やさしい吸血鬼の作り方

陸路りん

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1、プロローグ

3,ミヤマという男

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 甘ったるい蜂蜜とミルクの香りが部屋に満ちる。マグカップから立つ湯気を見つめながら、カヅキは「落ち着きました?」と彼に問いかけた。
 彼はマグカップから顔を上げると「ああ、」とそれに頷いた。その態度は先程までとは異なり非常に理性的で、元来の気性なのだろう、落ち着いたものだ。乱れていた赤髪は今はオールバックにするように後方になでつけられている。深く刻まれた眉間の皺はいまだに緩まないが、興奮で輝いていた金色の光は落ち着いて、その瞳は元来の深い真紅を取り戻していた。

(美形だなー)

 惜しむらくはその屈強な体躯と気むずかしそうな雰囲気のせいで大抵の相手には恐怖心を抱かせてしまうだろうことだ。
 カヅキは吸血鬼らしき男と向かいあってテーブルに掛けていた。とりあえずなんとか乾いていた男の衣服を着せて自分よりよほど動揺している男を椅子に座らせるのに成功した所である。
 自らも男に渡したのと同じ蜂蜜入りのミルクを飲みながら、「俺ね」と口火を切る。

「カヅキってーの。カヅキくんでもカヅキちゃんでもなんでも呼んでいーよ。お兄さんは?」
「……ミヤマだ。槍使いのミヤマ」

 その名前に少し聞き覚えがあった気がして「ん?」とカヅキは首を傾げる。『槍使いの』という呼称がどうにも思い出すのを邪魔しているような気がする。なんだか別の枕詞が付きそうな名前だった。

「えーっと、なんだっけ? 槍? いや、槍じゃねぇな、うーん、鳥、猫、えーと、犬? お兄さんなんか動物の名前と関係ない?」

 その問いかけに深く深く彼は息を吐くと、

「銀槍の狼」
 と低く告げた。その言葉にあっ、とカヅキは声を上げる。

「そうだ! 狼! 銀槍の狼ミヤマ!」

 思い出したことにすっきりしてから、はた、と我に返る。
 『銀槍の狼』。

「銀槍の狼っ!?」

 がたん、と椅子を蹴って立ち上がる。指を差してあんぐりと口を開けると彼はわずかに赤面し、ごほん、と気まずげに咳払いをした。

「その通り名は好きじゃないんだ。……あまり言わないでくれ」
「いや、いやいやいやいや……」

 好きじゃない、じゃないだろう、とカヅキは呆然とする。
 銀槍の狼ミヤマ。彼は非常に有名な槍使いの名手だ。どれぐらい有名かというと帝都で3年に一度の頻度で行われるラテラリア祭を祝して行われる武術大会で優勝したことのある実力者であり、どこそこの街でやれ盗賊を討伐しただの魔物を倒しただのという噂が半年に一度は音に聞こえてくるほどの猛者である。
 なにせあまりそういうことに興味のないカヅキですら名前を知っているほどである。なるほど、とカヅキは頷いた。

「だからお兄さんそんなに顔怖いんですね」
「納得するところはそこなのか?」

 ものすごく微妙な顔で見られてしまった。しかし真っ先に出てきた感想がそれだったのだから仕方がない。彼はわずかに逡巡すると

「君は、俺が怖くないのか」

 と怯えたように問いかけてきた。
 ふむ、とカヅキは顎に手を掛けて首をひねる。この質問になんと答えるべきだろうか。単純に怖い、と答えることは簡単だ。しかしそれよりも、

「お兄さんのほうが、怖がってますよ」

 カヅキの猫目が悪戯っぽく微笑む。

「自分より怖がってる人がいると冷静になりません? 逆に」

 軽い口調で冗談っぽく。まるで雑談の雰囲気を崩さないカヅキに、ミヤマはその目元をやっと緩めてふっ、と苦笑した。

「そうだな、きっと、俺の方が恐ろしい」

 暗く陰った目を伏せる。

「俺自身が、恐ろしい」
「お兄さんは退治士の人?」

 間髪を置かず質問を投げると、彼はわずかに動揺したが、すぐにそれを振り切るように首を横に振った。

「……、いや、そのような真似事もしたこともあるけど違うよ。俺は基本的に各地をふらふらしているだけだから」
「無職の人?」
「……、まぁ、そうとも言うかな」

 彼は意外にも穏やかな気性の人間らしい。先程の殺気が嘘のように、カヅキの無礼な物言いにも憤ることなくそう応じた。

「怖い目にあったの?」

 しかし続けた言葉にミヤマの瞳がこちらを射貫く。

(しまった、やり過ぎたか?)

 それにどきっとしつつ、表面上は他意はないというアピールにへらり、と笑ってみせる。そのメッセージを受け取ったのか、彼は再び視線を穏やかな物へと変えると意外なほど素直に「うん」と頷いてみせた。

「そう、とても怖い目にあったんだ」

 心の中で何か迷いを断ち切るように、ミヤマはまた一口ミルクを飲み込むとマグカップをテーブルへと置いた。真っ直ぐな瞳をこちらへと向ける。

「少し……、あれな話なんだけど聞いて貰えるかな。本当はこんな話を君のような子どもにするべきではないんだけど……、やはりまだ混乱しているようなんだ」

 誰かに話して状況を整理したい、と告げる彼にカヅキはどうぞ、と肯定を返した。
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