デブでブスの令嬢は英雄に求愛される

陸路りん

文字の大きさ
上 下
4 / 39
2ジュリアとルディ

遭遇

しおりを挟む
「やはり、生まれ故郷に帰ってくると落ち着きますね」
「貴方が生まれた頃と比べるとかなり変わったんじゃなくて? 私が変えたんだけど」
「ジュリアの改革のおかげで皆暮らしよく豊かになったと評判ですからね」

 嫌みのつもりで放った言葉にも、ルディは平然と返す。その言葉と態度からは一切の悪意は感じられず、純粋な褒め言葉にしか思えない。もしもこれが演技だとしたらたいしたものだとジュリアは内心で舌を巻く。
 二人は領地内にある森に来ていた。
 領地内の農地や商店をゆっくりと周りながら、最後にこの場所に訪れたのだ。
 ベネノの森と呼ばれるこの場所は、自然の実り豊かだが訳あって住民の出入りを制限している場所だ。
 足を踏み入れると、森の中は春の香りに満ちていた。鮮やかな花々がそこかしこに咲き誇り、同時に有害な毒キノコや毒草もそこかしこにはびこっている。
 その中でも特に根元から葉の先へとかけてブルーからピンクへと美しくグラデーションを描く細長い植物は異様に目に付いた。
 それはこの国では取引を禁止されている猛毒な植物だ。
 これが住民の出入りを制限している理由である。
 しかし一見するだけならばそれらは無害だ。瑞々しい葉には、滴がたまり日の光を反射してきらきらと輝いていた。

「この森をそのまま残しているのには何か理由があるのでしょうか」

 ルディもその毒草の存在に目をとめたのだろう、そのような疑問を口にした。この森が毒草の宝庫だというのは今では一部の人間しか知らない。この森を封鎖する際にジュリアがそれを明確に明かさず、地理的に地面が崩れやすく、また、危険な獣が生息しているために危険だと伝えたせいだ。ジュリアが封鎖を行う前から住んでいた近隣住民は勿論そのことを知っているが、ジュリアの提案に否やは唱えず、口を閉ざすことに同意してくれた。

「この毒草は、薬にもなるからよ」

 最初は全ての毒草を根っこから引き抜いて処分するつもりだった。けれどそれに地元住民と探索を依頼した専門家が待ったをかけたのだ。毒草だけを処分する、というのは簡単なことではない。一部の植物を処分すれば、それに伴って他の生態系にも影響が出てしまうし、この毒草を必要としている患者も存在するというのだ。実際に一部の植物は地元では普通に薬として流通しているものであり、ひとまずは薬剤師やら医師やらの専門職のみが申請を行った上で出入り出来るような形で落ち着いたのだ。
 森の周囲には強固で高い柵が張り巡らされ、出入り口には見張りの兵が立っている。いずれどこか、もっと強固なセキュリティの場所に移植できたらと考えているが、そのような場所に心辺りがない以上、なかなかに難しいだろう。

「本当は天井も作って完璧に塞ぎたいんだけどね、それだと日光が遮られて涸れてしまうから……。とはいえ、ガラス張りにするのもコスト面で厳しいのよねぇ。嵐が来る度に割られちゃあ堪らないわ」
「なるほど……」

 彼は軽く頷くと、興味深げに辺りを見渡した。

(さぁ、どうするの?)

 ジュリアは静かにその様子を見守る。
 この場所は正真正銘のレーゼルバールの重要機密のうちの一つだ。やっていることはただ単に領地内の植物の保護であり、ここに自生している多くの毒草は特に規制もされておらず合法なものばかりである。そして一部の規制されている毒草も所持や栽培のみで販売などの取引を行わなければ罪に問われることはない。しかしこの情報は使いようによっては国家の転覆を謀っているとも、実は裏で後ろ暗い行動をしているとも思わせられる事実だ。

(貴方は一体これをどう利用するのかしら?)

 勿論、どのように利用されたとしても致命傷になどはさせない。多少の傷にはなるかも知れないが、このまま得体の知れない人間を腹の内に住まわせておくよりは遥かにましだ。
 その時ふと、ルディが何かに気づいたかのように動きを止めた。けれどそれは本当に一瞬で、すぐに動作を再開させるとその視線の先へと歩み寄る。

(なに……?)

 不審に思ってそちらに目をやっても、ジュリアには何も特別なものなど見えやしない。
 ただ木々が覆い茂っているだけだ。
 そのままルディはその木へと近づくと、脇に刺していた剣を一気に引き抜いた。

「……っ」

 まさか剣を抜くとは思っていなかったジュリアは思わず手に持っていた扇子で頭を庇うようにしながらわずかに後退る。
 すぐに逃げられるようにと瞳は閉じない。しかしルディの剣はジュリアに対してではなく、その木の枝へと振るわれた。
 その剣先に触れた枝がはらり、と木から剥がれるように落ちる。
 白い花のついた枝が、そのまま吸い込まれるようにルディの掌へと収まった。

「ジュリア」

 彼は満面の笑みで振り返ると、ジュリアの髪へとその花を刺した。

「思った通りだ。貴方には白色がとてもよくお似合いです」
「……そう、それは良かったわね」

 ジュリアは微妙な顔で頷いた。
 正直に言うのならば、なんだそれは、という心境だ。
 いや、まぁ、そうだ。そもそもルディはジュリアに婚姻を申し込んだ立場なのだから、ある意味で行動は一貫している。
 しかし剣を抜かれたことで緊張していたものが、一気に緩みなんだか気が抜けてしまった。

(まぁ、いい)

 別にジュリアとて、いままでぼろを出さなかった男がそんなに簡単にしっぽを出すと期待していたわけではない。

(ひとまずは様子見だ)

 ジュリアはいよいよ長期戦を覚悟した。この男とは腹を据えて付き合う必要性がきっとあるのだ。
 わかりやすい餌に何の反応を示さないということは、すなわちもっと複雑で重要性の高い目的があるということ。
 相手は竜殺しの英雄だ。
 相手の企みが分かれば交渉材料にもなるだろう。交渉次第では、今後友好的な関係を築くことも可能かも知れない。

(この関係は財産だわ)

 きっと利益に繋がっている。否、ジュリアが繋げるのだ、自らの手で。
 ルディがこの情報をどうするのか部下にしばらく見張らせておこうと頭の中で算段を立てながら、ジュリアが頭についた花を取ろうとした時だ。

(……?、悲鳴……?)

 森の奥の方から、か細い女性のものと思われる声が聞こえた気がした。
 ジュリアが訝しんでそちらへ目を向けた時にはもう、ルディは駆け出していた。

「ちょ、ちょっと……っ!」
「ジュリアは下がっていてください!」

 ルディの指示は真っ当だったが、素直にそれに従ってその場に立ち尽くして待っている気にはならなかった。
 無論、荒事に無理に首を突っ込む気はない。餅は餅屋に、荒事は戦士に任せるべき案件だ。けれどジュリアは領主だった。この場に居る最高責任者はルディではなくジュリアである。ジュリアには事態を把握し、収拾を図る義務がある。
 むっ、とただでさえ膨張している頬を膨らませて、ジュリアも後へと続く。その仕草は体格から受ける印象以上に俊敏で、ある程度走ることに慣れた者の動きだった。
 そう、ジュリアはデブはデブでも機敏なデブなのだ。
 かくして追いかけた先では、女性が地面に倒れ伏し、それに襲いかかろうとする獣を一撃の下に切り伏せるルディがいた。

   その瞬間、ジュリアにはその光景がスローモーションのように見えた。
 女性が地面に伏せるようにうずくまっている。その前に立ちふさがるのは日の光を跳ね返すほどに硬質な毛を持った灰色の獣だ。その牙は鋭く、太い足からは刃物のような爪が覗いていた。
 その姿にも怯まず、ルディは目にもとまらぬ早さで黒い残像を残しながら女性の前へと飛び出すと同時に剣を抜き放つ。
 振り向きざまに放たれたその軌道は美しく弧を描いて、一瞬で獣の首をはね飛ばした。
 獣の首ははねられた勢いのまま後方の草むらの方へと飛んでいく。ジュリアには声を上げるどころか、息を吐く暇すらなかった。
 決して、体格の小さな獣ではない。
 身の丈は立ち上がればルディよりも大きかったことだろう。鋭い牙と爪はどう見ても肉食であることを示していたし、飛びかかろうとして蹴ったと思しき地面には深々と爪の後が刻まれ、その力強さをありありと示していた。
 獣が弱かったのではない、ルディが強すぎたのだ。 

(これが……、竜を殺した英雄……)

 たいして息も乱さずに立つその姿は、普段のぬぼーと突っ立っている姿と変わらないだけに空恐ろしいものがあった。
 彼は気合いなど入れなくとも全力など尽くさなくとも、この程度ならば簡単に殺せてしまうのだ。

(敵に回したくはないわね……)

 敵に回るつもりがあるのかすらも現在は掴めていない状況なのだが、ジュリアは怖じける自身を隠すように扇で口元を隠しながらそう思案した。

「大丈夫ですか?」

 ルディが発した言葉に我に返る。視線を向けるとルディは自身の背後でうずくまり怯えていた女性に手を差し伸べていた。

 雨など降っていないはずなのに何故かしめった茶色い髪、シンプルだが質の良いレモン色のドレスにそんなに長くは歩けなさそうな軸の細い華奢なヒール。
 潤んだ鈍色の瞳には涙が滲んでいた。

 そこにうずくまっていたのはどこからどう見ても正真正銘、そこそこ良いところのご令嬢だった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。 性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。

思い出しちゃダメ!? 溺愛してくる俺様王の事がどうしても思い出せません

紅花うさぎ
恋愛
「俺がお前を妻にすると決めたんだ。お前は大人しく俺のものになればいい」  ある事情から元王女という身分を隠し、貧しいメイド暮らしをしていたレイナは、ある日突然フレイムジールの若き王エイデンの元に連れてこられてしまう。  都合がいいから自分と結婚すると言うエイデンをひどい男だと思いながらも、何故かトキメキを感じてしまうレイナ。  一方エイデンはレイナを愛しているのに、攫ってきた本当の理由が言えないようで……  厄介な事情を抱えた二人の波瀾万丈の恋物語です。 ☆ 「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】みそっかす転生王女の婚活

佐倉えび
恋愛
私は幼い頃の言動から変わり者と蔑まれ、他国からも自国からも結婚の申し込みのない、みそっかす王女と呼ばれている。旨味のない小国の第二王女であり、見目もイマイチな上にすでに十九歳という王女としては行き遅れ。残り物感が半端ない。自分のことながらペットショップで売れ残っている仔犬という名の成犬を見たときのような気分になる。 兄はそんな私を厄介払いとばかりに嫁がせようと、今日も婚活パーティーを主催する(適当に) もう、この国での婚活なんて無理じゃないのかと思い始めたとき、私の目の前に現れたのは―― ※小説家になろう様でも掲載しています。

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

公爵家の赤髪の美姫は隣国王子に溺愛される

佐倉ミズキ
恋愛
レスカルト公爵家の愛人だった母が亡くなり、ミアは二年前にこの家に引き取られて令嬢として過ごすことに。 異母姉、サラサには毎日のように嫌味を言われ、義母には存在などしないかのように無視され過ごしていた。 誰にも愛されず、独りぼっちだったミアは学校の敷地にある湖で過ごすことが唯一の癒しだった。 ある日、その湖に一人の男性クラウが現れる。 隣にある男子学校から生垣を抜けてきたというクラウは隣国からの留学生だった。 初めは警戒していたミアだが、いつしかクラウと意気投合する。クラウはミアの事情を知っても優しかった。ミアもそんなクラウにほのかに思いを寄せる。 しかし、クラウは国へ帰る事となり…。 「学校を卒業したら、隣国の俺を頼ってきてほしい」 「わかりました」 けれど卒業後、ミアが向かったのは……。 ※ベリーズカフェにも掲載中(こちらの加筆修正版)

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

処理中です...