12 / 43
町の外への遠い道のり
5
しおりを挟む
「リオンは荷台に隠しておく。万が一リオンが見つかったらおまえの妹だと言え。荷台にいたのと、わざわざ憲兵連中に申告しなかったのは俺がリオンのことを嫌っているからだ」
「どうして?」
「俺はおまえの母親の弟だが、リオンはおまえの親父が浮気をしてできた子で俺は快く思ってねぇ。しかしおまえが離れるのを嫌がるから放っておくわけにもいかず、仕方なく引き取った」
「おねぇさん思いの弟なのねぇ」
「ちなみに俺やおまえは身元が割れてねぇからいいが、リオンはここから先は偽名で呼ぶ」
「偽名はわたしが決めてもいい?」
「かまわねぇ。だがリオンを想定されるような名前にはするな」
「アメリア」
すぐに決めた名前に、ちらり、とジルがこちらを伺うのがわかった。ふん、と鼻を鳴らして笑う。
「“神の御業”か、皮肉な名前だな」
「“愛される子”という意味よ」
「それにしたって皮肉な名前だ」
「とてもふさわしい名前だわ」
ねぇ、そう思うでしょう?と振り返るとリオンはごそごそと荷台の箱に収まろうとしている最中だった。
「リオン、いいえ、アメリア。その箱に入るのは無理があるわ。入るのならこっちにしましょう?」
「うん」
薄々気づいてはいたが、随分とマイペースな子だ。イヴが箱を開けてスペースを作ってあげるともそもそとリオンは箱の中へと収まった。
蓋を閉めて貰いたいのだろう、そのまま体育座りでこちらを見上げてくる。
その姿は小動物のようで大変可愛らしい。
「はああぅ……っ」
イヴのハートがきゅんきゅんする。
「やっぱりとってもぴったりな名前だわ!」
「おまえが満足ならもうそれでいいけどよ」
ジルはげんなりとしているが、そんなことはどうでもいい。
「とりあえずおまえは業者台のほうへ来い。そこだと荷台に目が向いちまう」
「そう?荷台にいたほうが、間違ってアメリアが身動きした時の音とか誤魔化せるんじゃないかしら?」
「憲兵にはちらっと目を通すぐらいにして欲しいんだよ。ガキがいると何か持ち込んでるんじゃないかとじっくり見られそうだ」
「それもそうかしらねぇ」
よいしょ、と敷居をまたいでジルの隣へと腰を下ろす。
「おまえ本当に余計なことすんなよ」
「これは、あれね! わたし、とっても期待されてる!」
「してねぇよ!やめろ!」
そうこうしている間に検問は近づいてきていた。
荷台の箱の中で馬車の揺れに身を任せながら、リオンはぼんやりと空を見つめる。
空といっても蓋を閉められた四角い籠の中では、上に蓋があるのもあって、視界は真っ暗で何も見えない。
前方からはイヴとジルがはしゃぐ声がしていた。
なぜこんなことになったんだろう。
リオンは心中だけで首を傾げる。
そんなのは決まっている。リオンがイヴの手を掴んでしまったからだ。
しかしたったそれだけのことで、こんなにもすべてが変わるだなんてリオンはちっとも知らなかったのだ。
「あなた、どうしたの?こんな所に一人で」
その日はいつもと変わらない日だった。リオンにとっては日々の変化など曖昧で食事のパンが少しいびつだとか綺麗だとか、空気が冷たいだとか暖かいだとか、その程度のものでしかなかった。
しかしその日リオンの目の前に、栗色の髪を翻しながら窓を飛び越えて降り立った少女は明確にいままでリオンが過ごしてきた日々とは隔絶した存在であった。
「どうもしない」
目が覚めるような碧い瞳だと思った。礼拝堂に飾られた女神像に埋められた碧い石にとてもよく似た色をしている。
「そうなの?お母さんとお父さんは?」
けれどこちらの瞳の方がとてもきらきらしていると思った。リオンの視線に合わせてかがむため、ふわりと揺れるスカートのすそが視界の隅に見える。
「どっかにいる」
「……保護者の方は?」
「ほごしゃ?」
「あなたの面倒をみてくれている人のことよ」
言葉の意味が良くわからなかった。
「……お母さんから僕のことを買った人ならいる」
少女はわずかに息をのんだようだった。
「……、そう、ごめんなさいね」
「ごめんなさい、なんで?」
「つらいことを聞いてしまったから」
リオンは首をかしげる。
「つらい?」
「……ええ、そうね、つらくないのならば、それはそれでいいの」
「ふぅん」
リオンにはよくわからない。少女の表情も言葉の意味も。ただ、いままで彼女以外にリオンの隣に座ってくれる人はいなかった。だから会話を続ける気になった。
