89 / 92
10、猟犬リリィは帰れない
④
しおりを挟む
「罪状を読み上げる」
机にあらかじめ用意されていた巻物を開き、彼は読み上げる。
「ひとつ、ユーゴ・デルデヴェーズにかかる嫌疑は国家反逆罪、国への詐称罪である」
そこでちらり、とリリィへと目線を寄こしたが、本当に一瞬だけでその視線はすぐに巻物へと戻った。
「彼は異界より訪れた落ち人を保護したにも関わらず、それを意図的に報告せず、その落ち人を自らの義姉と称して囲っていた」
その言葉に周囲の人々がざわめき、リリィの事を指さす人もいた。事情を知らない人間から見れば、確かにおかしな光景だろう。囲われていたという被害者が、囲っていた加害者の手を握って心配そうに寄り添っているのだ。
もう、この光景だけで被害者がこの審判を望んでいないことは確かなのだから終わりにしてくれないかとも思うが、今回の問題はそんなことではないのだ。
リリィの意思など関係ない。リリィの身柄を国に献上しなかったことが問題なのだから。
「この件に関しての証拠、証人を示させてもらう」
ざわめきを切り裂くようにユリウスが宣言し目線で合図を行うと、ずい、と前に出てきたのはやはり、ジュールであった。
黒炭の髪に燦めく金色の瞳。その優美さに周囲がほう、とため息をもらす。
彼は壇上へと立つと、まるで男優のように美しく一礼をしてみせた。
「皆様、僕はジュール・デルデヴェーズと申します。このたびは我が従兄殿のためにお集まりいただき、非常に恐縮です」
そこまで言うと、彼は表情をわずかに曇らせてみせた。
「今回、大変遺憾な事件が起きましたことをまずはお詫びさせていただきます。僕は彼の身内として、このような事態を二度と招かぬように責任を取る意味もこめてこの告発をさせていただきたいと思います」
白々しい、と一体この場にいる何人が思ったことだろう。
誰もが彼の詭弁など本気にしてはいない。ユーゴとジュールが次期領主の座を争っていることなど自明の理だ。この場にいる全員がこれが権力争いの末のつるし上げであることを承知していた。
ユリウスはわずかに咳払いをすると「証人は簡潔に聞かれたことに対してだけ述べるように」と彼の無駄な演説を止めさせた。
従兄をやり込める華々しい舞台を邪魔されて彼は一瞬不快気な顔をしたものの、すぐに取り繕って「はい」と綺麗な笑顔で頷く。
「では証人、被告人が落ち人を囲っていると思った根拠を述べてください」
「はい、僕はある人から聞いたのです。今そこにいる彼女……」
ちらり、と彼はわざとらしく同情するようにリリィを目線で示した。
「リリィと名乗る女性が落ち人であるということを」
「それは一体誰から聞いたのですか?」
「イーハ、という青年です。彼は教会の仕事を手伝っていました」
「今この場に彼はいないようですね」
「ええ、本当ならば、僕も彼をこの場に呼びたかった。けれどそれは叶わなかったのです」
そこでまるで悲劇だとでも言わんばかりに、ジュールは目線を伏せた。
「彼は殺されてしまったのです。秘密を話してしまったから……、そこにいる、ユーゴ・デルデヴェーズに!」
その発言に周囲は大きくどよめいた。
ざわざわとする喧騒の中から「まさか、本当に?」だの「彼は正妻と異母弟を殺したこともあるから……」などと不謹慎な言葉が聞こえる。
こわばって体温を失うユーゴの手を、リリィは自らの無力さを実感しながら握り続けることしか出来ない。少しでも口を開けば罵声が飛び出しそうで、唇を噛みしめた。
(何も知らないくせに、聞いた話で適当なことばかり言いやがって)
リリィだってユーゴが異母弟を殺したのかどうかの真相など知らない。けれどユーゴの人柄は今、この場にいる誰よりもわかっているつもりだった。
ユーゴが異母弟を殺した可能性は0ではないとリリィも思っている。
けれどイーハを殺したのはユーゴではない。
そもそもイーハはリリィが異世界の人間だということなど知らないのだ。兄弟ではないということは明かしたが、そこからリリィの素性を異世界につなげることなどあまりにも荒唐無稽すぎる。
よしんばイーハがリリィが異世界の人だと知ってしまったとして、ユーゴが彼を黙らせるために強盗を装って殺すなどといういかにも安直でスマートではない手段に及ぶとはリリィには思えなかった。
従兄の暗殺ですら、リリィに選択を迫るという形をとってとはいえ避けた人間だ。
ユーゴは冷酷だが、無情ではない。
莉々子を誘拐してその人生を縛ったように、誰かの人生を奪うこともあるかもしれない。
しかしそれは本当に最終手段で、それ以外の手段があるのならば彼はそちらを優先して選ぶだろう。
人を殺せるということと、人を傷つけることに罪悪感を抱かないということは違う。
(ユーゴは人を殺せるけれど、罪悪感を抱ける人間だ)
それをずっと、抱えて生きていくような人間だ。
机にあらかじめ用意されていた巻物を開き、彼は読み上げる。
「ひとつ、ユーゴ・デルデヴェーズにかかる嫌疑は国家反逆罪、国への詐称罪である」
そこでちらり、とリリィへと目線を寄こしたが、本当に一瞬だけでその視線はすぐに巻物へと戻った。
「彼は異界より訪れた落ち人を保護したにも関わらず、それを意図的に報告せず、その落ち人を自らの義姉と称して囲っていた」
その言葉に周囲の人々がざわめき、リリィの事を指さす人もいた。事情を知らない人間から見れば、確かにおかしな光景だろう。囲われていたという被害者が、囲っていた加害者の手を握って心配そうに寄り添っているのだ。
