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毒膳の宴
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「そうね、確かにわからないわ」
イヴは悲しい。
ほんの一時とは言え微笑みを交わし合った相手に、今はなじられている。
「けれどそれはわたしがなんの不自由もなく養われているお嬢さんだからではないわ。……確かに幸せではあるかも知れないけれど」
彼女とは仲良くなれたと思っていた。
彼女とは仲良く居たかった。
「ジルがわたしの叔父というのは嘘よ。アメリアも妹ではないわ。詳しくは説明できないけれど、わたしも生きていくために“悪いこと”をしているの」
お互い様ね、とイヴは笑う。
今回の旅の中で、イヴは初めて今回の件を明確に“悪いこと”だと口にした。
それはその場の勢いでもあり、メラニーに話を聞いてもらうための言葉でもあったが、口にした途端にすとん、とその言葉はイヴの心へと落ちた。
悪いことをしているのか、自分は。
リオンのことを連れ出すためだった。
リオンのことを連れ出すことは、イヴにとっては悪いことではちっともない。
しかしリオンのことを外に連れ出して、騎士達や勇者を駆り出して国を混乱させていることは?
良いと思ったことをするために、結果的に悪いことをすることはどうなのだろう。
「何がお互い様よ! ふざけないで!!」
上がった金切り声がイヴの思考を遮った。
己の内面から目が覚めるとメラニーの姿が見えた。
まるで鬼の形相だ。
振り乱された髪が重力に逆らって燃え上がるようだった。
「あんたに何がわかんのよ! こんなしなびた村に生まれて、作物もろくに実らないのに毎日毎日無駄な努力をさせられて! 亭主はどうしようもない甲斐性無しでろくに金も送ってこない!! 幼い子どもと老いた親を抱えて身動きの取れないあたしの! 何が!!」
「あなたのことを、知っているわ」
呆然として、けれど思わず言葉が口をついた。
「正確には、あなたの旦那さんを知っているわ」
最初に宴会で会った時に見た、彼女の左手薬指の指輪。
手作りの少し不格好で素朴な、木でできた指輪。
その木の指輪には見覚えがあった。
街道で会った盗賊の男のうちの一人が身につけていたものだ。
「あなた達の生活を守るために、盗賊をしていたわ」
彼は少しでいいとイヴ達に懇願してきた。
それがあれば妻と子が生活できるのだと、頭を下げて頼んできた。
だから彼女とは仲良くなれると思った。
彼女と仲良くなりたいと思った。
しかしそうはなれなかったようだ。
この様子を見る限り、彼女達の元に商人の宝石は届いていないらしかった。
イヴの言葉にメラニーは息を飲む。しかしそれは一瞬だった。
「だったら何よ」
勝ち気な唇は引き結ばれて強い言葉ばかりを吐き出す。
「現実にはちっとも守られてないわよ。馬鹿じゃないの……っ」
「……そう、そうね」
イヴはぼんやりと同意する。
彼女のことはきっと逆立ちしてもイヴにはわからない。
リリアーナの町の時とこれでは一緒だ。
ただの言い合いになってしまう。
イヴはあの時確かに屋台の男を倒してやりたかったが、メラニーを倒したいとは思えなかった。
一体、どうすれば良いのだろう。
一体、どうすれば彼女は笑えるのだろう。
宴会の席でイヴが会話した女性は確かにメラニーだった。
今目の前で悪態をついているのも、確かにメラニーだ。
どちらかが嘘で全く存在しないなどとは思えない。
きっと宴会の時に見た姿は、心に余裕がある時のメラニーの姿だったのだ。
悪い魔女に呪われた物語の主人公のように、貧しさと逃げ場のない現状が彼女を追い詰めて変化させた。
イヴは荷物の中から、財布を取り出した。
「おい」
それを見てジルが何かを言いかけるが、イヴは取り合わなかった。
半分ほど中身を取り出してハンカチを取り出してそこへ包む。
ひざまずくとメラニーの縄を解き、その手にハンカチを握らせた。
「ほんの少しだわ。でも足しにはなるでしょう」
イヴは悲しい。
ほんの一時とは言え微笑みを交わし合った相手に、今はなじられている。
「けれどそれはわたしがなんの不自由もなく養われているお嬢さんだからではないわ。……確かに幸せではあるかも知れないけれど」
彼女とは仲良くなれたと思っていた。
彼女とは仲良く居たかった。
「ジルがわたしの叔父というのは嘘よ。アメリアも妹ではないわ。詳しくは説明できないけれど、わたしも生きていくために“悪いこと”をしているの」
お互い様ね、とイヴは笑う。
今回の旅の中で、イヴは初めて今回の件を明確に“悪いこと”だと口にした。
それはその場の勢いでもあり、メラニーに話を聞いてもらうための言葉でもあったが、口にした途端にすとん、とその言葉はイヴの心へと落ちた。
悪いことをしているのか、自分は。
リオンのことを連れ出すためだった。
リオンのことを連れ出すことは、イヴにとっては悪いことではちっともない。
しかしリオンのことを外に連れ出して、騎士達や勇者を駆り出して国を混乱させていることは?
良いと思ったことをするために、結果的に悪いことをすることはどうなのだろう。
「何がお互い様よ! ふざけないで!!」
上がった金切り声がイヴの思考を遮った。
己の内面から目が覚めるとメラニーの姿が見えた。
まるで鬼の形相だ。
振り乱された髪が重力に逆らって燃え上がるようだった。
「あんたに何がわかんのよ! こんなしなびた村に生まれて、作物もろくに実らないのに毎日毎日無駄な努力をさせられて! 亭主はどうしようもない甲斐性無しでろくに金も送ってこない!! 幼い子どもと老いた親を抱えて身動きの取れないあたしの! 何が!!」
「あなたのことを、知っているわ」
呆然として、けれど思わず言葉が口をついた。
「正確には、あなたの旦那さんを知っているわ」
最初に宴会で会った時に見た、彼女の左手薬指の指輪。
手作りの少し不格好で素朴な、木でできた指輪。
その木の指輪には見覚えがあった。
街道で会った盗賊の男のうちの一人が身につけていたものだ。
「あなた達の生活を守るために、盗賊をしていたわ」
彼は少しでいいとイヴ達に懇願してきた。
それがあれば妻と子が生活できるのだと、頭を下げて頼んできた。
だから彼女とは仲良くなれると思った。
彼女と仲良くなりたいと思った。
しかしそうはなれなかったようだ。
この様子を見る限り、彼女達の元に商人の宝石は届いていないらしかった。
イヴの言葉にメラニーは息を飲む。しかしそれは一瞬だった。
「だったら何よ」
勝ち気な唇は引き結ばれて強い言葉ばかりを吐き出す。
「現実にはちっとも守られてないわよ。馬鹿じゃないの……っ」
「……そう、そうね」
イヴはぼんやりと同意する。
彼女のことはきっと逆立ちしてもイヴにはわからない。
リリアーナの町の時とこれでは一緒だ。
ただの言い合いになってしまう。
イヴはあの時確かに屋台の男を倒してやりたかったが、メラニーを倒したいとは思えなかった。
一体、どうすれば良いのだろう。
一体、どうすれば彼女は笑えるのだろう。
宴会の席でイヴが会話した女性は確かにメラニーだった。
今目の前で悪態をついているのも、確かにメラニーだ。
どちらかが嘘で全く存在しないなどとは思えない。
きっと宴会の時に見た姿は、心に余裕がある時のメラニーの姿だったのだ。
悪い魔女に呪われた物語の主人公のように、貧しさと逃げ場のない現状が彼女を追い詰めて変化させた。
イヴは荷物の中から、財布を取り出した。
「おい」
それを見てジルが何かを言いかけるが、イヴは取り合わなかった。
半分ほど中身を取り出してハンカチを取り出してそこへ包む。
ひざまずくとメラニーの縄を解き、その手にハンカチを握らせた。
「ほんの少しだわ。でも足しにはなるでしょう」
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