3 / 92
2.ST莉々子は帰りたい
①
しおりを挟む
「まずは、貴様について尋ねようか」
目の前の誘拐犯は、そう、口火を切った。
剣はまだ、莉々子の首元に突き立ったままだ。
どうやら、どけてくれる気はないらしい。
「何を……」
「そうだな、仕事についてなどはどうだ」
物騒な凶器を手にしたまま、少年は悠々と問いかけてくる。
椅子に腰掛けたままのその姿は、今にもお茶でも嗜みそうなぐらいに優雅だった。
殺されかけているこちらの身を考慮して、もう少し緊張感を持って欲しいと思うのは贅沢だろうか。
そんな莉々子の心境は無視して、少年は剣で莉々子の首元をつつき、返事を催促した。
「ST……言語聴覚士を、しています」
緊張から、思わず口調が敬語に改まった。
だって、命を握られている。
冷静にならなくてはと思うのに、そう思えば思うほどに冷静さを欠いていくような心地がした。
「えすてぃー?」
聞き慣れない言葉に、少年が首をひねる。
その仕草に説明が足りなかったか、と乾いた唇をなめて、なんとか動かした。
緊張から唾液が分泌されず、口の中はからからだった。
「STとは……、正式には、Speech Therapist、もしくは、Speech Language Hearing Therapistと言い、その名の通り、嚥下機能、音声機能、言語機能または聴覚に障害のある方にその機能の維持向上を図るために、訓練や、それに必要な検査及び助言、そのほか……、可能な限りの援助などを行う仕事です」
思いついた単語を羅列したような説明になる。
実際に、頭の中は空回りして、大学生の時に読んだ教科書の言葉を総動員しなくては、単語ひとつ思い浮かばない状態だった。
「待て待て」
ユーゴは片手を突き出して、その莉々子の辞書のような解説を止めた。
「貴様の話し方は小難しくて頭が凝る」
わざとらしく頭に手を当てて頭の凝りをほぐすような真似をすると、ユーゴは胸をはって、「俺を誰だと思っている」と厳かに告げた。
莉々子は働かない頭のまま、ぼんやりとその少年を見上げる。
「齢13歳の少年だぞ!」
その堂々としたその口調は、重々しかった。
「13歳の小僧にもわかるようにかみ砕いて説明しろ」
だったら、齢13歳のガキだと忘れさせるようなその尊大な態度を今すぐ止めてくれ。
などとは、当然口が裂けても言えず、「はぁ」と曖昧な相槌を打つに留めた。
そんなことが言えていたら、莉々子の人生の苦難の7割は解決しているのである。
しかしまぁ、そのあんまりな発言に、少し、――緊張はほぐれた気さえする。
曖昧な相槌を吐き出すのと共に、肩の力が抜けたのを感じた。
心なしか、口の中に潤いが戻ってきたような気がする。
まさか、そんな心境の変化までもを見透かして、そのようなおどけた態度をとったわけではあるまいが、と思いつつ、ちらり、と目線でユーゴの様子をうかがうと、にんまりとした不敵な笑みで返された。
少し、気まずい気持ちだが、とりあえず今は、説明を噛み砕くことに終始することにする。
莉々子はようやっと分泌され始めた唾液をこくん、と飲み込む。
「ええと、つまり、病気になってしまって、まぁ、例えば、脳出血とか、脳梗塞とか……うーんと、頭の病気とか怪我とかした方がその損傷、……傷の影響でいろいろ身体に不調をきたした時に、リハビリ……じゃなくて、えっと、その、怪我の影響で低下してしまった能力を可能な限り改善するようにするための訓練のお手伝いをさせていただく仕事のうちの一つです。3種類あるんですが、STはそのうち、首から上の障害……、話せなくなったり、食べれなくなったり、その他もろもろ、脳の障害、ええと、記憶障害とか、集中力が続かなくなってしまったりとか、そういう口とか脳とかの練習の担当です」
莉々子のその説明に、ユーゴは尊大に頷いた。
「まぁまぁだな」
うるせぇ。
こちとらとんでもなくマイナーな職業を異世界人に説明するなんて初めてなんだよ。
誘拐犯が偉そうに言うな。
「つまり、医学に関わる人間か」
「そうですね、かすってますね」
莉々子はもう、若干投げやりだ。
医者や看護師よりかは、治療という行為からは若干遠い位置にいる職業だ。
治療が落ち着いてからが本番な仕事である。
もちろん、治療の落ち着いていない段階からの介入が多いため、無縁でもいられないのだが。
その辺りの説明は更に面倒くさいので、莉々子はすべてを横に置いて肯定を返すのみにした。
「ふぅん?」とユーゴは怪訝そうに首をひねるが、今はそれ以上追求するつもりがなかったのか、あっさりと引き下がる。
「まぁ、細かく聞きたい気持ちはあるが、少々時間がかかりそうだな。追々確認していくことにしよう」
叶うのならば、そのような追々詳細な説明をするはめになる前に、莉々子は元の世界に帰りたい。
しかし、それは叶わないのだろう。
帰れる可能性が万が一に等しいことは、状況や立場から考えても、火を見るよりも明らかだった。
目の前の誘拐犯は、そう、口火を切った。
剣はまだ、莉々子の首元に突き立ったままだ。
どうやら、どけてくれる気はないらしい。
「何を……」
「そうだな、仕事についてなどはどうだ」
物騒な凶器を手にしたまま、少年は悠々と問いかけてくる。
椅子に腰掛けたままのその姿は、今にもお茶でも嗜みそうなぐらいに優雅だった。
殺されかけているこちらの身を考慮して、もう少し緊張感を持って欲しいと思うのは贅沢だろうか。
そんな莉々子の心境は無視して、少年は剣で莉々子の首元をつつき、返事を催促した。
「ST……言語聴覚士を、しています」
緊張から、思わず口調が敬語に改まった。
だって、命を握られている。
冷静にならなくてはと思うのに、そう思えば思うほどに冷静さを欠いていくような心地がした。
「えすてぃー?」
聞き慣れない言葉に、少年が首をひねる。
その仕草に説明が足りなかったか、と乾いた唇をなめて、なんとか動かした。
緊張から唾液が分泌されず、口の中はからからだった。
「STとは……、正式には、Speech Therapist、もしくは、Speech Language Hearing Therapistと言い、その名の通り、嚥下機能、音声機能、言語機能または聴覚に障害のある方にその機能の維持向上を図るために、訓練や、それに必要な検査及び助言、そのほか……、可能な限りの援助などを行う仕事です」
思いついた単語を羅列したような説明になる。
実際に、頭の中は空回りして、大学生の時に読んだ教科書の言葉を総動員しなくては、単語ひとつ思い浮かばない状態だった。
「待て待て」
ユーゴは片手を突き出して、その莉々子の辞書のような解説を止めた。
「貴様の話し方は小難しくて頭が凝る」
わざとらしく頭に手を当てて頭の凝りをほぐすような真似をすると、ユーゴは胸をはって、「俺を誰だと思っている」と厳かに告げた。
莉々子は働かない頭のまま、ぼんやりとその少年を見上げる。
「齢13歳の少年だぞ!」
その堂々としたその口調は、重々しかった。
「13歳の小僧にもわかるようにかみ砕いて説明しろ」
だったら、齢13歳のガキだと忘れさせるようなその尊大な態度を今すぐ止めてくれ。
などとは、当然口が裂けても言えず、「はぁ」と曖昧な相槌を打つに留めた。
そんなことが言えていたら、莉々子の人生の苦難の7割は解決しているのである。
しかしまぁ、そのあんまりな発言に、少し、――緊張はほぐれた気さえする。
曖昧な相槌を吐き出すのと共に、肩の力が抜けたのを感じた。
心なしか、口の中に潤いが戻ってきたような気がする。
まさか、そんな心境の変化までもを見透かして、そのようなおどけた態度をとったわけではあるまいが、と思いつつ、ちらり、と目線でユーゴの様子をうかがうと、にんまりとした不敵な笑みで返された。
少し、気まずい気持ちだが、とりあえず今は、説明を噛み砕くことに終始することにする。
莉々子はようやっと分泌され始めた唾液をこくん、と飲み込む。
「ええと、つまり、病気になってしまって、まぁ、例えば、脳出血とか、脳梗塞とか……うーんと、頭の病気とか怪我とかした方がその損傷、……傷の影響でいろいろ身体に不調をきたした時に、リハビリ……じゃなくて、えっと、その、怪我の影響で低下してしまった能力を可能な限り改善するようにするための訓練のお手伝いをさせていただく仕事のうちの一つです。3種類あるんですが、STはそのうち、首から上の障害……、話せなくなったり、食べれなくなったり、その他もろもろ、脳の障害、ええと、記憶障害とか、集中力が続かなくなってしまったりとか、そういう口とか脳とかの練習の担当です」
莉々子のその説明に、ユーゴは尊大に頷いた。
「まぁまぁだな」
うるせぇ。
こちとらとんでもなくマイナーな職業を異世界人に説明するなんて初めてなんだよ。
誘拐犯が偉そうに言うな。
「つまり、医学に関わる人間か」
「そうですね、かすってますね」
莉々子はもう、若干投げやりだ。
医者や看護師よりかは、治療という行為からは若干遠い位置にいる職業だ。
治療が落ち着いてからが本番な仕事である。
もちろん、治療の落ち着いていない段階からの介入が多いため、無縁でもいられないのだが。
その辺りの説明は更に面倒くさいので、莉々子はすべてを横に置いて肯定を返すのみにした。
「ふぅん?」とユーゴは怪訝そうに首をひねるが、今はそれ以上追求するつもりがなかったのか、あっさりと引き下がる。
「まぁ、細かく聞きたい気持ちはあるが、少々時間がかかりそうだな。追々確認していくことにしよう」
叶うのならば、そのような追々詳細な説明をするはめになる前に、莉々子は元の世界に帰りたい。
しかし、それは叶わないのだろう。
帰れる可能性が万が一に等しいことは、状況や立場から考えても、火を見るよりも明らかだった。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
物語の悪役らしいが自由にします
名無シング
ファンタジー
5歳でギフトとしてスキルを得る世界
スキル付与の儀式の時に前世の記憶を思い出したケヴィン・ペントレーは『吸収』のスキルを与えられ、使い方が分からずにペントレー伯爵家から見放され、勇者に立ちはだかって散る物語の序盤中ボスとして終わる役割を当てられていた。
ーどうせ見放されるなら、好きにしますかー
スキルを授かって数年後、ケヴィンは継承を放棄して従者である男爵令嬢と共に体を鍛えながらスキルを極める形で自由に生きることにした。
※カクヨムにも投稿してます。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
転移少女の侵略譚!〜弱小国家の皇帝になったのでほのぼの内政しようと思っていたら隣国達が(悪い意味で)放っておいてくれないので全部滅ぼす〜
くずは
ファンタジー
暗い部屋でパソコンを立ち上げる少女が1人。
彼女の名前は山内桜(やまうち さくら)。
食べる事と旅行が好きな普通の高校一年生、16歳。
そんな彼女に今ハマっているゲームがあった。そのゲームの名は「シヴィライゼーション」。様々な種族や魔法のある異世界で石器時代から文明を作り、発展させていくゲームだ。
ある日、彼女はいつものようにゲームを始めようとして……その世界に吸い込まれてしまった。
平和主義者の彼女は楽しく内政しようとするが、魔族や侵略国家などが世界中で戦争を起こす非常に治安の悪い世界だった。桜は仲間達と楽しく旅をしながらそんな邪魔な敵を倒していったらいつのまにか世界最大国家になってしまっていた!!
ーーー毎日投稿しています!
絶対完結はさせるので安心してご覧頂けますーーー
評価、感想、ブックマークなどをして頂けると元気100倍になるので気に入ったらして頂けると幸いです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる