3 / 43
すべてのはじまり
3
しおりを挟む
「リオンはわたしの所と教会と、どっちに居たい?」
リオンの瞳が軽く見開かれる。ただでさえ大きい瞳がさらに大きくなって見えて、本当にこぼれ落ちてしまうのではないかと心配になった。
そっと、頬に触れるイヴの手に、リオンはやけどでも負ったかのように大げさに首をすくめた。しかし、しばらくそのままでいると痛いものではないと気づいたのか、おずおずとイヴの手に自らの手を重ねる。
「……おねぇちゃんと一緒がいい」
ほらね!イヴの手に頬をすり寄せたリオンに、イヴは誇らしげにジルのことを振り返っ
てみせた。
本人がイヴと一緒がいいと望んでいるのだ、これ以上に一緒にいることの正当性がこの世に存在するというのだろうか、いや、きっとないに違いない。
言葉には出さずともイヴのその無言の主張が通じたのか、ジルはうんざりとため息をついた。
「元の場所に戻してこい」
「だって、道に落ちてたわ」
そう、この子は道に落ちていた。誰に手をさしのべられるでもなく、誰もそばにはいなかった。
「いいじゃない、わたし最後までちゃんと面倒みれるわ」
「ペットかなにかか、そいつは……」
いいか、落ち着いて良く聞け、とジルは幼い子どもに言い聞かせるようにイヴに言った。
「そいつは魔王の子だ」
「……ふんふん、まおうのこ」
「反応が薄い!」
かつて人類は魔王によって何度も滅ぼされかけた。
魔王とは魔物を自在に操り、支配できる能力を持って生まれた個体のことである。それは、魔獣であることもあれば、植物であることもあり、人間であることもあった。共通しているのは、魔王には必ず虹色の角が生えているという点だ。
魔物は普段単体であれば人間にとってさほど脅威ではない。しかし、統率を取る者がいれば、それは別の話である。
魔王、と呼ばれる個体はかつて何度も誕生し、そのたびに大きな災いを人にもたらした。
否、人以外にも災いをもたらしたのだが、人の文化の形態上、他の生物よりも被害が甚大になってしまったのである。
今から7年前、発生した魔王は獣だった。その能力を持って人間の領土の実に1/3は魔物によって奪われてしまったのである。もっとも、それはその2年後、勇者によって、魔王が討伐されるまでの間の話だが。
「魔王が倒されて一年後、つまり、今から4年前に発見された魔王がそいつだ。魔王と呼ぶにはあまりに幼かったんで、ついたあだ名が“魔王の子”」
つまりそいつは世界を危機に陥れるかもしれねぇ、災厄の種だ。その唇から吐かれた言葉は重々しかった。
イヴはじっと、黙ってジルの説明を聞き届けると、ふぅ、と憂鬱そうな息をついた。
「お風呂入りたい」
「話を聞け!」
「だってつまんないんだもん」
「だもん、じゃねぇよ。大事な話なんだよ! これは!」
親切に説明してくれたジルには悪いが、イヴだって当然、そんなことは知っている。
イヴは先代の魔王がまだ倒される前から大好評で発売されている勇者の伝記の大ファンだ。それは勇者がまだ魔王を倒す前から国民や兵士達の士気を高め、鼓舞する目的で発売されていたもので、勇者による魔王討伐の達成により、史実に基づいて大団円を迎えた、実に第465話まで続いたベストセラーである。そこには当然、魔王がなんであるか、どういう存在であるかが子細詳細に語られていた。
魔王が何であるかなど、知らなかったとしたらそれはモグリである。勇者のファンの名折れだ。大恥だ。
だから、今、イヴが知りたいのはそんなことではないのだ。
「わたしが今知りたいのはこの子がどんなに大変な存在か、なんてそんなことじゃないわ」
ひたり、と見据えるイヴの碧い瞳はきらきらと星を吸い込んで瞬くようだった。
「どうしたらこの子が幸せに生きられるか、よ」
ぐ、とジルは言葉につまる。
イヴの言いたいことがわからないわけではない。ジルは女神信仰に熱心ではないから教会には近づかないが、それでも教会に『保護』された魔王の子の待遇が一体どれほどのものであったのかなど、想像に難くなかった。
しかし。
しかし、である。そんなことは――
「不可能じゃないわ。ねぇ、ジル」
