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すべてのはじまり
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「このまま逃がしてやれば良いのではないですか」
結論のまとまり掛けた場で、ふいに正反対の意見が響いた。
しかしそうは言いながらも、絶対にそうはならないであろう、とその場にいた最後の一人である発言者は理解していた。
上座からの国王、教皇、騎士団長の視線が一斉にその発言者に突き刺さる。
「馬鹿げたことを……」
最初にそう吐き捨てたのは騎士団長だった。
その顔は言葉通り、不愉快げに歪んでいる。
「貴方は大変慈悲深いお方。故にそのようなことをおっしゃられるのでしょう。しかし、魔王の子を世に放つことは、世界を混沌に堕とすことと同義です」
次に、穏やかにそう諭したのは教皇だ。
「かつて一体何度、魔王の手により多くの人間が傷ついたことか、貴方が一番よくご存じでしょう。……勇者殿」
太陽のように輝く金色の髪に、空のように蒼い瞳。教皇以外の女性がこの場にいたならば、黄色い歓声が飛び交ったことであろう美形の青年がそこにはいた。
一見すると優男にも見えかねないようなスレンダーな体格だが、しかし鎧からわずかに覗く随所随所には戦うもの特有の引き締まった体躯が見え隠れし、見る者が見ればそれは戦うために無駄な筋肉をそぎ落とした作り上げられた身体であることがわかっただろう。
なによりもその蒼い瞳には様々な経験を得て培われたのであろう理知的な光と強い意志が宿っており、年齢以上の落ち着きと成熟した雰囲気を感じさせた。
「君の優しさは理解してるよー?」
そんな勇者に、玉座から王の言葉が下る。
「けどねー、魔王の子の存在を快く思わない者が多いこともわかってるよねぇ。魔王に愛する者を殺された人間は魔王の子を殺そうとするかもしんないし、世界を自分の思うように支配したいと目論む人間はまだ幼い魔王の子を利用しようとするかもしんないし」
それはこれまでに散々、世界各国で議論され尽くした議題だった。
「そして何よりも、魔王の子の存在は君が魔物達から勝ち取った平和を乱し、再びあの暗黒の時代の再来を呼び寄せかねないよねぇ」
ーー暗黒の時代。
7年前のあの大戦は、解決した今となってもまだ人々の心に影を残す、思い出したくもない悪夢だ。
魔物に身内を殺された人間もいれば、戦いのために身内を兵隊として差し出さなければならなかった人間もいる。そして、魔王を倒すために国家の金はすべて戦争に注ぎ込まれ、兵器や武器の開発、騎士や兵士の遠征費用に国民の金は吸い込まれ、世界中が貧しさにあえぐ羽目に陥った。
勇者も、最初はその中の一人だった。
伝説の聖剣を引き抜いてしまうまでは。
勇者の腰にこの数年の間ずっと肌身離さず据えられ続けた聖剣が勇者のわずかな身じろぎに応じてカチャリと小さな音を立てた。
「魔王の子を自由にするわけには行かないよ。これは人類と魔王の子、双方を守るための決断さ」
そんなのは詭弁だ、と勇者は思う。
確かに言っている内容は一理ある。ある種の事実ではあるのだろう。
しかしこの王にとって一番の懸念は、魔王の子を逃したことによって生じるペナルティであり、つまりは自身の保身だ。
むろん国王自身の保身が、この国家の保身にもつながるという意味では間違ってはいないだろう。しかし、いままでこの国がとってきた行動はけして魔王の子の保護という観点ではなく、国民の安寧を優先させた監禁であり、ひいては虐待じみたものでもあった。
「理解してくれるよね?」
「ええ、出過ぎたことを申しました」
けれど、勇者はわかっていてもそれを否定することはしなかった。内心はどうであれ、その行動によって得られるある種の恩恵と正しさは認めていたからだ。
つまるところ、大多数を助けるための必要最小限の犠牲なのだ、あの子どもは。
それに、
(勇者といえど、所詮は下民。たかだか成り上がりの僕の意見が通るわけがない)
優秀な勇者は自身の立ち位置をとても良く理解していた。
伝説の剣を引き抜いて平民から勇者になった。
魔王もなんとか倒したものの、ぽっと出の若者に活躍を奪われた騎士団には敵視されているし、教会側は好意的だが、それは勇者が神話の中の教義と矛盾しない存在であり、勇者の存在が女神の実在を証明しているからという打算的な好意だ。
教会の教義と矛盾する行動を勇者が取れば、一気にその好意は離れていく程度のものだろう。
自分はこの国にとって、優秀な駒、他国に自慢できる便利な番犬に過ぎないのだ。