もう、この光景だけで被害者がこの審判を望んでいないことは確かなのだから終わりにしてくれないかとも思うが、今回の問題はそんなことではないのだ。
リリィの意思など関係ない。リリィの身柄を国に献上しなかったことが問題なのだから。
「この件に関しての証拠、証人を示させてもらう」
ざわめきを切り裂くようにユリウスが宣言し目線で合図を行うと、ずい、と前に出てきたのはやはり、ジュールであった。
黒炭の髪に燦めく金色の瞳。その優美さに周囲がほう、とため息をもらす。
彼は壇上へと立つと、まるで男優のように美しく一礼をしてみせた。
「皆様、僕はジュール・デルデヴェーズと申します。このたびは我が従兄殿のためにお集まりいただき、非常に恐縮です」
そこまで言うと、彼は表情をわずかに曇らせてみせた。
「今回、大変遺憾な事件が起きましたことをまずはお詫びさせていただきます。僕は彼の身内として、このような事態を二度と招かぬように責任を取る意味もこめてこの告発をさせていただきたいと思います」
白々しい、と一体この場にいる何人が思ったことだろう。
誰もが彼の詭弁など本気にしてはいない。ユーゴとジュールが次期領主の座を争っていることなど自明の理だ。この場にいる全員がこれが権力争いの末のつるし上げであることを承知していた。
ユリウスはわずかに咳払いをすると「証人は簡潔に聞かれたことに対してだけ述べるように」と彼の無駄な演説を止めさせた。
従兄をやり込める華々しい舞台を邪魔されて彼は一瞬不快気な顔をしたものの、すぐに取り繕って「はい」と綺麗な笑顔で頷く。
「では証人、被告人が落ち人を囲っていると思った根拠を述べてください」
「はい、僕はある人から聞いたのです。今そこにいる彼女……」
ちらり、と彼はわざとらしく同情するようにリリィを目線で示した。
「リリィと名乗る女性が落ち人であるということを」
「それは一体誰から聞いたのですか?」
「イーハ、という青年です。彼は教会の仕事を手伝っていました」
「今この場に彼はいないようですね」
「ええ、本当ならば、僕も彼をこの場に呼びたかった。けれどそれは叶わなかったのです」
そこでまるで悲劇だとでも言わんばかりに、ジュールは目線を伏せた。
「彼は殺されてしまったのです。秘密を話してしまったから……、そこにいる、ユーゴ・デルデヴェーズに!」
その発言に周囲は大きくどよめいた。
ざわざわとする喧騒の中から「まさか、本当に?」だの「彼は正妻と異母弟を殺したこともあるから……」などと不謹慎な言葉が聞こえる。
こわばって体温を失うユーゴの手を、リリィは自らの無力さを実感しながら握り続けることしか出来ない。少しでも口を開けば罵声が飛び出しそうで、唇を噛みしめた。
(何も知らないくせに、聞いた話で適当なことばかり言いやがって)
リリィだってユーゴが異母弟を殺したのかどうかの真相など知らない。けれどユーゴの人柄は今、この場にいる誰よりもわかっているつもりだった。
ユーゴが異母弟を殺した可能性は0ではないとリリィも思っている。
けれどイーハを殺したのはユーゴではない。
そもそもイーハはリリィが異世界の人間だということなど知らないのだ。兄弟ではないということは明かしたが、そこからリリィの素性を異世界につなげることなどあまりにも荒唐無稽すぎる。
よしんばイーハがリリィが異世界の人だと知ってしまったとして、ユーゴが彼を黙らせるために強盗を装って殺すなどといういかにも安直でスマートではない手段に及ぶとはリリィには思えなかった。
従兄の暗殺ですら、リリィに選択を迫るという形をとってとはいえ避けた人間だ。
ユーゴは冷酷だが、無情ではない。
莉々子を誘拐してその人生を縛ったように、誰かの人生を奪うこともあるかもしれない。
しかしそれは本当に最終手段で、それ以外の手段があるのならば彼はそちらを優先して選ぶだろう。
人を殺せるということと、人を傷つけることに罪悪感を抱かないということは違う。
(ユーゴは人を殺せるけれど、罪悪感を抱ける人間だ)
それをずっと、抱えて生きていくような人間だ。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます
今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。
アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて……
表紙 チルヲさん
出てくる料理は架空のものです
造語もあります11/9
参考にしている本
中世ヨーロッパの農村の生活
中世ヨーロッパを生きる
中世ヨーロッパの都市の生活
中世ヨーロッパの暮らし
中世ヨーロッパのレシピ
wikipediaなど
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
家族全員異世界へ転移したが、その世界で父(魔王)母(勇者)だった…らしい~妹は聖女クラスの魔力持ち!?俺はどうなんですかね?遠い目~
厘/りん
ファンタジー
ある休日、家族でお昼ご飯を食べていたらいきなり異世界へ転移した。俺(長男)カケルは日本と全く違う異世界に動揺していたが、父と母の様子がおかしかった。なぜか、やけに落ち着いている。問い詰めると、もともと父は異世界人だった(らしい)。信じられない!
☆第4回次世代ファンタジーカップ
142位でした。ありがとう御座いました。
★Nolaノベルさん•なろうさんに編集して掲載中。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる