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第四章

113 VSステラ

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 空を見上げる。相変わらずの曇り空だ。
(ついに来たか)
 この時が。
 当然のごとく彼女がトーナメントを勝ち上がっていくのを、ミモザは冷めた目で見ていた。
 彼女が勝ち上がることなどわかってはいたが、それでも実際の試合を見るとつくづく反則だと思ってしまう。
 その試合のことごとくが圧倒的な力押しの勝利である。
 膨大な魔力と強力な攻撃でほぼ一方的に相手を蹂躙する。戦う者としては限りなく正しいが、持たざる者にはその光景は目を焼き尽くさんばかりに眩しく妬ましい。
 誰だってあそこまでノープランで真っ直ぐ戦って勝てるならば、そうしている。
 曇天の中でもまばゆいばかりに輝くハニーブロンドの長髪、サファイアのようにきらめく青い瞳、真珠のように美しく透き通った肌。
 その身には傷ひとつなく、服には砂埃の一つもついていない。
「ミモザ」
 彼女が言う。
「すごいわね、まさかここまで来るなんて」
 その瞳に宿るのは本当に純粋な賞賛なのか、ミモザにはもうわからない。
 初めてミモザがゲームの記憶を思い出した頃から、お互いに随分と遠いところに来てしまった。
(僕達は、きっとどちらも正しくない)
 あるのは正しさではなく、各々の目指す欲望だ。
「頑張ったよ、わりと」
 ミモザはなるべくひょうひょうと見えるようにそううそぶいた。
 その内情は『わりと』どころではなく『かなり必死』だったが、それを悟られるのは少々癪だ。
「そうなの」
 ステラは花が咲くように笑った。
 しかしすぐにその表情を一変させる。
「けど、すべてを手に入れるのはわたしよ」
 その顔は笑ったままだ。しかしその笑みは花は花でも毒花のように禍々しい。
「すべてを手に入れるかどうかは知らないけど、勝つのは僕だ」
 ミモザは笑わずに返した。
 鏡写しのようにそっくりな少女が二人、対面して立つ。
 一人は微笑んで、もう一人は無表情だった。
「双方、準備はいいか?」
 審判の問いかけに二人はそれぞれの武器を構える。
「はい」
 二人の声が重なった。
「では、これより決勝戦をとり行う。この試合に勝った者が優勝となる」
 審判は二人の顔をそれぞれ見てから号令を下した。
「試合開始!」
 ゴングの音と共に、ステラが動いた。

 氷の破片がミモザを襲う。それを避けている間にステラはやはり光線銃のチャージを開始している。
(まずいなぁ)
 ミモザは思う。ステラも当然塔の攻略を全て終えている。先ほどちらりと見た右手の甲は、すべて金色の花弁が咲いていた。
 ため技でとんでもない威力の攻撃をされると、防御形態でも防げないかも知れない。
 氷の破片の弾幕攻撃が途切れた。これは光線銃の前触れだ。しかしすぐに攻撃は放たれない。
 ミモザの懸念したように、攻撃を溜めているようだ。
 けれどミモザが少しでも接近する素振りを見せればそれはすぐに放たれるだろう。ミモザは接近を諦めるとすぐさま攻撃を溜めた。1秒しか溜めることができないため、すぐさまその攻撃を放つ。
 それは黒い毒の霧である。ぼわん、といつもより大きめに広がったそれは、ステラとミモザの間に横たわった。
「……? 何を……」
 ステラは怪訝そうにしつつも、ミモザの攻撃につられたのだろう。光線銃を発射した。
 ミモザが放った毒の霧へと向かって。