イヴはいつだって真剣な時ばかり、ジルの事を「おじさん」ではなく名前で呼んだ。そうすればジルがイヴのお願いから逃れられないことを経験則で知っているからだ。
なぜ、ジルがお願いを聞いてくれるのか、その理由まではイヴにはわからないけれど。
「お願いよ、ジル。どうかこの子と……」
わたしと一緒に、“ここ”から逃げて。
イヴが頼れる相手は、この少し無愛想でしかし実のところイヴにたいそう甘ったるい、灰色の獣人しかいないのだ。
リオンの瞳が軽く見開かれる。ただでさえ大きい瞳がさらに大きくなって見えて、本当にこぼれ落ちてしまうのではないかと心配になった。
そっと、頬に触れるイヴの手に、リオンはやけどでも負ったかのように大げさに首をすくめた。しかし、しばらくそのままでいると痛いものではないと気づいたのか、おずおずとイヴの手に自らの手を重ねる。
「……おねぇちゃんと一緒がいい」
ほらね!イヴの手に頬をすり寄せたリオンに、イヴは誇らしげにジルのことを振り返っ
てみせた。
本人がイヴと一緒がいいと望んでいるのだ、これ以上に一緒にいることの正当性がこの世に存在するというのだろうか、いや、きっとないに違いない。
言葉には出さずともイヴのその無言の主張が通じたのか、ジルはうんざりとため息をついた。
「元の場所に戻してこい」
「だって、道に落ちてたわ」
そう、この子は道に落ちていた。誰に手をさしのべられるでもなく、誰もそばにはいなかった。
「いいじゃない、わたし最後までちゃんと面倒みれるわ」
「ペットかなにかか、そいつは……」
いいか、落ち着いて良く聞け、とジルは幼い子どもに言い聞かせるようにイヴに言った。
「そいつは魔王の子だ」
「……ふんふん、まおうのこ」
「反応が薄い!」
かつて人類は魔王によって何度も滅ぼされかけた。
魔王とは魔物を自在に操り、支配できる能力を持って生まれた個体のことである。それは、魔獣であることもあれば、植物であることもあり、人間であることもあった。共通しているのは、魔王には必ず虹色の角が生えているという点だ。
魔物は普段単体であれば人間にとってさほど脅威ではない。しかし、統率を取る者がいれば、それは別の話である。
魔王、と呼ばれる個体はかつて何度も誕生し、そのたびに大きな災いを人にもたらした。
否、人以外にも災いをもたらしたのだが、人の文化の形態上、他の生物よりも被害が甚大になってしまったのである。
今から7年前、発生した魔王は獣だった。その能力を持って人間の領土の実に1/3は魔物によって奪われてしまったのである。もっとも、それはその2年後、勇者によって、魔王が討伐されるまでの間の話だが。
「魔王が倒されて一年後、つまり、今から4年前に発見された魔王がそいつだ。魔王と呼ぶにはあまりに幼かったんで、ついたあだ名が“魔王の子”」
つまりそいつは世界を危機に陥れるかもしれねぇ、災厄の種だ。その唇から吐かれた言葉は重々しかった。
イヴはじっと、黙ってジルの説明を聞き届けると、ふぅ、と憂鬱そうな息をついた。
「お風呂入りたい」
「話を聞け!」
「だってつまんないんだもん」
「だもん、じゃねぇよ。大事な話なんだよ! これは!」
親切に説明してくれたジルには悪いが、イヴだって当然、そんなことは知っている。
イヴは先代の魔王がまだ倒される前から大好評で発売されている勇者の伝記の大ファンだ。それは勇者がまだ魔王を倒す前から国民や兵士達の士気を高め、鼓舞する目的で発売されていたもので、勇者による魔王討伐の達成により、史実に基づいて大団円を迎えた、実に第465話まで続いたベストセラーである。そこには当然、魔王がなんであるか、どういう存在であるかが子細詳細に語られていた。
魔王が何であるかなど、知らなかったとしたらそれはモグリである。勇者のファンの名折れだ。大恥だ。
だから、今、イヴが知りたいのはそんなことではないのだ。
「わたしが今知りたいのはこの子がどんなに大変な存在か、なんてそんなことじゃないわ」
ひたり、と見据えるイヴの碧い瞳はきらきらと星を吸い込んで瞬くようだった。
「どうしたらこの子が幸せに生きられるか、よ」
ぐ、とジルは言葉につまる。
イヴの言いたいことがわからないわけではない。ジルは女神信仰に熱心ではないから教会には近づかないが、それでも教会に『保護』された魔王の子の待遇が一体どれほどのものであったのかなど、想像に難くなかった。
しかし。
しかし、である。そんなことは――
「不可能じゃないわ。ねぇ、ジル」
イヴはいつだって真剣な時ばかり、ジルの事を「おじさん」ではなく名前で呼んだ。そうすればジルがイヴのお願いから逃れられないことを経験則で知っているからだ。
なぜ、ジルがお願いを聞いてくれるのか、その理由まではイヴにはわからないけれど。
「お願いよ、ジル。どうかこの子と……」
わたしと一緒に、“ここ”から逃げて。
イヴが頼れる相手は、この少し無愛想でしかし実のところイヴにたいそう甘ったるい、灰色の獣人しかいないのだ。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
続・異世界温泉であったかどんぶりごはん
渡里あずま
ファンタジー
異世界の街・ロッコでどんぶり店を営むエリ、こと真嶋恵理。
そんな彼女が、そして料理人のグルナが次に作りたいと思ったのは。
「あぁ……作るなら、豚の角煮は確かに魚醤じゃなく、豆の醤油で作りたいわよね」
「解ってくれるか……あと、俺の店で考えると、蒸し器とくれば茶碗蒸し! だけど、百歩譲ってたけのこは譲るとしても、しいたけとキクラゲがなぁ…」
しかし、作るにはいよいよ他国の調味料や食材が必要で…今回はどうしようかと思ったところ、事態はまたしても思わぬ展開に。
不定期更新。書き手が能天気な為、ざまぁはほぼなし。基本もぐもぐです。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ピンクの髪のオバサン異世界に行く
拓海のり
ファンタジー
私こと小柳江麻は美容院で間違えて染まったピンクの髪のまま死んで異世界に行ってしまった。異世界ではオバサンは要らないようで放流される。だが何と神様のロンダリングにより美少女に変身してしまったのだ。
このお話は若返って美少女になったオバサンが沢山のイケメンに囲まれる逆ハーレム物語……、でもなくて、冒険したり、学校で悪役令嬢を相手にお約束のヒロインになったりな、お話です。多分ハッピーエンドになる筈。すみません、十万字位になりそうなので長編にしました。カテゴリ変更しました。
解体の勇者の成り上がり冒険譚
無謀突撃娘
ファンタジー
旧題:異世界から呼ばれた勇者はパーティから追放される
とあるところに勇者6人のパーティがいました
剛剣の勇者
静寂の勇者
城砦の勇者
火炎の勇者
御門の勇者
解体の勇者
最後の解体の勇者は訳の分からない神様に呼ばれてこの世界へと来た者であり取り立てて特徴らしき特徴などありません。ただひたすら倒したモンスターを解体するだけしかしません。料理などをするのも彼だけです。
ある日パーティ全員からパーティへの永久追放を受けてしまい勇者の称号も失い一人ギルドに戻り最初からの出直しをします
本人はまったく気づいていませんでしたが他の勇者などちょっとばかり煽てられている頭馬鹿なだけの非常に残念な類なだけでした
そして彼を追い出したことがいかに愚かであるのかを後になって気が付くことになります
そしてユウキと呼ばれるこの人物はまったく自覚がありませんが様々な方面の超重要人物が自らが頭を下げてまでも、いくら大金を支払っても、いくらでも高待遇を約束してまでも傍におきたいと断言するほどの人物なのです。
そうして彼は自分の力で前を歩きだす。
祝!書籍化!
感無量です。今後とも応援よろしくお願いします。
異世界でお取り寄せ生活
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。
貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。
意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる