デブでブスの令嬢は英雄に求愛される

陸路りん

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5英雄の断罪

王女の選択

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 どすどすと重い音を響かせながらジュリアは廊下を足早に歩いていた。

(まったくもって! 冗談じゃないわ!)

 ルディが連行されてからもう1週間は経っていた。その間ジュリアはというとすぐさまこれはなにかの間違いだという旨を記した訴状を国へと送り、それと同時に城下街にいる知人に連絡を取ってルディが一体どういう扱いを受けているのかなどの動向を探っていたのだ。

 正直、状況はものすごく悪い。

 城下街ではもはやルディが黒竜を倒したせいで魔物が暴れているのだ、黒竜を倒さなければ実質的な被害は現状の半分もいかなかっただろうとの見解までもが大手を振るって横行しているという。
 その上ジュリアが送った訴状に対するリアクションは皆無だ。
 相手からの反応がなければジュリアに出来ることなど後はもうたかが知れている。現状で出来る一番の打開策など一つしかない。
 彼女は一つの扉の前で足を止めた。それは離れへと続く扉であった。
 そう、ミリディア・ヘル・エイルーンの宿泊する部屋へと続く扉である。
 彼女ならば、父たる国王に直接意見を伺うことも、減刑を求めることも出来るかも知れない。

(……いざっ)

 しかし開こうと思って手を伸ばした扉は、彼女の意図に反して内側から開いた。

「ちょっ、おおおっ」

 前のめりになっていた姿勢に掴もうとした目標を失ったことでジュリアは勢いよく前方へと姿勢を崩す。
 しかし扉を開けた張本人はというとそんなジュリアには構わず、すんっと済ました顔でその巨体を軽やかに避けた。
 当然、ジュリアは床とキスをかますはめになる。

「……っ、ちょっと!、支えろとは言わないけどせめて申し訳なさそうにしなさいよ!」
「申し訳ありませんでした」

 ジュリアの抗議もどこ吹く風でそう淡々と口にしたのは髪をきっちりと結い上げた王女の侍女だ。少し年かさでリボンの色が他の侍女と違うことを考えるとどうやら彼女は侍女頭のようだった。
 そうしてジュリアが起ち上がるのを手も貸さずに見守ると、やっと障害物がどいたとでもいいたげに無感情な瞳で彼女は「荷を運び出しなさい」と背後に指示を飛ばす。

「承知いたしました」
「ふぐっ」

 返事とともに大量の鞄や家具が積み上がった荷台が眼前へと迫ってくるのをみて慌ててジュリアは端へと飛び退いた。押しているのはこれまた若い王女の侍女だ。彼女は鼻唄でも歌うような軽やかな仕草で、けれどジュリアをひき殺さんばかりの速度をもって荷物を押していた。
 通り過ぎ様、間一髪でジュリアが逃げたことを見て取って、その瞳がすぅっと細められる。

「ちぃっ、あとちょっとだったのに」
「ちょっと貴方、聞こえてるわよ!?」
「きっと幻聴ですわぁ、おほほほほほほ」
「どこがよ!」

 そのまま高笑いとともにフェードアウトしていく侍女に続くように続々と荷物を持った隊列が続いてゆく。そしてその行列の一人一人が一々ジュリアのことをひと睨みして過ぎていくのであった。

「…………」

 どうやらジュリアは王女のお付き達に随分と嫌われているらしい。自覚も心辺りもあるだけに、なんとも文句が言いづらい。
 それにしてもこの荷物はなんだ。
 どうにも嫌な予感に駆られてジュリアは荷物が運び出されてくる根源へと目を向けた。
 続々と眉を怒らせた侍女を輩出するその扉の奥の奥。そこにずかずかと近づき、扉枠へと手を掛けて中を覗き込む。
 ふわりと一陣の柔らかな風が顔の脇を通り抜けていった。それを吐き出した窓が薄いレースのカーテンを揺らしている。
 その窓の向こうを見つめながら、彼女の金色の眼差しは憂鬱に陰っていた。白く透き通った頬に、長いまつげの影が落ちる。

「ミリディア殿下」
「……、ああ、貴方」

 美しい銀の髪を揺らして、彼女は振り向く。その表情に違和感を覚える。何かがおかしい。
 つい先日、剣を持って対峙した時、いや、蜘蛛の魔物を蹴散らした時、いいや、その後のルディが連行された時とはまるで違う瞳の色を彼女はしていた。

「……何をしているの?」
「見てわからないかしら? 荷物を運び出しているのよ」
「何故?」
「帰るからよ」

 簡潔な、どこか気のない言葉。そこに不穏な響きを読み取って、ジュリアは一つ生唾を飲み込むと意識してゆっくりと落ち着いた声を出した。

「そう。なら申し訳ありませんが殿下。一つ頼まれてはくれませんか?」
「何かしら?」
「ルディの処分内容を確認して、できれば誤解を解いていただきたいのです。彼は無実です」
「ああ、そのこと……」

 あれだけ執着していた男の話題に対して彼女は不自然に静かだった。まるで熱が冷めてしまったかのように、夢から覚めたかのように興味のなさそうな仕草で彼女はゆったりと頷く。

「それはもうだめよ」
「……は?」

 そうして返された言葉にジュリアは絶句した。

(だめ?)

 一体なにが?
 足を踏みしめる。思わず地面がそこにあることを確かめた。そうしないと彼女がいままで信じてきた土壌が実はすべて崩れてしまっているのではないかと疑ってしまいそうだったからだ。

「貴方、何を言っているの……」

 口からついて出た言葉はみっともなく震えていた。けれどミリディアの瞳は変わらない。どこまでも美しく、凪いだままだ。

「彼は無実です。王女である貴方から願い出れば陛下は耳を貸してくださるかも知れません。必要ならば私も可能な限り尽力致します。金銭ならばある程度用意できますし、つじつま合わせが必要ならば見合った言い訳を考えます」

 同意してくれるはずだった。難しいとは思うけど出来る限りの尽力をするわ、とジュリアの知る彼女ならば言ってくれると信じていた。
 けれど現実は無情だ。彼女は一切感情を揺らした様子も見せずに、静かに首を横に振った。

「できないわ。これは決定事項なの」
「そんな……、まだ実刑はくだっていません。裁判だって始まっていません! 今から手を回せば……っ」
「無理よ。もう結論は決まった上でそれに合わせた舞台がこれから開かれるだけ。書き換えることはできないわ」
「……っ、あの人が好きなのでしょう!?」

 思わず叫んだ言葉に、彼女は顔を上げた。
 金色の瞳は――どこまでも何も写さない。

「だめよ、彼のことは好きだけど、ああなってはどうにもならないわ」

 その瞬間、ジュリアはやっと理解した。

(ああ、そうか……)

 彼女は、捨てたのか。
 ルディを愛しいと思うただ一個人のミリディアの感情は捨てて、王国を守るための王女の思考を優先させたのか。
 これまで生きてきた、これまでの通り、いつも通りに。
 ジュリアにぶつけた激情を全部、まるで嘘だったみたいに。
そう悟った途端、頭にかっと血が上るのが自分でもわかった。
目の前の女を今すぐ殴り飛ばしてやりたかった。
かろうじて残った理性が、王女を殴ってはいけないとブレーキを掛ける。
それでも、思いが声として飛び出るのは止められなかったし、止める気もなかった。

「どうにもならないんじゃなくて、やらないだけでしょう!?」
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