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3.妄想りふれいん
⑤
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身を引き締めて、莉々子はパンを手に取る。
むしゃり、と思案を振り払うように勢いよくかぶりつくと、途端にその手元に強い視線を感じた。
ゆっくりとこの場にいるもう一人の人物――ユーゴの方へと視線を向けると、ごみを見るような目で見られていた。
無言の視線が、すごい蔑んでくる。
「あの……、なにか……?」
「直接パンにかぶりつくなど、貴様は本当の犬か何かか?」
莉々子の目の前で、ユーゴはパンをこれ見よがしに手でちぎって見せた。
「手を使え、人間だろう」
作法のしつけからしなくてはならないのか、俺は。と呆れたように深く深く嘆息された。
ただ、パンに直接口をつけただけで、ひどい言い様である。
もちろん莉々子だって、パンをちぎって食べることもある。
しかし、大学時代から続くそこそこの年月の一人暮らしから、若干習慣化されてしまった行為が、ついつい出てしまっただけなのだ。
(致し方なくないだろうか! )
とは内心でだけ叫びつつ、おとなしくパンを手でちぎる莉々子である。
しかし、昼食の時にはてっきり莉々子は捕獲された珍獣扱いだからこその粗食だと思ったが、今現在、莉々子とユーゴの食べているメニューが同じなことを見ると、そういった意図は存在しなかったらしい、と悟る。
もしかしたら、食の流通が行き届いていない世界なのだろうか。
だとしても、“次期領主”という肩書きのユーゴでこれならば、その他の一般市民はどうなるのだろうか。
味は見た目から想定していたものと大きく変わりはなかった。
パンにはそこそこバターが練り込まれているのか、ぱさぱさした感じも、さほどしない。
なんとも読めないな、と思いながら、もそもそと食事をむさぼる。
しかし、なんとなくだが、わかってきたこともある。
莉々子の首にかけられている“服従の首輪”。
それはさほど、万能のものではないらしい、という事である。
ユーゴはこの首輪を指して、『装着した者の行動をある程度制限、操作できる呪いがかかっている』と言った。
『ある程度』、とはどの程度なのだろう、とずっと疑問に思っていたが、どうやら、そうそう気軽に命令を下して操れる、というものでもないらしい。
先ほど莉々子の不作法を、ユーゴは言葉で制止した。
少なくとも、そのような程度のことでほいほい使えるようなものではないらしい。
もし、なんらかの制約がないのならば、莉々子に思い知らせるためにも、ほんの些細なことでも積極的に使っていったほうが良い。
見せしめのために、一発かます、というのも有効だ。
それをしないということは、使うことになんらかの不都合があるということだ。
回数制限でもあるのだろうか。
莉々子が目覚めた時、最初から首輪をつけていなかったのは、試す意味もあっただろうが、何よりもその首輪の数が多くはないことを示している。
首輪が唸るほどたくさんあるのであれば、最初から召還者全員につけることを想定して、目覚める前からつけておけばよいだけだからである。
ところがどうだ、ユーゴの行動を思い返すと、最初は首輪を使用せずに様子をうかがい、莉々子を騙すことができなかったから、そこで初めて首輪を使用した、というものだった。
明らかに、出し惜しみをしている。
つまり、首輪が壊れたり、使えなくなったら、はい、すぐ次の物へ交換、というわけにはいかないのだ。
そういえば、ユーゴは莉々子のことを鍵のかかる部屋に閉じ込めていた。
その点から考えると、もしかしたらある程度の距離があると操作できなくなるという可能性もあるのではないだろうか。
距離が開いていても相手を操れるのであれば、居なくなったと気づいた時点で、すぐに戻るように命令を下せば良いだけだからである。
にもかかわらず、わざわざ部屋に鍵をかけて脱走を警戒したのは、物理的距離、あるいはその他なんらかの条件を満たさないと呪いが発動しないということではないだろうか。
すべては推測とも呼べないような憶測で、わからないことのほうがむしろ多い。
しかし、これは大きな事だ。
この首輪のシステムには、隙がある。
莉々子が逃れるための隙が。
必要なのは情報だ。この首輪には何が出来て、何が出来ないのか。
馬鹿正直に思ったことを口に出すなんていう失態は、もう、二度としない。
フォークをトマトに突き立てる。
莉々子の視線は、あからさまなものではないが、ユーゴに向いたままだった。
些細なことでいい。そこから、ユーゴを出し抜く。
ほとんど無言の食事が終わると莉々子は元の部屋に戻された。
「では、な」
軽く挨拶をして、ユーゴは扉を閉めて出て行った。
しかし、今度は扉の鍵をかけられなかった。
「………あれ?」
莉々子は首を傾げて扉を開けたり閉めたりして何度も鍵がかかっていないことを確認したが、事実は変わらなかった。
「…………」
おとなしく無言で扉を閉じると、とりあえず、ベッドに横になって、寝た。
ただのふて寝だ。
