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第一章 冒険者から神官へ
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「ノア。お前はもう用無しだ。ここでさよならだ」
グリーンフィスト一番の冒険者パーティー「アイアン・ケルベロス」のリーダー、アンガスがニヤリと嫌味ったらしく笑って言った。
アンガスは、宝箱から出てきた回復の魔道具を手に持って、プラプラと揺らして見せつけてきた。
俺から見たら、随分とちゃちなブレスレットだ。
「この前、空間収納付きのマジックバッグも新調したし、荷物持ちもいらないな」
魔術師のコーディも、冷たい視線で俺を見据えると、淡々と言い放った。
同時期にアイアン・ケルベロスに加入したから、ずっと仲がいいと思ってたんだが、俺だけだったのか?
「それに、ノアだけBランクでしょ。もういい加減私たちに付いてくるのはキツいんじゃない?」
槍使いのローラは腕を組んで、俺を毛虫でも見るかのように見つめると、上から目線で勝手に決め付けてきた。
確かに俺以外はAランク冒険者だが、一般的にBランク冒険者は一人前として見なされる。パーティーの構成メンバーのランクにばらつきがあるのは普通だ。
「……えっ、突然何だよ? それにここはダンジョンの十階層だぞ? 一人で帰れってことか?」
俺は焦った。
十階層より下はダンジョンの中層階に当たる。これまで以上に危険な罠や上位の魔物も出てくる——俺が斥候役もやってるのに、大丈夫なのか、こいつら?
「ガハハハッ!! 何だ、怖気付いたのかよ!? そうだ。付いて来るんじゃねぇぞ、足手まといだ!」
アンガスが急に大口を開けて笑い出した。
ローラもコーディも、まるで可哀想なものを見るかのように俺を見て、クスクスと笑っている。
「俺たちはもっと上を目指す! そこにお前はいない!! 魔道具で代替が利くような治癒魔術と空間収納しかない奴なんて、もう役立たずなんだよ!!」
アンガスはもう説明まで面倒くさくなったみたいで、ぞんざいにがなった。
そのままなぜか俺は腹を蹴られた。急な痛みと衝撃と共に、ググッと内臓が押され、息が苦しくなる。
「ぐはっ……」
俺が腹を押さえて治癒魔術をかけようとすると、急にガッと胸ぐらを掴まれて持ち上げられた。
アンガスの息がかかって臭い。
「ああ、そうだ。俺たちの荷物を全部返せ。金も全部だ」
「いや、待てよ! 金は俺の分もあるだろ?」
「はぁ? お前は、金が貰えるほど戦えんのかよ? 大した仕事もしてねぇくせに難癖つけんじゃねぇよ!」
「うわっ!」
そのままアンガスに地面に投げ飛ばされた。ガツンッと肩から地面にぶつかって、右上半身に鈍い痛みが広がる。
俺はぐぅ、と言葉を飲み込んだ。これは何を言っても聞かないやつだ。たとえ俺の言い分が正しくても、関係なく俺を責めてくる、いつものやつだ。アンガスが黒と言えば、白いものも黒く塗り潰されてしまう。
「ガハハッ! 何も言えねぇってことは、そういうことだ。テメェの金なんざ、今まで俺たちのお情けで貰えてたやつなんだよ! 分かったんなら、さっさと返せ、盗人!」
アンガスは倒れ込んでいる俺を、さらに蹴り付けてきた。
渋々俺が荷物と金を渡すと、最後に一発横顔にガツンッとくらった。キーンッと耳が鳴って、口の中に鉄の味がした。
「ねぇ。もう行きましょう。こんな所で時間を無駄にしたくないわ」
ローラがアンガスの腕に手を添えて、甘えるように囁いた。
「ガハハッ! そうだな。行くぞ!!」
アンガスは上機嫌に、ローラとコーディに声をかけた。
俺のことはもう視界にも入らないようで、さっさと次の階層へ向かって行く。
一人だけ、コーディが俺のことを目を眇めて見つめていた。
何だ? 少しはフォローでも……?
「……清々した……」
コーディはボソリと呟くと、アンガスとローラの後を追って行った。
こいつ、言うに事欠いて最後の言葉がそれかっ!?
俺はアンガスたちが見えなくなると、早々に自分の傷を治癒魔術で癒した。
右肩の痛みも、腹にできた痣も、口や耳の中の不調も、俺がひと撫でするとスッと嘘みたいに消えていく。
幸い、血は大して出ていなかった。血の匂いで魔物を引きつけるのはごめんだ。
今俺が持っているのは、万が一のためにポケットや靴の中に隠しておいた金と、アンガスたちでさえ持って行くことを拒否したボロボロの装備、腰に付けたポーチの中にある最低限の水と干し肉のみ。
普通、空間収納の中身じゃなくて、鞄の中身を奪うもんなんだけどな……
万が一をまさか同じパーティーメンバーを欺くために使うとはな。もう仲間じゃないけど。
俺は気配を潜めて、アンガスたちとは真逆の上層階を目指した。
***
俺はノア。
治癒師で荷物持ちの、もうソロの冒険者だ。
俺の一番古い記憶では、既に孤児院にいた。両親の顔なんて知らん。
俺が育ったグリーンフィスト領は、穀倉地帯で、農業と酪農が盛んだ。
時期にもよるけど、孤児たちは農作業の手伝いをして、野菜や牛乳なんかを農家から恵んでもらっていた。
だけど俺は早く自立したかったから、小さい頃から冒険者ギルドに入り浸って、薬草摘みとか簡単な仕事を請け負って、小遣いを稼いでいた。
初めて受け取った報酬は、今となったらたったこれっぽっちの銅貨だったけど、手の上にずっしりと重みがあって、やけに胸にジーンときた記憶が今でもある。
十三歳になると同時に、正式に冒険者登録をした。
治癒魔術と空間魔術が使えたから、サポート役としてどこかのパーティーに入れないか探した。
丁度その時、アンガスとローラ二人だけのアイアン・ケルベロスを冒険者ギルドから紹介された。最近、グリーンフィストにやって来たCランク冒険者だって。
俺が小さい頃から真面目に仕事してきたのを、ギルドのマスターや職員たちはみんな知っていたから、太鼓判を押して、俺をアイアン・ケルベロスにどうか、って薦めてくれた。
四つ年上の剣士のアンガスと、一つ年上の槍使いのローラは、当時の俺から見てとっても大人に見えた。
「俺たちはラッキーだな。治癒師なんて冒険者には珍しいし、空間収納も使えるなんて、すげぇな! よろしくな!」
「よろしくね。かわいい治癒師さん」
アンガスとローラはニコニコと俺を受け入れてくれた。
俺が孤児だってことも、「冒険者にはよくあること」と全く気にしてなかった。
「よろしくお願いします!」
俺は初めてできた仲間に有頂天になっていた。
前衛二人にサポート役一人しかいなかったから、「後衛も必要だろう」って、すぐに俺より二つ年上で魔術師のコーディを紹介された。
「……よろしく……」
コーディは元々あまり喋らなかったが、俺と同じ魔力を扱う職業同士、魔術についてよく話し合った。魔術の話をする時だけは、コーディも饒舌だった。
扱える魔術は違えど、互いに切磋琢磨するライバルで仲間のような気がしていた……当時は。
そこからは俺たちの快進撃が始まった。
前衛二人は元々幼馴染で息が合っていたし、コーディも魔力量が多くて、魔術の操作能力も高かった。
俺は、仲間が傷付いたらすぐさま治癒魔術をかけた。
冒険者パーティーとして、バランスも良かったんだ。
農作物や家畜を狙う魔物なんて、どんどん蹴散らしていった。
リーダーがAランク冒険者になる頃には、アイアン・ケルベロスは、グリーンフィスト領一の冒険者パーティーとまで言われるようになっていた。
——だが、その頃にはいろいろな事が変わっていた。
俺はサポート役だということで、使える魔術である治癒や荷物持ちだけでなく、斥候、索敵、罠解除、タンク、野営準備から料理、果ては装備品の手入れや繕い物や洗濯などなど——ある意味、冒険者として必要なありとあらゆることをさせられた。もちろん、パーティーメンバー全員分だ。
結果、俺には「器用」というスキルが付いた—— 何でだよ!?