忌々しいことに、勇者はもうその国のシステムの中にがっちりと組み込まれてしまっていて、身動きができるとは到底思えなかった。
結論のまとまり掛けた場で、ふいに正反対の意見が響いた。
しかしそうは言いながらも、絶対にそうはならないであろう、とその場にいた最後の一人である発言者は理解していた。
上座からの国王、教皇、騎士団長の視線が一斉にその発言者に突き刺さる。
「馬鹿げたことを……」
最初にそう吐き捨てたのは騎士団長だった。
その顔は言葉通り、不愉快げに歪んでいる。
「貴方は大変慈悲深いお方。故にそのようなことをおっしゃられるのでしょう。しかし、魔王の子を世に放つことは、世界を混沌に堕とすことと同義です」
次に、穏やかにそう諭したのは教皇だ。
「かつて一体何度、魔王の手により多くの人間が傷ついたことか、貴方が一番よくご存じでしょう。……勇者殿」
太陽のように輝く金色の髪に、空のように蒼い瞳。教皇以外の女性がこの場にいたならば、黄色い歓声が飛び交ったことであろう美形の青年がそこにはいた。
一見すると優男にも見えかねないようなスレンダーな体格だが、しかし鎧からわずかに覗く随所随所には戦うもの特有の引き締まった体躯が見え隠れし、見る者が見ればそれは戦うために無駄な筋肉をそぎ落とした作り上げられた身体であることがわかっただろう。
なによりもその蒼い瞳には様々な経験を得て培われたのであろう理知的な光と強い意志が宿っており、年齢以上の落ち着きと成熟した雰囲気を感じさせた。
「君の優しさは理解してるよー?」
そんな勇者に、玉座から王の言葉が下る。
「けどねー、魔王の子の存在を快く思わない者が多いこともわかってるよねぇ。魔王に愛する者を殺された人間は魔王の子を殺そうとするかもしんないし、世界を自分の思うように支配したいと目論む人間はまだ幼い魔王の子を利用しようとするかもしんないし」
それはこれまでに散々、世界各国で議論され尽くした議題だった。
「そして何よりも、魔王の子の存在は君が魔物達から勝ち取った平和を乱し、再びあの暗黒の時代の再来を呼び寄せかねないよねぇ」
ーー暗黒の時代。
7年前のあの大戦は、解決した今となってもまだ人々の心に影を残す、思い出したくもない悪夢だ。
魔物に身内を殺された人間もいれば、戦いのために身内を兵隊として差し出さなければならなかった人間もいる。そして、魔王を倒すために国家の金はすべて戦争に注ぎ込まれ、兵器や武器の開発、騎士や兵士の遠征費用に国民の金は吸い込まれ、世界中が貧しさにあえぐ羽目に陥った。
勇者も、最初はその中の一人だった。
伝説の聖剣を引き抜いてしまうまでは。
勇者の腰にこの数年の間ずっと肌身離さず据えられ続けた聖剣が勇者のわずかな身じろぎに応じてカチャリと小さな音を立てた。
「魔王の子を自由にするわけには行かないよ。これは人類と魔王の子、双方を守るための決断さ」
そんなのは詭弁だ、と勇者は思う。
確かに言っている内容は一理ある。ある種の事実ではあるのだろう。
しかしこの王にとって一番の懸念は、魔王の子を逃したことによって生じるペナルティであり、つまりは自身の保身だ。
むろん国王自身の保身が、この国家の保身にもつながるという意味では間違ってはいないだろう。しかし、いままでこの国がとってきた行動はけして魔王の子の保護という観点ではなく、国民の安寧を優先させた監禁であり、ひいては虐待じみたものでもあった。
「理解してくれるよね?」
「ええ、出過ぎたことを申しました」
けれど、勇者はわかっていてもそれを否定することはしなかった。内心はどうであれ、その行動によって得られるある種の恩恵と正しさは認めていたからだ。
つまるところ、大多数を助けるための必要最小限の犠牲なのだ、あの子どもは。
それに、
(勇者といえど、所詮は下民。たかだか成り上がりの僕の意見が通るわけがない)
優秀な勇者は自身の立ち位置をとても良く理解していた。
伝説の剣を引き抜いて平民から勇者になった。
魔王もなんとか倒したものの、ぽっと出の若者に活躍を奪われた騎士団には敵視されているし、教会側は好意的だが、それは勇者が神話の中の教義と矛盾しない存在であり、勇者の存在が女神の実在を証明しているからという打算的な好意だ。
教会の教義と矛盾する行動を勇者が取れば、一気にその好意は離れていく程度のものだろう。
自分はこの国にとって、優秀な駒、他国に自慢できる便利な番犬に過ぎないのだ。
忌々しいことに、勇者はもうその国のシステムの中にがっちりと組み込まれてしまっていて、身動きができるとは到底思えなかった。
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