デブでブスの令嬢は英雄に求愛される

陸路りん

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3ジュリアとルディ②

どじっこメイド爆誕

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 柔らかな日の光が差し込む昼下がりの午後、綺麗に設えられた青い芝生に眩しいほどに真っ白なテーブルを挟んでジュリアとルディは腰をかけていた。

 黒いシックなロングドレスに白いエプロン。そして頭にはホワイトブリムをつけたアレッタがしずしずとテーブルまで歩み寄る。固唾をのんでルディとジュリアが見守る中、少し危なげな手つきではあるもののなんとか茶器とティーカップを置き、そこに琥珀色の紅茶を注ぐことに彼女は成功した。

 その事実にジュリアのほうがほっ、と胸をなで下ろす。
 当のアレッタはというと顔をぱぁっと輝かせて褒めて欲しい子どものように監督役であるロザンナのことを振り返り、ロザンナからはその態度について苦言を呈されて落ち込んでいた。

 さて、何故アレッタ嬢がこのようなメイドの真似事をしているかというとそれには勿論理由が存在する。

 話は数日前に遡る。

 始めは簡単な雑用仕事として洗濯を頼んだ。「私、頑張りますわ!」と元気いっぱいに宣言すると同時に、彼女は洗濯桶の中へと前のめりに突っ込んでいった。
 農作業をさせれば足を取られてすっころび作物の上にお尻をついてしまうし、酪農をさせれば糞の山の上で大の字になってしまう。荷物運びをさせようにもふらふらとしたその足取りが危なっかしくて頼むほうに勇気がいる。
 
 さて、次はどこを試してみるかとジュリアは周囲を見渡す。
 使用人一同は、そろって視線を逸らした。
 ジュリアは盛大にため息をつく。
 屋敷に来てすぐに、アレッタはあらゆる仕事に興味を持ちやりたがった。しかし今のところ全敗である。
 任せた側も、何もすぐに物になるとは思っちゃいない。相手は貴族のご令嬢なのだ。そのようなものだろうと最初から諦めている。しかし問題はそこではない。

 問題は失敗した後のアレッタの落ち込みようである。

 しょんぼりと肩を落とし、まるで人生に絶望したかのようにしくしくと静かに泣く。部屋の隅にうずくまり、まるでひなびたほうれん草のようにしょげかえる様はあまりにもみる人の憐憫を誘った。
 つまるところ、アレッタが失敗した際の監督責任者の精神的負担が半端ないのである。アレッタが失敗しないように失敗しないようにと細心の注意を払い目を離さずに居てもどういうわけだがその監視の目の一瞬の隙をつくように次の瞬間には見事に失敗してくれているのだ。
 ある意味で一種の才能を感じる。

 そんなわけで現在、使用人達は顔を上げない。ジュリアと目が合えば最後、押しつけられると思っているからだ。
 そしてそれは大正解だ。
 ぐるり、と見渡しながらドスドスと足音を立ててジュリアは使用人達を検分する。こうなったら、そうだ、わずかにでも身じろぎした人間に押しつけてしまおうとジュリアが決めた辺りで、す、と真っ直ぐに伸ばされた大理石のように整った白魚の手が視界に入った。

「あら、いいの?」
「ええ、わたくしがお引き受け致しましょう」

 伏せていた瞼を上げて厳かにそう告げたのはロザンナだった。



 そうして今日も今日とて、彼女は洗濯籠を両手に抱え、盛大にぶちまけながらすっころぶ――寸前に割り込んでアレッタのことを右手で、洗濯籠を左手で受け止めた女が居る。

「大事ありませんか?」

 そう凜とした声音で淡々と告げたのは、ロザンナだった。

「わたし……」

 俯いたままふるふると身を震わせてか細い声を漏らすアレッタにジュリアはびくり、と身を震わせる。
 さすがに心が折れてしまっただろうか。
 一体なんて声をかけようかと考えつつ、「まぁ、別の仕事もあるから……」と肩に手をかけようとしたがその手は肩に触れずに終わった。
 アレッタががばり、と顔を上げたからだ。

「わたし、愛に生きますわ! お姉様!」

 きらきらと星を散りばめた瞳でアレッタはロザンナのことを熱心に見つめた。
 その熱量に半歩ほど引きつつ、ジュリアはロザンナへと視線を向ける。

「貴方的にはどうなの、あれは?」
「そうですね、わたくし的には……」

 ロザンナはいつもと変わらぬつんと澄ました顔にふっとシニカルな笑みを浮かべた。

「まんざらでもありませんね」
「私、貴方のそういう無節操な所、どうかと思うわよ」

 ジュリアは呆れ果ててそう告げた。
 こうしてアレッタはロザンナの監督の下、侍従見習いへと身を置くことになったのである。
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