一人で恋はできません

拝詩ルルー

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一人で恋はできませんわ。でも……

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 卒業パーティーのすぐ後に、私とアーサー様は婚約することになった。

 婚約したことをクラスメイトや生徒会メンバーに伝えると、クラスでも生徒会でも、私達は皆から祝福された。

 少し恥ずかしかったけれど、私もアーサー様も「ありがとう」と素直にお礼を言った。


 デーヴィッド様の時のような燃えるような恋心はないけれど、アーサー様と一緒にいると、落ち着いたホッと癒されるような、包まれるような安心感があった。

 私が本当に大切にすべきだったのは、テレパシー魔法で気持ちが通じ合いながらも、それに甘えて私のことを蔑ろにする誰かさんじゃなくて、気持ちが見えなくても、互いに理解し合おうと心を砕いてくれる人だったのね——きっと、その思いやりを愛というのよ。

 一度目と二度目の人生では決して味わうことはなかった「安心感」という幸せを、アーサー様と一緒にいる時、私はひしひしと感じられた。


 アーサー様と婚約して少しした時、私が魔法学園の中庭を横切っていると、不意にデーヴィッド様から声をかけられた。

「シャーロット、婚約したって本当か?」
「ご機嫌よう、デーヴィッド様。ええ、婚約しましたよ」

 デーヴィッド様のやけに切羽詰まったような声に、私は警戒して他人行儀な笑顔を貼り付けた。

「シャーロット、あんな奴との婚約は考え直してくれないか? 俺達の仲だろう?」

 なぜかデーヴィッド様は、酷く傷ついたような顔をしていた。
 それに、「俺達の仲」って何を言ってるの……?

 彼のその言葉と表情に、私の中の何かがプツンと音を立てた。

——いつまでも、あなたは自分勝手なのね……

 私の心の奥底で、一度目と二度目の人生での報われなかった私が暴れ出した。

「あら? 私達、そういう関係だったかしら? 碌に挨拶ぐらいしかしてない仲だと思ってたわ」

 私は冷え切った心のままに、正直に言葉を綴った。

 あなたへの恋心はもう死んでしまって、お墓の中に入っているのよ。
 あなたがあまりにも大事にしてこなかったから。

 ここにあるのは、ただただ今は亡き昔の恋心を憐れむ哀悼の気持ちだけ。

 もう、終わりにしましょう。
 あなたのために人生のループはもういたしません。

「…………」

 デーヴィッド様は何も言えずに、顔色を白くしていた——まるで、この世の終わりみたいに。

 だって、私達はただの幼馴染の腐れ縁。
 三度目のこの人生では、私とデーヴィッド様との間には何も絆は育まれなかったし、彼は他の女子生徒達とばかり遊んでいた。

「それでは失礼しますわ。私の愛する婚約者フィアンセと待ち合わせしてますの」

 あなたとは違って、私を大切にしてくれる人が——


 私はショックを受けて呆けたように立ち尽くすデーヴィッド様を置いて、中庭を去った。

 それからは、デーヴィッド様と私のあらぬ噂が流されることがなくなった。私はデーヴィッド様と顔を合わせることもなく、穏やかな学園生活を過ごすことができるようになった。


***


 魔法学園を卒業してすぐに、私はアーサーと結婚式を挙げて、フォスター辺境伯領に移ることになった。

 フォスター辺境伯領は隣国との境で、交易が盛んな裕福な土地だ。将来は、アーサーがそこを引き継いで治めることになる。
 残念ながら、王都からもアトリー伯爵領からもかなり離れているため、私は家族とは気軽には会えなくなってしまう。


 フォスター辺境伯領へ出立する日には、家族総出で私達の見送りをしてくれた。

「ロッティ、寂しくなるね。今度こそは幸せになって」
「シャーロット様、お元気で。あちらでのご活躍をお祈りしてますわ」
「ありがとうございます、兄様、クラリス様」

 決して今生の別れではないというのに、私は寂しさと今までの感謝の想いで、胸がジーンと熱くなった。

「向こうへ行っても、頑張ってね。シャーロットなら大丈夫よ」
「はい。母様もお元気で」

 母様とも涙ながらにハグを交わす。ずっと大きいと思っていた母様は、いつの間にか私よりも少し小さくなられていて、余計に寂しさが増した。

「シャーロット、元気にやってくんだよ。アーサー殿、シャーロットのことをよろしく頼みますよ」
「ええ。必ず、シャーロットのことを幸せにします」

 アーサーは真剣に父様に答えてくれた——一度目の人生でも、二度目の人生でも私がいくら望んでも決して聞くことがなかった、大切な人からの愛の言葉だった。


 フォスター家の馬車に乗り込んで少し落ち着くと、不意にアーサーが口を開いた。

「シャーロットは、やっとあいつじゃなくて、私を選んでくれたね」
「あら? 何のこと?」
「いや。君を幸せにするって話さ。以前の君はずっと辛そうな顔をしてたからね。君はあいつと真面目に向き合おうとしてきたけど、あいつは逃げてばかりだった」
「ふふっ。だから、私は今はとても幸せですよ? アーサーが私を選んでくれたから。あなたが私と真剣に向き合ってくれるから」

 私がくすりと笑うと、彼もふわりと柔らかく微笑んだ。

 一人で恋は続けられませんわ。
 でも二人でなら、愛を育んでいけますわ。

 私達を乗せて、馬車は軽快にフォスター辺境伯領を目指して進んで行く。
 私にとっては見知らぬ土地で、いろいろと慣れないことも出てくるでしょう——でもきっとアーサーと一緒なら、いえ、私達なら手を取り合って乗り越えていけるわ。


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