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4信念
燃え上がれ、恋心!
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ミリディアの振るう剣が銀色の軌跡を描いてひらめいた。
「ふん!」
それをジュリアは返す刃で受け止める。再び王女が一歩前に踏み出し攻め込む。ジュリアはそれを剣で受け止めて後退する。
事態はジュリアの防戦一方で進んでいた。
果たし合いの場所は先程とは打って変わって静まり返った裏庭である。周囲は閑散としていて、この場にいるのは王女の侍従が数名とジュリア側の人間はバルトとロザンナだけであった。そして当事者でありこの問題の根源であるルディはジュリアの指示で今は席を外している。
状況がいまいち掴めていないながらも自分が原因で女性二人が剣を構えるような事態に発展していることは察したのだろう。退場を命じるジュリアに反論しようとして有無を言わせぬ視線に怯んでもごもごと口を蠢かせながら何度も振り返りつつも最後はアレッタに背中を押されて出て行った。
「はっ」
「……くぅっ」
素早い剣戟の応酬にジュリアはついていくので精一杯だ。竜退治に同行した実績は伊達ではない。
正直多少の素養があるとはいえ教養レベルを出ないジュリアが受け止められている現状がすでに奇跡である。この奇跡が実現している背景としてはこれがあくまで試合であるため手傷を負わせないようお互いが配慮しているということと、体格に見合ったそれなりの筋力があること、それと――
(頭に血が上っているわね)
鈍い金属音を響かせながら振り下ろされた刃を受け止める。その刃越しに見える瞳はぎらぎらと怒りや憎しみに輝いていた。
「貴方、何が不満なの?」
さらなるミリディアの攻撃を防ぎながら、ジュリアは問いかけた。
「何が? 何もかもよ。貴方の存在の何もかもが不満だわ」
ミリディアはそう吐き捨てる。そう、何もかもが不愉快で仕方がない。
ルディがジュリアを選んだことも。周りの人間がジュリアのことを認め慕っていることも。ジュリアが優秀な貴族であることも。
ルディが作為のためだけではなく、ジュリアを認めているのであろうことも。
気づかないわけがない。ルディのジュリアを見るあの瞳。そこには信頼にも似た何かが宿っていた。
「どうして私じゃないの」
剣を突きつけながら、ミリディアは怒鳴る。腹の底から、全身を震わせながら。
「どうして、私じゃないのっ!!」
無様に髪の毛を逆立てて、取り乱しながら、みっともない大声を上げた。
こんなのは、おそらく物心がついてからは初めてだ。自らの感情をこんなにさらけ出すなどと、なんて恥じらいのない不作法なことか。
わかっているのに、涙が零れた。
ルディに何か欲しいものがあったとして、頼られたのはミリディアではなくジュリアであった。それが利用であろうがなんであろうが、彼が困った時に頼る相手はミリディアではないのだ。
ミリディアは王女だ。おおよそこの国の内部のことならば、ある程度左右できる立場だというのに。
それなのに頼られなかったという事実が、まるで彼女の人間性そのものを否定されたような気がして、何よりも認めがたかった。
「どうして! 私じゃないの……っ!!」
「……貴方よ」
慣れない慟哭に他の言葉を話すこともできずただ同じ言葉を繰り返すミリディアに、静かにジュリアはそう告げた。
それに顔を上げる。意図せず視線は刺々しく、睨むようになった。
しかしそれに気分を害した様子もなく、ジュリアは穏やかに見返す。
「貴方は、貴方よ。例え何があったってそれは揺るがないし貴方がこれまで築いてきたものも決して無くならないわ」
「わかってるわよ! そんなこと!」
金切り声を上げる。忌々しくて仕方がなかった。
「私は私よ! 例え天地がひっくり返ったってそうなの! なんにも変わらないの! だから! 余計にやりきれないんでしょう!?」
「ルディの行動や感情はルディのものよ。貴方のものは貴方のもの」
ジュリアは先程の会話でなぜルディが口ごもったのかがなんとなく理解できるような気がした。彼女は本当に優秀だ。周りの期待通りに優秀な王女でいることができる。
しかし、周りの期待に応え続けるということは裏を返せば大多数の意見に依存するということだ。
それが良いとか悪いとかを決めることは出来ない。しかし、少なくとも彼女には出来ないのだ。
失恋の悲しみを悲しいと叫んでただ単純に嘆くことも、感情的に求めることすらも。
どこまでも節度を持った振る舞いしかできない。例え人目がなくたった一人きりでいる時ですら。
それをわかった上で、ジュリアはあえて挑発するように笑った。
「これからどうするかは貴方が決めるの。貴方、諦めるの?」
表情が歪む。瞳が潤んで、けれど憎しみに皺が刻まれた。
「諦めないわよ……!」
苛烈な火柱が立つように、ミリディアの口からその意思は吹き出した。それに驚いて思わず口を閉ざして手のひらで覆う。
臣下に求愛を断られたのに諦めないで追いすがるなど、明らかに王女に相応しい振る舞いではなかった。ましてや、それを声に出して喚くなど。
けれど青ざめるミリディアの前でジュリアは晴れやかに笑った。まるでその感情を肯定するように、無様な姿を喜ぶように。
「すごい声。びっくりしたわ。根性あるのねぇ、貴方」
その台詞にはらわたが煮えくりかえる。しかしミリディアは剣を収めた。
わざわざ決闘のために用意された場所は明らかにひと目に着きにくく、派手好きなジュリアのくせに領民はおろか、侍従も最低限でルディすら居ない場所を選んでいたからだ。
そういった気づかいが、なおさらミリディアの神経を逆なでするのだ。
「貴方ねぇ……っ」
これは何か文句の一つでもつけなければ納得いかないとミリディアが口を開いた時だった。
遠くの方で何かが固い物にぶつかる音がした。ついで、ぱらぱらと砕けた何かが落下する音とそれが踏みしめられる音。
一体何がと振り返って、音の先にもうもうと土煙があがっているのが見えた。
「皆を避難させなさい! 早く! 武装している者だけ状況の確認に向かうの!」
素早くジュリアが指示を飛ばす。何が起きたのか頭が追いつかず止まっていた人々はすぐにばたばたと動き出した。
そしてその光景を目にした人々は絶句した。
魔王対策のために堅牢に築き上げられた防壁の一部が崩れ、そこから巨大な蜘蛛の足が突き出していたのだ。
「ふん!」
それをジュリアは返す刃で受け止める。再び王女が一歩前に踏み出し攻め込む。ジュリアはそれを剣で受け止めて後退する。
事態はジュリアの防戦一方で進んでいた。
果たし合いの場所は先程とは打って変わって静まり返った裏庭である。周囲は閑散としていて、この場にいるのは王女の侍従が数名とジュリア側の人間はバルトとロザンナだけであった。そして当事者でありこの問題の根源であるルディはジュリアの指示で今は席を外している。
状況がいまいち掴めていないながらも自分が原因で女性二人が剣を構えるような事態に発展していることは察したのだろう。退場を命じるジュリアに反論しようとして有無を言わせぬ視線に怯んでもごもごと口を蠢かせながら何度も振り返りつつも最後はアレッタに背中を押されて出て行った。
「はっ」
「……くぅっ」
素早い剣戟の応酬にジュリアはついていくので精一杯だ。竜退治に同行した実績は伊達ではない。
正直多少の素養があるとはいえ教養レベルを出ないジュリアが受け止められている現状がすでに奇跡である。この奇跡が実現している背景としてはこれがあくまで試合であるため手傷を負わせないようお互いが配慮しているということと、体格に見合ったそれなりの筋力があること、それと――
(頭に血が上っているわね)
鈍い金属音を響かせながら振り下ろされた刃を受け止める。その刃越しに見える瞳はぎらぎらと怒りや憎しみに輝いていた。
「貴方、何が不満なの?」
さらなるミリディアの攻撃を防ぎながら、ジュリアは問いかけた。
「何が? 何もかもよ。貴方の存在の何もかもが不満だわ」
ミリディアはそう吐き捨てる。そう、何もかもが不愉快で仕方がない。
ルディがジュリアを選んだことも。周りの人間がジュリアのことを認め慕っていることも。ジュリアが優秀な貴族であることも。
ルディが作為のためだけではなく、ジュリアを認めているのであろうことも。
気づかないわけがない。ルディのジュリアを見るあの瞳。そこには信頼にも似た何かが宿っていた。
「どうして私じゃないの」
剣を突きつけながら、ミリディアは怒鳴る。腹の底から、全身を震わせながら。
「どうして、私じゃないのっ!!」
無様に髪の毛を逆立てて、取り乱しながら、みっともない大声を上げた。
こんなのは、おそらく物心がついてからは初めてだ。自らの感情をこんなにさらけ出すなどと、なんて恥じらいのない不作法なことか。
わかっているのに、涙が零れた。
ルディに何か欲しいものがあったとして、頼られたのはミリディアではなくジュリアであった。それが利用であろうがなんであろうが、彼が困った時に頼る相手はミリディアではないのだ。
ミリディアは王女だ。おおよそこの国の内部のことならば、ある程度左右できる立場だというのに。
それなのに頼られなかったという事実が、まるで彼女の人間性そのものを否定されたような気がして、何よりも認めがたかった。
「どうして! 私じゃないの……っ!!」
「……貴方よ」
慣れない慟哭に他の言葉を話すこともできずただ同じ言葉を繰り返すミリディアに、静かにジュリアはそう告げた。
それに顔を上げる。意図せず視線は刺々しく、睨むようになった。
しかしそれに気分を害した様子もなく、ジュリアは穏やかに見返す。
「貴方は、貴方よ。例え何があったってそれは揺るがないし貴方がこれまで築いてきたものも決して無くならないわ」
「わかってるわよ! そんなこと!」
金切り声を上げる。忌々しくて仕方がなかった。
「私は私よ! 例え天地がひっくり返ったってそうなの! なんにも変わらないの! だから! 余計にやりきれないんでしょう!?」
「ルディの行動や感情はルディのものよ。貴方のものは貴方のもの」
ジュリアは先程の会話でなぜルディが口ごもったのかがなんとなく理解できるような気がした。彼女は本当に優秀だ。周りの期待通りに優秀な王女でいることができる。
しかし、周りの期待に応え続けるということは裏を返せば大多数の意見に依存するということだ。
それが良いとか悪いとかを決めることは出来ない。しかし、少なくとも彼女には出来ないのだ。
失恋の悲しみを悲しいと叫んでただ単純に嘆くことも、感情的に求めることすらも。
どこまでも節度を持った振る舞いしかできない。例え人目がなくたった一人きりでいる時ですら。
それをわかった上で、ジュリアはあえて挑発するように笑った。
「これからどうするかは貴方が決めるの。貴方、諦めるの?」
表情が歪む。瞳が潤んで、けれど憎しみに皺が刻まれた。
「諦めないわよ……!」
苛烈な火柱が立つように、ミリディアの口からその意思は吹き出した。それに驚いて思わず口を閉ざして手のひらで覆う。
臣下に求愛を断られたのに諦めないで追いすがるなど、明らかに王女に相応しい振る舞いではなかった。ましてや、それを声に出して喚くなど。
けれど青ざめるミリディアの前でジュリアは晴れやかに笑った。まるでその感情を肯定するように、無様な姿を喜ぶように。
「すごい声。びっくりしたわ。根性あるのねぇ、貴方」
その台詞にはらわたが煮えくりかえる。しかしミリディアは剣を収めた。
わざわざ決闘のために用意された場所は明らかにひと目に着きにくく、派手好きなジュリアのくせに領民はおろか、侍従も最低限でルディすら居ない場所を選んでいたからだ。
そういった気づかいが、なおさらミリディアの神経を逆なでするのだ。
「貴方ねぇ……っ」
これは何か文句の一つでもつけなければ納得いかないとミリディアが口を開いた時だった。
遠くの方で何かが固い物にぶつかる音がした。ついで、ぱらぱらと砕けた何かが落下する音とそれが踏みしめられる音。
一体何がと振り返って、音の先にもうもうと土煙があがっているのが見えた。
「皆を避難させなさい! 早く! 武装している者だけ状況の確認に向かうの!」
素早くジュリアが指示を飛ばす。何が起きたのか頭が追いつかず止まっていた人々はすぐにばたばたと動き出した。
そしてその光景を目にした人々は絶句した。
魔王対策のために堅牢に築き上げられた防壁の一部が崩れ、そこから巨大な蜘蛛の足が突き出していたのだ。
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