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2,二人の生活
1、穏やかな生活
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「ミヤマさーん、無理しなくていーですよ-」
「いや、これは何事も挑戦だから」
彼はそう意気込むと神妙な表情で白い布を両手で掲げて見せた。
気分は特攻隊だ。いざ死地に赴かんという決意に満ちた瞳が、目の前にぶら下がる長いロープを睨む。
そうして彼は一歩、家のひさしの影から出ると洗濯したシーツを物干しへと掛けようとして
「ううぅ……っ」
「ほら、いわんこっちゃない」
その陽射しのまぶしさにシーツの影へと隠れて頭を抱えて呻いた。
ミヤマがこの場所に住むと決めてから数日が経過していた。意外なほどに穏やかに過ぎた時間はなかなかに平和で、初対面同士にもかかわらず大した軋轢もなく共同生活を送れていた。
今はミヤマがせめて家のことを少しでも手伝おうと申し出て、昼日中に洗濯物を干そうと庭に出て太陽に撃退されたところである。
(まぁ、この人がだいぶ気を遣ってくれてるんだろうけど……)
その姿をひさしの下に放置してあるウッドチェアに腰掛けて眺めつつ、カヅキは嘆息した。
ここ数日の暮らしぶりでわかったが、ミヤマはおそらく、それなりに育ちの良い人物であるようだった。別に振る舞いが特別横柄であるわけではないが、食事の際にきちんと挨拶をするだとか、テーブルの椅子をきちんと定位置に戻すだとか、所々の仕草にそういったものはにじみ出るものである。それに身の回りのものを管理するのに慣れていない様子が多少あった。庭でたき火は炊けるのに炊事はたいして出来ないし、整理整頓はできるのに水汲みなどはしたことがない。それはつまり、
(そういうことをしてくれる使用人というかまぁ、そういうのがいたんだろう)
聞けば水に関しては自宅まで水道管が通っていたらしい。都会や金持ちの別荘でもなければ家の内部まで配管が整っていることなど稀だ。
田舎の平民はみんな、近くの川や井戸から毎日一日分の水を汲んでくるのである。
「……頭痛がする」
「でしょうねぇ」
眉間を指でもみながら、弱音を吐いて彼は影の中へと戻ってきた。立ち上がってカヅキは自分が座っていたウッドチェアに座るようにと促す。
彼はしばし迷った後、けれど体調不良に勝てなかったのか「ありがとう」と丁寧に告げてそこへと腰掛けた。
そこにどっしりと腰掛ける姿すらどこか気品があって厳めしい。彼が座るだけでただのぼろい椅子がまるで玉座のようだった。
「吸血鬼は日の光を浴びても死なないと本に書かれていたのに」
「死なないだけで苦手なんでしょ」
弱々しく目元を覆うその手から濡れたシーツを奪い取り、洗濯籠も回収してカヅキは物干しへと向かった。
庭、というには質素な柵に覆われただけのその空間は、物干しとウッドチェアをのぞけば何もない。春になればそこここに植えた季節の花が咲き誇るはずだが、この寒い時期では寒椿がわずかに花弁を開かせるのみの寂しいものであった。
「日の光だけでなく炎の明るさを感じるだけで頭痛がして身体が重く感じる。俗説も一応一部は真実だったということだな」
「まぁ、十字架も聖水も効きませんけど銀には弱いですしね。なんかこう、アレルギー反応のようなものなんじゃないかって親父は言ってましたけど」
「アレルギー……」
弱り切った様子でそう反芻すると、おもむろに彼は自身の指へと牙を立てた。
「ちょっ」
慌てて駆け寄る。しかし彼はそれに構わずその傷ついて血を流す指先だけを日向へと伸ばした。
光に照らされたそこは、だらだらと血を流し続ける。
「……傷が治らない」
「当たり前ですっ!」
思わず怒鳴って慌ててその手を影に引っ張り込む。その途端に血は止まり、傷口は塞がって痕も残さずに消えた。
ほっと胸をなで下ろす。
「何考えてんですか」
じろ、と思わず恨みがましく睨むと「ああ、いや」と彼は首を振った。
「もしかして弱体化しているというよりは、日の光の中では人間に戻っているということなのかなと思ったんだ」
「……人間は、明るいところで頭痛を起こしたりしませんよ」
「その通りだな」
彼は苦笑する。その表情に何かもの悲しいものを感じて、それを誤魔化すように「先に戻っててください」とカヅキは口早に告げた。
「朝食の残りが棚にあるんで。それと干し肉を軽く火であぶって昼食にしましょう。食べててください」
「ああ、君の分は?」
「いーですよ。腹減らないんで」
「そんなことだから君は小さいんじゃないのか?」
いかにも何の他意もありません、純粋に心配しているだけですといったニュアンスで告げられた言葉にカヅキは目を吊り上げて図体のでかい男を睨んだ。
激しく余計なお世話である。
「いや、これは何事も挑戦だから」
彼はそう意気込むと神妙な表情で白い布を両手で掲げて見せた。
気分は特攻隊だ。いざ死地に赴かんという決意に満ちた瞳が、目の前にぶら下がる長いロープを睨む。
そうして彼は一歩、家のひさしの影から出ると洗濯したシーツを物干しへと掛けようとして
「ううぅ……っ」
「ほら、いわんこっちゃない」
その陽射しのまぶしさにシーツの影へと隠れて頭を抱えて呻いた。
ミヤマがこの場所に住むと決めてから数日が経過していた。意外なほどに穏やかに過ぎた時間はなかなかに平和で、初対面同士にもかかわらず大した軋轢もなく共同生活を送れていた。
今はミヤマがせめて家のことを少しでも手伝おうと申し出て、昼日中に洗濯物を干そうと庭に出て太陽に撃退されたところである。
(まぁ、この人がだいぶ気を遣ってくれてるんだろうけど……)
その姿をひさしの下に放置してあるウッドチェアに腰掛けて眺めつつ、カヅキは嘆息した。
ここ数日の暮らしぶりでわかったが、ミヤマはおそらく、それなりに育ちの良い人物であるようだった。別に振る舞いが特別横柄であるわけではないが、食事の際にきちんと挨拶をするだとか、テーブルの椅子をきちんと定位置に戻すだとか、所々の仕草にそういったものはにじみ出るものである。それに身の回りのものを管理するのに慣れていない様子が多少あった。庭でたき火は炊けるのに炊事はたいして出来ないし、整理整頓はできるのに水汲みなどはしたことがない。それはつまり、
(そういうことをしてくれる使用人というかまぁ、そういうのがいたんだろう)
聞けば水に関しては自宅まで水道管が通っていたらしい。都会や金持ちの別荘でもなければ家の内部まで配管が整っていることなど稀だ。
田舎の平民はみんな、近くの川や井戸から毎日一日分の水を汲んでくるのである。
「……頭痛がする」
「でしょうねぇ」
眉間を指でもみながら、弱音を吐いて彼は影の中へと戻ってきた。立ち上がってカヅキは自分が座っていたウッドチェアに座るようにと促す。
彼はしばし迷った後、けれど体調不良に勝てなかったのか「ありがとう」と丁寧に告げてそこへと腰掛けた。
そこにどっしりと腰掛ける姿すらどこか気品があって厳めしい。彼が座るだけでただのぼろい椅子がまるで玉座のようだった。
「吸血鬼は日の光を浴びても死なないと本に書かれていたのに」
「死なないだけで苦手なんでしょ」
弱々しく目元を覆うその手から濡れたシーツを奪い取り、洗濯籠も回収してカヅキは物干しへと向かった。
庭、というには質素な柵に覆われただけのその空間は、物干しとウッドチェアをのぞけば何もない。春になればそこここに植えた季節の花が咲き誇るはずだが、この寒い時期では寒椿がわずかに花弁を開かせるのみの寂しいものであった。
「日の光だけでなく炎の明るさを感じるだけで頭痛がして身体が重く感じる。俗説も一応一部は真実だったということだな」
「まぁ、十字架も聖水も効きませんけど銀には弱いですしね。なんかこう、アレルギー反応のようなものなんじゃないかって親父は言ってましたけど」
「アレルギー……」
弱り切った様子でそう反芻すると、おもむろに彼は自身の指へと牙を立てた。
「ちょっ」
慌てて駆け寄る。しかし彼はそれに構わずその傷ついて血を流す指先だけを日向へと伸ばした。
光に照らされたそこは、だらだらと血を流し続ける。
「……傷が治らない」
「当たり前ですっ!」
思わず怒鳴って慌ててその手を影に引っ張り込む。その途端に血は止まり、傷口は塞がって痕も残さずに消えた。
ほっと胸をなで下ろす。
「何考えてんですか」
じろ、と思わず恨みがましく睨むと「ああ、いや」と彼は首を振った。
「もしかして弱体化しているというよりは、日の光の中では人間に戻っているということなのかなと思ったんだ」
「……人間は、明るいところで頭痛を起こしたりしませんよ」
「その通りだな」
彼は苦笑する。その表情に何かもの悲しいものを感じて、それを誤魔化すように「先に戻っててください」とカヅキは口早に告げた。
「朝食の残りが棚にあるんで。それと干し肉を軽く火であぶって昼食にしましょう。食べててください」
「ああ、君の分は?」
「いーですよ。腹減らないんで」
「そんなことだから君は小さいんじゃないのか?」
いかにも何の他意もありません、純粋に心配しているだけですといったニュアンスで告げられた言葉にカヅキは目を吊り上げて図体のでかい男を睨んだ。
激しく余計なお世話である。
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