7 / 39
2ジュリアとルディ
決意
しおりを挟む
今、ジュリアの目の前には俯く女がいる。
数年前のジュリアのように俯いて泣いて、縋る物を追い求める女だ。
「誰かに責任を預けてるんじゃないわよ」
その冷たい声は自然と唇から零れて落ちた。
急に頼れる両親を失った時、不安にさいなまれてわかりやすく差し出された手にすがりついてジュリアはしくじった。
当時の惨めな記憶がジュリアの頭には今でも色鮮やかに思い出される。
「叱られる? 何を言っているのよ、貴方が選んでいるのよ! そいつらに従うってことをね!」
ジュリアの喉からほとばしった罵声に、アレッタは動きを止めて呆然とこちらを見る。その一体何を言われているのかわからないという表情にも苛立ちが募った。
「相手の言うことを鵜呑みにして、大人しくしたがってんじゃないわよ! 手放してるんじゃないわよ! 委ねてるんじゃないわよ! 貴方の人生の話でしょう!?」
ジュリアは堂々と胸を張る。青い瞳は日の光を宿して輝き、けれど槍のようにその視線は険を含んで鋭かった。
「私の人生はね、全部私のものよ! 失敗しても成功しても、どっちも私の意思で、私がやったことなの! 誰かに取られるなんて、冗談じゃないわ!!」
例え失敗したとしても、自らの納得した道を進んだゆえの結果ならばジュリアに悔いはなかった。けれどそうではなく納得の出来ないままやらされたことはいつまでも胸に禍根を残す。それは心に深く根を張り、無理矢理引きはがすことも出来ずにいつまでもじくじくと心を責めさいなんだ。
「貴方も人に任せたままなんて止めて、ちゃんと自分で自分の人生に責任を持ちなさいよ」
アレッタのことを見つめて静かに告げる。
その言葉に驚いた表情はそのままに、アレッタははらはらと涙を流した。
「責任、持ちたいです、わたし」
その美しい滴は白い頬をつたって、地面へと落ちる。
「すべての責任を、私が持って、生きていきたい」
「だったらそうなさい」
ジュリアはそう言い捨てる。
「貴方の人生は、貴方の物よ」
嗚咽を漏らしながら、けれどアレッタは確かにしっかりと頷いた。
「ところで貴方、なんでそんなにびしょ濡れなの?」
やっと泣き止んだアレッタの鼻水をハンカチで拭ってやりながらジュリアは訊ねた。すると彼女は川に落ちて流されたのだと言う。それで疑問が氷解した。
どうしてアレッタのようなお嬢様がこの封鎖されている森に入れたのか。封鎖されていない上流の川からそのまま水面下を流されてきて、意図せず侵入を果たしてしまったのだ。その事実にジュリアは内心で舌打ちをして他に抜け道がないか封鎖状況のチェックをするべきだと脳内にメモした。
「とりあえず、貴方、しばらくうちで暮らしなさい」
「えっ? でも……」
「貴方みたいな世間知らずのお嬢様がいきなり放り出されて生きていけるわけないでしょ。あっという間にのたれ死ぬわよ。私もそそのかした手前あっさり死なれちゃ目覚めが悪いわ。うちでしばらく好きなように過ごしなさい。その間にやりたいことを決めて、学んで、自分で稼いで生活するの」
ふん、と軽く鼻を鳴らす。
「もちろん、嫌なら出てって良いわよ。これはただの提案なんだから」
ぽかんとしてこちらを見上げるアレッタに若干の不安は覚えるが、乗りかかった船だ、と腹をくくる。
「貴方が自分で決めなさい、自分の責任でね。失敗したって恨むんじゃないわよ」
「はい」
そこで初めてアレッタは笑顔を見せた。
小さく綻ぶように咲いたその笑顔は、これからに対する不安と期待、そして手に入れた覚悟を背負って凜として、とても美しかった。
数年前のジュリアのように俯いて泣いて、縋る物を追い求める女だ。
「誰かに責任を預けてるんじゃないわよ」
その冷たい声は自然と唇から零れて落ちた。
急に頼れる両親を失った時、不安にさいなまれてわかりやすく差し出された手にすがりついてジュリアはしくじった。
当時の惨めな記憶がジュリアの頭には今でも色鮮やかに思い出される。
「叱られる? 何を言っているのよ、貴方が選んでいるのよ! そいつらに従うってことをね!」
ジュリアの喉からほとばしった罵声に、アレッタは動きを止めて呆然とこちらを見る。その一体何を言われているのかわからないという表情にも苛立ちが募った。
「相手の言うことを鵜呑みにして、大人しくしたがってんじゃないわよ! 手放してるんじゃないわよ! 委ねてるんじゃないわよ! 貴方の人生の話でしょう!?」
ジュリアは堂々と胸を張る。青い瞳は日の光を宿して輝き、けれど槍のようにその視線は険を含んで鋭かった。
「私の人生はね、全部私のものよ! 失敗しても成功しても、どっちも私の意思で、私がやったことなの! 誰かに取られるなんて、冗談じゃないわ!!」
例え失敗したとしても、自らの納得した道を進んだゆえの結果ならばジュリアに悔いはなかった。けれどそうではなく納得の出来ないままやらされたことはいつまでも胸に禍根を残す。それは心に深く根を張り、無理矢理引きはがすことも出来ずにいつまでもじくじくと心を責めさいなんだ。
「貴方も人に任せたままなんて止めて、ちゃんと自分で自分の人生に責任を持ちなさいよ」
アレッタのことを見つめて静かに告げる。
その言葉に驚いた表情はそのままに、アレッタははらはらと涙を流した。
「責任、持ちたいです、わたし」
その美しい滴は白い頬をつたって、地面へと落ちる。
「すべての責任を、私が持って、生きていきたい」
「だったらそうなさい」
ジュリアはそう言い捨てる。
「貴方の人生は、貴方の物よ」
嗚咽を漏らしながら、けれどアレッタは確かにしっかりと頷いた。
「ところで貴方、なんでそんなにびしょ濡れなの?」
やっと泣き止んだアレッタの鼻水をハンカチで拭ってやりながらジュリアは訊ねた。すると彼女は川に落ちて流されたのだと言う。それで疑問が氷解した。
どうしてアレッタのようなお嬢様がこの封鎖されている森に入れたのか。封鎖されていない上流の川からそのまま水面下を流されてきて、意図せず侵入を果たしてしまったのだ。その事実にジュリアは内心で舌打ちをして他に抜け道がないか封鎖状況のチェックをするべきだと脳内にメモした。
「とりあえず、貴方、しばらくうちで暮らしなさい」
「えっ? でも……」
「貴方みたいな世間知らずのお嬢様がいきなり放り出されて生きていけるわけないでしょ。あっという間にのたれ死ぬわよ。私もそそのかした手前あっさり死なれちゃ目覚めが悪いわ。うちでしばらく好きなように過ごしなさい。その間にやりたいことを決めて、学んで、自分で稼いで生活するの」
ふん、と軽く鼻を鳴らす。
「もちろん、嫌なら出てって良いわよ。これはただの提案なんだから」
ぽかんとしてこちらを見上げるアレッタに若干の不安は覚えるが、乗りかかった船だ、と腹をくくる。
「貴方が自分で決めなさい、自分の責任でね。失敗したって恨むんじゃないわよ」
「はい」
そこで初めてアレッタは笑顔を見せた。
小さく綻ぶように咲いたその笑顔は、これからに対する不安と期待、そして手に入れた覚悟を背負って凜として、とても美しかった。
11
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

【完】瓶底メガネの聖女様
らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。
傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。
実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。
そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

【完結】「君を手に入れるためなら、何でもするよ?」――冷徹公爵の執着愛から逃げられません」
21時完結
恋愛
「君との婚約はなかったことにしよう」
そう言い放ったのは、幼い頃から婚約者だった第一王子アレクシス。
理由は簡単――新たな愛を見つけたから。
(まあ、よくある話よね)
私は王子の愛を信じていたわけでもないし、泣き喚くつもりもない。
むしろ、自由になれてラッキー! これで平穏な人生を――
そう思っていたのに。
「お前が王子との婚約を解消したと聞いた時、心が震えたよ」
「これで、ようやく君を手に入れられる」
王都一の冷徹貴族と恐れられる公爵・レオンハルトが、なぜか私に異常な執着を見せ始めた。
それどころか、王子が私に未練がましく接しようとすると――
「君を奪う者は、例外なく排除する」
と、不穏な笑みを浮かべながら告げてきて――!?
(ちょっと待って、これって普通の求愛じゃない!)
冷酷無慈悲と噂される公爵様は、どうやら私のためなら何でもするらしい。
……って、私の周りから次々と邪魔者が消えていくのは気のせいですか!?
自由を手に入れるはずが、今度は公爵様の異常な愛から逃げられなくなってしまいました――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる