冒険者を辞めたら天職でした 〜パーティーを追放された凄腕治癒師は、大聖者と崇められる〜

拝詩ルルー

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第一章 冒険者から神官へ

王都へ

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 俺を拾ってくれたのは、バレット商会のキャラバンだった。
 どうやら、俺を拾うと決めた黒髪金眼の美形の人が、バレット商会のニール・バレット商会長ご本人様らしい。

 ありがたいことに食料を分けてもらい、洗浄魔術までかけてもらって、全身綺麗にしてもらった。……まぁ、馬車に乗せてもらうのに、汚いままだと悪いよな。俺も気を遣うし……

「あれ? 怪我されてますね。治しましょうか?」

 魔術師のレイちゃんが俺の手を見て、話しかけてきた。
 一番最初に俺に声をかけてくれた女の子だ。冒険者らしく、今はニールさんの護衛任務を受けているらしい。

 転んでしまった時にできてしまった傷のようで、血が滲んでいる。改めて気づくと、ジンジンと痛みが出てきた。

「いや、大丈夫ですよ。俺、治癒師なんです。ほら、もう治った」

 俺はもう片方の手で、パッと傷がある部分を払った。瞬時に、跡形もなく傷も痛みも消える。

「わぁ! すごい早い! こんな一瞬で治せるんですね!」

 レイちゃんが目をキラキラさせて、興味津々といった感じで、さっきまで傷があった俺の手を見ている。微笑ましくて、なんだかこっちまで癒される。

「ここまで早く綺麗に治せる人は久々に見たね。かなりの腕前だ」

 ルーファスさん——レイちゃんと同じ冒険者パーティーのリーダーで、この人も金髪金眼のかなりの美形だ——もとても感心していた。

「レイよりも上手ですね。私でも一瞬すぎて、目で追いきれませんでした」

 剣士のレヴィさんが呟いた。

 彼もレイちゃんと同じ冒険者パーティーだ。

 ちょっと変わってる感じの人だけど、顔立ちも身にまとう雰囲気もごくごく普通で、こんなキラキラした美形に囲まれた狭い馬車の中でも、ものすごく親近感が湧いて安心する。彼には悪いけど、今の俺の心の友。安心材料だ。

「それにしても、先ほどの様子といい、道に一人で倒れていたことといい、普通ではないですね。何があったんですか?」

 ニールさんに訊かれて、俺は今までのことを話した。

 ダンジョンの十階層で、冒険者パーティーを追い出されたこと。
 装備や金や食料のほとんどを奪われ、暴行を受けて放置されたこと。
 命からがらダンジョンから抜け出て来たことなどだ。

「……それは……とても、大変でしたね」

 レイちゃんがとても傷ましそうな表情で俺の話を聞いてくれた。声も詰まらせて、口元を両手で押さえている。
 優しすぎて、どこかのローラとは大違いだ。

「これ程の腕前の治癒師を手放すなんて、随分アレなパーティーでしたね」

 ニールさんが、呆れたように渋い表情で呟いた。
 かなりぼやかしてはいるが、言わんとしていることは伝わってきた。

「ノアさんは教会に興味はありますか?」
「へっ?」

 ルーファスさん、勧誘ですか???
 俺は無神教です。

 今までの会話の流れから斜め上の質問に、思わず変な声が漏れたのは仕方がないだろう…… 

「いえ、誤解を与えてしまったのなら、すみません。教会では治癒院も運営しているので、冒険者ギルドよりも、そちらの方がノアさんの能力が活かせるのでは、と思ったもので」
「あぁ……」

 ルーファスさんが、慌てて訂正してくれた。

 そういえば、グリーンフィスト領では教会はかなり大きな街にしか無かったし、俺たちがメインで活動していた街からは遠かった。

 俺が治癒魔術を使えるし、メンバーの誰も呪われたことがなかったから、治癒や解呪をしてくれる教会にお世話になる必要もなかった。

 ただ単に、縁遠すぎて自分の視界に入ってなかった。

……あれ? これって、案外アリなんじゃ……???