空間収納に入りきらなかった物は、俺が背中に大きなリュックを背負って持って行くことになった。
結果として「怪力」というスキルまで俺には付いた——余計に他のメンバーの荷物を持たされただけだったが……
メンバーの中では最年少だし、元々サポート役だったから、みんなについていけるように、とにかく頑張った。
だけど、冒険者ランクが上がり、アイアン・ケルベロスの名声が高まっていくに従って、メンバーの俺への扱いはどんどん酷くなっていった。
「……まさか、パーティーから追い出されるとは思わなかったよ……」
それでも俺は必要とされてると思い込んでた。
だって、冒険の準備をして、荷物を持って行くのも俺。
野営の火起こしから料理、テント張りから後片付けまで俺。
ダンジョンに潜れば、マップを確認し、ルートを探し、罠が無いか、敵が近くにいないか安全確保するのも俺。
魔物が出たら、盾を持ってタンクを張って、魔物のヘイトを取るのも俺。
討伐した魔物を担いでギルドに運んで値段交渉するのも俺だ。
ついでに言うと、冒険で傷ついた装備の補修や手入れまで俺がやっていた。
——これからそれらをあのメンバーのうち誰がやるんだろうな? もう俺には関係ないが。
ダンジョンの十階層なんて危険な場所に、人を置き去りにするような血も涙も無い奴らのことなんて、もう思い出したくもない。
ダンジョンを抜け出すのには丸二日かかった。
地図は奴らに奪われていたが、いざという時のために、目印を各所に残してきたのが幸いした。
……本当に、あいつら俺を見殺しにする気満々だったんだな。三年も一緒に冒険したのに……
無理矢理やらされてきたことだったが、索敵ができて良かったと、この時ばかりは心から感謝した。
一人で勝てなそうな魔物は物陰に隠れてやりすごして、自分一人で勝てそうな魔物だけ倒した。それも食える奴だけだ——それで少しでも飢えを凌いだ。
外の明かりが見えた時は、涙が出そうなほど安心した。
だが、泣かなかった。
今の俺には涙でさえも水分は貴重で、もったいなかった。
そこからは、とにかく人里を、人が通るような道を目指した。
手持ちの水はもう無い。
あとはもう、小指の先ほどしかない干し肉があるだけだ。
もうほとんど意識が朦朧としてきていた。
本格的にヤバいやつだ。
いくら治癒魔術ができても、流石に腹は膨れないし、水分も補えない。
その時、ガラガラと、馬車が通るような音を俺の耳が拾った。
誰かがこの近くを通ろうとしている!!
意識が朦朧としていても、俺の生存本能は諦めていなかったようだ。
俺は力の限り走って、音のする方へ向かった。
途中で足がもつれる。
転けそうになる。
それでもとにかく前に進む。
置いていかれるな!
もしかしたら、助けてもらえるかもしれない!
山道に出そうになった瞬間、木の根に足を引っ掛けて、ドベシッ! とスライディングするように倒れ込んだ。
何日もダンジョンに潜っていたんだ。
今更これ以上汚れても、何とも思わない。
だが、これだけは言わねば!
「……助けて……」
悔しいぐらいに声が掠れて、ヒューヒューと乾いた風が喉を通る。
これじゃあ、気付かれないかもしれない。
俺はもうここでくたばるのか? そう絶望しかけた瞬間だった——
「だっ、大丈夫ですか!?」
慌てるような、少女の高くかわいらしい声がした。人に心配されるなんて、思い出せないぐらい久しぶりだ。
薄目を開ければ、目の前には、黒髪黒目のかわいらしい少女がいた。十代前半ぐらいの女の子だ。
「……み、ず……」
「水ですね!?」
少女が魔術で水を生成し、直接俺の口に流し込んだ。
やけに冷たくて気持ちがいい。
いくらでもゴクゴク飲めて、乾いた身体中に染み渡るようだ。
コーディでもこんなに美味い水は出せなかった。
「おや? 遭難者ですか? 仕方がないですね。拾っていきますか。我々は王都方面に向かっているのですが、よろしいですか?」
目が醒める程に美形の男が現れた。
少女と同じ黒髪で、色鮮やかな黄金色の瞳はキラリと光っているが、なぜだかゾクリと空恐ろしく感じた。
「……お願いします。ご迷惑をお掛けします……」
俺はどうにかこうにか返事をした。
——後から思い返すと、ここから俺の人生は大きく舵を切ることになった。
グリーンフィスト一番の冒険者パーティー「アイアン・ケルベロス」のリーダー、アンガスがニヤリと嫌味ったらしく笑って言った。
アンガスは、宝箱から出てきた回復の魔道具を手に持って、プラプラと揺らして見せつけてきた。
俺から見たら、随分とちゃちなブレスレットだ。
「この前、空間収納付きのマジックバッグも新調したし、荷物持ちもいらないな」
魔術師のコーディも、冷たい視線で俺を見据えると、淡々と言い放った。
同時期にアイアン・ケルベロスに加入したから、ずっと仲がいいと思ってたんだが、俺だけだったのか?
「それに、ノアだけBランクでしょ。もういい加減私たちに付いてくるのはキツいんじゃない?」
槍使いのローラは腕を組んで、俺を毛虫でも見るかのように見つめると、上から目線で勝手に決め付けてきた。
確かに俺以外はAランク冒険者だが、一般的にBランク冒険者は一人前として見なされる。パーティーの構成メンバーのランクにばらつきがあるのは普通だ。
「……えっ、突然何だよ? それにここはダンジョンの十階層だぞ? 一人で帰れってことか?」
俺は焦った。
十階層より下はダンジョンの中層階に当たる。これまで以上に危険な罠や上位の魔物も出てくる——俺が斥候役もやってるのに、大丈夫なのか、こいつら?
「ガハハハッ!! 何だ、怖気付いたのかよ!? そうだ。付いて来るんじゃねぇぞ、足手まといだ!」
アンガスが急に大口を開けて笑い出した。
ローラもコーディも、まるで可哀想なものを見るかのように俺を見て、クスクスと笑っている。
「俺たちはもっと上を目指す! そこにお前はいない!! 魔道具で代替が利くような治癒魔術と空間収納しかない奴なんて、もう役立たずなんだよ!!」
アンガスはもう説明まで面倒くさくなったみたいで、ぞんざいにがなった。
そのままなぜか俺は腹を蹴られた。急な痛みと衝撃と共に、ググッと内臓が押され、息が苦しくなる。
「ぐはっ……」
俺が腹を押さえて治癒魔術をかけようとすると、急にガッと胸ぐらを掴まれて持ち上げられた。
アンガスの息がかかって臭い。
「ああ、そうだ。俺たちの荷物を全部返せ。金も全部だ」
「いや、待てよ! 金は俺の分もあるだろ?」
「はぁ? お前は、金が貰えるほど戦えんのかよ? 大した仕事もしてねぇくせに難癖つけんじゃねぇよ!」
「うわっ!」
そのままアンガスに地面に投げ飛ばされた。ガツンッと肩から地面にぶつかって、右上半身に鈍い痛みが広がる。
俺はぐぅ、と言葉を飲み込んだ。これは何を言っても聞かないやつだ。たとえ俺の言い分が正しくても、関係なく俺を責めてくる、いつものやつだ。アンガスが黒と言えば、白いものも黒く塗り潰されてしまう。
「ガハハッ! 何も言えねぇってことは、そういうことだ。テメェの金なんざ、今まで俺たちのお情けで貰えてたやつなんだよ! 分かったんなら、さっさと返せ、盗人!」
アンガスは倒れ込んでいる俺を、さらに蹴り付けてきた。
渋々俺が荷物と金を渡すと、最後に一発横顔にガツンッとくらった。キーンッと耳が鳴って、口の中に鉄の味がした。
「ねぇ。もう行きましょう。こんな所で時間を無駄にしたくないわ」
ローラがアンガスの腕に手を添えて、甘えるように囁いた。
「ガハハッ! そうだな。行くぞ!!」
アンガスは上機嫌に、ローラとコーディに声をかけた。
俺のことはもう視界にも入らないようで、さっさと次の階層へ向かって行く。
一人だけ、コーディが俺のことを目を眇めて見つめていた。
何だ? 少しはフォローでも……?
「……清々した……」
コーディはボソリと呟くと、アンガスとローラの後を追って行った。
こいつ、言うに事欠いて最後の言葉がそれかっ!?