「どうして?」
「俺はおまえの母親の弟だが、リオンはおまえの親父が浮気をしてできた子で俺は快く思ってねぇ。しかしおまえが離れるのを嫌がるから放っておくわけにもいかず、仕方なく引き取った」
「おねぇさん思いの弟なのねぇ」
「ちなみに俺やおまえは身元が割れてねぇからいいが、リオンはここから先は偽名で呼ぶ」
「偽名はわたしが決めてもいい?」
「かまわねぇ。だがリオンを想定されるような名前にはするな」
「アメリア」
すぐに決めた名前に、ちらり、とジルがこちらを伺うのがわかった。ふん、と鼻を鳴らして笑う。
「“神の御業”か、皮肉な名前だな」
「“愛される子”という意味よ」
「それにしたって皮肉な名前だ」
「とてもふさわしい名前だわ」
ねぇ、そう思うでしょう?と振り返るとリオンはごそごそと荷台の箱に収まろうとしている最中だった。
「リオン、いいえ、アメリア。その箱に入るのは無理があるわ。入るのならこっちにしましょう?」
「うん」
薄々気づいてはいたが、随分とマイペースな子だ。イヴが箱を開けてスペースを作ってあげるともそもそとリオンは箱の中へと収まった。
蓋を閉めて貰いたいのだろう、そのまま体育座りでこちらを見上げてくる。
その姿は小動物のようで大変可愛らしい。
「はああぅ……っ」
イヴのハートがきゅんきゅんする。
「やっぱりとってもぴったりな名前だわ!」
「おまえが満足ならもうそれでいいけどよ」
ジルはげんなりとしているが、そんなことはどうでもいい。
「とりあえずおまえは業者台のほうへ来い。そこだと荷台に目が向いちまう」
「そう?荷台にいたほうが、間違ってアメリアが身動きした時の音とか誤魔化せるんじゃないかしら?」
「憲兵にはちらっと目を通すぐらいにして欲しいんだよ。ガキがいると何か持ち込んでるんじゃないかとじっくり見られそうだ」
「それもそうかしらねぇ」
よいしょ、と敷居をまたいでジルの隣へと腰を下ろす。
「おまえ本当に余計なことすんなよ」
「これは、あれね! わたし、とっても期待されてる!」
「してねぇよ!やめろ!」
そうこうしている間に検問は近づいてきていた。
荷台の箱の中で馬車の揺れに身を任せながら、リオンはぼんやりと空を見つめる。
空といっても蓋を閉められた四角い籠の中では、上に蓋があるのもあって、視界は真っ暗で何も見えない。
前方からはイヴとジルがはしゃぐ声がしていた。
なぜこんなことになったんだろう。
リオンは心中だけで首を傾げる。
そんなのは決まっている。リオンがイヴの手を掴んでしまったからだ。
しかしたったそれだけのことで、こんなにもすべてが変わるだなんてリオンはちっとも知らなかったのだ。
「あなた、どうしたの?こんな所に一人で」
その日はいつもと変わらない日だった。リオンにとっては日々の変化など曖昧で食事のパンが少しいびつだとか綺麗だとか、空気が冷たいだとか暖かいだとか、その程度のものでしかなかった。
しかしその日リオンの目の前に、栗色の髪を翻しながら窓を飛び越えて降り立った少女は明確にいままでリオンが過ごしてきた日々とは隔絶した存在であった。
「どうもしない」
目が覚めるような碧い瞳だと思った。礼拝堂に飾られた女神像に埋められた碧い石にとてもよく似た色をしている。
「そうなの?お母さんとお父さんは?」
けれどこちらの瞳の方がとてもきらきらしていると思った。リオンの視線に合わせてかがむため、ふわりと揺れるスカートのすそが視界の隅に見える。
「どっかにいる」
「……保護者の方は?」
「ほごしゃ?」
「あなたの面倒をみてくれている人のことよ」
言葉の意味が良くわからなかった。
「……お母さんから僕のことを買った人ならいる」
少女はわずかに息をのんだようだった。
「……、そう、ごめんなさいね」
「ごめんなさい、なんで?」
「つらいことを聞いてしまったから」
リオンは首をかしげる。
「つらい?」
「……ええ、そうね、つらくないのならば、それはそれでいいの」
「ふぅん」
リオンにはよくわからない。少女の表情も言葉の意味も。ただ、いままで彼女以外にリオンの隣に座ってくれる人はいなかった。だから会話を続ける気になった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
22
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる