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7.女神VS吸血鬼

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 のんびりとベンチに腰掛けて本のページをめくる。
 教会の中庭にあるベンチの頭上には丁度良い具合に陽射しを遮ってくれる背の高い木が生えており、莉々子はその下で穏やかに思索にふけっていた。

 莉々子の隣には読み終わった本が数冊積まれていた。下から順に『世界生物大全』、『竜種と遭遇した際の心得』、『危険地帯旅行マニュアル』といった辞典や災害マニュアルのようなものから始まり『道徳の学習』、『セイアッド史』といった教本、そして最終的には現在手に持っている『せいれいさまとやくそくのゆうしゃ』という童話へとその種類は変化していた。

「なるほど……?」

 本を閉じてその表紙をまじまじと見つめる。
 『せいれいさまとやくそくのゆうしゃ』の表紙は、教会にある精霊像を簡略化したような七色に輝く蓑虫精霊様と剣を片手に向き合う一人の青年が描かれていた。
 これは紛れもなく童話だが、いわゆるこの国で信じられている、あるいは確かな事実として存在している史実を元に、児童に約束の血族に対する畏敬を植え付けるための絵本であった。絵本なだけあってわかりやすい内容のため莉々子にも取っつきやすくわかりやすい。 
その内容は概ねユーゴからざっくりと聞いた通りであったが新しい収穫もあった。
 実はこの精霊様、セイアッド国だけではなく他国にも存在しており、おのおの異なるエピソードでその領地を人間に貸し与えてくれているらしい。
 ほとんど同時期に行われたらしいその領地貸借に莉々子は作為的なものを感じる。

(誰か一人が代表として交渉して、その結果として各々の領地の代表者を選抜したというのならばまだわかるけど、各々が異なる交渉を行って同じ結果を得るということが独立して同時期に起こるというのは一体どういう状況なんだ……?)

 正直いまいちぴんとこない。
 莉々子にとって『精霊様』はいまだに胡散臭い謎の生命体のままである。
 とにかく確定していることと言えば、精霊様の立ち位置はどうやら創造主ではなく、支配者であるといった点であろうか。
 もしかしたら精霊様が『神様』と翻訳されないのにもその辺りの概念の影響があるのかも知れない。
 莉々子の中では神様というとなんとなく世界の創造主的なイメージが先行してしまう。その辺りの概念との兼ね合いで莉々子の中では『精霊様』と翻訳されてしまうのかも知れなかった。

 大きく一つ、息を吐く。
 精霊様の存在は忌々しい。しかし彼らがこの世界の支配者なのだとしたら、彼らと接触を図ることで元の世界、日本へと戻れる可能性もあるのではないか、と莉々子は夢想する。

(まぁ、その可能性があったとしても私には交渉の材料が何もないわけなんだが……)

 ベンチの背もたれに背中を預け、仰け反るようにして天を仰ぐ。
 木の葉の隙間をぬって斑模様に差し込む光が眩しくて目を細めた。

「何にも持ってないなぁ、私……」
「はい」

 目の前に唐突に青い林檎が現れた。
 目を見張っているとその視界の横からひょこり、と笑顔が現れる。

「もって、いーよ」
「…………ありがとうございます」

 呆気にとられたまま思わずその林檎を受け取る。彼はにっこりと笑うと、莉々子の隣に置いてあった本を全て手で払い落とし、スペースを作るとそこに当然のような顔をして腰掛けた。
 ばさばさと派手な音を立てて本が地面へと乱雑に積み上がる。

「…………」
「もった」

 声も出せずにそれを見守ってしまった莉々子のことを指さし、彼は笑った。
 銀色の髪が、光を反射してきらきらと揺れる。深い青色が莉々子のことを見つめた。

「もつ、も、もった、もーってる、もってる」

 思い通りの言葉が出ないのだろう、彼は試行錯誤しながらもどかしそうに言葉を紡ぐ。けれど目的の言葉に行き着いたらしい。

「もってる!」

 びしっ、と青い林檎を受け取った莉々子の手を指さして嬉しそうな声を上げた。
 莉々子は自分の左手を見る。確かに林檎を持っていた。
 彼はにこにこと楽しそうだ。
 ふ、と自身の口元が緩むのが莉々子にもわかった。

「ええ、持っていますね」
「もってる」
「ええ、持っています」

 繰り返す彼の言葉に頷きながら、その声には涙が滲んだ。彼の瞳を見ていられずに、思わず顔をうつむけてしまう。

「りーり?」
「ええ、ええ、私はリリィです。持っています。持っていますね……」

 何故だか彼の笑顔を見ていたら、突然今まで堪えていた感情が決壊してしまい、涙が止まらなくなってしまった。
 彼の掌が、莉々子の背中を撫でる感触がした。
 堪えきれずに、莉々子は声を出して泣いた。
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