「知り合いに治癒院に関わっている者がいるので、紹介しましょうか?」

 ルーファスさんが、王子様然とした美貌で、それはそれは甘やかに微笑んだ。

「是非っ! お願いします!!」

 俺は脊髄反射で飛び付いていた。思わずガシッとルーファスさんの両手に握手して、ブンブンと上下に振っていた。

 ここに拾う神あり!!!

 チャンスの女神(?)いや、男神(?)は前髪を引き抜く勢いで掴むべし!!!

「それでは、王都に着いたら紹介しますね」

 ルーファスさんは、少しびっくりしながらも、笑って受け流してくれた。


 ひとまず、これからの身の振りの方向性が決まって一安心だ。

 王都に着いたら、冒険者ギルドに預けていた金を少し下そう。新しく家も決めなきゃいけないし……どうせ、アイアン・ケルベロスで借りてた部屋に置いてた俺の荷物は、全部捨てられるんだろうな。まぁ、捨てられても問題無い物ばっかりだけどな。

「心機一転か……」

 俺はぽつりと呟いた。

 家も物も仕事も、全部まっさらにリセットだ。

 馬車の窓から外の景色を眺めると、痛いぐらいに空が青く綺麗に見えた。


***


 馬車のガラガラと移動する音が、静かに車内に響いていた。

……気まずい。静かすぎる。

 馬車の移動も何時間にもなれば、そりゃあ会話も無くなる。

 しかも、全員、俺にとっては出会ったばかりの人たちだ。

 さらには、どの人も、俺に水や食料や安心感や次の仕事のあてまで与えてくれた神様みたいな人たちだ。そんな彼らに、このなんだか気まずい思いをさせてしまうのは、いろいろ貰ってばかりの俺としては、なんとも居た堪れなかった。

 ここは新入りとして、何か会話を振らなければ……

「そういえば、ニールさんとレイちゃんはご兄妹なんですか? この国で黒髪は珍しいですよね」

 俺は会話に困って、とりあえず当たり障りのないことを尋ねた。これなら当たっても外れても、何かしら次の会話に繋げられ——

 ウヴェッ!? ニールさん、めちゃくちゃいい笑顔!? ……ま、眩しい……

「そう見えますか? いいですね、兄妹。ねぇ、レイ?」
「ニールが、お兄ちゃん?」

 レイちゃんがきょとんと、隣に座るニールさんを見上げた。
 ニールさんは目を丸くして、時が止まったかのように、レイちゃんを見つめていた。

「……いい。そうだね。妹として、家に来るかい?」

 ニールさんが、とろけるような笑顔でグイグイと押している。

「それは義父さんに訊かないとダメです」

 レイちゃんが、強い!
 これだけのイケメンに言い寄られてキッパリ断ってる……

「ノアさん、いいアイディアですね」
「へっ?」

 俺はどうやら、ニールさんのどこにあるかも分からない謎のツボを、的確に押してしまったらしい。

「そうだ。装備品は盗られてしまったんですよね? もし良かったら、新調しませんか?」
「いや、あの、今は手持ちが……」
「そのぐらい構いませんよ。私からの謝礼だと思って受け取っていただければ」

 ニールさんは馬車の後ろ側に載せていたトランクケースを持ち出すと、そこから次々と治癒師に人気だという杖やらローブやら装備品を取り出した。

……さすが、大店の商会長。ものすごく良い空間収納付きの鞄を使われてる……

 俺は勧められるがまま、あれよあれよと装備一式を新調させてもらった。

 アイアン・ケルベロスではサポート役だったし、「金をかける価値はない」とか言われて、タンク用の盾以外は大した装備を使ってこなかったが……どれもこれも、今まで使っていた装備品からワンランク上のものに変わってしまった。

「王都にもバレット商会本店がございます。今後は是非ともご贔屓に」

 ニールさんがニコニコと朗らかな笑顔で宣伝してきた。

 チクショウッ! やっぱり商売人だ!!!


***


 俺は、生まれて初めてドラゴニア王国の王都ガシュラに立った。

 王都ガシュラは、とてつもなく大きく立派で、圧倒された。

 煉瓦造りの立派な建物、綺麗に敷かれた石畳、美しく飾られた店々のショーウィンドウ。街並みの先の小高い丘の上には、白亜のドラゴニア王宮が見えた。

 当たり前だけど、グリーンフィスト領みたいな田舎に比べたら、たくさんの馬車や人々が行き交っている。

 道ゆくお嬢さん方のドレスは色鮮やかで、華やかで楽しそうだ。カフェで一服してる紳士たちも、道を駆けて行く少年たちも、誰も彼もが洗練されていて、おしゃれに見える。

「ここが王都……」

 今までずっとグリーンフィスト領で活動してたから、足を踏み入れることはなかった場所だ。

 田舎者で恥ずかしい、とかよりも先に「凄い所に来た!」っていう感動の方が勝った。

 今日から俺もここでやっていくのか、って考えたら、何だか胸がドキドキしてきた。

「わぁ! すごいですね! 街も素敵ですし、綺麗なお城も見えますね!」

 俺の隣では、レイちゃんも頬を上気させて、感激していた。良かった、田舎者は俺一人だけじゃない。


「それでは、僕は先にノアさんを治癒院に案内しますね」
「ええ。よろしくお願いします」

 ルーファスさんとニールさんが話し合っていた。

 俺はルーファスさんに、先に治癒院に連れて行ってもらえるみたいだ。
 バレット商会のキャラバンとは、ここでお別れだ。

「ノアさん。新しい所でも頑張ってくださいね。きっとノアさんなら大丈夫です」
「うん。ありがとう、レイちゃん」

 俺は不意に胸がジーンときてしまった。じわりと涙目になりそうになって堪える。

 あれだけ酷い目に遭ったから、余計に誰かの優しさが身に沁みた。

「ノアさん、自信を持ってください。あなたの治癒魔術はとても洗練されてました」
「ありがとうございます、レヴィさん」

 俺はレヴィさんとガシッと力強く握手をした。

 レヴィさん、あれだけ顔面偏差値が高すぎてキラキラしい馬車の中で、唯一、あなたが俺の心の拠り所でした。
 フツメン同士、お互い強く生きましょう。

 俺はバレット商会の皆にお礼を言うと、ルーファスさんと一緒に教会行きの馬車に乗った。


***


 ルーファスさんが案内してくれたのは、王都にある聖鳳教会だ。

 石積みの荘厳な建物で、その天辺には白と青を基調とした聖鳳教会の旗が掲げられ、風に吹かれてはためいている。

 同じ敷地内には、俺がこれからお世話になる治癒院が併設されているそうだ。


 治癒院の中に一歩足を踏み入れると、たくさんの聖女や神官が患者の間を行き来して、忙しなく働いていた。

 院内には独特な薬草と魔術薬の匂いが漂っていて、「ここで働くのか」と考えると、なんだか新鮮な感じがして、ワクワクしてきた。

「ルーファス! 久しぶりに連絡が来たかと思えば、一体……」

 緑色の髪に淡い黄色の瞳の中性的な男の人が声をかけてきた。ルーファスさんよりも少し年上そうで、治癒院にいる他の聖女や神官よりもかなり豪華な服装だ。

「ユリシーズ、久しぶり。見てもらいたいのは彼のことなんだ。上級神官、いや、もしかしたら、それ以上かも」

 ルーファスさんも気安く挨拶をしている。
 仲が良いのだろうか?

「光の大司教の君がそこまで褒めるのも珍しいね」

 ユリシーズさんが、俺の方を興味深そうに見つめた。

「えっ? 光の大司教?」

 ルーファスさん、いや、ルーファス大司教が俺の方を振り返って、ふわりと王子様のように微笑んで、形の良い唇の上に、一本、人差し指を置いた。「黙ってろ」ってことだ。

 大司教様が何で冒険者なんてしてるの!!?

 チクショウッ! この人も食わせ者だった!!!


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