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毒膳の宴
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「あたしはメラニー。貴方達は?」
「わたしはイヴ。こっちは妹のアメリアよ」
イヴの紹介にリオンは無言でメラニーに手を差し出した。それにちょっと笑ってメラニーはその手を握り返す。
「よろしくね」
リオンはこくりと頷いた。
メラニーの左手の薬指には木で出来た指輪が飾られていた。それは手作りなのか少し不格好で素朴な作りをしている。側面には月の意匠が彫り込まれているように見えた。
そのことにめざとく気づいたイヴは「ご結婚なさっているの?」と問いかけた。
「ええ、子どももいるのよ。今は母に預けているけど」
「旦那さんもお子さんと一緒にいるの?」
「いいえ、出稼ぎよ」
メラニーは苦笑する。
「見ての通り、貧しい村だから……、若い衆が出稼ぎに出ないと食べていけないのよ」
土の質が悪くて、作物もあんまり実らなくって、とぼやくように続ける。
「貧相な食事でしょ。イヴちゃん達はどこから来たの?」
その質問にイヴは少し考えたが、結局は「城下町から来たのよ。お母さんが亡くなってしまったから、おじさんの家に行くの」と当初決めた設定通りに話した。
なるほど、ジルが最初の考えてくれた設定は、どの場面で話しても違和感なく説明できるとても有効なものだ。
特に親が亡くなったなどと聞けば、聞いた側もそれ以上は深く聞くことを躊躇ってしまうだろう。
現にメラニーもいけないことを聞いてしまったとばかりにばつが悪そうに「そうなの……」と言ったきり、それ以上その話を掘り下げることはなかった。
「大変だったのね。くれぐれも無理だけはしちゃ駄目よ」
「大丈夫よ。わたしにはアメリアもおじさんもいるのだもの」
イヴはリオンに頬をすり寄せる。リオンはおとなしくなされるがままだ。
「それに、大変と言ったらメラニーさんだってそうだわ。旦那さんが出稼ぎで家にいないなんて、大変そうよ」
「あたしにも母と子ども達がいるもの」
じゃあお互い様ね、とイヴが笑うと、メラニーもそうね、と同意を示して微笑んでくれた。
それは日向のように暖かな微笑みだった。
「いやー、想定外に歓迎されたな」
十分過ぎるほどの食事と酒にジルは満足気に息を吐いた。
もうすでに宴会の後片付けも済まされ、村人達は各々の家に帰っている。
集会場に残されたのはイヴ達3人と貸し出してもらった布団だけだ。
結局あの後、ジルは飲み比べで10人ほどの村人を潰していた。
どの程度の量を飲んだのかは、正直イヴは興味がないので見ていない。
本来なら目立つ真似は控えるべきだが、なにせ小さな村であるし、場所も非常に辺鄙だ。
明日には発つ予定だし、大した問題ではないだろう。
軽く鼻唄を歌いながら与えられた部屋に布団を敷いているジルに、
「随分とはしゃいでいるわねぇ、おじさん」
とイヴは声をかけた。
嫌みではなく、純粋に珍しいと思う。
美味しい食事、酒、久しぶりに布団で眠れること。 それはもちろん、イヴも嬉しい。
しかしジルのはしゃぎようは随分とらしくなさをイヴに感じさせた。
まるで、無理に空元気を振りまいているかのようだ。
「久しぶりに気兼ねなく酒が飲めたからな!」
確かに馬車ではいつ強盗などに遭うかも知れないので、あまり深酒はしていない様子であった。
しかしそれだけではないだろう。
疑わしそうにじとーと見つめるイヴに気づいたのか「な、なんだよ」とジルは身じろぎをした。
「…………」
イヴは何も言わず、じーと見つめ続ける。
じー。
「…………っ」
ジルは気まずげに視線をそらす。
じじーー。
「あーもう、うるせぇな!!」
視線がうるせぇ、とばりばりと頭を掻く。
勝った。
イヴの勝利だ。
ジルは気まずげに頭を掻いたまま、「あー、なんだ、空気が、な」と気まずげに口にした。
その様子にはもう先ほどまでの浮かれた様子はなく、常の雰囲気に戻っているようだった。
「空気?」
「俺が前に暮らしてたとこに似てるんだよ、ちょっとな」
貧しくてたいして珍しいものがあるわけでもない村に、和やかで結束の固い村人達。
日々を暮らすのに必死で、毎日それだけのために生きていた。
「懐かしいの?」
遠くを見つめるジルに、イヴは問いかけた。
「……懐かしいさ」
もう戻れない日常が、その目には映っているようだった。
わずかな鳥のささやき声が聞こえた。
夜は更けて久しく、暗闇の中で空だけが光を灯して瞬いていた。
静かな夜だ。
「わたしはイヴ。こっちは妹のアメリアよ」
イヴの紹介にリオンは無言でメラニーに手を差し出した。それにちょっと笑ってメラニーはその手を握り返す。
「よろしくね」
リオンはこくりと頷いた。
メラニーの左手の薬指には木で出来た指輪が飾られていた。それは手作りなのか少し不格好で素朴な作りをしている。側面には月の意匠が彫り込まれているように見えた。
そのことにめざとく気づいたイヴは「ご結婚なさっているの?」と問いかけた。
「ええ、子どももいるのよ。今は母に預けているけど」
「旦那さんもお子さんと一緒にいるの?」
「いいえ、出稼ぎよ」
メラニーは苦笑する。
「見ての通り、貧しい村だから……、若い衆が出稼ぎに出ないと食べていけないのよ」
土の質が悪くて、作物もあんまり実らなくって、とぼやくように続ける。
「貧相な食事でしょ。イヴちゃん達はどこから来たの?」
その質問にイヴは少し考えたが、結局は「城下町から来たのよ。お母さんが亡くなってしまったから、おじさんの家に行くの」と当初決めた設定通りに話した。
なるほど、ジルが最初の考えてくれた設定は、どの場面で話しても違和感なく説明できるとても有効なものだ。
特に親が亡くなったなどと聞けば、聞いた側もそれ以上は深く聞くことを躊躇ってしまうだろう。
現にメラニーもいけないことを聞いてしまったとばかりにばつが悪そうに「そうなの……」と言ったきり、それ以上その話を掘り下げることはなかった。
「大変だったのね。くれぐれも無理だけはしちゃ駄目よ」
「大丈夫よ。わたしにはアメリアもおじさんもいるのだもの」
イヴはリオンに頬をすり寄せる。リオンはおとなしくなされるがままだ。
「それに、大変と言ったらメラニーさんだってそうだわ。旦那さんが出稼ぎで家にいないなんて、大変そうよ」
「あたしにも母と子ども達がいるもの」
じゃあお互い様ね、とイヴが笑うと、メラニーもそうね、と同意を示して微笑んでくれた。
それは日向のように暖かな微笑みだった。
「いやー、想定外に歓迎されたな」
十分過ぎるほどの食事と酒にジルは満足気に息を吐いた。
もうすでに宴会の後片付けも済まされ、村人達は各々の家に帰っている。
集会場に残されたのはイヴ達3人と貸し出してもらった布団だけだ。
結局あの後、ジルは飲み比べで10人ほどの村人を潰していた。
どの程度の量を飲んだのかは、正直イヴは興味がないので見ていない。
本来なら目立つ真似は控えるべきだが、なにせ小さな村であるし、場所も非常に辺鄙だ。
明日には発つ予定だし、大した問題ではないだろう。
軽く鼻唄を歌いながら与えられた部屋に布団を敷いているジルに、
「随分とはしゃいでいるわねぇ、おじさん」
とイヴは声をかけた。
嫌みではなく、純粋に珍しいと思う。
美味しい食事、酒、久しぶりに布団で眠れること。 それはもちろん、イヴも嬉しい。
しかしジルのはしゃぎようは随分とらしくなさをイヴに感じさせた。
まるで、無理に空元気を振りまいているかのようだ。
「久しぶりに気兼ねなく酒が飲めたからな!」
確かに馬車ではいつ強盗などに遭うかも知れないので、あまり深酒はしていない様子であった。
しかしそれだけではないだろう。
疑わしそうにじとーと見つめるイヴに気づいたのか「な、なんだよ」とジルは身じろぎをした。
「…………」
イヴは何も言わず、じーと見つめ続ける。
じー。
「…………っ」
ジルは気まずげに視線をそらす。
じじーー。
「あーもう、うるせぇな!!」
視線がうるせぇ、とばりばりと頭を掻く。
勝った。
イヴの勝利だ。
ジルは気まずげに頭を掻いたまま、「あー、なんだ、空気が、な」と気まずげに口にした。
その様子にはもう先ほどまでの浮かれた様子はなく、常の雰囲気に戻っているようだった。
「空気?」
「俺が前に暮らしてたとこに似てるんだよ、ちょっとな」
貧しくてたいして珍しいものがあるわけでもない村に、和やかで結束の固い村人達。
日々を暮らすのに必死で、毎日それだけのために生きていた。
「懐かしいの?」
遠くを見つめるジルに、イヴは問いかけた。
「……懐かしいさ」
もう戻れない日常が、その目には映っているようだった。
わずかな鳥のささやき声が聞こえた。
夜は更けて久しく、暗闇の中で空だけが光を灯して瞬いていた。
静かな夜だ。
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