一人で恋はできません

拝詩ルルー

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三度目の人生

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「デーヴィッド君と婚約してはどうか、という話になったんだが、シャーロットはどうかな?」

 いつも通り、初めてローラット伯爵家を訪れた日に、夕食の席で父様から優しく訊かれた。こうして訊かれるのは三度目だ。

「私はデーヴィッド様とは婚約しませんわ」

 私はキッパリと答えた。
 私の心はとても落ち着いていて、私の全細胞が、この決定に賛成しているかのように静かな自信に溢れていた。

「……理由を訊いても?」

 父様は意外そうに目を丸くして、さらに尋ねた。まさか断られるとは思っていなかったみたい。

「だって、私はまだ六歳よ。これからもっと素敵な殿方に出会うかもしれませんわ!」

 私はおしゃまな女の子らしく、いたずらっぽい満面の笑みで答えた。

「あらまあ。デーヴィッド君はフラれちゃったわね。でも、お友達として仲良くしてくれるかしら?」

 母様に訊かれて、私は「うん!」と元気よく答えた。


 一度目と二度目の人生では、私は情熱的な恋をした。

 一度目の時は、悲恋だった。格上の家からの婚約話という横槍に、私の恋心はメラメラと大きく燃え上がった。

 二度目の時は、「今度こそ」という強い想いがあった。一度目の人生で満たされなかった想いを、無念を叶えたかった。
 でも、いつの頃からか二人はすれ違うようになって、結局ダメになってしまった。

 じゃあ、三度目の人生は?

 今度こそ、ちゃんと彼を捕まえないと? いいえ、そうじゃないわ——もういい加減にして!! って感じ。

 気づけば私の恋心は、家族のような情にすっかり変わっていた。

 それに、前回の人生での裏切りがあってから、完全にデーヴィッド様を愛せないし、信じきれなくなっていた。


 私とデーヴィッド様との婚約話は流れてしまったけれど、両親同士が仲の良いアトリー家とローラット家は、しばしば交流するようになった。

 私とデーヴィッド様はもちろん、サミュエル兄様も含めて、幼馴染になった。

 デーヴィッド様は、会うたびに熱心に私にアプローチしてきた。
 
 ただ、私は彼の好意を軽く受け流した。

 今まで二回分の人生経験があって、少なくとも三十年ちょいは生きてきたのだもの。
 お子様のアプローチをかわすことなんて、とても容易いことだった。

 デーヴィッド様のご両親のローラット伯爵夫妻も、うちの両親も、それでも私とデーヴィッド様にくっついて欲しかったみたいで、陰ながら応援してたみたい——精神が大人の私には、バレバレだったけどね。

 兄様だけは、「ロッティは、デーヴィッド以外の人の方が絶対いいよ!」と私に大賛成してくれた。


 三度目の人生では、テレパシー魔法の話題さえ上がらなかった。

 何度かデーヴィッド様との間に、テレパシー魔法の切れ端のようなものを感じはしたけれど、私はそれらを全部まるっと無視した。「もう、いい加減にしてよ!」って。

 だから、もう王宮の魔法研究所に行くことも、あの研究を手伝うこともなくなった。


 魔法学園に上がってからは、また状況が変わった。

 もう私達は婚約者ではないのだから、デーヴィッド様のことで煩わされないはずだったのに……

 一度目と二度目の人生と同じようにかっこ良く成長したデーヴィッド様は、それはそれは学園内でモテた。
 たくさんの女子生徒達が、彼の目に留まろうと、努力したり、アプローチしたりしていた。

 伯爵家嫡男で、かっこいい人気者。さらに婚約者もまだいないとなれば、恰好の恋のお相手だ。

 二度目の人生の時と同じように、デーヴィッド様はたくさんの女の子達と浮き名を流した——前回は私という婚約者がいたから表沙汰にはなっていなかったけれど、裏でこっそり女の子達と遊んでたことは知ってたからね!

 でも、今回はその浮き名の一つに、なぜか私の名前が入っていた——私、魔法学園に入学してからは、デーヴィッド様とはクラスも違うし、挨拶ぐらいしかしてないのですけれど?


