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3.妄想りふれいん

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「屋敷内を案内しよう」

 そう言って、ユーゴは八重歯をみせて朗らかに笑った。
 その屋敷は深い森を背後に従えるようにして建っていた。
 窓がなかったため、薄暗い室内からてっきり夜中なのかと思っていたが、実は昼間だったらしい。
 部屋の外に出た途端に降り注ぐ日差しが眩しかった。

 本当に、異世界に来たのか。
 この屋敷はどこからどう見てもセットではなかった。
 窓から覗ける庭園は広く、無造作に咲き誇る花々は色鮮やかでみずみずしかった。
 何より、空に輝く太陽は横たわった瓢箪型をしていた。
 見ようによっては、ハート型に見えなくもないかもしれない。
 いや、あれは、もしかしたら2つの太陽が横に連なって並んでいるのだろうか。

 部屋から出るに当たって、首の“服従の首輪”を隠すように、と着替えとともに青いリボンを巻かれた。それは黒い刺繍フリルのついたしゃれたもので、なかなかの見栄えだ。
 与えられた服はシックな黒のメイド服で、スカートは襟首まで隠すコンサバなものだった。エプロンにもカチューシャ型のホワイトブリムにもわずかにフリルが着いているが、上品さを損なわない程度で、全体的におとなしめなデザインだ。
 これならば、莉々子にもあまり抵抗がなく着られる。
 まぁ、仮装をしている感はなかなか拭えないが。
 しかし、よく見ると、莉々子の首に巻かれたリボンは、ユーゴが首に巻いているリボンタイとおそろいの意匠だった。
 それは微妙に不愉快だったが、設定上、仕方がなかったのかも知れない。

 当初、莉々子の立ち位置をどうするか、という話になった時、ユーゴが提案したのは領主宅に引き取られる前に暮らしていた村での幼なじみという設定だった。
 なぜ、そのままそのもの異世界人を保護した、と言わないのかと問う莉々子に、ユーゴは「落ち人はすべからく発見したら国に報告、献上する決まりがあるからだ」と告げた。

「落ち人は先刻話した通り、魔法の属性を多く持っている者が多い。中には優れた知識を持つ人間もいる。国としてはそういう者達を中央に集めたいのだ」
「知識や技術を集約してるってわけですか」

 莉々子の相づちに、「それだけではないが……」と微妙に言葉を濁す。
 無言で先を聞きたそうに見つめ返す莉々子に、ユーゴはため息とともに口を開いた。

「集めたいだけではなく、広めたくない知識や技術もあるということだ」

 なるほど、非常に納得のいく理由だ。
 いらない知恵をつけられては、国をまとめにくくなってしまうということだろう。
 しかし、なぜ、幼なじみなどという設定なのか。
 幼なじみという関係性は、わざわざ家に引き取る理由としては幾分か弱いように感じる。
 それにユーゴは笑うと「なるべく真実との相違点は少ないほうがいいだろ」と答えた。

「貴様と俺では容姿も何もかもが違い過ぎる。身内というには違和感が強すぎるだろう」

 貴様の容姿があともう少し整っていれば、腹違いの姉という設定も考えたかも知れんな? と告げるユーゴに、莉々子はうんざりとした。
 うるせぇな、この美形野郎。
 私は私なりに、この地味な容姿を気に入っているし、十分間に合ってるわ。
 しかし、まぁ、ユーゴの言うことも確かにそうだ。
 設定を盛りすぎて、ぼろが出てはいただけない。
 無難な設定のほうがユーゴにとっては都合が良いのだろう。
 しかし、莉々子にとっては……、ちょっと不都合だ。

(幼なじみとはいえ、赤の他人という設定はまずいのではないか)

 そんな不安が、莉々子の心にはよぎるのだ。

「もしも、幼なじみという設定にそれ以上の意味がないのであれば、もう少し引き取る理由を補強するために、血のつながらない義姉という設定にしませんか? 」

 例えば、と言葉を続ける。

「例えば、貴方の母が私の父と内縁関係で、本当の家族のように育った、という設定などはどうでしょう。これならば、容姿が似ていないことにも説明がつきますし、引き取った理由にも十分でしょう」

 繋がりを作らなければ。そんなことを強く思う。
 それは、必ず自分を守るための枷になる。
 ただ、“縁の薄い他人”を善意で引き取るだけではだめだ。
 他所に良いところがあったので紹介したとでも言って、簡単に捨てられてしまう。
 簡単に捨てられるということは、簡単に殺せてしまうということだ。
 簡単に、殺した後の処理をできてしまうということだ。
 身内ともなれば、そうはいかない。
 必ずなんらかの事情がいる。もちろん、捨てることも不可能ではないが、わずかなりともうまい言い訳を用意する手間がかかる。
 その手間が、わずかだが捨てられる可能性を減らす要素となるはずだ。
 莉々子はなんとしてでもこの少年にしがみつかなくてはならなかった。
 それが莉々子が生き延びること、ひいては元の世界に戻ることにつながるのだから。

「貴様、狡いことを考えているな」

 ユーゴの鋭い指摘と揶揄するような流し目に、莉々子はぎくり、と身をすくませる。
 ユーゴにはやはり、莉々子の姑息な保身など、お見通しらしい。
 しばらくだらだらと油汗を流してうつむいていたが、幸いにもユーゴはすぐに興味を失ったように視線をそらしてくれた。

「まぁ、いい、馬鹿は好かん」

 投げられたその言葉に安堵する。
 莉々子の今後の生活の平穏は、ユーゴにしっかりと握られているのだ。
 莉々子は我が身の保身だけでなく、ユーゴの機嫌もきちんとうかがっていかなければならなかった。
 そうして紆余曲折を経て、莉々子の素性は血のつながらない義姉であり、莉々子の父が亡くなったためにユーゴが使用人として引き取った、ということになった。

「名前はそうだな……、リリィとしよう」

 もしかしたら詳細な設定を考えるのが面倒くさいだけかもしれない、などという疑惑が莉々子の中では浮上したが、そこは空気を読んで口を慎ませてもらった。
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