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町の外への遠い道のり
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「じゃあ、あなたを買った人は?」
「ここにはいない」
「いつもいないの?」
「たまにくる」
「じゃあ、今はあなたのそばには誰がいるの?」
「あなた」
ふっ、と少女は微笑ましいものをみる顔で笑った。そんな表情を向けられるのは初めてだった。だってリオンは空気の幽霊なのだ。誰もリオンに話しかけないし、笑いかけない。
悪態をつかれることならば、希に。
「わたしがいない時の話よ」
「しろい人たち」
「白い人?」
「そこにいる」
指さした先は礼拝堂だった。そこではたくさんの白い装束をした大人達が手を組んで祈りを捧げている。
「教会の人達のこと?」
こくん、とリオンは頷く。
「その人達のことは好き?」
首をかしげる。
「好きってなに?」
「好きって言うのはね、嫌いじゃないものの中で、どうでもよくないもののことよ」
少女は少し困ったように笑って言った。
「とっても大切なものよ、生きていく上でね」
「じゃあ、好きじゃないかも」
リオンはぼんやりと応じる。
「けっこう、だいたい、どうでもいいから」
リオンは空気の幽霊だ。誰にも見えない存在。だって、誰もリオンの姿を見ないから。話しかけることもなく、ただ食事だけは与えられた。
ここに来た当初は、リオンも泣いたりわめいたりしたように思う。しかしそれも止めてしまった。だって何にもならないから。
あんまりにうるさいとどこか狭い部屋にリオンは放りこまれた。そしてそれだけだ。リオンが泣き疲れて黙ると、自然に扉の鍵は開いた。
リオンのことが見えない白い人達は、いつもせこせこと何かをしていた。
それは本を読んでいたり、掃除をしていたり、説教をしていたりしたのだが、リオンにはそんなことはよくわからなかった。
そして、それらをしている人すべてと目の前の人は全く違う生き物に見えた。
「あなたは何をしてる人」
だから、ふと、知りたくなった。
「わたし?わたしはね、歌って踊る人」
いままで誰も答えてくれなかったリオンの質問にその人は答えをくれた。しかしそれは随分とへんてこな答えだ。
「うたっておどるひと」
「そう、歌って踊る人」
お互いにしばし見つめ合う
「……なんだかたのしそう」
「そうね、わりかし楽しいわね」
見てて、そういうとイヴはその場にすっくと立ち上がり、古ぼけた赤いスカートを翻してくるりと回ってみせた。
そのまま手と足を打ち鳴らし、リズムを取りながら歌を歌い、くるくると回り続ける。回るごとに手の形は変わり、それは鳥の羽ばたく様であったり、蝶が舞う姿であったりとなんらかの意味を持った姿を模したものであったが、リオンにはそれは理解できなかった。
ただ、嫌いじゃないとは思う。
自分も一緒に踊り出したいような、ずっと目を離さずに見ていたいような、そんな気持ちを美しいとか心地よいと表現することをリオンは知らなかった。
やがて歌が止み、イヴはその場でゆっくりと大げさにお辞儀をして見せる。
拍手の存在も知らないリオンは、自分の中にくすぶる感情をどう表したらよいのかわからなかった。
「楽しそうだった?」
「……うん、たのしそうだった」
言葉に出しても、リオンの中の感情は収まらない。そのまま、つい、ほとりと溢してしまった。
「ぼくも、たのしくしたい」
その言葉に自分で驚く。その時初めてリオンは自身が現状に不満を抱いていたのだということを知った。
「じゃあ、楽しくしよう」
イヴはそんなリオンの心を知ってか知らずか、手をさしのべた。
「一緒に、楽しい場所に行きましょう」
その手をとってはいけないと、リオンはその優秀な頭脳でもってなんとなくだが理解していた。しかし理性を上回る感情があるのだということもリオンはその日、生まれて初めて知ったのだった。
「ここにはいない」
「いつもいないの?」
「たまにくる」
「じゃあ、今はあなたのそばには誰がいるの?」
「あなた」
ふっ、と少女は微笑ましいものをみる顔で笑った。そんな表情を向けられるのは初めてだった。だってリオンは空気の幽霊なのだ。誰もリオンに話しかけないし、笑いかけない。
悪態をつかれることならば、希に。
「わたしがいない時の話よ」
「しろい人たち」
「白い人?」
「そこにいる」
指さした先は礼拝堂だった。そこではたくさんの白い装束をした大人達が手を組んで祈りを捧げている。
「教会の人達のこと?」
こくん、とリオンは頷く。
「その人達のことは好き?」
首をかしげる。
「好きってなに?」
「好きって言うのはね、嫌いじゃないものの中で、どうでもよくないもののことよ」
少女は少し困ったように笑って言った。
「とっても大切なものよ、生きていく上でね」
「じゃあ、好きじゃないかも」
リオンはぼんやりと応じる。
「けっこう、だいたい、どうでもいいから」
リオンは空気の幽霊だ。誰にも見えない存在。だって、誰もリオンの姿を見ないから。話しかけることもなく、ただ食事だけは与えられた。
ここに来た当初は、リオンも泣いたりわめいたりしたように思う。しかしそれも止めてしまった。だって何にもならないから。
あんまりにうるさいとどこか狭い部屋にリオンは放りこまれた。そしてそれだけだ。リオンが泣き疲れて黙ると、自然に扉の鍵は開いた。
リオンのことが見えない白い人達は、いつもせこせこと何かをしていた。
それは本を読んでいたり、掃除をしていたり、説教をしていたりしたのだが、リオンにはそんなことはよくわからなかった。
そして、それらをしている人すべてと目の前の人は全く違う生き物に見えた。
「あなたは何をしてる人」
だから、ふと、知りたくなった。
「わたし?わたしはね、歌って踊る人」
いままで誰も答えてくれなかったリオンの質問にその人は答えをくれた。しかしそれは随分とへんてこな答えだ。
「うたっておどるひと」
「そう、歌って踊る人」
お互いにしばし見つめ合う
「……なんだかたのしそう」
「そうね、わりかし楽しいわね」
見てて、そういうとイヴはその場にすっくと立ち上がり、古ぼけた赤いスカートを翻してくるりと回ってみせた。
そのまま手と足を打ち鳴らし、リズムを取りながら歌を歌い、くるくると回り続ける。回るごとに手の形は変わり、それは鳥の羽ばたく様であったり、蝶が舞う姿であったりとなんらかの意味を持った姿を模したものであったが、リオンにはそれは理解できなかった。
ただ、嫌いじゃないとは思う。
自分も一緒に踊り出したいような、ずっと目を離さずに見ていたいような、そんな気持ちを美しいとか心地よいと表現することをリオンは知らなかった。
やがて歌が止み、イヴはその場でゆっくりと大げさにお辞儀をして見せる。
拍手の存在も知らないリオンは、自分の中にくすぶる感情をどう表したらよいのかわからなかった。
「楽しそうだった?」
「……うん、たのしそうだった」
言葉に出しても、リオンの中の感情は収まらない。そのまま、つい、ほとりと溢してしまった。
「ぼくも、たのしくしたい」
その言葉に自分で驚く。その時初めてリオンは自身が現状に不満を抱いていたのだということを知った。
「じゃあ、楽しくしよう」
イヴはそんなリオンの心を知ってか知らずか、手をさしのべた。
「一緒に、楽しい場所に行きましょう」
その手をとってはいけないと、リオンはその優秀な頭脳でもってなんとなくだが理解していた。しかし理性を上回る感情があるのだということもリオンはその日、生まれて初めて知ったのだった。
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