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4.VS 吸血鬼?
2,共存信仰
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ちらり、と周りを見渡す。先程のミヤマの睨みが利いたのか、周囲に人影はなかった。
今なら少しぐらいそばを離れても大丈夫かな、と考えていると「本当に大丈夫だよ」とその考えを読んだようにミヤマが告げた。
見上げたその顔はカヅキのことを見ずにどこか遠くを眺めている。一体何を見ているのだろうとその視線を追うが、そこには雲の浮かぶ空があるだけで何も見つけられない。
「君は、何故こんなに良くしてくれるんだい?」
ぽつり、と彼は呟いた。再び見上げるが、彼はやはり空を見ていた。
「見ず知らずの他人のことなど庇わず、放っておくべきだった。そうは思わないかい?」
その発言はまるで先程思い出したララの言葉のコピーのようだった。しかし他人が言うのと本人が言うのとでは、その言葉の重みと寂しさは全く違って聞こえた。カヅキはきゅっと唇を引き結ぶ。
「あんたのためじゃないです。それ、自分のためです」
その先の言葉をどうするべきか、少しだけ迷う。上っ面の言葉ではあまりにも軽くなりそうで、けれど本音の全てを語るのは憚られた。
「俺、兄貴がいるんです」
それも本当は言うべきではないとは思うのに、ミヤマのそのあまりの静かさにカヅキはつい、口にしてしまう。
「そんで、幼い時に兄貴と一緒に親に捨てられました。親父に出会って拾われるまで、すごいしんどかった」
膝を抱えてうずくまる。当時のことを思い出すだけで、身体がその時の小ささに戻るような気がした。
当時の自分は、まるで今のミヤマだった。家族を失い宙に放り出されて、ただただ流れに沿って落ちていくしかない。
「どうしたらいいのかもわかんなくて、ただ周りから否定されて、居場所もどこにいればいいのかわかんなくて、彷徨うのはしんどいです」
けれど、その当時のカヅキは一人ではなかったのだ。
(ミヤマさんとは違って……)
手を引いて前を歩いてくれる兄と、教養と住む場所をくれた養父に出会えた。
「親父と、兄貴がいなかったら、一人っきりだったら俺、今こんな風に穏やかに暮らせてたかわかんないです」
元々の性格というのは確かに存在する。しかし環境が考え方を変えるというのも確かにあるのだ。辛い状況に追い詰められれば人は容易く誰かを傷つけるようになる。
カヅキがこうして穏やかでいられるのは、それだけゆとりのある生活を送れているということの証左であった。
「あんたのことを拾ったのは、あんたのためじゃないです。俺が、ただ見たくなかったから」
自分には与えられた優しさを受け取ることが出来ず、流されるままに落ちていく姿を見たくなかった。
本当は穏やかだった人が、優しい人が、悲惨な状況に追い込まれたせいでそれを損なって誰かを傷つけてしまうだなんて悲しすぎる。
傷つけた側も、傷つけられた側も、それではなにも救われない。
「君は、優しいね」
黙って聞いていたミヤマがぽつりとそう呟いた。反論しようとする口を塞ぐように、彼はカヅキの頭を撫でる。
「人の痛みがわかる子だ。だって君は、俺と俺以外の人間のことをみんな、心配してくれたんだろう」
そんな綺麗なことではないのだ、と言いたかった。優しいだなんてとんでもない。カヅキはただ、自分の欲望と願望を満たしたいだけだ。
なのに彼は優しくその目を細めてカヅキに微笑んでいる。
「吸血鬼と人間は共存できると思いますか」
気づけば言うつもりのなかった言葉がカヅキの口からは飛び出ていた。
「俺は、出来ると思います」
それはカヅキの願望だった。本心から信じているわけではない。ただ、そうなって欲しいという願いだ。
「お互いに、お互いのことを理解して、必要以上に羨ましがらなければ、大丈夫なはずなんです」
吸血鬼に出来ること、出来ないこと。人間に出来ること、出来ないこと。それを個性として受け入れることが出来たなら。
「吸血鬼と人間は、一緒に生きていけるはずなんです」
「君は……、随分と吸血鬼に入れ込んでいるように見える」
「そんなことはありません」
嘘だ。そんなことはカヅキが一番良くわかっていた。
『吸血鬼に入れ込んでいる』。確かにそうなのだろう。
けれど、それだけではない。
カヅキの夜空のように黒い瞳が僅かな星を宿して燦めいた。そこにははっきりとした強い意志が宿っている。
「俺は、人間でも、吸血鬼でも、誰かを不要に傷つける奴は嫌いです。ただ、それだけなんです」
それは、信念を超えて、一種の信仰のようですらある言葉だった。