屋敷内を冒険したい誘惑にも一瞬駆られたが、今は活発に動き回る気にはなれなかった。
このユーゴの不可解な行動に関しての考察は、また今度に持ち越しである。
むしゃり、と思案を振り払うように勢いよくかぶりつくと、途端にその手元に強い視線を感じた。
ゆっくりとこの場にいるもう一人の人物――ユーゴの方へと視線を向けると、ごみを見るような目で見られていた。
無言の視線が、すごい蔑んでくる。
「あの……、なにか……?」
「直接パンにかぶりつくなど、貴様は本当の犬か何かか?」
莉々子の目の前で、ユーゴはパンをこれ見よがしに手でちぎって見せた。
「手を使え、人間だろう」
作法のしつけからしなくてはならないのか、俺は。と呆れたように深く深く嘆息された。
ただ、パンに直接口をつけただけで、ひどい言い様である。
もちろん莉々子だって、パンをちぎって食べることもある。
しかし、大学時代から続くそこそこの年月の一人暮らしから、若干習慣化されてしまった行為が、ついつい出てしまっただけなのだ。
(致し方なくないだろうか! )
とは内心でだけ叫びつつ、おとなしくパンを手でちぎる莉々子である。
しかし、昼食の時にはてっきり莉々子は捕獲された珍獣扱いだからこその粗食だと思ったが、今現在、莉々子とユーゴの食べているメニューが同じなことを見ると、そういった意図は存在しなかったらしい、と悟る。
もしかしたら、食の流通が行き届いていない世界なのだろうか。
だとしても、“次期領主”という肩書きのユーゴでこれならば、その他の一般市民はどうなるのだろうか。
味は見た目から想定していたものと大きく変わりはなかった。
パンにはそこそこバターが練り込まれているのか、ぱさぱさした感じも、さほどしない。
なんとも読めないな、と思いながら、もそもそと食事をむさぼる。
しかし、なんとなくだが、わかってきたこともある。
莉々子の首にかけられている“服従の首輪”。
それはさほど、万能のものではないらしい、という事である。
ユーゴはこの首輪を指して、『装着した者の行動をある程度制限、操作できる呪いがかかっている』と言った。
『ある程度』、とはどの程度なのだろう、とずっと疑問に思っていたが、どうやら、そうそう気軽に命令を下して操れる、というものでもないらしい。
先ほど莉々子の不作法を、ユーゴは言葉で制止した。
少なくとも、そのような程度のことでほいほい使えるようなものではないらしい。
もし、なんらかの制約がないのならば、莉々子に思い知らせるためにも、ほんの些細なことでも積極的に使っていったほうが良い。
見せしめのために、一発かます、というのも有効だ。
それをしないということは、使うことになんらかの不都合があるということだ。
回数制限でもあるのだろうか。
莉々子が目覚めた時、最初から首輪をつけていなかったのは、試す意味もあっただろうが、何よりもその首輪の数が多くはないことを示している。
首輪が唸るほどたくさんあるのであれば、最初から召還者全員につけることを想定して、目覚める前からつけておけばよいだけだからである。
ところがどうだ、ユーゴの行動を思い返すと、最初は首輪を使用せずに様子をうかがい、莉々子を騙すことができなかったから、そこで初めて首輪を使用した、というものだった。
明らかに、出し惜しみをしている。
つまり、首輪が壊れたり、使えなくなったら、はい、すぐ次の物へ交換、というわけにはいかないのだ。
そういえば、ユーゴは莉々子のことを鍵のかかる部屋に閉じ込めていた。
その点から考えると、もしかしたらある程度の距離があると操作できなくなるという可能性もあるのではないだろうか。
距離が開いていても相手を操れるのであれば、居なくなったと気づいた時点で、すぐに戻るように命令を下せば良いだけだからである。
にもかかわらず、わざわざ部屋に鍵をかけて脱走を警戒したのは、物理的距離、あるいはその他なんらかの条件を満たさないと呪いが発動しないということではないだろうか。
すべては推測とも呼べないような憶測で、わからないことのほうがむしろ多い。
しかし、これは大きな事だ。
この首輪のシステムには、隙がある。
莉々子が逃れるための隙が。
必要なのは情報だ。この首輪には何が出来て、何が出来ないのか。
馬鹿正直に思ったことを口に出すなんていう失態は、もう、二度としない。
フォークをトマトに突き立てる。
莉々子の視線は、あからさまなものではないが、ユーゴに向いたままだった。
些細なことでいい。そこから、ユーゴを出し抜く。
ほとんど無言の食事が終わると莉々子は元の部屋に戻された。
「では、な」
軽く挨拶をして、ユーゴは扉を閉めて出て行った。
しかし、今度は扉の鍵をかけられなかった。
「………あれ?」
莉々子は首を傾げて扉を開けたり閉めたりして何度も鍵がかかっていないことを確認したが、事実は変わらなかった。
「…………」
おとなしく無言で扉を閉じると、とりあえず、ベッドに横になって、寝た。
ただのふて寝だ。
屋敷内を冒険したい誘惑にも一瞬駆られたが、今は活発に動き回る気にはなれなかった。
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