ユイートネルムの唄を聴いて

千賀 万彩記

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第一部:紅の大地と白の唄

9話:ランペレスの村

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「うう……ん」

 白い光のまぶしさに、ユタは目を覚ました。ぼんやりと見知らぬ天井が見える。内心首をかしげて身体を起こそうとすると、全身に痛みが走った。
 その激痛に、記憶がよみがえってくる。

 自分はグラーチィアの影に触れたのだ。触れたというより身体にぶち当たった、というほうが正しいかもしれない。

「よく、生きてたなぁ」

 思わずユタの口から、しみじみと言葉が漏れた。身体は相当なダメージを受けていたはずだ。しかしよくよく確かめてみると、それらの傷はとても丁寧に手当てされていた。

「包帯。……手当て、されている?」

 不思議だった。自分はここでは『敵』であるはずなのに。捕虜にするにしても、ずいぶんな好待遇だ。アシュレイはああいう性格だから、彼が手を回してくれたのかもしれないが。
 部屋はひっそりと薄暗かったが、窓から差し込む光がちょうど顔にあたる。
 ここはどこだろう。医者の家というには、それらしい道具がない。かといって牢屋にも見えないし、見張りの兵がいるわけでもない。捕虜として閉じ込められている、というわけでもなさそうだ。
 アシュレイは、どこにいるのだろう。近くに姿はみえなかった。

 身体中にじわじわと響く痛みを感じながら、ぼんやりと考えた。
 どこかで子どもが遊んでいるのか、甲高い笑い声が遠くから聞こえてくるる。なつかしい音がする。柔らかい風が包帯だらけの頬をなで、ユタはふたたび目を閉じた。

 どのくらい眠っていたのか。ユタは扉の外に気配を感じてふたたび目を覚ました。誰かがやって来たようだ。確認しようと、ユタは身体を起こす。

「い、痛たた……。さすがに、ちょっと、きつい、かな……」

 ゆっくり、ゆっくり、一歩、一歩。少しずつ進み、扉に手をかけた。驚いたことに、鍵はかかっていなかった。

「おや。もう身体はいいのかい。無理しちゃいけないよ?」

 扉の前には、妙齢の女性が立っていた。彼女はいきなり扉が開いたことに驚いたようだったが、ユタを認めると心配そうに顔を覗き込んでくる。

「え、ええと。……はい」

 とりあえず、肯定しておく。
 その女性は、臆することなくユタに近寄ると額に手を当ててきた。どうやら体温をみているらしい。

「うん。熱は下がっているようだね。でもお医者先生のところで、ちゃんと診てもらうんだよ。薬が効いているだけかもしれないし。……それにしてもあんた、すごい回復力だねえ。正直、怪我の状態を見たときには駄目だと思ったんだけど、たったの三日で動けるようになるなんて。たいしたもんだよ!」
「あの、アシュレイ・ハーノルドはどこにいますか?」

 女性の勢いに気圧されながらも、ユタは訊ねてみた。

「ああ。アシュレイなら上の連中と話しているよ。あの様子じゃ、もう少し時間がかかるんじゃないかねぇ」

 と、ちょっと困ったように教えてくれる。

「そう、ですか」
「まあ、そう気落ちしなくても。そのうち帰ってくるよ」
「帰ってくる? もしかしてここ、アシュレイ・ハーノルドの家なんですか?」
「あはは。そうだよ。ここは、アシュレイがこの村で寝泊まりしている家だ」

『なんてこと。そんなことをしたら……』ユタは心のなかでツッコミを入れる。
 なんとも言えない表情になったユタに、何を思ったのか女性は笑った。

「ほら、そんな顔をしないでも大丈夫だよ。あんたが何者だろうと、とって食いやしないから安心おし。ほら! まずはちゃんと休みなさいな」
「……はい」

 涙が、出そうだった。



 アシュレイが帰ってきたのは夜遅くで、真夜中に近かった。包帯だらけの身体をかばいながらも立ちあがり、ユタは彼を出迎えた。

「ユタ、起きてたのか。傷はどうだ?」
「うん、ずいぶん寝たからね。だいぶいいよ」

 傷の具合は、昼間よりずいぶん楽になっていた。

「そうか。そりゃ良かった。でもずっと寝てたんだし、身体はきついだろ? 座ってな」

 アシュレイはそう言って荷物を部屋のすみに投げ出すと、外套を脱ぐ。その様子をぼんやりと眺めながら、ユタはぽつりと口を開いた。

「昼間さ……」
「ん?」
「昼間、目が覚めたときに外を見たんだ。隣のおばさんが来てくれて、世話をしてくれた。いい村だね、ここは。敵の私にも好くしてくれる人がいる。……まあ、皆が皆ってわけじゃないみたいだけど」

 苦笑いしながらそう言って、アシュレイを見あげた。
 戸を開けたときに目にした『親しげに話しかけてきた女性』と『それを遠巻きに伺っていた人たち』彼らは、ユタの滞在を快く思わない人なのだろう。自分の存在をめぐって、人々の意見が二分していることは容易に想像できた。

「悪い。ユタのことは、やっぱり微妙でさ。不用意に、この家から出ないほうがいい。不便をかけてすまないな」

 アシュレイも面倒が身にしみているのだろう。疲れた笑いを返してくる。

「とんでもない。最悪、あのまま殺されていたかもしれないんだ。感謝しているよ」
「いや、こちらこそ悪かった。俺が下手に突っ込んだばっかりに、大怪我させちまって。ありがとうな。助けてくれて」
「ううん。私も説明が足りなかったんだ。前もって、グラーチィアの対応について話しておけばよかった」
「そうだ。あのグラーチィア。ユタが何か術をかけたら消えたけど、すごいな。あれってなんの術だ? 俺にもできるかな?」
「うーん。あれは……」

 ユタは、口ごもった。

「無理か? あ、もしかしてルンファーリアの秘術かなんか? 古式術だよな?」
「いや、あれは言葉で説明するのが難しくて。確かに古式術の一つではあるけど。ただ、鍛錬を積めばどうにかなるっていう類の術じゃないから、アシュレイには、難しいと思う」
「才能が要る、ってことか?」
「いや。どちらかというと、……遺伝?」
「そっか。それじゃあ、どうしようもないな」

 アシュレイはそれ以上追求せず、話題を変えた。あっさりしたものだ。
 何かしら感づいているだろうに、その心遣いがありがたかった。

「そういえば、リンヴァのことだけど……」
「リンヴァって、あの男の子?」
「ああ。意識は戻っていない。今は村のお医者先生のところにいるよ」
「そう、もろにグラーチィアと接触してしまったからね」

 ユタは表情を曇らせた。

「正直、厳しいだろうな。ただ息はあるそうだ。一度見舞いに行こう。ユタの怪我も看てもらわないといけないし」
「そうだね。私もお礼を言わないと。ここの医者は相当良い腕だね。傷の縫い方がすごく綺麗なんだもの」

 自分の傷跡を見て驚いたのだ。あれだけひどい傷をつくったのに、その縫合は最小限かつ的確だった。おそらく、そのお医者先生とやらの治療でなければ、起き上がれるようになるまで、もっと時間がかかっていただろう。

「ああ。あと断っておくけど、あんたの傷の手当てをしたのは、そのお医者先生とおばさん達だからな!」
「ん?」

 意味がわからず、眉を寄せたユタだったが、

「いや、だからユタを看病するっつっても、ここは俺の家なわけで。でも、その、包帯を換えたりなんかは、先生とおばさんたちがやってくれて、っていう……」

 アシュレイは、あらぬ方向に視線を流しながらぶつぶつとつぶやいている。心なしか顔が赤い。おもわずユタは、ふきだしてしまった。笑いが傷にひびき、身悶える。

「お、おい。大丈夫か?」
「ああ。……大丈夫。くくぅ……」

 心配そうに気遣うアシュレイだったが、ユタがくつくつと笑い続けているのを見てぼやいた。

「笑うなよ」
「だって。やましいことがあったのならいざ知らず、怪我の治療をしてもらっておいて、そんなことは気にしないよ」
「そう言われても、俺は気にするんだよ。それに……」
 アシュレイは言葉をにごし、顔を曇らせた。
「ふうん。まあ、そういうことにしておくよ。悪いね、何から何まで気を遣わせてしまって」
「……すまない」
「どうしてアシュレイが謝るのさ? 私の怪我を看てくれて、他でもないその私にあらぬ疑いをかけられるリスクを負ってまで、私を『自分の家』にかくまってくれているのに」
「それは……」
「感謝してるよ、本当にありがとう。……大変だったんじゃない? 私が動けない間にどうこうしよう、って輩もいたでしょうに」

 何でもないことのように笑うユタに、アシュレイは目を見張る。

「まったく。ユタには驚かされてばかりだ。しばらくはおとなしくしていろよ。そういった心配もあるけど、そもそも傷が塞がってないんだから。まずはちゃんと治せ。身の回りのことは、隣のおばさんがやってくれるからさ」
「そうだね。でも、ただじっとしているのは申し訳ないし、なにか手伝えることがあればやらせてよ」
「お前なぁ」

 アシュレイは呆れたが、ユタは意欲を見せている。

「大丈夫。せっかく助けてもらった命なんだから。意識がない間は危なかったかも知れないけど、ここまで起き上がれれば十分だよ。心配しなくても、黙って殺されたりはしないし、やり返したりもしない」
「ユタ……」
「自分の身は自分で護るよ。そのあたりは上手くやるから。私が言えた義理じゃないけど、アシュレイも、この状況を何とかしないといけないでしょう?」
「はあ。本当にユタって……」
「そんなにあきれること?」
「いいや、なんでもない。でもこの家からは出るなよ。出るときは俺と一緒に、だ」
「はーい。大将」

 夜は、淡々と更けていった。

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