「そうか」
ミヤマは再び空を見上げた。
「そうか……」
もう一度、カヅキの言葉を噛みしめるように、彼はそう呟いた。
今なら少しぐらいそばを離れても大丈夫かな、と考えていると「本当に大丈夫だよ」とその考えを読んだようにミヤマが告げた。
見上げたその顔はカヅキのことを見ずにどこか遠くを眺めている。一体何を見ているのだろうとその視線を追うが、そこには雲の浮かぶ空があるだけで何も見つけられない。
「君は、何故こんなに良くしてくれるんだい?」
ぽつり、と彼は呟いた。再び見上げるが、彼はやはり空を見ていた。
「見ず知らずの他人のことなど庇わず、放っておくべきだった。そうは思わないかい?」
その発言はまるで先程思い出したララの言葉のコピーのようだった。しかし他人が言うのと本人が言うのとでは、その言葉の重みと寂しさは全く違って聞こえた。カヅキはきゅっと唇を引き結ぶ。
「あんたのためじゃないです。それ、自分のためです」
その先の言葉をどうするべきか、少しだけ迷う。上っ面の言葉ではあまりにも軽くなりそうで、けれど本音の全てを語るのは憚られた。
「俺、兄貴がいるんです」
それも本当は言うべきではないとは思うのに、ミヤマのそのあまりの静かさにカヅキはつい、口にしてしまう。
「そんで、幼い時に兄貴と一緒に親に捨てられました。親父に出会って拾われるまで、すごいしんどかった」
膝を抱えてうずくまる。当時のことを思い出すだけで、身体がその時の小ささに戻るような気がした。
当時の自分は、まるで今のミヤマだった。家族を失い宙に放り出されて、ただただ流れに沿って落ちていくしかない。
「どうしたらいいのかもわかんなくて、ただ周りから否定されて、居場所もどこにいればいいのかわかんなくて、彷徨うのはしんどいです」
けれど、その当時のカヅキは一人ではなかったのだ。
(ミヤマさんとは違って……)
手を引いて前を歩いてくれる兄と、教養と住む場所をくれた養父に出会えた。
「親父と、兄貴がいなかったら、一人っきりだったら俺、今こんな風に穏やかに暮らせてたかわかんないです」
元々の性格というのは確かに存在する。しかし環境が考え方を変えるというのも確かにあるのだ。辛い状況に追い詰められれば人は容易く誰かを傷つけるようになる。
カヅキがこうして穏やかでいられるのは、それだけゆとりのある生活を送れているということの証左であった。
「あんたのことを拾ったのは、あんたのためじゃないです。俺が、ただ見たくなかったから」
自分には与えられた優しさを受け取ることが出来ず、流されるままに落ちていく姿を見たくなかった。
本当は穏やかだった人が、優しい人が、悲惨な状況に追い込まれたせいでそれを損なって誰かを傷つけてしまうだなんて悲しすぎる。
傷つけた側も、傷つけられた側も、それではなにも救われない。
「君は、優しいね」
黙って聞いていたミヤマがぽつりとそう呟いた。反論しようとする口を塞ぐように、彼はカヅキの頭を撫でる。
「人の痛みがわかる子だ。だって君は、俺と俺以外の人間のことをみんな、心配してくれたんだろう」
そんな綺麗なことではないのだ、と言いたかった。優しいだなんてとんでもない。カヅキはただ、自分の欲望と願望を満たしたいだけだ。
なのに彼は優しくその目を細めてカヅキに微笑んでいる。
「吸血鬼と人間は共存できると思いますか」
気づけば言うつもりのなかった言葉がカヅキの口からは飛び出ていた。
「俺は、出来ると思います」
それはカヅキの願望だった。本心から信じているわけではない。ただ、そうなって欲しいという願いだ。
「お互いに、お互いのことを理解して、必要以上に羨ましがらなければ、大丈夫なはずなんです」
吸血鬼に出来ること、出来ないこと。人間に出来ること、出来ないこと。それを個性として受け入れることが出来たなら。
「吸血鬼と人間は、一緒に生きていけるはずなんです」
「君は……、随分と吸血鬼に入れ込んでいるように見える」
「そんなことはありません」
嘘だ。そんなことはカヅキが一番良くわかっていた。
『吸血鬼に入れ込んでいる』。確かにそうなのだろう。
けれど、それだけではない。
カヅキの夜空のように黒い瞳が僅かな星を宿して燦めいた。そこにははっきりとした強い意志が宿っている。
「俺は、人間でも、吸血鬼でも、誰かを不要に傷つける奴は嫌いです。ただ、それだけなんです」
それは、信念を超えて、一種の信仰のようですらある言葉だった。
「そうか」
ミヤマは再び空を見上げた。
「そうか……」
もう一度、カヅキの言葉を噛みしめるように、彼はそう呟いた。
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