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4信念

悲劇の王女様

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「ごきげんよう、ジュリア・レーゼルバール。突然の訪問の無礼をわびるわ」

 その言葉はとてもわびる人間のそれではなく、その背筋はしゃんと伸びて毅然とした態度だった。
 馬から下りることすらしないその視線は、物理的にも精神的にもジュリアを見下ろしている。

「ごきげんよう、王女殿下。本日はわざわざこのような辺境にまでおいでいただき、誠にありがとうございます」
「余計な挨拶は結構。貴方の見苦しい礼など見たくはないわ」

 ならこんな場所に来るんじゃねぇよ。

 とはさすがのジュリアも王族に対して言うわけには行かないので、下げていた頭を上げて扇で口元を隠し、おほほほほ、と上品に笑うに留めた。

「では、一体何を見物しにおいでくださいましたの? 見ての通りここには畑と農場以外には特別見るものなんてありませんの」

 これは本当だ。
 ジュリアの屋敷は田舎のど真ん中にある。
 領地内でも場所によってかなり発展の差が存在しており、ジュリアが住んでいる場所は第一次産業を除けば、商品を作るための工場ばかりが位置する場所だった。
 大きな商店などはもう少し帝都に近い側の街にばんばん建っている。
 そのほうが帝都や帝都帰りの貴族達が買ってくれやすいため儲かるからであり、第一次産業地帯にジュリアがいるのは、主に商品の開発や原材料の採取などの権限を管理することをジュリアが重要視しているからである。
 ジュリアの領地は商業が盛んで数々の人気のブランドを抱えていることで有名だが、製品開発には基本的には関わっておらず、雇った者達に任せている。その開発のための土壌を作ることこそが自身の仕事であるとジュリアは考えていた。
商品に結びつくような原料が育ちやすくなるように土壌改良の政策を打ち出したり、新製品開発の支援を行ったりと産業が育ちやすい環境を整えるのだ。
販売は商人の仕事であるため、税を取り立てたり不正がないかの監査を行うことはあるものの、ほどほどに不干渉を貫いていた。
だから訪問客のほとんどは、街中の観光だけでこんな田舎までは来ない。
ジュリアの聖誕祭などのイベントごとを除いての話だが。
 イベントがまだ始まっていないこの時期に本当に一体何故来たのだか、と訝しがるジュリアにミリディアは冷たい視線を寄こした。
 その視線はただ単に醜い女伯爵を見下す以外の感情も含まれていそうな冷ややかさだ。

「わからないの?」
「はい?」
「私が何故、こんな辺境にまでわざわざ訪問してきたのか、心当たりがないのかと聞いているのよ」

(心当たりか……)

 正直、一つしか心当たりは思いつかない。
 その頭には、ある一人の男のイメージが浮かんでいた。
 それと同時にここ最近あった事件が走馬燈のように次々と脳内を駆け巡っていく。そして案の定彼女が憤然と切り出したのはその男についてだった。

「貴方、一体どうやってルディのことを誘惑したの?」
「ゆ、ゆうわく……っ」
「だって、そうでもなきゃ納得できないじゃない! お金? 名誉? いいえ、そんなものであの人は動かないわ! そもそもそんなもので釣ったのだとしたら、私を選ばないなんておかしな話だもの!!」

(ああ、そっちの“誘惑”ね)

 ジュリアは胸をなで下ろす。
 てっきり、性的な何かかと勘違いしてしまったが、そりゃあそうだ。金銭取引を疑っているのか。
 紛らわしい言い方をしないで欲しい。いや、ジュリアとて自身に性的魅力が皆無なことは重々承知しているけれども。
 豚の足のように弾力のある太った自身の二の腕を見やりつつ、ジュリアは「何も」と言葉を返した。

「何もしておりませんわ、殿下。私は神に誓ってルディに対してなんら干渉や強制するような行為は働いておりません」

 まぁ、信じてもらえないだろうな、と思いつつ適当に返した言葉は、意外なことにも「わかっているわよ! そんなこと!!」という返答で受け入れられた。
 ジュリアは目をぱちくりとしばたかせる。
 それにミリディアは憤懣やるかたないという態度で怒声を吐いた。

「あの人はそんな卑劣な手段に応じる人ではないわ!! 身内を人質に取られでもしたならともかく! 例えそうだったとしても一度は甘んじてもそのまま脅され続けるような人ではないわ!!」

 そこにはルディへの信頼やら愛情やら恋情やらがにじみ出ていた。

「私は認めないわ」

 ミリディアは高らかに宣言する。

「私は貴方を認めない! ルディに相応しいのはこの私! ミリディア・アンジィ・ヘルエイルーンよ!」
「ええ、その通りです。王女殿下」

 興奮しきりのミリディアに、ジュリアは静かに応じた。
 口にした言葉は本心だ。なにせジュリアは英雄殿が誰を妻として指名するか、という賭けで、ミリディアに賭けていたのである。
 実になんの面白みもなく、勝率が高いと思った人間に賭けたのだ。
 ジュリアなど面白枠である。誰も選ばれるなど信じちゃいない。
 こうして、名指しされた今をもっても、そんなことを信じている人間などほとんどいない。皆が何か他の目的があるのだと邪推している。
 だからこそわからない。何故、彼女がこんなにも興奮しているのか。

「一体、何をそんなに怒っておられるのですか? 貴方のほうが相応しい。その事実は決して揺るがないというのに」

 ジュリアの冷静な問いかけに、ミリディアはぷるぷると握りしめて力の入りすぎた拳を震わせ、「私が……」と小さな声を振り絞るようにひねり出した。
 そうして、意を決したように振り仰ぎ、ジュリアを強く睨み付ける。

「この、私が! 他の美しい令嬢ならいざ知らず! よりにもよってデブスな行き遅れに負けたのよ! しかも公衆の面前で!! こんな屈辱堪えられて!?」

 その鬼気迫る様子にはジュリアもさすがに胸が痛んだ。
 その意見には激しく同意だ。
 まったくもって、彼女も青天の霹靂だったことだろう。
 なにせ明らかに結婚相手として理想的とはジュリアは言えない案件なのだ。
 つまり、これは彼女のプライドが傷つけられた、とそういう話なのだ。
 例え冗談でも何かの策略でも、自分が選ばれると確信していたものを裏切られたことで彼女の美しいプライドが怪我をしてしまった、そういう話だ。

「ルディはブス選だったのよ、きっと」
「その言葉がそうじゃないことを如実に表しているじゃないの!」

 ジュリアの適当な慰めの言葉にも王女は切れた。
 がち切れだ。

「誰か! 誰でも良いから至急ルディを連れてきて!!」

 全くもってらちがあかないし、これはジュリア自身には何も責任がない事柄であるので、ジュリアはいさぎよく一連の騒動の責任者に全部ぶん投げることにした。
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