 光というのは粒子に反射する。自動車のライトが霧の中でぼやけて見えることがあるが、それは光の減衰や光の拡散と呼ばれる現象らしい。ようするに光が粒子に反射してあっちこっちに飛び散ってしまうため、真っ直ぐな光線が崩れてしまうのだ。
 そしてミモザの放つ毒の霧は非常に高密度のミストである。
 とうぜん光のビームである光線銃は反射により減衰し、拡散する。
 先ほどミモザは攻撃を溜めることで、技の威力を強化した。光を反射するという特性とその強度を上げたのだ。
 すると一体何が起きるか。
 霧に向かって放たれた光線銃はそのほとんどは真っ直ぐに霧を突き抜ける。しかし一部分は内部で減衰、拡散し、その威力を削り取られて弱いものへと変えながらも無数に分散して四方八方へと照射された。
 一瞬、視界が真っ白に染まる。
「きゃあああぁっ!」
 その強烈な光を間近で浴びて、ステラは目を抑えて悲鳴を上げた。 
 ミモザはすかさず展開していた防御形態で真っ直ぐに突き抜けてきた光線を防ぐ。光が飛び散った影響でその威力が弱まっていたため、なんとか防ぎ切ることができた。
 そしてミモザは目を開けた。
 すぐに目を閉じていたおかげでミモザの視界はクリアだ。
「なに!? 一体なんなの!?」
 ただ自分の放った光線が黒い霧を光らせただけ、ということなど知らないステラは戸惑ったように光に眩んだ目を瞬いた。ミモザは立ちすくむステラへと一気にその距離を詰めると、ダメ押しに彼女を包むように真っ黒な毒霧を放つ。
「…………っ!!」
 やっと閃光を浴びた効果が薄れてきたところに再び視界が奪われたのだろう。黒い霧は暗闇ではないため暗視の祝福はなんの役にも立たない。ミモザも霧で見えないことに変わりはないが、足音などの気配から彼女の立つ位置や向きが変わっていないことを察した。その背後へと素早く回り込み足払いをかける。ステラの姿勢が崩れ、尻もちをついたのがわかった。足元は比較的霧が薄いため、視認でステラがどのように尻もちをついたのかの見当をつけると、ミモザはその足と足の間に勢いよくメイスを振り下ろした。
 地面を穿つ鈍い音が響く。
 霧がゆっくりと晴れた。
 そこには振り下ろされたメイスで体の動きを縫い止められ、座り込んだまま動けないステラと、背後からそれを見下ろすミモザがいた。
 この状態では、ミモザが棘を少し伸ばすだけでステラは串刺しになってしまうだろう。
「勝者、ミモザ!」
 審判もそう判断したのか判定が下った。
 ミモザはメイスを地面から引き抜く。
(勝った……)
 しかし抑えようのない違和感を感じていた。
(あまりにも呆気ない)
 ステラはまだ座り込んでいる。
(前に戦った時より弱くなってる……?)
 それとも以前は負けてしまったから、そう感じるだけだろうか?
 気のせいか、となんとか自分自身を納得させて立ち去ろうとした時、
「……なんで」
 ぽつりと声が聞こえた。
「え?」
 ミモザは思わず振り返る。
 そこには悪鬼のような形相でミモザのことを睨んで立ちあがるステラがいた。
「なんで! なんでなんでなんでなんで!!」
 その勢いにミモザは思わず一歩後退る。その顔は先ほどまでの美しい花のかんばせの面影もなく、怒りに酷く歪んでいた。
「なんで! 『前回』はそんな技なかったじゃない!」
 ステラが吠えた。その言葉にミモザは呆気に取られる。
「そりゃそうだよ、お姉ちゃん」
 ぽろりとその言葉は口からこぼれ落ちた。
 もしかしてステラは、『今のミモザ』とではなく『一周目の人生の時のミモザ』と戦っていたのだろうか。
 だから想定外の攻撃をされて、なし崩しになってしまったのだろうか。
 ミモザは呆然として言った。
「僕だって、成長するよ」
 ゲームのキャラクターじゃないんだから、とまではミモザは言わなかった。
 その言葉にステラの瞳が驚きに見開かれた。
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