った数を確認していましたが…トルガが数匹、祓ってもいないのに消滅していたのです。トルガくらいの魔物でしたら、浄清の力だけでも消滅させることは可能。あの場でそれができるとしたら、このサフォーネだったのではないかと…」

「なんと…もしその可能性があるのなら、これは素晴らしいことだ。なぁ、エターニャよ」

長が語り掛けたのは、先ほどの年老いた女性。
若い羽根人たちからは『ババ様』と慕われている浄清の天使長である。
長同様に、現役は引退しているが、天使団のまとめ役としてその立場に残っている。
エターニャはサフォーネを見つめたあと、隣にいる長身の羽根人に声をかけた。

「あなたはどう思います?セルティア」

空色の髪のセルティアは、瞳を薄く閉じたまま、サフォーネの気配を感じ取るように首をそちらに向けた。



(……?この子、どこかで…?)

セルティアは強度の弱視で、殆ど物が見えない。
サフォーネの気に不思議な既視感を覚え、しばらく考えるように様子を窺っていたが、それは気のせいだと思ったのか、小さく笑った。

「さぁ、どうなのでしょう。浄化の力らしき片鱗はどことなく感じられますが…。癒しの能力はどれほどのものなのですか…?」

言葉を濁す様子は、その可能性は低く、すぐに使い物になるかどうか、と言いたいのだろう。
デュークはここぞとばかりに言葉を繋げた。

「彼は、教えなくとも癒しの力を無意識に働かせることができますが、浄化についての能力は定かではありません。サフォーネは癒しの天使として修業させていただく方が、早い時期にお役に立てるのではないかと…」

捲し立てるようなデュークの様子に、ルシュアはその意図を理解した。

「それは、サフォーネを自分の近くに置きたいからか?救護部隊なら、我々闇祓いと行動を共にすることが多いものな」

「…それは…!」

図星をつかれてデュークは言葉に詰まる。

「悪いがそんな私情は受けられない。浄清の天使はただでさえ少ない上に、先日ひとり失い、その数が減った。我々蒼の聖殿では、近年、大闇祓いも控えている。サフォーネに浄化の力があるのなら、それは聖殿と大陸のために大いに役立てるべきだ」

「!…大闇祓い……そうか、次は蒼の聖殿が…」

デュークはその事実を知り、蒼の聖殿を選んだことを後悔した。
ただでさえ、魔物退治の仕事には危険が伴うのに、『大闇祓い』が控えているとなると…。

「…無理だ!サフォーネにそこまでさせるのは…いや、できるはずが…」

反論をしたくとも、確かに私情になってしまう。それは認めざるを得ない。
デュークが言葉を詰まらせたところで、長はこの話に終止符を打つことにした。

「わかった。この件はルシュアと天使長たちに一任しよう。彼を浄清の天使として修行させるのか、癒しの力で救護部隊にするのか見極め、話を進めなさい。それでよいな?」

その場にいる全員が無言のまま頭を下げると、大広間での謁見は終了となった。


大広間を出た回廊は、二つの塔を挟む屋外通路にも繋がっている。
闇祓いの塔に向かって歩きだそうとするルシュアを、デュークは追いかけて引き留めた。

「どうしてあんなことを、なぜ予め俺に相談しないんだ」

あくまでサフォーネの保護者のつもりなのか、デュークの一言にやれやれという顔をしてルシュアは振り返った。

「これはサフォーネ自身の問題だ。お前に断る必要はないだろ」

「それは、そうだが…。無理だ、サフォーネには…浄清の役目は重過ぎる。それに大闇祓いまで…」

遅れて追いかけてきたサフォーネが、デュークの後ろから心配そうに2人のやり取りを見守っている。
その様子を見てルシュアは思い出した。

「…そうか、あの時も。デューク、お前、とっくに気付いていたな?」

ルシュアの一言に、握っていた拳の力を抜くと、デュークは俯いて語り出した。

「…旅の途中。小さな魔烟は、こいつに消されていた…」

サフォーネに触れ、消えていくトルガを思い出しながら、観念したように白状したが、顔を上げてルシュアに食って掛かる。

「だが危険だ!浄化は失敗すれば、その魔に取り込まれる。サフォーネは今回無事だったが…。さっきひとり失ったという浄清の天使は、それが原因だったんじゃないのか?5年前のあの時の様に…。こいつは魔に打ち勝てるほど強くない。無理だ!」

どこまで過保護なのか、浄化の失敗など、そうあるものではないのに。
必死に訴えるデュークの傍らで、内容を理解できず、おろおろとしているサフォーネを見ると、その気持ちも解らなくはないのだが…。

ルシュアはデュークを落ち着かせようと、静かに話し始めた。

「…失った、というのはその力のことだ。浄清の天使はその身をもって清らかでなくてはならない…なのに、彼女は女としての生き方を選んだ」

「…!…それは…」

「そう、子供を授かったんだよ。…天使の純潔を奪ったのは、まだ若い張役。2人は愛し合っていたが、だからと言って許されるものではない。彼女は聖殿を追放、相手は役職剥奪に聖殿を解雇。厳しい処罰が下ったが…これらは長やババ様の恩赦もあったな。今は聖都の隅で2人で暮らしているはずだ…」

「そう…だったのか…。だが…あの5年前は…」

真相は判ったものの、デュークの顔色は晴れない。
5年前の忌々しい出来事は事実あったのだから。
そんなデュークの心を察するように、ルシュアは言葉を続けた。

「5年前の天使は…そうか、お前はあの後どうなったか知る由もなかったな。彼はあの後、なんとか魔に打ち勝ったが、浄清の力を使い果たし、この聖殿を出た。聖都も離れ、今は祖人を装い、どこかの町でひっそり暮らしているはずだ」

「…!助かった…のか…」

羽根人としての誇りを失った気持ちは計り知れないが、それでも命だけは繋ぐことができたのだと知ると、デュークは救われた気持ちになり、ようやく肩の力を抜いた。

「失敗して浄穢の天使となり、そのまま魔物化するなら、我々で討たざるを得ないだろう。だがそれは極々稀なことだ。お前だって解っているだろう?浄化の力は自然と魔を吸い寄せる。それに打ち勝つためにしっかりと修行を積むんだ。サフォーネ自身を護るためにも、それは必要なことじゃないか?」

「…それは…そうだが…」

「そして、もし浄清の天使として認められれば、みんなの見る目も変わる。サフォーネは周囲から大事に扱ってもらえる。異端と敬遠されることもなくなるだろう。違うか?」

ルシュアの言っていることは尤もである。
浄化の力を持つ者は誰しも『魔』に打ち勝つ修行が必要になる。
修行をしたうえで、浄清の天使になれるかどうかが決まる。
そして、なれない場合もある。…まだその猶予はあるのだ。

「……」

反論してこないデュークの様子に、ルシュアはサフォーネに向き直ると、その意思を確認するように語り掛ける。

「サフォーネ。修行頑張れるか?」

「しゅ…ぎょ…?」

初めて聞く言葉に首を傾げる。

「あぁ、勉強や訓練を頑張って、浄清の天使になれれば、みんなが褒めてくれる。デュークの手助けができるようになるぞ?」

その言葉に赤い瞳がきらきらと輝いた。
片や過保護で、片や依存症と言ってもいいくらいの2人だ。
デュークの名前を出せば一発だとルシュアは思った。

「サフォ…デュークたすける?デューク、うれしい?」

「あぁ、デュークは喜ぶはずだ、な?」

「……」

乗ってきたサフォーネの様子に、ルシュアはここぞとばかりにデュークに同意を求めるが、デュークは黙ったままだった。
そんなデュークをよそに、サフォーネは滾ってくる思いに頬を紅潮させる。

「がんばる!サフォ、しゅぎょうがんばる!」

サフォーネの心が動いてしまえば、デュークはもう太刀打ちできなかった。
尽きない不安を隠すよう片手で顔を覆う。

「…デューク、きっとサフォーネはお前にとって初めてできた大切なものなんだろう。だが、それなら尚更…」

「わかってる、わかってるよ…」

傍に置いて見守るのが自分にとっては一番安心だったが、サフォーネの幸せを考えれば、そればかりではないのだろう。

浄清の天使はどの聖殿でも貴重な存在。
その清らかな存在は皆が護るべきものなのだ。
もし、サフォーネが浄清の天使として認められれば、異端の天使という産まれながらに持った烙印を消すことができるかもしれない。
だが、そうならないことを願わずにはいられない、もどかしさもあるのは事実だ…。

すっかりやる気になったサフォーネに向かい、デュークは確かめるように語り掛けた。

「…サフォーネ。修行は大変だぞ?俺は傍で助けてやれない。それでもやれるか?」

デュークの言葉に一瞬気後れしそうになったサフォーネだったが、もう心には揺るぎない何かが燃えていた。

「うん、やる!サフォ、デューク、すき!デューク、たすけるの」

「…サフォ…」

充分なやる気に加え、真っすぐに気持ちを伝えてくるサフォーネに、なんと返していいか戸惑っているデュークを揶揄うよう、ルシュアが口を挟んできた。

「どうして、そんなにデュークのことが好きなんだ?サフォーネ」

ルシュアの言葉に、理由を考えるサフォーネは、ひとつひとつ大事そうに言葉を繋いでいく。

「デューク…いっぱいくれた。やさしい…くれた。たのしい…くれた。なまえ…くれた。サフォーネ、なまえすき。だから、デューク、すき」

言った後に照れたように笑いながら見上げてくるサフォーネは、デュークにとってかけがえのない天使そのものだった。
デュークは込み上げてくる思いのまま、サフォーネを静かに抱きしめた。

「わかったよ、サフォーネ…。修行、頑張るんだぞ…?」

「…うん、がんばる…」

デュークの温もりに安堵するように、サフォーネは瞳を閉じて頷いた。
ふたりの様子に自分が及びでないとでも言うように、ルシュアは肩を聳やかすと、踵を返しながらデュークの背中に声をかけた。

「よし、決まりだな。…となれば、ババ様とセルティアにサフォーネのことを改めて頼んでこよう。お前たちの住居や世話役の手配もあるから、あとで使いを出す。ひとまず庭園でゆっくりしてくれ」

去って行くルシュアを見送るデュークに、サフォーネが顔を上げる。

「ていえん…?」

「この先にある庭だ。行ってみるか?」

デュークはサフォーネに手を差し伸べると、真っすぐに伸びる屋外回廊をゆっくり歩き出した。


~つづく~
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