62 / 92
7.女神VS吸血鬼
⑦
しおりを挟む
のんびりとベンチに腰掛けて本のページをめくる。
教会の中庭にあるベンチの頭上には丁度良い具合に陽射しを遮ってくれる背の高い木が生えており、莉々子はその下で穏やかに思索にふけっていた。
莉々子の隣には読み終わった本が数冊積まれていた。下から順に『世界生物大全』、『竜種と遭遇した際の心得』、『危険地帯旅行マニュアル』といった辞典や災害マニュアルのようなものから始まり『道徳の学習』、『セイアッド史』といった教本、そして最終的には現在手に持っている『せいれいさまとやくそくのゆうしゃ』という童話へとその種類は変化していた。
「なるほど……?」
本を閉じてその表紙をまじまじと見つめる。
『せいれいさまとやくそくのゆうしゃ』の表紙は、教会にある精霊像を簡略化したような七色に輝く蓑虫精霊様と剣を片手に向き合う一人の青年が描かれていた。
これは紛れもなく童話だが、いわゆるこの国で信じられている、あるいは確かな事実として存在している史実を元に、児童に約束の血族に対する畏敬を植え付けるための絵本であった。絵本なだけあってわかりやすい内容のため莉々子にも取っつきやすくわかりやすい。
その内容は概ねユーゴからざっくりと聞いた通りであったが新しい収穫もあった。
実はこの精霊様、セイアッド国だけではなく他国にも存在しており、おのおの異なるエピソードでその領地を人間に貸し与えてくれているらしい。
ほとんど同時期に行われたらしいその領地貸借に莉々子は作為的なものを感じる。
(誰か一人が代表として交渉して、その結果として各々の領地の代表者を選抜したというのならばまだわかるけど、各々が異なる交渉を行って同じ結果を得るということが独立して同時期に起こるというのは一体どういう状況なんだ……?)
正直いまいちぴんとこない。
莉々子にとって『精霊様』はいまだに胡散臭い謎の生命体のままである。
とにかく確定していることと言えば、精霊様の立ち位置はどうやら創造主ではなく、支配者であるといった点であろうか。
もしかしたら精霊様が『神様』と翻訳されないのにもその辺りの概念の影響があるのかも知れない。
莉々子の中では神様というとなんとなく世界の創造主的なイメージが先行してしまう。その辺りの概念との兼ね合いで莉々子の中では『精霊様』と翻訳されてしまうのかも知れなかった。
大きく一つ、息を吐く。
精霊様の存在は忌々しい。しかし彼らがこの世界の支配者なのだとしたら、彼らと接触を図ることで元の世界、日本へと戻れる可能性もあるのではないか、と莉々子は夢想する。
(まぁ、その可能性があったとしても私には交渉の材料が何もないわけなんだが……)
ベンチの背もたれに背中を預け、仰け反るようにして天を仰ぐ。
木の葉の隙間をぬって斑模様に差し込む光が眩しくて目を細めた。
「何にも持ってないなぁ、私……」
「はい」
目の前に唐突に青い林檎が現れた。
目を見張っているとその視界の横からひょこり、と笑顔が現れる。
「もって、いーよ」
「…………ありがとうございます」
呆気にとられたまま思わずその林檎を受け取る。彼はにっこりと笑うと、莉々子の隣に置いてあった本を全て手で払い落とし、スペースを作るとそこに当然のような顔をして腰掛けた。
ばさばさと派手な音を立てて本が地面へと乱雑に積み上がる。
「…………」
「もった」
声も出せずにそれを見守ってしまった莉々子のことを指さし、彼は笑った。
銀色の髪が、光を反射してきらきらと揺れる。深い青色が莉々子のことを見つめた。
「もつ、も、もった、もーってる、もってる」
思い通りの言葉が出ないのだろう、彼は試行錯誤しながらもどかしそうに言葉を紡ぐ。けれど目的の言葉に行き着いたらしい。
「もってる!」
びしっ、と青い林檎を受け取った莉々子の手を指さして嬉しそうな声を上げた。
莉々子は自分の左手を見る。確かに林檎を持っていた。
彼はにこにこと楽しそうだ。
ふ、と自身の口元が緩むのが莉々子にもわかった。
「ええ、持っていますね」
「もってる」
「ええ、持っています」
繰り返す彼の言葉に頷きながら、その声には涙が滲んだ。彼の瞳を見ていられずに、思わず顔をうつむけてしまう。
「りーり?」
「ええ、ええ、私はリリィです。持っています。持っていますね……」
何故だか彼の笑顔を見ていたら、突然今まで堪えていた感情が決壊してしまい、涙が止まらなくなってしまった。
彼の掌が、莉々子の背中を撫でる感触がした。
堪えきれずに、莉々子は声を出して泣いた。
教会の中庭にあるベンチの頭上には丁度良い具合に陽射しを遮ってくれる背の高い木が生えており、莉々子はその下で穏やかに思索にふけっていた。
莉々子の隣には読み終わった本が数冊積まれていた。下から順に『世界生物大全』、『竜種と遭遇した際の心得』、『危険地帯旅行マニュアル』といった辞典や災害マニュアルのようなものから始まり『道徳の学習』、『セイアッド史』といった教本、そして最終的には現在手に持っている『せいれいさまとやくそくのゆうしゃ』という童話へとその種類は変化していた。
「なるほど……?」
本を閉じてその表紙をまじまじと見つめる。
『せいれいさまとやくそくのゆうしゃ』の表紙は、教会にある精霊像を簡略化したような七色に輝く蓑虫精霊様と剣を片手に向き合う一人の青年が描かれていた。
これは紛れもなく童話だが、いわゆるこの国で信じられている、あるいは確かな事実として存在している史実を元に、児童に約束の血族に対する畏敬を植え付けるための絵本であった。絵本なだけあってわかりやすい内容のため莉々子にも取っつきやすくわかりやすい。
その内容は概ねユーゴからざっくりと聞いた通りであったが新しい収穫もあった。
実はこの精霊様、セイアッド国だけではなく他国にも存在しており、おのおの異なるエピソードでその領地を人間に貸し与えてくれているらしい。
ほとんど同時期に行われたらしいその領地貸借に莉々子は作為的なものを感じる。
(誰か一人が代表として交渉して、その結果として各々の領地の代表者を選抜したというのならばまだわかるけど、各々が異なる交渉を行って同じ結果を得るということが独立して同時期に起こるというのは一体どういう状況なんだ……?)
