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5英雄の断罪

ルディの出会い

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ルディ・レナードはでくの坊だった。

 もしくは唐変木だったと言い替えても良い。とにかく、そういったものに類する馬鹿者であった。
 幼い頃からとにかく要領が悪かった。他の者が10のことを学ぶ間にルディが手に入れられるのはせいぜい1か2程度のものであった。
 だから両親にはそうそうに見切りをつけられ、お前は好きに生きろと言われていた。言い方は優しいがそれはつまり「お前には家業を継がせる気も手伝わせる気も起きないから、一人で勝手に生きていってくれ」という意味だ。
 特段、悲しみはなかった。ルディにとって両親と兄は昔からそういうものであったので、ただそうであろうな、と思っただけであった。

 ルディに長所があるとするならば、そういった一種の寛容さともいうべきものであった。何しろ自分自身の欠点をよく理解しているので、他者にたいして滅多に苛立ったり怒ったりといったことはなかった。
 お前はのろまな亀だから、怒りなどという感情に追いつけないのだと幼い頃に兄に揶揄されたこともある。
 それに対してもルディはただ、そうであろうな、と頷くだけであったので、反応があまりにもつまらなく周りはいじめる気にもならなかったのが、しいて言うなら幸いであっただろうか。

 とにかく自由にしていいと言われたルディは特に悲しむこともなく、なんとなく子どもの頃より憧れていた騎士か剣士に類するものになろうとひたすら剣を振っていた。
 しかしそれすらも周りには置いて行かれるような有様であった。
 騎士団に入ってはみたものの、ものの見事に同期に置いてきぼりをくらったルディはそこで始めて己を惨めに思った。
 それまでは、他者になんと言われようとそうであろうな、の一言で諦められた。
 けれどおそらく生まれて初めて自ら志したものであろう道ですら途方もなく周りに追いつけないことに、めずらしく焦りや苛立ちに類する感情を抱いていた。
 だから長期休暇で実家に帰った折も特段他にすることもなかったということもあり、ルディは道ばたでひたすら剣を振っていた。

 それは、本当にただの偶然だった。
 たまたまルディが剣を振っていた道にたまたまお忍びとは名ばかりの視察で領主の女伯爵が訪れ、たまたまルディに目をとめて声を掛けてきたのだ。

「貴方、何をやっているの?」

確かまだ今よりももう少し幼かった彼女は道ばたでただ剣を振るだけのかかしと成り果てていたルディにそう訊ねた。

「剣を振っているのです」

 なんの面白みもなく返した言葉はただの反射だ。

「いつから振っているの?」
「さぁ、いつからでしょうか。もはや振りすぎて、いつからかなど全く覚えていないのです」

 だから続けて返した言葉もただ自らの思考を垂れ流したに過ぎなかった。周りがその返答に、やれこいつはでくの坊だから、能の無い唐変木だから、どうかお気になさらないでください、となんとか女伯爵殿の視線を身内の恥からそらそうと苦心する声を聞いても、けれど彼女は視線をルディから逸らさなかった。

「あなた、偉いのねぇ」

 あろうことかしげしげと興味深げにルディを眺め、そのような発言をしたのだ。

「そんなに同じ努力を続けるなんて、簡単にできることじゃないわ」
「馬鹿にしておられるのですか、同じことをするしか脳がない愚か者だと」

 そこで初めてルディの感情は動かされた。
 いかにルディが愚鈍でのろまであろうと、そのような皮肉を言われるのには腹が立った。否、これまで蓄積された不服な扱いに対する不満が最悪なタイミングで決壊し、最悪な相手に爆発したのかも知れなかった。
 さすがに貴族に対して言う言葉ではなかったと即座に我に返り、ルディは青ざめた。すぐに謝罪しようと身を伏せたところで、その言葉は頭上から降り注いだ。

「あら、馬鹿じゃないわよ」

 その思いの外強い語気に、思わずルディの動きが止まる。

「私は続けたわ、何年も何年もこの町を発展させるために努力して、何度も失敗して、それでも続けたわ。試行錯誤しながらね! 今だって続けているわ。私は確かにデブでブスだけど、馬鹿じゃないわよ!」

 顔を上げると、彼女は眉を顰めてそのふくよかな胸をそらして立っていた。
 彼女の青い瞳がこちらを見透かすように覗き込む。

「あなた、そんな私のことを馬鹿だと思うの?」

 彼女の頭上からは日の光が燦々と降り注ぎ情けなく身を縮こまらせたルディには、彼女自身が放つ光に見えた。
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