上 下
1 / 5

秘密の箱庭

しおりを挟む
「うっそ!? 今日来れるって言ってたじゃん!」

 親友のカレンからのLIMEで、「ごめん! 今日彼氏と出掛けることになっちゃった!」ってメッセージがきていた。

「せめてもうちょっと早めに連絡くれれば良かったのにぃ~! お肉いっぱい買っちゃったよぉ……」

 私は缶ビールやお肉を詰め込んだ大きなクーラーボックスの前で、少しだけ途方に暮れた。

 仕方がないからカレンには、「ハルトくんとのことおめでとう! こっちは気にしなくていいよ。楽しんで来てね!」とLIMEを返しておいた。

「はぁ。まぁ、いっか。やっとカレンの片想いが叶ったんだし、お肉はあの子達がいっぱい食べてくれると思うし」

 私は某ブランドのコンパクトミラーを開いた。「大人の女性になるんだ!」と気合を入れて初任給で買ったやつだ。

 ダブルミラーの拡大鏡の方には、私の姿ではなく、花や緑が溢れる楽園のような泉が映し出されていた。


——20××年、世界各地に突如としてダンジョンが現れた。

 ダンジョンは、別世界「ミュートロギア」に繋がってる。
 そこにはモンスターが生息していて、地球では想像上の生き物だったドラゴンや精霊、エルフやドワーフもいる。

 ダンジョンだから、ダンジョンボスもいて、もちろん宝箱も財宝もあって、ダンジョンに潜って一攫千金を狙う「探索者」っていう職業もできた。

 ミュートロギアの入り口は、たいていは地下鉄の入り口や大型商業施設の出入口みたいな、たくさんの人が出入りできる場所に現れる。

 だけど、ごく稀に個人の持ち物に入り口が現れることもある——そう。私、和泉アリサが持っているコンパクトミラーみたいな物にも。

 ダンジョンは普通、発見したらすぐに通報するのがルール。

 でもちょっと変なんだよね。私がこのコンパクトミラーを持たないと、ダンジョンの入り口が現れないんだよね。

 一応、このコンパクトミラーを国に通報したんだけど、「ダンジョンの入り口は無い」って突き返されちゃったんだよね。

 訳が分からなかったけど、私にとっては記念の品だから、取られなくて良かったってホッとしてる。


 私のコンパクトミラーにダンジョンが現れた時は、正直に言ってびっくりした。

 ある日、急に私のコンパクトミラーが光ったから、びっくりしておそるおそる開いてみたら、そこにダンジョンの入り口ができてた。

 おっかなびっくりフライパンと包丁で武装して、気合を入れて中に入ってみたら……

「キエェーーイ! 来るなら来いっ!! …………って、わぁ……すっごく綺麗~! セノーテみたい!」

 とっても綺麗な場所につながっていた。

 セノーテは、洞窟内にできた泉だ。石灰岩が長年雨水に浸食されてできたもので、綺麗なだけじゃなくて、とっても神秘的だ。

 ダンジョンの中央には、綺麗に澄んだ青色~翡翠色にきらめく泉があった。
 その泉の周りを、Vチューブのダンジョン配信で観たことがある珍しいダンジョン植物が生えていて、色とりどりの綺麗な花が咲いていた。

——楽園みたいな庭が、そこにはあった。

 怖いモンスターがいたら嫌だったけど、そういったものは出なかったし、今では私が好きなように魔改造……じゃなくて、コーディネートして、お気に入りの庭になっている。

 元々、平日は毎日残業で激務続きの典型的な社畜OLだったから、癒しが欲しくて、ずーっと田舎のスローライフに憧れてた。
 でも、引っ越す当てもお金も勇気もなくて、結局、諦めてたんだ。

 この箱庭みたいなダンジョンを手に入れてからは、週末はほとんどここに入り浸ってる。

 思いっきりガーデニングや家庭菜園をしたり、モフモフ達と戯れたり、こっそり吸って怒られたり、泉で泳いだり、読書をしたりしてのんびり過ごしてる——本っ当に癒される! まさに理想郷!! スローライフ万歳!!!

 しかもここに通い始めてから、会社でも「和泉さん、最近顔色が良くなったわね」って言われるようになったし!

 少しは動いてるんだし、もう少しお腹のお肉の方も……ううん、なんでもない……


「ステータスオープン!」

 ダンジョンに入ると、自分のステータスが見れる「ステータスオープン」という魔法が使えるようになる。

 人によって、スキルとか魔法とか、ダンジョン内限定で使えるようになるみたいなんだけど、私は残念ながら——

「う~ん……。やっぱり、何にもスキルも魔法も載ってない。いいなぁ~魔法撃てる人とか、羨ましいなぁ~」

 私のスキル欄にも魔法欄にも、何も記載は無し。
 ただ一つ書いてあるのは——

「称号欄の『セノーテ翡翠の支配者』って何だろう……? 相変わらずよく分かんないや」

 今日も何も減っても増えてもいない自分のステータスを確認して、あとはただ遊ぶことにした。


 水着に着替えて泉の方へ向かうと、ブンブンッとふさふさの尻尾を振って、真っ白な大型犬がやって来た。

「ポチ、おはよう! 今日もかっこいいね! ゴフッ!」
「ワフッ!」

 ポチは、白くて長い毛並みがかっこいい大型犬だ。
 ワンちゃんらしく忠誠心が強くて、私がダンジョンに入ると、いつも一番最初に私の所にやって来て挨拶をしてくれる。

——そして、毎回歓喜しまくったポチに突撃されて押し倒されるのがお約束だ。

「会えて嬉しいのは分かるけど、もう少し力加減を覚えようか……?」

 私はポチをわしゃわしゃと撫でながら伝えた。

 嬉しいっちゃあ、嬉しいんだけど……人間って、とっても非力……


「あ、タマだ! かわいい~!」

 大型猫のタマが、私がゆったり読書できるように張ったハンモックの下で、へそ天して豪快に寝ていた。
 タマは、真っ白な体に、光の加減で淡い色のロゼッタ模様が浮き上がるユキヒョウみたいな子だ。

 私が可愛がって顔周りをなでなですると、迷惑そうに薄目を開けてこっちを見てきた。でも、喉をゴロゴロ鳴らしてるから、そこまでは嫌がってないみたい。

 じゃあ、猫吸いを……ってなると、両方の太い前足で突っぱねられて拒否された。でも、ぱふぱふの大きな肉球が当たって、ご褒美になってる——アリガトウゴザイマス!

 カレンには「アリサって、ネーミングセンス無いよね」って言われるけど、どっちも呼びやすくて可愛いよね!?


 私は、ひとしきりタマをモフって満足すると、泉の方に向かった。

 ダンジョンの天井はものすごく高くて、なぜか日の光っぽい明かりが入り込んでる。

 ダンジョンの研究はまだ始まったばかりだし、分かっていないことも多いから、ダンジョンをただ楽しみたいエンジョイ勢の私は、「不思議は不思議のままで」ってことで気にしないようにしてる。

 ザッパーンッ!

 泉の水は泳ぐのに丁度いい水温だ。
 とにかくどこまでも透き通っていて、水底まで綺麗に見通せる。
 泉の中は日の光が差し込んで、キラキラと輝いていて神秘的だ。

 泉には他に誰もいないし、好きなように泳いでいられる。
 ただ、ちょっと底が深い場所があるので注意!
 泳ぐ時は、いつも無理はしないようにしてる。


 気持ち良く泳いでいると、真っ白な巨体が近くを横切った。

 その大きな生き物は私の下に潜り込むと、水面に急上昇してきた。
 私はその生き物と一緒に、水面までザバンッと浮き上がった。

「あははっ! びっくりさせないでよ~、ドラ男!」
「クルルルル」

 長い首をぐるりと背中にめぐらせて、雪のように白い鱗の大きなドラゴンが私を見ていた。
 甘えるように鼻づらを差し出してくるので、撫でてあげる。

「ピルルルルッ!」
「あ、ピーちゃん! ……なんかいつもと様子が違う?」

 泉の上空で旋回しているのは、孔雀のように華やかな大型の鳥だ。全身真っ白で、とっても神々しい。

 私がピーちゃんの様子に首を捻っていると、

「わっ! ドラ男? 急にどうしたの?」

 ドラ男が、私を乗せて急に泳ぎ始めた。ピーちゃんが飛んで行く方向に向かうようだ。

 ピーちゃんが泉の岸辺に優雅に着陸すると、そこには男の人が倒れていた。

「えっ……!? 誰か倒れてる!?」

 私はペチペチとドラ男の背中を叩いて、岸辺に急いでもらった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)

朽縄咲良
ファンタジー
【HJ小説大賞2020後期1次選考通過作品(ノベルアッププラスにて)】 バルサ王国首都チュプリの夜の街を闊歩する、自称「天下無敵の色事師」ジャスミンが、自分の下半身の不始末から招いたピンチ。その危地を救ってくれたラバッテリア教の大教主に誘われ、神殿の下働きとして身を隠す。 それと同じ頃、バルサ王国東端のダリア山では、最近メキメキと発展し、王国の平和を脅かすダリア傭兵団と、王国最強のワイマーレ騎士団が激突する。 ワイマーレ騎士団の圧勝かと思われたその時、ダリア傭兵団団長シュダと、謎の老女が戦場に現れ――。 ジャスミンは、口先とハッタリと機転で、一筋縄ではいかない状況を飄々と渡り歩いていく――! 天下無敵の色事師ジャスミン。 新米神官パーム。 傭兵ヒース。 ダリア傭兵団団長シュダ。 銀の死神ゼラ。 復讐者アザレア。 ………… 様々な人物が、徐々に絡まり、収束する…… 壮大(?)なハイファンタジー! *表紙イラストは、澄石アラン様から頂きました! ありがとうございます! ・小説家になろう、ノベルアッププラスにも掲載しております(一部加筆・補筆あり)。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

ブラック宮廷から解放されたので、のんびりスローライフを始めます! ~最強ゴーレム使いの気ままな森暮らし~

ヒツキノドカ
ファンタジー
「クレイ・ウェスタ―! 貴様を宮廷から追放する!」  ブラック宮廷に勤めるゴーレム使いのクレイ・ウェスターはある日突然クビを宣告される。  理由は『不当に高い素材を買いあさったこと』とされたが……それはクレイに嫉妬する、宮廷魔術師団長の策略だった。  追放されたクレイは、自由なスローライフを求めて辺境の森へと向かう。  そこで主人公は得意のゴーレム魔術を生かしてあっという間に快適な生活を手に入れる。    一方宮廷では、クレイがいなくなったことで様々なトラブルが発生。  宮廷魔術師団長は知らなかった。  クレイがどれほど宮廷にとって重要な人物だったのか。  そして、自分では穴埋めできないほどにクレイと実力が離れていたことも。  「こんなはずでは……」と嘆きながら宮廷魔術師団長はクレイの元に向かい、戻ってくるように懇願するが、すでに理想の生活を手に入れたクレイにあっさり断られてしまう。  これはブラック宮廷から解放された天才ゴーレム使いの青年が、念願の自由なスローライフを満喫する話。 ーーーーーー ーーー ※4/29HOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝! ※推敲はしていますが、誤字脱字があるかもしれません。 見つけた際はご報告いただけますと幸いです……

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

処理中です...