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第一章

15 ダグの考え

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 アイクは上機嫌で歩いていた。
 とても素敵な宝物を手に入れたからだ。
(どこにしまおう)
 手の中にあるそれはアイクの手のひらと同じくらいの大きさだった。黒くてつやつやとしていて硬い。とても立派な獣の爪だ。
 加工してはどうかとも言われたが、それではこのかっこいい爪の感じがなくなってしまいそうでアイクは嫌だった。
 この爪をくれたレオンハルトのことを思い出す。
 とても身体が大きくて迫力のある目をした人だ。基本的に無口で一緒にいるミモザとしかほとんど会話をしないその男の人のことが、アイクは少し怖かった。
(でも、いい人かも知れない)
 現金な話だが、けど爪をくれただけでそう思うわけではない。アイクが怪我をしないようにという配慮だったり、渡してくれる時の優しげな雰囲気がそう思わせたのだ。
 それに彼は猟師の人達をあの野良精霊から助けたらしい。猟師達がわーわーと騒いでいても怒ったり不機嫌になる様子もなく淡々と対応していた。
 レオンハルトのことを怖がるアイクにミモザは苦笑していた。とても綺麗な年上の少女、ミモザ。アイクは彼女のことが好きだ。優しくてアイクに対してもあまり子ども扱いをせずに丁寧に接してくれる。
 彼女は「自分よりも強い存在を怖いと思うのは当たり前だし、そう思わない生き物は生き残れない」と言った。
 その一方で、「でもそれだけじゃなく人を見れたらいいよね」ともアイクに言った。
「怖いというだけでそれ以上のことを知ることができず、仲良くなれないのは損だからね」と。
 兄のダグはあの二人のことを「あいつらは……、やべぇ」と言っていたが、アイクはもうだいぶあの二人のことが好きになっていた。
「おい!」
 その時突如響いた怒声に、アイクはびくりと足を止めた。恐る恐る振り返る。
「それ、寄越せよ」
 そこにはアイクのことをいつもいじめている、フィリップの姿があった。

「それ、僕がやりますよ。宿代がわりに」
 薪割りをするために裏庭に出ようとしたダグに、ミモザはそう言って手を差し出した。
「……その格好でか?」
 それにダグは嫌そうな顔をする。言われてミモザは自身の格好を見下ろした。
 今のミモザはシックな黒いワンピースにカーディガンを羽織った服装をしている。
 ふむ、と一つミモザは頷いた。
「確かに軍手が必要ですね」
「そこじゃねぇんだわー」
 ダグはうんざりと言うとミモザに軍手を投げて寄越した。そして一度店内へと引き返すとバケツと大量のりんごを持ってきて軒下へと腰を下ろす。
 どうやら薪割りはミモザに任せてりんごの皮剥きをすることにしたらしい。
 ミモザは受け取った軍手をしながら、まだ割られていない乾いた木材を手に取り、薪割りの台にしているらしい木の台の上へと置いた。近くにあったナタを手に取る。
「よっ、と」
 そのまま慣れた手つきで薪を割った。
「……手慣れてんな」
 それを見てますます不審そうにダグは言う。それはそうだろう。今日び薪の必要な設備などめったに見かけない。
 ならば何故ミモザが薪割りを行えるかというと、
「ちょっと、野外活動をすることがありまして」
 長期間の野宿では大きな木を割って焚き火に使用するからである。
 ミモザの返答にダグは怪訝な顔をしながら「素直にキャンプって言えよ」と言った。
「…………そうですね」
 レオンハルトにしごかれたり凶悪な野良精霊の討伐を行うことも、火を起こしたりテントで休む場面だけを切り取れば確かにキャンプと言えるだろう。
 ただミモザの心理的な葛藤によりそれをキャンプと呼びたくないだけで。
「もっと平和で楽しいことをキャンプと呼びたい……」
「はぁ?」
 怪訝そうなダグにミモザは口をつぐむと、「これって何用の薪ですか?」と話題を逸らした。
「暖炉のだよ。店にあったろ」
「ああ」
 納得した。イミテーションの暖炉も多く見かける中でこのカフェの暖炉は本物なのだな、と燃える火を見て思ったのだった。
「この店もともとは祖父母の代からあるから設備古いんだよ。さすがにキッチンはちょっと改修したけど。客からの評判がいいから暖炉は面倒だけどそのまま使ってんだよなあ」
「なるほど」
 ぱかん、と小気味のいい音を立てて薪が割れる。確かにレトロ風な店だとは思っていたが、本当にレトロだったらしい。裏庭には補修用なのか煉瓦なども転がっていた。
「あんたさ」
 しばらく無言で作業をしていたが、ふいにダグが口を開いた。
「なんですか?」
「悪い奴じゃないのはわかるけど、厄介ごとだけは持ち込むなよ」
 ちらりとダグを見る。彼はミモザのことなど見ずに一心不乱にりんごを剥いている。ミモザはふっと口の端を上げた。
「そう思われるのでしたら、泊めたりなどしなければいいのに」
「あんたらは恩人だろ」
 それにむっとしたようにダグは手を止めて顔を上げた。ミモザも作業の手を止めてダグの方を見る。
「あんたらは胡散臭い。だが弟の恩人でもある。恩人に恩を返さないようなひとでなしには俺はならねぇ」
「真面目ですね」
 ミモザは首を傾げて見せた。
「でも僕たちが犯罪者だったらどうするんです?」
「どうもしねぇ」
 即答だった。ミモザはそれにおや? と目を見張る。
 ダグはふん、と鼻を鳴らした。
「現行犯なら別だ。俺たちに危険がおよんだりとかな。けど俺はアイクの兄だ」
「はぁ」
 わかっていない様子のミモザに彼は言葉を続けた。
「社会人としては犯罪者は通報するのが正しい。だがアイクの兄としては恩人に恩を返すのが正しい。あとついでにカフェの店主としては金を払う客に商品を提供するのも正しい。俺はいろんな正しさの中から適切なものをその時々で選び取ってるんだ。今のあんたらは胡散臭いだけで犯罪者確定じゃねぇ。だからアイクの兄としての正しさを俺は優先させる」
「犯罪者だったら?」
「その内容によって考慮して選ぶ。ただしあらゆる場面において俺はアイクの兄としての立場を選ぶ。それは俺の中での立場の優先順位の一位がアイクの兄であることで、後は同列の二位だからだ。だから今はどうもしねぇ。例えあんたらが本当に犯罪者だったところで、それを社会人として咎める行為がアイクの兄であることと相反するなら俺は動かねぇ」
「なるほど」
 ミモザは今度は納得して頷いた。
「とてもわかりやすくていい考えですね」
「どうだかな。この考え方は正解ではねぇだろ」
「正解じゃなくても誠実です。とても参考になりました。ああ、あと犯罪者じゃないんで大丈夫ですよ」
 ミモザはにこっと笑いかけた。
「悪いことはしますけども」
「……ちっとも安心できねぇなぁ」
 ダグは胡散臭そうに言いながら、次のりんごを手に取った。
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