俺はアンガスたちが見えなくなると、早々に自分の傷を治癒魔術で癒した。
右肩の痛みも、腹にできた痣も、口や耳の中の不調も、俺がひと撫でするとスッと嘘みたいに消えていく。
幸い、血は大して出ていなかった。血の匂いで魔物を引きつけるのはごめんだ。
今俺が持っているのは、万が一のためにポケットや靴の中に隠しておいた金と、アンガスたちでさえ持って行くことを拒否したボロボロの装備、腰に付けたポーチの中にある最低限の水と干し肉のみ。
普通、空間収納の中身じゃなくて、鞄の中身を奪うもんなんだけどな……
万が一をまさか同じパーティーメンバーを欺くために使うとはな。もう仲間じゃないけど。
俺は気配を潜めて、アンガスたちとは真逆の上層階を目指した。
***
俺はノア。
治癒師で荷物持ちの、もうソロの冒険者だ。
俺の一番古い記憶では、既に孤児院にいた。両親の顔なんて知らん。
俺が育ったグリーンフィスト領は、穀倉地帯で、農業と酪農が盛んだ。
時期にもよるけど、孤児たちは農作業の手伝いをして、野菜や牛乳なんかを農家から恵んでもらっていた。
だけど俺は早く自立したかったから、小さい頃から冒険者ギルドに入り浸って、薬草摘みとか簡単な仕事を請け負って、小遣いを稼いでいた。
初めて受け取った報酬は、今となったらたったこれっぽっちの銅貨だったけど、手の上にずっしりと重みがあって、やけに胸にジーンときた記憶が今でもある。
十三歳になると同時に、正式に冒険者登録をした。
治癒魔術と空間魔術が使えたから、サポート役としてどこかのパーティーに入れないか探した。
丁度その時、アンガスとローラ二人だけのアイアン・ケルベロスを冒険者ギルドから紹介された。最近、グリーンフィストにやって来たCランク冒険者だって。
俺が小さい頃から真面目に仕事してきたのを、ギルドのマスターや職員たちはみんな知っていたから、太鼓判を押して、俺をアイアン・ケルベロスにどうか、って薦めてくれた。
四つ年上の剣士のアンガスと、一つ年上の槍使いのローラは、当時の俺から見てとっても大人に見えた。
「俺たちはラッキーだな。治癒師なんて冒険者には珍しいし、空間収納も使えるなんて、すげぇな! よろしくな!」
「よろしくね。かわいい治癒師さん」
アンガスとローラはニコニコと俺を受け入れてくれた。
俺が孤児だってことも、「冒険者にはよくあること」と全く気にしてなかった。
「よろしくお願いします!」
俺は初めてできた仲間に有頂天になっていた。
前衛二人にサポート役一人しかいなかったから、「後衛も必要だろう」って、すぐに俺より二つ年上で魔術師のコーディを紹介された。
「……よろしく……」
コーディは元々あまり喋らなかったが、俺と同じ魔力を扱う職業同士、魔術についてよく話し合った。魔術の話をする時だけは、コーディも饒舌だった。
扱える魔術は違えど、互いに切磋琢磨するライバルで仲間のような気がしていた……当時は。
そこからは俺たちの快進撃が始まった。
前衛二人は元々幼馴染で息が合っていたし、コーディも魔力量が多くて、魔術の操作能力も高かった。
俺は、仲間が傷付いたらすぐさま治癒魔術をかけた。
冒険者パーティーとして、バランスも良かったんだ。
農作物や家畜を狙う魔物なんて、どんどん蹴散らしていった。
リーダーがAランク冒険者になる頃には、アイアン・ケルベロスは、グリーンフィスト領一の冒険者パーティーとまで言われるようになっていた。
——だが、その頃にはいろいろな事が変わっていた。
俺はサポート役だということで、使える魔術である治癒や荷物持ちだけでなく、斥候、索敵、罠解除、タンク、野営準備から料理、果ては装備品の手入れや繕い物や洗濯などなど——ある意味、冒険者として必要なありとあらゆることをさせられた。もちろん、パーティーメンバー全員分だ。
結果、俺には「器用」というスキルが付いた—— 何でだよ!?
空間収納に入りきらなかった物は、俺が背中に大きなリュックを背負って持って行くことになった。
結果として「怪力」というスキルまで俺には付いた——余計に他のメンバーの荷物を持たされただけだったが……
メンバーの中では最年少だし、元々サポート役だったから、みんなについていけるように、とにかく頑張った。
だけど、冒険者ランクが上がり、アイアン・ケルベロスの名声が高まっていくに従って、メンバーの俺への扱いはどんどん酷くなっていった。
「……まさか、パーティーから追い出されるとは思わなかったよ……」
それでも俺は必要とされてると思い込んでた。
だって、冒険の準備をして、荷物を持って行くのも俺。
野営の火起こしから料理、テント張りから後片付けまで俺。
ダンジョンに潜れば、マップを確認し、ルートを探し、罠が無いか、敵が近くにいないか安全確保するのも俺。
魔物が出たら、盾を持ってタンクを張って、魔物のヘイトを取るのも俺。
討伐した魔物を担いでギルドに運んで値段交渉するのも俺だ。
ついでに言うと、冒険で傷ついた装備の補修や手入れまで俺がやっていた。
——これからそれらをあのメンバーのうち誰がやるんだろうな? もう俺には関係ないが。
ダンジョンの十階層なんて危険な場所に、人を置き去りにするような血も涙も無い奴らのことなんて、もう思い出したくもない。
ダンジョンを抜け出すのには丸二日かかった。
地図は奴らに奪われていたが、いざという時のために、目印を各所に残してきたのが幸いした。
……本当に、あいつら俺を見殺しにする気満々だったんだな。三年も一緒に冒険したのに……
無理矢理やらされてきたことだったが、索敵ができて良かったと、この時ばかりは心から感謝した。
一人で勝てなそうな魔物は物陰に隠れてやりすごして、自分一人で勝てそうな魔物だけ倒した。それも食える奴だけだ——それで少しでも飢えを凌いだ。
外の明かりが見えた時は、涙が出そうなほど安心した。
だが、泣かなかった。
今の俺には涙でさえも水分は貴重で、もったいなかった。
そこからは、とにかく人里を、人が通るような道を目指した。
手持ちの水はもう無い。
あとはもう、小指の先ほどしかない干し肉があるだけだ。
もうほとんど意識が朦朧としてきていた。
本格的にヤバいやつだ。
いくら治癒魔術ができても、流石に腹は膨れないし、水分も補えない。
その時、ガラガラと、馬車が通るような音を俺の耳が拾った。
誰かがこの近くを通ろうとしている!!
意識が朦朧としていても、俺の生存本能は諦めていなかったようだ。
俺は力の限り走って、音のする方へ向かった。
途中で足がもつれる。
転けそうになる。
それでもとにかく前に進む。
置いていかれるな!
もしかしたら、助けてもらえるかもしれない!
山道に出そうになった瞬間、木の根に足を引っ掛けて、ドベシッ! とスライディングするように倒れ込んだ。
何日もダンジョンに潜っていたんだ。
今更これ以上汚れても、何とも思わない。
だが、これだけは言わねば!
「……助けて……」
悔しいぐらいに声が掠れて、ヒューヒューと乾いた風が喉を通る。
これじゃあ、気付かれないかもしれない。
俺はもうここでくたばるのか? そう絶望しかけた瞬間だった——
「だっ、大丈夫ですか!?」
慌てるような、少女の高くかわいらしい声がした。人に心配されるなんて、思い出せないぐらい久しぶりだ。
薄目を開ければ、目の前には、黒髪黒目のかわいらしい少女がいた。十代前半ぐらいの女の子だ。
「……み、ず……」
「水ですね!?」
少女が魔術で水を生成し、直接俺の口に流し込んだ。
やけに冷たくて気持ちがいい。
いくらでもゴクゴク飲めて、乾いた身体中に染み渡るようだ。
コーディでもこんなに美味い水は出せなかった。
「おや? 遭難者ですか? 仕方がないですね。拾っていきますか。我々は王都方面に向かっているのですが、よろしいですか?」
目が醒める程に美形の男が現れた。
少女と同じ黒髪で、色鮮やかな黄金色の瞳はキラリと光っているが、なぜだかゾクリと空恐ろしく感じた。
「……お願いします。ご迷惑をお掛けします……」
俺はどうにかこうにか返事をした。
——後から思い返すと、ここから俺の人生は大きく舵を切ることになった。
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