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町の外への遠い道のり
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時刻は正午を少し過ぎた頃、外へ出るための門の前でイヴ達は、
「勇者様、わたしファンなの、握手して!」
「あはは、ありがとう、かわいいお嬢さん」
勇者と堅い握手を交わしていた。
どうしてこうなった、ジルは内心で頭を抱える。
途中までは非常に順調だった。というか、検問が開始して3秒での勇者の登場にイヴが色めきたち、歓声をあげたためにそもそも始まる前からぶち壊しになった、――が正確には正しい。
「僕のことを知っているのかい」
「この国で、いいえ、世界で勇者様を知らない人間なんていないわ。勇者様のご活躍が書かれた伝記が出ているのよ。素晴らしかったわ。サインももらっていい?」
そんなジルはそっちのけで、イヴはハイテンションだ。
最高にはしゃいでいる。
当然だ、こんな機会またとない。こんなに間近で勇者様に会えるなんて!
勇者は慣れているのか、少し困った様子だが、迷惑とまでは思っていないようだった。
「ありがとう、どこに書けば?」
「ちょっと待って、何か書くもの……えっと、これでもいい?」
差し出したのはイヴのバイブルである勇者の伝記だ。
「ああ、かまわないよ」
さらり、と勇者は受け取って、いい加減にも取られかねない早さでさらさらとサインを書いた。
正直、名前を書いただけだ。
しかしイヴは大満足だ。勇者は別にアイドルではないので、それでいいのである。
むしろ、多少おざなりなぐらいが、とてもいい。
「どうぞ」
「嬉しい!わたし勇者様に憧れているの。いつかわたしも勇者様みたいな正義の味方になりたいわ」
「……その気持ちを忘れなければ、きっとなれるよ」
なぜか歯切れの悪い印象を受ける勇者の言葉に、イヴは多少ひっかかったが、憧れの勇者を前にした乙女心のほうが勝ってしまい、そこは深くは追求しなかった。
隣でジルがごほんごほんとわざとらしい咳払いをする。それには気づいていたが、イヴは気づかなかったふりをした。口を挟もうとしたジルのズボンに隠れたしっぽをがっと掴み、黙らせる。
ジルはしっぽを引っ張られた痛みで悶絶している。
「これは何をしているの?」
さも無邪気な子どもを装ってイヴは尋ねた。
「……迷子の子どもを探しているんだよ」
「それにしては随分と大仰で怖い顔をしている人たちばかりね。きっとその子は見つかったら泣いてしまうわ」
「子供のそばには悪者が一緒にいるんだ。だからみんな怖い顔をしてる」
「その悪者は一体何をしたの?」
勇者はわずかに笑顔を硬直させた。しかしすぐに取り繕うとふふ、と微笑む。
「迷子の子どもと一緒にいるんだよ、誘拐に決まっているじゃないか」
「あら、ごめんなさい、わたしったら。当たり前のことよね、うっかりしてしまったわ」
うふふ、とイヴも一緒になって笑う。
「でも、随分と怖い様子だったから、もっと重大なことがあるのかと思って勘違いしてしまったの」
「……その、誘拐された子が、とても大切な子なんだよ」
「お金持ちの子?」
「……。これ以上は内緒だ」
しー、と人さし指を口元に当ててみせる勇者に、内心でイヴはもだえた。
美形がその仕草はずるすぎる!
(さいっこうに格好良いわ……っ!!)
たとえ勇者が逆立ちをしている姿を見ても、同じ感想をイヴは抱くのだろうけれど。
「――さて、そろそろ本題にはいろうか、荷台を確認させてもらおう」
そんなイヴを放って、勇者は話を進めた。
その言葉にジルははっと我に返る。痛みにうめいている場合ではない。荷台をじっくり確認されては困るのだ。
「ねぇ、勇者様、それは憲兵さんにお任せして、もう少しわたしとお話しましょう」
しかし、先に割り込んだのはイヴだった。後ろ手でジルに憲兵に荷台を確認させるように促す。
「……! ああ……っ、それがいい! すまねぇが勇者さん、そいつの相手をしてやっててくれねぇか、そいつが暇をしているとうるさくってかなわねぇ」
半分は本音だ。
「いや、しかし……」
「いやいやいや、ほんと頼むよ! 人助けだと思ってよ。なぁ、そっちの兄ちゃん、ちゃっちゃっと荷を改めてくれ。うちの姪っ子はめんどくせぇんだ。おとなしくしている間に頼む!」
周囲を囲む憲兵のうち、ひときわ若くて頼りのなさそうな若者を選んでジルはたたみ掛けると馬車を降りて荷台の方へと回った。そのまま荷の確認が始まってしまい、勇者は差し出した手を力なく下ろす。
時刻は正午を少し過ぎた頃、外へ出るための門の前でイヴ達は、
「勇者様、わたしファンなの、握手して!」
「あはは、ありがとう、かわいいお嬢さん」
勇者と堅い握手を交わしていた。
どうしてこうなった、ジルは内心で頭を抱える。
途中までは非常に順調だった。というか、検問が開始して3秒での勇者の登場にイヴが色めきたち、歓声をあげたためにそもそも始まる前からぶち壊しになった、――が正確には正しい。
「僕のことを知っているのかい」
「この国で、いいえ、世界で勇者様を知らない人間なんていないわ。勇者様のご活躍が書かれた伝記が出ているのよ。素晴らしかったわ。サインももらっていい?」
そんなジルはそっちのけで、イヴはハイテンションだ。
最高にはしゃいでいる。
当然だ、こんな機会またとない。こんなに間近で勇者様に会えるなんて!
勇者は慣れているのか、少し困った様子だが、迷惑とまでは思っていないようだった。
「ありがとう、どこに書けば?」
「ちょっと待って、何か書くもの……えっと、これでもいい?」
差し出したのはイヴのバイブルである勇者の伝記だ。
「ああ、かまわないよ」
さらり、と勇者は受け取って、いい加減にも取られかねない早さでさらさらとサインを書いた。
正直、名前を書いただけだ。
しかしイヴは大満足だ。勇者は別にアイドルではないので、それでいいのである。
むしろ、多少おざなりなぐらいが、とてもいい。
「どうぞ」
「嬉しい!わたし勇者様に憧れているの。いつかわたしも勇者様みたいな正義の味方になりたいわ」
「……その気持ちを忘れなければ、きっとなれるよ」
なぜか歯切れの悪い印象を受ける勇者の言葉に、イヴは多少ひっかかったが、憧れの勇者を前にした乙女心のほうが勝ってしまい、そこは深くは追求しなかった。
隣でジルがごほんごほんとわざとらしい咳払いをする。それには気づいていたが、イヴは気づかなかったふりをした。口を挟もうとしたジルのズボンに隠れたしっぽをがっと掴み、黙らせる。
ジルはしっぽを引っ張られた痛みで悶絶している。
「これは何をしているの?」
さも無邪気な子どもを装ってイヴは尋ねた。
「……迷子の子どもを探しているんだよ」
「それにしては随分と大仰で怖い顔をしている人たちばかりね。きっとその子は見つかったら泣いてしまうわ」
「子供のそばには悪者が一緒にいるんだ。だからみんな怖い顔をしてる」
「その悪者は一体何をしたの?」
勇者はわずかに笑顔を硬直させた。しかしすぐに取り繕うとふふ、と微笑む。
「迷子の子どもと一緒にいるんだよ、誘拐に決まっているじゃないか」
「あら、ごめんなさい、わたしったら。当たり前のことよね、うっかりしてしまったわ」
うふふ、とイヴも一緒になって笑う。
「でも、随分と怖い様子だったから、もっと重大なことがあるのかと思って勘違いしてしまったの」
「……その、誘拐された子が、とても大切な子なんだよ」
「お金持ちの子?」
「……。これ以上は内緒だ」
しー、と人さし指を口元に当ててみせる勇者に、内心でイヴはもだえた。
美形がその仕草はずるすぎる!
(さいっこうに格好良いわ……っ!!)
たとえ勇者が逆立ちをしている姿を見ても、同じ感想をイヴは抱くのだろうけれど。
「――さて、そろそろ本題にはいろうか、荷台を確認させてもらおう」
そんなイヴを放って、勇者は話を進めた。
その言葉にジルははっと我に返る。痛みにうめいている場合ではない。荷台をじっくり確認されては困るのだ。
「ねぇ、勇者様、それは憲兵さんにお任せして、もう少しわたしとお話しましょう」
しかし、先に割り込んだのはイヴだった。後ろ手でジルに憲兵に荷台を確認させるように促す。
「……! ああ……っ、それがいい! すまねぇが勇者さん、そいつの相手をしてやっててくれねぇか、そいつが暇をしているとうるさくってかなわねぇ」
半分は本音だ。
「いや、しかし……」
「いやいやいや、ほんと頼むよ! 人助けだと思ってよ。なぁ、そっちの兄ちゃん、ちゃっちゃっと荷を改めてくれ。うちの姪っ子はめんどくせぇんだ。おとなしくしている間に頼む!」
周囲を囲む憲兵のうち、ひときわ若くて頼りのなさそうな若者を選んでジルはたたみ掛けると馬車を降りて荷台の方へと回った。そのまま荷の確認が始まってしまい、勇者は差し出した手を力なく下ろす。
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