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10、猟犬リリィは帰れない

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「罪状を読み上げる」

 机にあらかじめ用意されていた巻物を開き、彼は読み上げる。

「ひとつ、ユーゴ・デルデヴェーズにかかる嫌疑は国家反逆罪、国への詐称罪である」

 そこでちらり、とリリィへと目線を寄こしたが、本当に一瞬だけでその視線はすぐに巻物へと戻った。

「彼は異界より訪れた落ち人を保護したにも関わらず、それを意図的に報告せず、その落ち人を自らの義姉と称して囲っていた」

 その言葉に周囲の人々がざわめき、リリィの事を指さす人もいた。事情を知らない人間から見れば、確かにおかしな光景だろう。囲われていたという被害者が、囲っていた加害者の手を握って心配そうに寄り添っているのだ。
 もう、この光景だけで被害者がこの審判を望んでいないことは確かなのだから終わりにしてくれないかとも思うが、今回の問題はそんなことではないのだ。
 リリィの意思など関係ない。リリィの身柄を国に献上しなかったことが問題なのだから。

「この件に関しての証拠、証人を示させてもらう」

 ざわめきを切り裂くようにユリウスが宣言し目線で合図を行うと、ずい、と前に出てきたのはやはり、ジュールであった。
 黒炭の髪に燦めく金色の瞳。その優美さに周囲がほう、とため息をもらす。
 彼は壇上へと立つと、まるで男優のように美しく一礼をしてみせた。

「皆様、僕はジュール・デルデヴェーズと申します。このたびは我が従兄殿のためにお集まりいただき、非常に恐縮です」

 そこまで言うと、彼は表情をわずかに曇らせてみせた。

「今回、大変遺憾な事件が起きましたことをまずはお詫びさせていただきます。僕は彼の身内として、このような事態を二度と招かぬように責任を取る意味もこめてこの告発をさせていただきたいと思います」

 白々しい、と一体この場にいる何人が思ったことだろう。
 誰もが彼の詭弁など本気にしてはいない。ユーゴとジュールが次期領主の座を争っていることなど自明の理だ。この場にいる全員がこれが権力争いの末のつるし上げであることを承知していた。
 ユリウスはわずかに咳払いをすると「証人は簡潔に聞かれたことに対してだけ述べるように」と彼の無駄な演説を止めさせた。
 従兄をやり込める華々しい舞台を邪魔されて彼は一瞬不快気な顔をしたものの、すぐに取り繕って「はい」と綺麗な笑顔で頷く。

「では証人、被告人が落ち人を囲っていると思った根拠を述べてください」
「はい、僕はある人から聞いたのです。今そこにいる彼女……」

 ちらり、と彼はわざとらしく同情するようにリリィを目線で示した。

「リリィと名乗る女性が落ち人であるということを」
「それは一体誰から聞いたのですか?」
「イーハ、という青年です。彼は教会の仕事を手伝っていました」
「今この場に彼はいないようですね」
「ええ、本当ならば、僕も彼をこの場に呼びたかった。けれどそれは叶わなかったのです」

 そこでまるで悲劇だとでも言わんばかりに、ジュールは目線を伏せた。

「彼は殺されてしまったのです。秘密を話してしまったから……、そこにいる、ユーゴ・デルデヴェーズに!」

 その発言に周囲は大きくどよめいた。
 ざわざわとする喧騒の中から「まさか、本当に?」だの「彼は正妻と異母弟を殺したこともあるから……」などと不謹慎な言葉が聞こえる。
 こわばって体温を失うユーゴの手を、リリィは自らの無力さを実感しながら握り続けることしか出来ない。少しでも口を開けば罵声が飛び出しそうで、唇を噛みしめた。

(何も知らないくせに、聞いた話で適当なことばかり言いやがって)

 リリィだってユーゴが異母弟を殺したのかどうかの真相など知らない。けれどユーゴの人柄は今、この場にいる誰よりもわかっているつもりだった。
 ユーゴが異母弟を殺した可能性は0ではないとリリィも思っている。
 けれどイーハを殺したのはユーゴではない。
 そもそもイーハはリリィが異世界の人間だということなど知らないのだ。兄弟ではないということは明かしたが、そこからリリィの素性を異世界につなげることなどあまりにも荒唐無稽すぎる。
 よしんばイーハがリリィが異世界の人だと知ってしまったとして、ユーゴが彼を黙らせるために強盗を装って殺すなどといういかにも安直でスマートではない手段に及ぶとはリリィには思えなかった。

 従兄の暗殺ですら、リリィに選択を迫るという形をとってとはいえ避けた人間だ。
 ユーゴは冷酷だが、無情ではない。
 莉々子を誘拐してその人生を縛ったように、誰かの人生を奪うこともあるかもしれない。
 しかしそれは本当に最終手段で、それ以外の手段があるのならば彼はそちらを優先して選ぶだろう。
 人を殺せるということと、人を傷つけることに罪悪感を抱かないということは違う。

(ユーゴは人を殺せるけれど、罪悪感を抱ける人間だ)

 それをずっと、抱えて生きていくような人間だ。
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