「ロッティ、デーヴィッドとデートしたって、本当? 噂になってるよ」

 学園内でたまたま会った兄様に訊かれ、私はびっくりし過ぎて、一瞬何を言われたのか分からなくなった。

 えっ? 何それ?

「私がデーヴィッド様と? そんな暇はないわ。だって、放課後はいつも生徒会室にいるもの」

 とにかく私は真っ先に否定した。事実ではないもの。

「それもそうだよね。僕も急にそんな噂を耳にして、びっくりしたよ」
「ええ。心配なら、他の生徒会メンバーに訊けば、証言してくださるはずよ」

 人生三度目ともなれば、勉強のおさらいも二度目だ。
 私は、テストでは毎回ほぼトップの成績を納める才媛になっていた。

 もちろん、今回の人生でも私は生徒会にスカウトされていた。

 今回も生徒会長で第二王子のジェローム殿下と、アーサー・フォスター辺境伯子息に生徒会に誘われ、私は二つ返事で頷いた。


 私がデーヴィッド様とお付き合いしているという根も葉もない噂は、その後何回も何回も流された。

 私は誰かに訊かれる度に、噂を耳にする度に、火消しに回らざるを得なかった。

 未婚の子女にとって、この手の噂は厄介だ。
 社交界での悪評は、アトリー家の醜聞につながったり、今後の私の婚姻にだって影響しかねない。

 この噂のせいで、私は裏で女子生徒達から陰口を言われたり、酷くやっかまれたりもした。

 お相手が人気者のデーヴィッド様ということもあるけれど、元々、私が成績優秀で生徒会メンバーということもあり、目立って余計に標的になりやすかったのかもしれない。

 また時には、デーヴィッド様に憧れる女子生徒達に呼び出されたりもしたけれど、私が「ただの幼馴染にすぎないこと」「放課後は生徒会室にいること」「生徒会メンバーに訊けば証言すること」を伝えれば、彼女達はすごすごと引き下がっていった。

 生徒会メンバーは全員、ジェローム殿下が直々に優秀な生徒に声をかけてスカウトしたのだ。普段の学園の成績だけでなく、その人間性も精査されるため、生徒達からの信頼は厚い。


 そのうちに、デーヴィッド様が他の女子生徒と会っていたことを、なぜか私に報告してくる人も現れた。

「デーヴィッド・ローラット様は、今度はビアンカ様とお二人でお出掛けされたそうですよ」
「あら? そうですの?」

 普段話をしたこともない女子生徒に声をかけられ、私はスンと取り澄まして答えた。内心では「またか」と辟易していた。

「アトリー様は何も注意されなくてよろしいのですの?」

 彼女は怪訝そうな表情で尋ねてきた。

「どうして私なのでしょう? 私、確かにデーヴィッド様のお家とは両親の仲が良いですし、幼馴染ではありますが、それだけですよ? 今まで彼にエスコートの一つもされたことはありませんわ」

 ある意味本当で、半分嘘だ。

 一度目と二度目の人生では、当たり前のようにデーヴィッド様がエスコートしてくれた。
 でも今世では、デーヴィッド様に一切エスコートしてもらったことはない。彼は毎回別の令嬢をエスコートしているからだ。

「でも、シャーロット様はデーヴィッド様と恋仲だと伺いましたわ」
「根も葉もないただの噂話ですわ。幼馴染だから、そう思われているだけでしょう。本当にそうなら、婚約話の一つでも上がっていてもおかしくはないですわ」
「確かに」
「そうですわね」

 私がキッパリ否定すると、私に報告してきた女子生徒も、その方と一緒について来たお友達も、頷いていた。

 親切心なのか、ただのお節介なのか……とにかく、こういった報告をされる度に、私はしっかりと事実を述べてキッパリと否定した。

 デーヴィッド様のことをキッパリと諦めて遠ざけている三度目の人生では、このような噂話やお節介を受ける度に、「何を今更……」となんだか胸の辺りがどんどんと冷え込んでいくような思いがした。


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