正直いまいちぴんとこない。
莉々子にとって『精霊様』はいまだに胡散臭い謎の生命体のままである。
とにかく確定していることと言えば、精霊様の立ち位置はどうやら創造主ではなく、支配者であるといった点であろうか。
もしかしたら精霊様が『神様』と翻訳されないのにもその辺りの概念の影響があるのかも知れない。
莉々子の中では神様というとなんとなく世界の創造主的なイメージが先行してしまう。その辺りの概念との兼ね合いで莉々子の中では『精霊様』と翻訳されてしまうのかも知れなかった。
大きく一つ、息を吐く。
精霊様の存在は忌々しい。しかし彼らがこの世界の支配者なのだとしたら、彼らと接触を図ることで元の世界、日本へと戻れる可能性もあるのではないか、と莉々子は夢想する。
(まぁ、その可能性があったとしても私には交渉の材料が何もないわけなんだが……)
ベンチの背もたれに背中を預け、仰け反るようにして天を仰ぐ。
木の葉の隙間をぬって斑模様に差し込む光が眩しくて目を細めた。
「何にも持ってないなぁ、私……」
「はい」
目の前に唐突に青い林檎が現れた。
目を見張っているとその視界の横からひょこり、と笑顔が現れる。
「もって、いーよ」
「…………ありがとうございます」
呆気にとられたまま思わずその林檎を受け取る。彼はにっこりと笑うと、莉々子の隣に置いてあった本を全て手で払い落とし、スペースを作るとそこに当然のような顔をして腰掛けた。
ばさばさと派手な音を立てて本が地面へと乱雑に積み上がる。
「…………」
「もった」
声も出せずにそれを見守ってしまった莉々子のことを指さし、彼は笑った。
銀色の髪が、光を反射してきらきらと揺れる。深い青色が莉々子のことを見つめた。
「もつ、も、もった、もーってる、もってる」
思い通りの言葉が出ないのだろう、彼は試行錯誤しながらもどかしそうに言葉を紡ぐ。けれど目的の言葉に行き着いたらしい。
「もってる!」
びしっ、と青い林檎を受け取った莉々子の手を指さして嬉しそうな声を上げた。
莉々子は自分の左手を見る。確かに林檎を持っていた。
彼はにこにこと楽しそうだ。
ふ、と自身の口元が緩むのが莉々子にもわかった。
「ええ、持っていますね」
「もってる」
「ええ、持っています」
繰り返す彼の言葉に頷きながら、その声には涙が滲んだ。彼の瞳を見ていられずに、思わず顔をうつむけてしまう。
「りーり?」
「ええ、ええ、私はリリィです。持っています。持っていますね……」
何故だか彼の笑顔を見ていたら、突然今まで堪えていた感情が決壊してしまい、涙が止まらなくなってしまった。
彼の掌が、莉々子の背中を撫でる感触がした。
堪えきれずに、莉々子は声を出して泣いた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます
今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。
アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて……
表紙 チルヲさん
出てくる料理は架空のものです
造語もあります11/9
参考にしている本
中世ヨーロッパの農村の生活
中世ヨーロッパを生きる
中世ヨーロッパの都市の生活
中世ヨーロッパの暮らし
中世ヨーロッパのレシピ
wikipediaなど
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。
家族全員異世界へ転移したが、その世界で父(魔王)母(勇者)だった…らしい~妹は聖女クラスの魔力持ち!?俺はどうなんですかね?遠い目~
厘/りん
ファンタジー
ある休日、家族でお昼ご飯を食べていたらいきなり異世界へ転移した。俺(長男)カケルは日本と全く違う異世界に動揺していたが、父と母の様子がおかしかった。なぜか、やけに落ち着いている。問い詰めると、もともと父は異世界人だった(らしい)。信じられない!
☆第4回次世代ファンタジーカップ
142位でした。ありがとう御座いました。
★Nolaノベルさん•なろうさんに編集して掲載中。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる