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町の外への遠い道のり
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勇者はそのまま馬車を離れようとして、ふと、急に振り返った。
「そういえば、それ」
丁度イヴの背後に位置する、荷台の中の一つの籠を指さす。
ぎくり、とする。
それは、リオンの入っている籠だ。
「中を改めていないね」
勇者の蒼い目がとても強い光で真っ直ぐと、イヴを貫いた気がした。
「そうだったの?気がつかなかったわ」
イヴはそらっとぼけてみせる。
「君の影に隠れていたから、見逃すところだったよ」
勇者はそんなイヴの態度に取り合わなかった。
中を、改めても?尋ねる勇者にイヴが返せる言葉は「どうぞ」しかなかった。
勇者がひょいっと業者台に乗り上げるとイヴの背後へと手を伸ばす。
手足の長い勇者にとって、馬車の低い敷居の上から手を伸ばす程度は造作もないらしい。
勇者の手が、籠へとかかった。
開く動作がやけにゆっくりと感じられる。籠にかかっていた布をよけると勇者は籠のボタンを開けた。
蓋が、開かれる。
その中には――、
――たくさんの本が、ぎゅうぎゅうに詰められていた。
「………。ずいぶんな読書家のようだね」
「勇者様の伝記は最新刊まですべて読破しているわ!」
「すまなかったね、形式上、すべての荷の中身を確認しなくてはならないから」
特に、このように大きな荷物は漏らさずすべてね、そう笑って蓋を閉じ、勇者は手を振った。
「勇者様」
去り際にイヴは声をかける。
「あなたの幸いを祈っているわ」
「僕も、君が立派な正義の味方になれるように祈ろう」
勇者はそこで初めて、イヴに心からの笑顔を見せてくれた、そんな気がした。
「……ふー、危なかったな。さすがは勇者、めざとくてならねぇ」
「用心して正解だったわねぇ」
門が米粒ほどの大きさに見えるほど距離を置いたのを確認して、イヴは件の籠を開いた。そこには、大量の本がぎゅうぎゅうに詰まっている――ように、見える。
イヴはさらにその本の縁に手をかけた。
「よいしょ」
かけ声とともに本の背表紙だけが持ち上がり、その下からはちょこん、と座るリオンが現れた。
「頑張ったわね、リオン。身動きせずに偉かったわ」
引っ張りだして抱きしめる。
ジルの立てた作戦はこうだ。
まず、リオンの入った籠を見られないよう、イヴがめざとそうな憲兵の注目を引きつけ、その間に極力間抜けそうな経験の少なそうな者をジルが荷物改めに誘う。そうして八つ裂き早に荷物の説明をまくし立て、経験の少ない憲兵に荷物をすべて確認したと誤認させる。
めざとそうな憲兵から見えぬような位置、つまり、イヴの背後に籠を位置したのもそのためだ。
今回は勇者の介入があったため、どれを引き留めるべきか悩みどころではあったが、イヴは勇者がこの場にいる中で一番めざとそうだと思った。だから引き留めたのだ。別にミーハー心を刺激されたわけでは決してない。
そうして、それでも籠が見つけられてしまった場合、そのためにジルはあらかじめ布に本の背表紙だけを貼ったものをリオンの上にかぶせていた。
ただし、これは、本当に万が一の保険である。なぜなら、少しでも触られれば背表紙だけだとばれてしまうからだ。
もちろん、リオンが見つかったら見つかったで事前に打ち合わせていた家族設定を語って逃れるつもりではあったわけだが。
しかし、見つからないのが第一である。万が一勇者がリオンと一度でも会ったことがあれば、ばれる程度の変装しかしていないのだから。
「勇者がでてくるとは聞いてねぇ。てっきり下っ端だけだと思って油断したぜ」
「もしかしたら、他の偉い人達も追いかけてくるのかしらねぇ」
「冗談でもそんなこと言うんじゃねぇよ、イヴ! ほんとになったらどうしてくれる!」
「こんなこと冗談じゃなきゃ言えないじゃない」
馬車はのんびりと街道を歩いて行く。
「そういえば、それ」
丁度イヴの背後に位置する、荷台の中の一つの籠を指さす。
ぎくり、とする。
それは、リオンの入っている籠だ。
「中を改めていないね」
勇者の蒼い目がとても強い光で真っ直ぐと、イヴを貫いた気がした。
「そうだったの?気がつかなかったわ」
イヴはそらっとぼけてみせる。
「君の影に隠れていたから、見逃すところだったよ」
勇者はそんなイヴの態度に取り合わなかった。
中を、改めても?尋ねる勇者にイヴが返せる言葉は「どうぞ」しかなかった。
勇者がひょいっと業者台に乗り上げるとイヴの背後へと手を伸ばす。
手足の長い勇者にとって、馬車の低い敷居の上から手を伸ばす程度は造作もないらしい。
勇者の手が、籠へとかかった。
開く動作がやけにゆっくりと感じられる。籠にかかっていた布をよけると勇者は籠のボタンを開けた。
蓋が、開かれる。
その中には――、
――たくさんの本が、ぎゅうぎゅうに詰められていた。
「………。ずいぶんな読書家のようだね」
「勇者様の伝記は最新刊まですべて読破しているわ!」
「すまなかったね、形式上、すべての荷の中身を確認しなくてはならないから」
特に、このように大きな荷物は漏らさずすべてね、そう笑って蓋を閉じ、勇者は手を振った。
「勇者様」
去り際にイヴは声をかける。
「あなたの幸いを祈っているわ」
「僕も、君が立派な正義の味方になれるように祈ろう」
勇者はそこで初めて、イヴに心からの笑顔を見せてくれた、そんな気がした。
「……ふー、危なかったな。さすがは勇者、めざとくてならねぇ」
「用心して正解だったわねぇ」
門が米粒ほどの大きさに見えるほど距離を置いたのを確認して、イヴは件の籠を開いた。そこには、大量の本がぎゅうぎゅうに詰まっている――ように、見える。
イヴはさらにその本の縁に手をかけた。
「よいしょ」
かけ声とともに本の背表紙だけが持ち上がり、その下からはちょこん、と座るリオンが現れた。
「頑張ったわね、リオン。身動きせずに偉かったわ」
引っ張りだして抱きしめる。
ジルの立てた作戦はこうだ。
まず、リオンの入った籠を見られないよう、イヴがめざとそうな憲兵の注目を引きつけ、その間に極力間抜けそうな経験の少なそうな者をジルが荷物改めに誘う。そうして八つ裂き早に荷物の説明をまくし立て、経験の少ない憲兵に荷物をすべて確認したと誤認させる。
めざとそうな憲兵から見えぬような位置、つまり、イヴの背後に籠を位置したのもそのためだ。
今回は勇者の介入があったため、どれを引き留めるべきか悩みどころではあったが、イヴは勇者がこの場にいる中で一番めざとそうだと思った。だから引き留めたのだ。別にミーハー心を刺激されたわけでは決してない。
そうして、それでも籠が見つけられてしまった場合、そのためにジルはあらかじめ布に本の背表紙だけを貼ったものをリオンの上にかぶせていた。
ただし、これは、本当に万が一の保険である。なぜなら、少しでも触られれば背表紙だけだとばれてしまうからだ。
もちろん、リオンが見つかったら見つかったで事前に打ち合わせていた家族設定を語って逃れるつもりではあったわけだが。
しかし、見つからないのが第一である。万が一勇者がリオンと一度でも会ったことがあれば、ばれる程度の変装しかしていないのだから。
「勇者がでてくるとは聞いてねぇ。てっきり下っ端だけだと思って油断したぜ」
「もしかしたら、他の偉い人達も追いかけてくるのかしらねぇ」
「冗談でもそんなこと言うんじゃねぇよ、イヴ! ほんとになったらどうしてくれる!」
「こんなこと冗談じゃなきゃ言えないじゃない」
馬車はのんびりと街道を歩いて行く。
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